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第十六話 三人

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【8日目:朝 東第二校舎三階 空き教室】

 暁陽日輝と安藤凜々花は、峠練二の襲撃を受けた東第一校舎を離れ、北に向かって移動を続けている。
 それを彼女――嶋田来海(しまだ・くるみ)は、左手に持った手鏡に映る二人の姿によって把握していた。
 来海がいるのは、先ほどまで陽日輝と凜々花が峠練二と交戦していた東第一校舎――の隣にある東第二校舎、その三階の片隅にある空き教室だ。
 第一校舎と第三校舎に挟まれる形で存在するこの校舎は、現在東ブロック一帯を行動圏内と定めている彼女『たち』にとって、ちょうどいい場所だった。
 三階の片隅という立地もいい。
 昇降口や裏口からこの校舎に足を踏み入れた生徒に、早くに気付きやすい。
 来海『たち』は、空き教室の一つを根城と定め、二つある入口のうち、階段に近い教室前方の扉のほうには、机や椅子を積み重ねてバリケードを作った。まあ、その気になれば破られるだろうし、同じく廊下に面したすりガラスの窓を割ればいいだけだから気休めだが。
 来海は鏡を持っていないほうの右手で、枝毛の多い癖毛ぎみな髪を掻いた。
 この癖毛に太めの眉、サイズが合ってないヨレヨレの制服という組み合わせにより、垢抜けない印象を見る者に与える来海だが、本人はさして気にしてはいない。
 気にするような性格なら、オカルト同好会なんていう怪しげなクラブには入っていなかった。
 それに、来海には親友と呼べる間柄の生徒が二人いるし、家族との関係も悪くない。
 それで十分だと、来海は思っていた。
「うーん……」
 来海は、立ったまま教卓に両肘をついた姿勢を取っている。
その姿勢のまま鏡を凝視し、眉間にシワを寄せながらボソボソと呟く。
「八木でも峠でもダメ、しかも自分たちが狙われてることにも気付いたときた。これは悩みどころだね。ターゲットを変えるべきか否か、叶和子(とわこ)はどう思う?」
「それウチに聞く? ……どう思うも何も、フツーに考えるなら手ぇ引くのがベスト。別にウチらでアイツら倒さなきゃならないわけでもなし」
 来海に話を振られて、教室の窓側最後列の席に、椅子を使わず机に直接座っている女子生徒が気だるげにそう答え、大げさに肩をすくめてみせた。
 身長173センチと、女子の中では校内屈指の長身の彼女は、その長い手足を組んでいる姿からどこかワイルドさすら感じさせる。しかし、彫りが深く鼻が高い、日本人離れした端正な顔立ちもあって、ワイルドさと共にセクシーさも醸し出されていた。
 とはいえ、目つきが悪いこともあって異性より同性にモテるタイプなのは間違いなかった。
 彼女がバレンタインのたびに、女子たちにチョコレートをたんまりもらっていることを、来海はよく知っている。
 彼女の名前は久遠吐和子(くどう・とわこ)。
 女子バレーボール部の不動のエースであり、来海の二人いる親友の一人だ。
「バレーの試合でもね、やりやすい相手とやりにくい相手がいたりすんのよ。それは必ずしも実力と比例しない。ましてやこのクソゲーム、『能力』があるわけだし。ウチの『能力』、あの二人とあまり相性良くないっしょ」
「うーん、良くはないけど悪くもないと思うけどねえ。まあ、キミがそう言うならそうなのかな」
 来海は教卓から体を起こし、手鏡を教卓の正面にある机の上に置いた。
 そこにはまだ、陽日輝と凜々花の姿が映っている。
「……北校舎に行くつもりなのかな。もしくはその先の旧校舎? 少なくとも、彷徨っているようには見えないねえ。何かこの生徒葬会を有利に運べるようなアテでもあるのかねえ」
「……ずいぶん気にするね、来海。好みのタイプ?」
「うーん、美男美女だとは思うけどね。私はあどけなくて童顔の男の子か、ボーイッシュでスポーティーな女の子が好みかな。後者はキミだね」
「そいつは光栄」
 吐和子は、来海のその手の軽口は聞き慣れていたので、サラリと流した。
 生徒葬会という極限状況下においても、来海と吐和子はいつもとほとんど変わらないような距離感・空気感を保つことができている。
