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第百一話 打算

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【10日目:未明 西第三校舎一階 倉庫】

 西第三校舎一階にある倉庫。
 そこは、彼女――月瀬愛巫子にとって、苦い思い出が残る場所だった。
 以前自分は、立花百花に完膚無きまでに叩きのめされて意識を失い、次に目を覚ましたときには、この場所に放り込まれていた――ご丁寧にこちらの神経を逆撫でする文面の置き手紙と共に、だ。
 埃っぽい空気が漂う、八畳程度のこの狭い部屋は、愛巫子にとって敗北感を噛み締めた場所――だからこそ。
 今の愛巫子にとっては、拠点としてこの上なく相応しい場所に思えた。
 なんせ、今の自分は、あの憎たらしい女を――立花百花を、協力させることに成功しているからだ。
「アンタ、こんな狭苦しいところで寝てたのね。ああ、アタシが放り込んだんだっけ」
 ……まあ、減らず口は相変わらずだが。
 トレードマークだった茶髪のツインテールを解いた百花は、この生徒葬会で初めて対峙したときとは風貌も、そして身に纏うオーラも変わり果てている。
 若駒ツボミに切断された左手首は、中央ブロックで再会したときにはヘアゴムで止血していたようだが、今はタオルを被せた上で、この物置部屋から調達した細めのロープによってガチガチに縛られている。
 右手首のほうも、切断こそされていないが、百花の話によると滝藤唯人という剣道部員との交戦で傷を負ったらしく、こちらは傷口にハンカチを当てた上で、そのハンカチが落ちないようにガムテープで固定している状態だ。
 さらに、動きやすいのと、袖が傷口に擦れるのが鬱陶しいからという理由で、百花はブレザーやワイシャツを捨てている――上半身はブラジャーだけだ。
 日頃の鍛錬の賜物であろうくっきりと割れた腹筋だけを見ると、同性であるとは信じがたい。
 右脇腹にも傷を負っている彼女は、そこにもタオルをあてた上で、ベルトを少し高めの位置で素肌に直接巻くことでタオルを固定している。
 ――見ているだけで痛みが伝わってきそうな、満身創痍の姿。
 しかし、彼女の目は死んでいない――どころか、以前会ったとき以上にギラギラとした光が輝いている。
 それは、最愛の弟を奪った若駒ツボミへの復讐心だ。
 ツギハギの応急処置だらけのボロボロの姿が、未開の地に棲む部族の戦士のようにすら映る。
 ……とはいえ、百花が生きているのには理由がある。
 あのままでは失血死していたであろう百花を生かしたのは、愛巫子がこの西第三校舎で騙して殺した女子生徒――上川が持っていた能力。
 百花に第二の能力として与えたそれは、『不自然治癒(ヒールヒーリング)』。
 ……それは、愛巫子も百花も、元々の持ち主である上川でさえも知る由の無いことだが、最上環奈の『超自然治癒(ネオヒーリング)』に近い能力だ。
 ただし、自身に使用できない『超自然治癒』とは違い、『不自然治癒』は自身にしか使用できない。
 その代わり、治癒速度はこちらのほうが上。
 具体的には、殺し合いの最中でも有効なくらいには回復が早い。
 ……しかし、自身にしか使用できない以上に重大な欠陥がある能力だ。
 ――『不自然治癒』を使用しても、痛みは消えないのだ。
 確かに傷は治る。
 折れた骨もくっつくし、流れた血も補填される。
 さすがに、切断されて失った手首が生えることはないが。
 しかし――自然の理に反する治癒速度だからなのだろうか。
『不自然治癒』はその代償として、治癒した傷がもたらしていた痛みを永遠のものとする。
 そう、永遠――その傷が本来治るだけの月日を重ねても、なお痛みが残るというのだから、それはもはや呪いの類だ。
 だから愛巫子は、『不自然治癒』を身に付けるつもりなど毛頭なかったが、百花を延命することができる唯一の手段であるとともに、百花に恩を売る格好のチャンスだったこともあり、それを百花に渡すことにしたのだ。
 明日をも捨てた復讐者には、おあつらえ向きの能力だろう。
 百花は余裕そうに振る舞っているが、その顔には僅かに脂汗が浮いている。
 こうしている間も、彼女は消えない痛みを感じ続けているのだ。
 ――その痛みへの怒りや苛立ちもまた、復讐心へと転嫁されていくのだろう。
 見ていて滑稽だが、彼女の強さは認めざるを得ない――この身で以って思い知っている。
 だからこそ、生徒葬会の生存者が三十人にまで減った今、彼女という強力無比なカードを手にしているというアドバンテージは大きい。
 愛巫子は内心ほくそ笑みながら、百花に言った。
「今の内に休んでおいたほうがいいんじゃない? ロクに寝れてないでしょう、あなた」
 それは、痛みにより睡眠にも難儀するであろう百花への皮肉も多分に含まれているものの、本心ではあった。
 百花を慮っているわけではなく、彼女の戦力が低下することを懸念しての発言でこそあったが。
 百花はどこまで勘付いているのか、胡乱な目をこちらに向けながら、
「……アタシはツボミを殺せればそれでいいの。そのために必要な分はちゃんと休むわ。アンタこそ、体力無いんだから休みなさいよ」
 と言ってのけた。
