【9日目:夜 屋外中央ブロック】
『楽園』での戦いは終わったが、生徒葬会はまだ終わらない。
とはいえ、数十人の命が失われた激戦の直後だ、今夜くらいは互いに不可侵を約束し、束の間の安息を享受しよう――というような流れに、自然となっていた。
鹿島鳴人は、他のみんながいる焚火から離れて散歩兼見回りをしながら、少し前のことを回想する。
――あの後、『楽園』内に残されていた野菜や魚を、焚火を使って焼いたり、簡単なスープにしたりして、その場にいる全員が夕食を済ませた。
辻見一花にも、安藤凜々花や相川千紗がどうにか最低限食事を摂らせていた。
その後、その場にいる一花を除いた六人を二班に分けて、三時間交代で睡眠を行うことにした。
二時間交代の案や四時間交代の案もあったが、見張りの集中力の維持と、疲労を回復するのに必要な連続睡眠時間との兼ね合いで三時間に決めた形だ。
暁陽日輝、安藤凜々花、相川千紗の班。
四葉クロエ、日宮誠、そして自分の班。
人間関係や『能力』のバランスも多少は考慮して話し合ったが、どうしたって自分がアウェイになるのは致し方ない。
残り五人は元々の友人同士だったり、この生徒葬会で行動を共にしていたりで、多かれ少なかれ関わりがあるからだ。
だから、その組み合わせに多少恣意的なものがあったのを鳴人は敢えて指摘しなかった。
凜々花と千紗を同じ班にするようさりげなく話を誘導していたのは陽日輝だったが、それは別離する前に仲の良い二人に少しでも一緒に過ごす時間を与えるためだろう。
また、クロエは自分と誠――特に自分を監視できるように班を編成したようだったが、そちらは特に隠す様子もなかった。
まあ、あの警戒心の強そうな女のことだ、こちらが出し抜こうとする可能性を排除はしていないのだろう。
――まあ、それは生徒葬会を生き抜こうとする者の心構えとして正しい。
鳴人だって、伊達にここまで生き延びてきたわけではない。
『変可球(バリアブルボール)』という野球経験者の自分とのシナジーが高い『能力』を引き当てることができたとはいえ、今日までに何度も命の危険には晒された。そのたびどうにか切り抜けてきたのだ。
とはいえ、今生き残っている生徒のほとんどが同じような経験をしているのも確かだ。
あのとき、一花の処遇を巡るやり取りの際にハッタリをかましたものの、いざあの場で殺し合いが勃発していたのなら、数的不利はどうしたって覆せなかっただろう。
「野球……してーなあ」
甲子園を狙えるようなチームじゃなかった。
地方大会では多少勝ち進んだが、逆に言えばそこ止まりだ。
自分はプロからお呼びがかかるような選手ではないし、大学に進学したらもう、野球を続けるつもりはなかった。
――それなのに、どうしてだろうか。
こんな非日常の時間と空間に囚われてしまったからか。
あのうんざりするような練習漬けの日々さえも、懐かしく、愛おしい。
うだるような暑さの中、ただただ走り、投げ、打ち、また走り――
真っ白なユニフォームが、汗と土、時には雨でドロドロになるのは不愉快で、胃の中のものを吐き出しそうになったことも何度もあった。
何度も辞めてやると思ったし、練習は嫌いだった。
それでも――もう一度、あの日々に戻りたいと思ってしまう。
ボールを今みたいに、人を殺傷する手段として用いるのではなく――本来の用途で使ってやりたい。
そんなことを考えながら、鳴人は星空を見上げ、溜息をついた。
――たとえここから生きて帰ることができても、共に汗を流した仲間たちも、ちょっとイイ感じになっていたマネージャーも、もうこの世にはいない。
……自分が、陽日輝たちに対して一花の件で強く当たったのは、そのこともあるのかもしれない。
友人同士、あるいは恋人同士で生き残っている、彼らに対する、嫉妬。
「……バッカみてえだ」
そろそろみんなのところに戻るとしよう。
気晴らしも兼ねての見回りだったが、さして気も晴れなかった。
□
鹿島鳴人が、「見回りでもしてくるぜ」とその場を離れた後、四葉クロエと日宮誠は、二人黙々と焚火の番をしていた。
