トップに戻る

<< 前 次 >>

第九十話 仲間

単ページ   最大化   

【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 暁陽日輝は、友人の相川千紗から、二人の友人が『楽園』入りしたことを聞かされている。
 そしてその内の一人、犬飼切也とは殺し合いになり――自分が引導を渡した。
 生徒葬会において、何人もの命を奪ってきた身でも、友人を殺したという事実は堪える――それが初めてではないにしてもだ。
 だから、辿り着いたその場所で、もう一人の友人――日宮誠と出会ったとき。
 再会の嬉しさよりも、出会ってしまったという苦々しい感想を抱かずにはいられなかった。
「――誠」
「――陽日輝」
 メガネをかけていて知的な印象を受けるが、学力は陽日輝や切也と似たり寄ったり。
背は仲間内で一番高いが、線は細くどちらかというとインドア派。
 漫画の単行本をよく買っていて、よく気になった作品を貸してもらったものだ。
 その誠が――不自然に設置された小型のテントの前に立っていた。
 そして、そのテントの窓のファスナーが少しだけ開けられていて、そこから覗いている顔もまた、見知った相手だった。
「暁さん――!」
「藍実ちゃん――」
 なぜここに、と言いかけて、その前に気付いて納得した。
 『楽園』に若駒ツボミがやって来ている以上、ツボミの庇護下――言い換えれば支配下にある根岸藍実と最上環奈も、同行しているほうが自然だ。
 となると、あのテントの中には環奈もいるのかもしれない。
 そんなことを考えていたところに、誠が話しかけてきた。
「切也と会わなかったか? 僕より先に地上に出てきていたんだけども」
「……。会ったよ」
 誠の目が、静かにこちらを見据えている。
 誤魔化しは通用しないだろう――もとよりそのつもりもない。
 陽日輝は、誠をまっすぐに見つめ返したまま、続けた。
「俺は切也を殺して、ここに来た」
「――だろうね。切也も君を殺す気でいた。だから君がここにいるということは、そういうことだ」
 誠は、チラリと藍実のいるテントに視線を向けた。
「彼女たちは知り合いかい?」
「……この生徒葬会で知り合ったよ」
 彼女『たち』ということは、あのテントの中にはやはり環奈もいるのだろう。
 陽日輝は、そもそも自分が辿り着く直前はどんな状況だったのだろうと思考を巡らす。
 誠は藍実たちを殺すつもりだったのだろうか。
 『楽園』のメンバーである以上、今この中央ブロックにいる部外者はみんな敵であるわけだが、少なくとも切也のようにいきなり攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気はない。
 ――もっとも、穏やかな空気というわけでもなかったが。
「切也の件は正直覚悟していたよ。切也を止めようとしたけど聞く耳持たれなくてね――切也と君が殺し合いになれば、君の『能力』次第とはいえ、きっと君が勝つと思っていた。それにこの生徒葬会から生きて逃れるためには、殺し合いは避けられない。ただ、そういうのに嫌気が差して、僕は『楽園』を選んだんだ」
「……ああ、俺も『楽園』入りしたいって考えは理解できなくはないぜ。この生徒葬会で、地獄みたいな光景も悪夢みたいな状況も何度も見てきたし、体験してきた。だから、外の世界を諦めて穏やかに過ごそうって思う気持ちも分かるんだよ。ただ――」
「ああ、最後まで言わなくても大丈夫だ。それでも、生きて帰りたい――外の世界に戻りたい。こんな閉ざされた場所で人生を終えたくない。僕のほうこそ、そう思う気持ちも分かるからね。そこはどちらが正しいとかじゃなく――価値観の違いだ」
 誠は切也とは違い、理知的な態度で言葉を紡いでいた。
 しかし、そうして言葉を交わせば交わすほど、分かってしまう。
 やはり自分と誠とは――この生徒葬会において、相容れないのだということを。
「だけどね、陽日輝。僕が許せないのは、君がこの生徒葬会で出会ったばかりの子を優先しようとしているように見えることだよ。そこにいる彼女もそうだし、安藤凜々花さん、だったかな? 彼女にしてもそうだ」
 誠の目と声に、非難の色が混じる。
 その空気の変化を察して、藍実がびくっ、と微かに震えた。
「……それも価値観の違いって奴になるのかもな。もっとも、俺は俺が正しいなんて思ってない――ただ、死なせたくない奴がいる。その『死なせたくない度合い』が、お前より上の奴が。それだけの話だ」
「――ハッキリ言ってくれるね。君のそういうところは嫌いじゃない。だけど、これで僕も踏ん切りが付いたよ。『楽園』と君との仲介役になって、どうにか穏便に済ませられないかとも考えていたけど――それが夢物語だと痛感した。命というものがかかっている以上、僕たちの価値観の違いは、致命的だ」
「……悪いことは言わない。このまま逃げてくれないか? 殺さなくて済むなら、俺だってお前を殺したくはない」
 それは陽日輝にとって、正真正銘の本音だったが、誠はぴくっ、と眉を吊り上げ、怒気を含んだ声でこう返した。
「切也を殺してここに来た以上、覚悟はできているはずだろ? 僕に殺される覚悟も、僕を殺す覚悟も。そうでないなら――僕は君を軽蔑するよ」
「…………。そういう、お前の変に真面目なところ――嫌いじゃなかったよ」
 陽日輝は、拳を握り締め、構えを取った。
 誠がどんな『能力』を持っているかは分からない。
 単純な徒手空拳なら、ハッキリ言って自分が誠に負ける道理はない。
 しかし、この生徒葬会にはそんな体格差や技量差を容易く覆すほどの『能力』がいくらでもあることを、すでに身を以って痛感させられている。
 テント内にいる藍実と環奈の助力は期待できない――恐らくあのテントの中で『通行禁止(ノー・ゴー)』を発動させているのだろうし、二人とも殺し合い向きではない。
 この『楽園』での連戦で少なからず疲労はあるが、呼吸の乱れはもうない。
 大丈夫だ――集中力は、まだ保てる。
「行くぞ、陽日輝――!」
 誠がそう言って、動き出そうとした――そのときだった。
「――待っ、……て……!」
 ――その声は、テントの中、藍実よりさらに奥から聞こえた。
 一瞬環奈かと思ったが、環奈の声ではない。
 苦しげなかすれ声だが、しかしその声もまた、知った声だった。
「「!?」」
 陽日輝と誠は、共に驚愕し――そして、同じ方向に視線を向けた。
 すると、藍実もまた驚いたようにテント内を振り返っていた――そして、そんな藍実に代わって、一人の女子生徒が、ファスナーの開いた隙間から顔を見せる。
「ふたり、とも……やめて……仲間、同士で……殺し合い、なんて……」
 必死に言葉を絞り出し、懇願しているのは――陽日輝と誠の共通の友人。
 相川千紗だった。
101

紗灯れずく 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る