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第九十一話 集結

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 根岸藍実が『通行禁止(ノー・ゴー)』を使用することにより、外部からのありとあらゆる攻撃を防ぐシェルターと化したテントの中に、六人の生徒が潜んでいる。
 この生徒葬会におけるスタンスも、所属グループも異なる六人。
 出入口付近で、テントの窓のファスナーを僅かに開けて外を警戒しているのは、相川千紗だ。
 最上環奈の『超自然治癒(ネオヒーリング)』によって外傷は塞がったものの、心身の疲労は少なくないらしく、今も万全の状態とは言い難い。
 それでも、改造エアガンの銃口を上に向けた状態で顔の横で構え、見張りを続けている。
 彼女は『暗中模索(サーチライト)』により半径五十メートル以内に人がいればそれを察知することができるが、それを欺くことができる『能力』の持ち主がいるかもしれないので、肉眼での警戒も無駄ではないだろう。
 その彼女を眺める形で、テントの中心には日宮誠がいる。
 『楽園』側の人間であり、一触即発の状態だったが、千紗の呼びかけにより、ひとまず矛を収めた形だ。外に立ったままだと目立つということもあり、テントの中に入れている。
 その誠を見張る形で、テントの後方寄りの左右にそれぞれ暁陽日輝と安藤凜々花が陣取っていた。
 陽日輝はすでに、自分が駆けつけるまでに何があったかを聞いている――凜々花は千紗を背負ってここまで辿り着いた後、疲労困憊のあまり意識を失っていたそうだが、今はもう、少なくとも千紗よりは回復しているように見える。
 陽日輝は正直、凜々花の無事が自らの目で確認できた瞬間、彼女を抱き締めたい衝動に駆られたが、誠の手前それは自重した。
 誠が、旧友よりも凜々花を優先する自分に対する怒りを言葉にしたことを早速に忘れるほど、陽日輝は愚かではない。
 ――そして、テントの最後方には、根岸藍実と最上環奈が寄り添うように座っている。
 位置関係的には陽日輝側に藍実、凜々花側に環奈だ。
 合計六人――この決して大きくないテントにおいて、ストレスを感じないと言えば嘘になる人口密度だったが、今この近辺において最も安全な場所はここだろう。
 とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。
 一つに、自分たちの目標である表紙集めに『楽園』攻略は必須であること。
 そしてもう一つは、若駒ツボミの存在だ。
 ツボミは立花百花との戦いを引き受け、自分を先に行かせた――彼女とはそれきりだが、藍実曰く、ツボミが百花に敗れることはありえないそうだ。
『……暁さんも知っているように、ツボミさんは慎重な人ですから……あの人は、私や環奈も知らない切り札を持ってますよ』
 と、藍実が自嘲めいた微笑みを漏らしながら言っていた。
 ツボミを信頼はしていても信用はしていない――藍実のスタンスは、北第一校舎で出会ったその頃から一貫している。
 そのツボミが戻ってきたなら、自分たちはまだしも、誠は確実に刃を向けられるだろう。
 それが、いつまでもこうしてはいられない二つ目の理由だった。
 そしてそのことは、すでにこの場にいる全員に共有している――無論、誠も含めて、だ。
 その誠は――視線を伏せ、押し黙ったままでいる。
 千紗に制止されてから、彼はほとんど口を開いていない。
 一度は半ば見捨てるような形で道を分かつこととなった友人との再会、そして懇願――それに対して少なからず動揺しているのは、目に見えて分かった。
 しかし、逆に言えば、それほどの相手と別れてまで選んだ『楽園』という場所を、容易に見捨てることもできない――もう一人の友人・切也を失っているのだからなおさらだ。
 ましてや、切也を殺したのは――自分なのだから。
 あっさりと『楽園』を裏切り、こちら側に付いてくれるはずもないし、もし安易にそのような決断を下したのだとしたら、かえって信用できない。
 ……ツボミが戻って来るまでには結論を出してほしいということは、すでに伝えている。
 必要以上の説得はしていない――自分は一度、誠とは交渉が決裂して殺し合いになる寸前だったわけだし、誠や切也より凜々花を優先しているのは事実なのだから、今さらかける言葉なんてあるはずがない。
 誠を動かすことができるとしたら――そして、その資格があるのだとしたら――それは、相川千紗をおいて他にいないだろう。
「……僕の答えを、みんなが待っている――難儀な状況だよ、本当に」
 久方振りに口を開いた誠は、そう言って視線をこちらに向けた。
 テントの外で対峙したときのような殺気は無いが、かといって、こちらに心を許しているようには見受けられない――当然ではあるが。
「陽日輝、僕は君が切也を殺したことを忘れない。――だけど、僕と切也が相川を置いて行ったことを――相川は、忘れないだろうな」
「当たり前でしょ――本当に怖かったし、心細かったんだから。一生根に持つつもりでいるわ」
 千紗が振り返り、誠を一瞥して言う。
 咎めるような言葉と裏腹に、その表情はどこか切ない。
 ……千紗は、あの山小屋に一人きりで残されたとき、怒りや恨みよりも、悲しさや寂しさを覚えたのだろう。
