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第百三十話 序曲

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【11日目:朝 裏山】

 日宮誠は、緊張した面持ちのまま、裏山の斜面を下っていた。
 その隣でエアガンを持ったまま周囲を警戒している相川千紗、そして山道に慣れているのか元々の運動神経の違いか、二人よりも五、六メートル先行している立石茅人も、一言も発しない。
 ――三人が下山しているのは、早朝に響いた轟音の正体を確かめに行くためだ。
 茅人が来訪した後、誠は茅人に殴られた鼻の手当をし、その後三人で生徒葬会で体験してきたことの情報共有を行ってから、交代で仮眠を摂ろうとしたのだが、そんなときに山の下のほうから凄まじい音が鳴り響いたのだ。
 それは、何か大きな建物が全壊したかのような轟音。
 その音の元に行ってみるべきだと提案したのは、先を行く茅人だ。
『だけど――危険なんじゃないか』
 そう訊ねた誠に、茅人は何を言っているのか分からないとでも言いたげに吐き捨てた。
『相川と一緒に生還したいんだろう? だったらここで動かない理由はないはずだが?』
 ――茅人の言う通りだ。
 自分は千紗を守りたい、千紗と共に生き残りたいと思いながらも、そのための具体的な行動に打って出れずにいる。
 積極的に動くことは、千紗の命を危険に晒すことでもあるから。
 だから誠は、茅人の思い切りの良さに焦りながらも感謝してもいた。
 自分だけでは、この状況で動く決断は下せなかっただろう。
 しかし、生徒葬会から生きて帰ることを考えたら、ここは動くべきなのは間違いないのだ。
「……日宮」
 そのとき不意に、千紗が話しかけてきた。
 振り返ったときにバランスを崩しかけ、なんとか踏み止まる。
 こんなことならもっと登山やハイキングも経験しておけばよかった、と思いながら、誠は答えた。
「どうしたの?」
「あの音、誰の仕業だと思う?」
「……誰かは分からないけど、あれだけ派手な音だから、相当派手なことをしたんだろうね」
 誠はそう言いながら、千紗の質問の意図を察する。
 そしてそれを指摘するべきか迷ったが――指摘することにした。
「……陽日輝がやったんじゃないかって、相川は思うの?」
「……。あくまでも可能性の一つとしてね。暁のあの能力なら、それだけのことはできるはずだから」
 千紗の口から陽日輝の名前が出ると、複雑な気持ちになってしまう自分の矮小さに嫌気が差す。
 陽日輝のことは友人として憎からず思っている。
 そして千紗が陽日輝のことをずっと好きだったのは、分かっているのに。
「……陽日輝に、案外すぐに会えるかもね」
「どうかな。……だとしても、私たちはもう、敵同士だから」
「……敵、か」
 生きて帰れるのが三人までである以上、それは目を背けたい、だけど背けるわけにはいかない事実。
 ――千紗は、そのことをどう考えているのだろうか。
 木々の隙間から差し込む朝日に照らされた彼女の横顔からは、それは窺えなかった。
「そろそろ麓だ。相川、俺たち以外の生徒はいるか?」
 先行していた茅人が一際大きな木の幹を支えにして立ち止まり、こちらを振り向いて言った。
 千紗は首を横に振り、「ううん、誰もいない」と返す。
 茅人は「そうか」とだけ答え、再び歩き始めた。
 ――千紗の『暗中模索(サーチライト)』は、半径五十メートル以内にいる生徒を知覚できる能力。その生徒が誰なのかまでは分からないにせよ、かなり優秀な索敵能力だ。
 そして、誠たちは程なくして下山を完了し――愕然とした。
 そこにあるはずの旧校舎が、瓦礫の山になり果てていたからだ。
 まるで大地震にも見舞われたかのように倒壊した旧校舎。
 ――三人はしばらく、それをただ見つめていたが、やがて茅人が口を開いた。
「この場所から得られるものは無さそうだ」
「……そうだね」
 誠は頷き、千紗のほうを見やる――すると、千紗の表情が強張っていた。
「誰か来る。左斜め前三メートルの角度に、反応が現れたわ」
「「!」」
 茅人、そして誠は目を見開き、すぐさまそちらに視線を向ける。
 今反応が現れたということは、すでに半径五十メートル以内に入っているということだ。
 その方向にはプレハブ小屋などがあるため、相手の姿は見えない。
 とはいえそれは、相手のほうも同じはず。
「視界に入った瞬間に俺が仕掛ける。適宜援護してくれ」
 茅人はそう言って、バンテージを巻いた拳を握った。
 喉が渇く。
 相手も、この旧校舎崩壊の轟音を聞いて様子を見に来た誰かなのか。
 それとも、そういった人間を狩ろうと待ち伏せていた誰かなのか。
 分からない、分からないが――そのとき。
 千紗が、「ああっ」と短い悲鳴を上げた。
「あと二人いる! 同じ方向に三人!」
「なっ!?」
 誠は思わず、素っ頓狂なことを上げてしまった。
 人数だけ見ればこちらと同じだが、こちらは戦力的には心もとない。
 しかし、茅人はいたって冷静だった。
「落ち着け。やることは同じだ」
 それだけ自分の強さに、『能力』に自信があるのか。
「三人……誰なのかな」
「分からないわ。ただ、陽日輝たちなら四人のはずよ」
 そう――陽日輝は安藤凜々花、四葉クロエ、辻見一花と行動を共にしているはず。
 そのいずれも、日付が変わった瞬間の放送時点では死亡していなかった。
 となると、彼ら以外の生徒。
 どんな能力を持っているか、この生徒葬会に対しどういうスタンスなのかも分からない、三人組。
 まだ見ぬ生徒たちに対する恐怖と警戒を覚えながらも、誠は千紗を庇うように立っていた。
 そして――プレハブ小屋の陰から一人の生徒が現れたのと、茅人が地面を蹴ったのとはほぼ同時だった。
 茅人は一瞬にしてその生徒との間合いを詰める。
 山小屋にいたときに、茅人は自身の能力について教えてくれた――『突貫航路(フルスロットル)』。
 一瞬にして自身の出せる最高速度にまで動作を持って行ける能力だ。
 要するに、運動を行う際の加速に必要な時間を省ける能力。
 本来感じる分の疲労や負担はしっかり乗っかって来るそうだが、格闘を得意とする茅人との相性は極めて良い能力といえる。
「ちょっ、待て!」
 しかし――仕掛けられた側の生徒も、非凡な反射神経で何かを投げていた。
 ボール? 石?