夕食前に、みんなで手分けして木の枝は集めてあるので、それを適切なタイミングで追加するだけの作業だ。
少し離れたところでは、『楽園』から調達した寝袋を使って、陽日輝・凜々花・千紗の三人が並んで睡眠を摂っている。
さすがに疲れがあるのだろう、三人ともかなり深く眠っているようだった。
「僕は、最初から――相川の傍から離れないでいるべきだったんだろうね」
誠が木の枝を焚火の中でゆらゆらと振りながら、おもむろにそう呟く。
クロエは、自分の傍らで眠っている一花を見守りながら、
「結果論ですわ」
と返した。
「そもそも私は、陽日輝たちから聞いた話でしかあなたたちの事情を知りませんわ。そんな私に対してその話を振ること自体がナンセンスですわよ」
クロエは、これまた『楽園』にあった、恐らくは自動販売機を壊して集めたであろうジュースの入った箱から、缶入りのミルクティーを取り出し、プルタブを起こす。
常温で保存されていたとはいえ、秋の夜なので少しひんやりとしている。
中身を少しだけ喉の奥へと流し込み、一旦傍らに缶を置いた。
「……そうだね。もしかしたら君が慰めてくれるかもとか、思ってしまったのかもしれない」
「冗談キツイですわ。ですが、相川千紗をあなたが連れて行くというのは、私としても賛成ですのよ。陽日輝と凜々花と以前から組んでいたのは私ですもの。私のいない間に別の方と組まれていたことに少し驚いたくらいですわ」
誠にはそう言ったが、クロエ自身そのことには驚いてなどいない。
元々、陽日輝と凜々花にはそういった仲間の加入云々も含めて自由に行動してもらうつもりで、自分は別行動を選んだのだから。
『楽園』の件で多くの生徒が死亡し、予想よりも早く生徒葬会が終わりに向かって進行していることで、予定を変更しただけのことだ。
「生き残るためなら手段は選べないさ。……なんて、僕が言うとやっぱり言い訳がましいな」
誠は苦笑し、先ほどからゆらゆらと揺らしていた木の枝から手を離した。
オレンジ色の炎が、まるでそれを待ち構えていた生き物のように、木の枝をねっとりと包み込み、端からジリジリと炭化させていく。
誠は、凜々花と身を寄せ合うようにして眠る千紗の寝顔を見やり、今度は一転して穏やかな微笑を洩らした。
「……僕は相川のことが好きだった。でも、相川が陽日輝のことを好きなのは知っていた。――だから、陽日輝になら相川を任せられるって、そう自分に言い聞かせようとしたよ。実際、陽日輝にはそれだけの能力がある。僕たちの中で一番ケンカも強かったし、ああ見えて仲間想いな奴だしね。だけど」
誠は陽日輝、そして凜々花に視線を移してから、続けた。
「陽日輝にはもう、僕たち以上に大切な存在ができていたんだね。それなら、相川のことを任せてはおけないし――任せるわけにはいかない。陽日輝はその子を守るべきだし、だったら僕が――相川を守らなきゃいけない。そう思ったんだ」
「私にはあなたたちがどれだけ親しい間柄だったのかは分かりませんわ。ただ、陽日輝は凜々花と相川千紗、どちらも守れなかったことを悔んでいましたの。あなたたちのことが大切じゃなくなったわけではない、そのことは、理解しておいてあげてほしいですわ」
「……もちろんだよ、分かってる。優しいんだね、四葉さんは」
「――――。それこそ、冗談キツイですわよ。私はただ、自分が生き残るためには陽日輝たちが必要で、陽日輝とあなたとの間にわだかまりがあるのは不都合というだけですわ」
クロエはそう言って、ミルクティーの残りを一気に飲み干した。
人工甘味料のたっぷり入った甘ったるい味が、口の中いっぱいに広がる。
……この甘ったるさが、なかなかどうして、嫌いになれない。
そんなクロエを、誠は少しだけ気持ちが和らいだような表情で見つめていた。
「君と話せてよかったよ。――君になら、陽日輝を安心して任せられる。アイツ、ちょっと危なっかしいところがあるからね」
「……やっぱり、私よりあなたのほうがよっぽど優しいですわ、日宮」
クロエはそう呟いてから、空き缶を足元に転がした。
甘ったるいミルクティーだった――二本目は、しばらく飲みたくない。