 自分や凜々花と合流するまでの彼女の心理状態が窺えるような表情だった。
「……そうだよな。だけど、僕は今でも自分の選択は間違っていないと思ってる。『楽園』の理念に賛同する立場は、今でも変わらない。――ただ、君たちと殺し合うつもりも、もうないよ」
 誠はそう言って、膝立ちでテントの出入り口へと向かった。
 千紗が警戒するように少し身を引いたのを、誠は寂しげに見やる。
「根岸さん、『能力』を解いてくれるかな。君たちと殺し合うつもりはないけど、『楽園』を望む僕は、君たちとは相容れない――いつまでもここにはいられない」
「……っ」
 藍実が、こちらに指示を仰ぐように不安げな視線を向けてきた。
 陽日輝は、凜々花および千紗にアイコンタクトしてから、藍実に対し頷く。
 それを受けて、藍実も頷き返し、少しの間を置いて、「……解除しました」と呟いた。
「ありがとう」
 誠はそう言って、テントの出入り口のファスナーを開く。
 その背中に、千紗が「……考え直すつもりはないの?」と問いかけた。
 ――誠は、外に半身を出した状態でピタリと動きを止める。
 千紗だけではなく陽日輝も、他のみんなも、誠の背中に注目した。
 当の誠はそのまま振り返らずに、
「――本当は分かってるんだよ。僕に陽日輝を咎める資格はない――僕はただ、自分の身が一番大事なだけなんだから。切也が付いてこなかったとしても、僕は一人ででも『楽園』に行っていた。……それじゃあ、元気で」
 と言って、今度こそ本当に、テントから出て行った。
 その足音が遠ざかるのを聞きながら、しばらくは誰も何も言わなかった。
 ただ、なんともいえないほろ苦い空気が、テントの中に漂っていた。
「……一体、何が正しいんでしょうね」
 そう呟いて沈黙を破ったのは、凜々花だった。
「私は親友の――怜子の仇を討ちました。それで怜子が浮かばれるかといえば、決してそんなことはないと思います。死んでしまった人の気持ちなんて、生きている私たちが知る術はないんですから、勝手に想像するしかないんですよね。……ましてやこんな悪夢のような状況の中では、何が正しいかなんて、分かるはずがないですよ」
 凜々花が親友の仇である木附祥人を討ったことは、すでに聞いている。
 しかしこの憂いを帯びた表情を見る限り、それで救いが得られたわけではなさそうだ。
 もっとも、凜々花はそれを承知で復讐を選んだ。
 その選択への後悔は、彼女からは感じられない。
 ――誠は、どうだろう。
 『楽園』を選んだことは間違っていないと思っている、そう誠は言ったが。
 本当に、そうなのだろうか?
 ――考えても、仕方のないことだ。
「……藍実ちゃんたちは、このままここで若駒さんを待つのか?」
「はい――そのつもりです。ツボミさんにはそう指示されてますし、暁さんたちの話を聞く限り、私と環奈がウロチョロできるような環境じゃなさそうですし」
 藍実の『通行禁止』は屋内でしか使用できない能力。
 環奈の『超自然治癒』は回復に非常に時間を要する能力。
 どちらも、乱戦が続くこの中央ブロックで正面切って生き延びるのには不向きな能力だろう。
「暁さんたちは――また、行くんですね。最前線に」
「……まあな。元々そのために、あんな放送をしたわけだし」
 そのために手を組んだ三人組――嶋田来海、久遠吐和子、御陵ミリアのことを思い出す。
 来海によると吐和子は死に、来海とミリアはこの戦いから手を引いたという。
 しかし、自分たちにはそのような選択肢はない。
 三人での生還には、生徒全員の手帳を集める必要があるのだから。
 それはすなわち、目の前にいる藍実と環奈の死をも条件とする血塗られた道。
「……やっぱりすごいです、暁さんは」
 藍実がそう言って薄く微笑む。
 しかし、陽日輝はそれを首を横に振って否定した。
「すごくなんかないさ。ただ、生き残るのに必死なだけだよ。その方法が、俺たちと藍実ちゃんたちとでは違うってだけだ。そういう意味では、きっと俺も、誠の奴と変わらないのかもな」
 その言葉に、全員が思案するように目を伏せた。
 ――自分たちはこの生徒葬会で、それぞれの思いと考えを胸に、時に手を取り、時に対峙して、生きるために足掻き続けている。
 誠――さらに言えば、彼が所属する『楽園』という存在は、自分たちに嫌でも考えさせていた――『これでいいのか』と。
 しかし、その答えが出なくても、自分たちは進み続けるしかない。
 そうでなければ――死ぬだけだ。
 ――それから、藍実たちと多少の会話を交わしてから、陽日輝・凜々花・千紗の三人は、再びテントの外へと出た。
 藍実や環奈とは同級生である凜々花は、特に名残惜しそうに別れの挨拶を交わしていた――そして、自分たちを匿ってくれたことへの感謝の言葉も。
 ……しかし、陽日輝たちはまだ知らない。
 この時点で、霞ヶ丘天と交戦したツボミが、リスクとリターンを秤にかけた上で『楽園』攻略を放棄し、撤退を決断したということを。
 それはつまり、ツボミたち三人の力をこれ以上借りることができない状態で、霞ヶ丘天とその配下を相手取らなければならないということを意味し。
 陽日輝たちが想像する以上の苛烈な戦いが、すぐそこに待ち受けているのだった。
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