 それを誠が考えている間に、茅人は左に跳んでいた。
 しかし、かわしたはずのボールはありえない方向転換をし、そんな茅人の後頭部へと迫り来る――
「やめろ!」
「やめて!」
 誠と千紗の叫び声が響く。
 ――それが、戦いを止めることとなった。
 茅人は、後頭部に飛来する石に気付いて腕を挙げ、受けの構えを取っていたが、石はそこでまたも軌道を変え、地面へと落ちていた。
 石を投げた生徒が、そうしたのだろう。
 そしてその能力を、誠は知っている。
「鹿島、さん」
「日宮と相川か。また会うとはな」
 そこにいたのは、元野球部の三年生、鹿島鳴人だった。
 油断なく構えを取り続けている茅人を、鳴人もまた、鋭く見据えている。
 そんな殺気立った状況に、何か言うべきかと迷っていたとき――誠は、鳴人の後ろから姿を現した二人の生徒を見て、思わず「あっ」という声を漏らしていた。
「どうして――」
「辻見さん!?」
 千紗がその名を呼ぶ。
 そう、鳴人と行動を共にしていた二人の内の一人は、陽日輝たちと行動を共にしているはずの、辻見一花だったのだ。
 『楽園』で見たときと同じ、正気を失った虚ろな瞳のまま、もう一人の女子生徒に庇われるようにしてこちらを見つめている。
 茅人は、こちらを振り向かずに「……知り合いか?」と聞いてきた。
「……ああ」
 一花のことを説明するには時間がかかるので、誠は頷くだけに留めた。
 しかし、説明してほしいのはむしろこちらのほうだ。
 陽日輝たちと一緒にいるはずの一花が、どうして一人で『楽園』を発ったはずの鳴人と共にいるのか。
 そして、もう一人の女子生徒は誰なのか。
 そんなこちらの様子を見て、鳴人は肩を竦めた。
「……これは、お互い情報交換が必要そうだな」
「……奇遇だな。俺もそう考えてる」
 茅人は頷きながらも構えを解かない。
 そんな茅人を見て、鳴人は苦笑する。
「いいからリラックスしろよ。俺も三対三なんてやる気はな――――……!」
 ――言いかけた鳴人の表情が、恐怖と驚愕に彩られる。
 その表情の理由を尋ねるよりも先に、鳴人はポケットから石を取り出していた。
 それを見て、茅人が動き出そうとしたが――それを、千紗の叫びが制した。
「別の生徒の反応があるわ! 私たちの後ろ!」
「なっ!?」
 驚愕の声を漏らしたのは、自分だったか、茅人だったか。
 いずれにせよ、立ち位置の関係で、最も早く気付いたのは鳴人で。
 そして鳴人は、ためらうことなく投球フォームに移っていた。
 茅人と出くわしたときは、制止の言葉も口にしていた彼が。
 ――誠たちはまだ気付いていない。
 この場において、鳴人のその反応こそが最適解であることを。
 しかし、すぐに思い知らされることとなる。
 鳴人がそうしようとしたように、迅速に対応しなければならない状況であったということ。
 そして、それでもなお、及ばない相手であるということを。
 具体的には――石を投げるよりも先に、肩口から切断され、血しぶきをまき散らしながら宙を舞う、鳴人の右腕を目の当たりにしたことで。
「え――――」
 そのときには、茅人も、誠も、そして千紗も、振り返っていた。
 視界の向こう――それこそ五十メートルほど離れた場所に、一人の女子生徒が立っている。
 綺麗に切り揃えられたショートカットに、両性的な端正な顔立ち。
 上はブレザーを着ているが、下はスカートの代わりに学校指定のジャージを履いている。
 こちらを見据えるその眼差しは、鷹のように鋭く、氷のように冷たい。
 陽日輝から話は聞いていた――絶対に気を付けなければならない生徒がいると。
 あの陽日輝でさえ、最大級の警戒をしている相手。
 その生徒は――凛としたよく通る声で、こちらに呼びかけた。
「揃いも揃って廃墟見学とは乙なものだな。悪いがこうして出会った以上、ここで全員死んでもらおうか。いい加減、この馬鹿げたゲームを終わらせたいのでな」
 ――若駒ツボミは、そう言って。
 次の瞬間には、地面を蹴っていた。
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