 ……今は協力関係にあると分かってていても、眉がピクッ、と吊り上がる。
 プライドが高いことを自負している愛巫子にとって、百花の憎まれ口はいちいち癪に障る――もちろん、それを我慢できないほど愚かではなかったが。
 『議長』の放送によると、東城要も岡部丈泰もすでに死んでいる。
 今生き残っている生徒のうち、同級生で厄介そうなのは、若駒ツボミと、野球部レギュラーの鹿島鳴人くらいか。一年生と二年生はあまりよく知らないが、学年の違う自分にまでは評判が届かない程度の有象無象ということだろう。
 そんな状況で、立花百花という戦力はとてつもなく大きい。
 因縁の相手だろうが性格が合わない相手だろうが、利用する他ないのだ。
 とはいえ、言われっぱなしは性に合わない。
「私はあなたを心配しているのよ。若駒さんに二度負けているというあなたが、本当に彼女に雪辱を果たせるのかどうか」
「――アタシはもう負けない。ツボミのやり方はよく分かった。アイツには、二度と不覚は取らないわよ」
 それは、無謀なビッグマウスにも聞こえ得る発言だったが。
 実際に百花と相対していると、その言葉には説得力があった。
 愛巫子からすれば、そもそも百花がツボミに負けたこと自体信じがたいくらいだ。
 愛巫子は百花のことが嫌いだし、絶対に相容れないとも確信しているが、それでも、彼女が持つ圧倒的な暴力、それが生徒葬会において唯一無二の武器であることを痛感させられている。
「そうでないと困るわ。あなたを助けてあげたのは、あなたに精々足掻いてもらうためだもの」
「アンタには感謝してるわよ。アンタのことは大嫌いだけど、アタシにツボミを殺すチャンスをくれたことにはいくらお礼を言っても足りないわ。だから精々、アンタに利用されてあげる」
 お互いに憎まれ口を叩き合ってから、二人は何ともなしに微笑を浮かべた。
 微笑を浮かべたこと自体、二人は気付いていなかったが。
 ある意味、ありのままの自分を曝け出せる相手であるがゆえの居心地の良さを、感じているのかもしれなかった。
 ――しかし、そのある意味平穏な時間は、突如として崩れ去る。
 倉庫の壁を轟音と共にぶち抜いた、乗用車の登場によって。
「うぇあっ!?」
 思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。
 その直後には、そんな自分への苛立ちが込み上げてきたが、それどころではない。
 ぶち抜かれた壁と棚、そしてそこに置かれていた書類や小物――それらが、大小様々な破片となって飛散し、狭い倉庫内には土煙が舞っていたからだ。
「そこにいて!」
 百花の叫び声が聞こえたかと思うと、背中を引っ張られるような感触、そしてグルンと回る視界。
 後ろから引き倒されたのだと気付いたのは、その少し後だった。
 仰向けで天井を眺める形になった愛巫子は、土煙の隙間、百花が乗用車のフロントガラスを蹴り砕くのを見た。
 しかし運転席にも助手席にも、人の姿は無い。
「やってくれるじゃないのよ……! どこのどいつよ! ぶっ倒してあげる!」
 百花が威勢よく啖呵を切りながら、乗用車の脇を駆け抜けて、つい先ほど乗用車が作ったばかりの穴から外へと飛び出す。
「ま、待ちなさいよ……!」
 罠かもしれないのになんて軽率な、と思いながら、愛巫子は起き上がる。
 スカートや背中に付いた汚れをはたきながら、恐る恐る穴へと近付いた。
 ――そして見る。
 百花の背中越し、外灯の下に立つ二人の生徒の姿を。
「アンタらがクルマ突っ込ませたわけ? そういうのお年寄りがやることじゃないの?」
 そう言いながら、百花は構えを取る。
 愛巫子は、乗用車を突っ込ませた下手人二人の内一人の素性に気付いていた。
 チョーカーを身に付けた、長い黒髪の女子生徒。
 それは、ゲーム部だとかいう与太者たちのクラブの部長をしている同級生、鎖羽香音だ。
「いやいやそれは差別だよ。老若男女、平等にいかなきゃ」
 そんなことを嘯く羽香音の横で、見知らぬ男子生徒がケタケタと笑う。
 中肉中背、取り立てて特徴の無い容姿だが、強いて言うならば――彼もまた、『殺し』という行為に対する柵が、生まれつき低いタイプだろう。
 そういった人種が共通して漂わせている空気のようなものを、愛巫子は知っている。
「違いないッスね。ま――そうは言ってもオレは、男殺すより女殺すほうが楽しいんスよね。これって男女差別になるッスか?」
 期待を裏切らない軽薄な台詞を吐きながら、その男子生徒は一歩進み出た。
 校内でも有名人である立花姉弟を知らないわけではないだろうに、本人もしくは羽香音がよほど強力な『能力』を持っているのか、その所作は余裕げだ。
 あるいは――すでに生存者は残り三十人。
 ここまで生き残ってきたという事実がもたらす、自信ゆえか。
「美祢君、期待してるよ。君なら立花さんにも勝てるって」
「もちろんッスよ、鎖先輩。オレの『不可視力(リモートワーク)』知ってるでしょ? 相手が誰だろうと負ける気しねーッスわ」
 美祢と呼ばれた男子生徒が、スウッ、と左手を挙げて。
 日付が変わってから最初の殺し合いが、始まった。
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