 それは、こうして拠点となる場所を確保できていることもあるが、一番は、生徒葬会のルール、その根本にあった。
 手帳の表紙を百人分集めた生徒だけが生きて帰ることができる。
 そして、生徒葬会に参加した生徒は三百人。
 つまり、生きて帰ることができる生徒は一人ではなく、三人だ。
 そう――来海、吐和子、そして今席を外しているもう一人。
 一年の頃からの仲良しトリオで、揃って生還することができるという事実が、来海たちに一定の余裕を与えてくれていた。
「冗談はともかく、この二人が順調に生き残って、複数の能力を持つようになったら厄介だと私は思うよ。私の『偏執鏡(ストーキングミラー)』は知っての通り荒事には使えないし、ミリアの『影遊び(シャドーロール)』こそあの二人との相性がすこぶる悪い。あの二人と直接相まみえることになったら、キミに頼るほかないんだけど、そのキミがやりにくいと言うんだからね」
「事実なんだからしょうがない。ま、あの二人はどこかの誰かがヤってくれると信じるしかないでしょ」
 吐和子の言うことはもっともだった。
 来海と吐和子、そしてもう一人――ミリア。
 この三人で生き残るためには、生徒葬会の終盤までに『能力』を増やすのはもちろんだが、そのためには戦う相手を見定める必要がある。
 陽日輝と凜々花を狙ったのは、表紙や能力ページをそれなりに所持しており、かつ来海たちのテリトリーである東ブロックにいたからだが、差し向けた刺客二人は返り討ちに遭い、すでに東ブロックからも脱出されている。
 これ以上の追跡は、賢明ではないだろう。
「……ふたりとも、なんの話?」
 ――そのとき、立て付けの悪い横開きの扉をガタガタと言わせながら、トイレに行っていた三人目・御陵(みささぎ)ミリアが戻ってきた。
 いつも眠そうなまぶたとボーッとした表情で、言葉は悪いが新しめの死体のような血色の悪い肌をしている彼女は、そのスリム、というにもいささか行きすぎな感があるほど痩せた体躯もあいまって、どこか幽霊のようにも見える。
 仲良くなってみると、寡黙ではあるが別に感情に乏しいというわけではなく、なかなかに面白い子ではあったが、薄気味悪いと評する級友がいるのも理解できなくはない。
「今後のこと話し合ってたのよ。あの二人狙うのとりあえずやめよっかって話」
「そう」
 吐和子の説明にか細い声で答えたミリアは、狭い歩幅で机の間を縫うように進み、手鏡の置いてある席、つまり来海の正面の席に椅子を引いて座った。
 手鏡に映し出された陽日輝と凜々花をジイッと見下ろし、「残念」とだけ呟く。
「そうだね、せっかくミリアが二人も『協力者』を用意してくれたのに、どちらも返り討ちにされてしまったわけだから。私としても胸が痛いよ」
 来海のその言葉に、ミリアは上目遣いを向けてきたが、すぐにまた鏡面に視線を落とした。
 仲良くなっても、口数の少なさは大して変わらない。
 ミリアは自分から会話を引っ張ろうとするタイプではないのだ。
 しかしこのときは珍しく、ミリアが「次、どうする?」と尋ねてきた。
「次ねえ……まあ、もう一度『選別』からやり直すしかないね。ミリアも吐和子も、よさそうなのがいたら言ってくれないかい?」
 来海はそう言って、教卓の隅に無造作に置いていた、分厚いA3判のアルバムを開いていた。
「おっけー、了解」
「わかった」
 吐和子とミリアがそれぞれ頷き、離れた席にいる吐和子は机からひょいと降りてこちらに近付いてきた。
 三人で、机の上に置かれた手鏡とアルバムを見下ろす。
 そのアルバムは、生徒葬会開始後、来海が吐和子とミリアに護衛されながら訪れた本校舎の職員室で入手した、全校生徒の顔写真が名前付きで載っている内部資料だ。
 住所や家族構成、出身中学校などが載っているその資料は、鍵付きの金庫の中にあったこともあり、荒らされた痕跡がある職員室においても無傷で残っていたが、これこそが、来海の『能力』を最大限活用するための必需品。
 来海は、アルバムに映る生徒の中から、まずは一人の女子生徒を見繕った。
「鏡よ鏡よ鏡さん、相川千紗(あいかわ・ちさ)はどこにいる――なんてね」
 来海に呼びかけられた鏡は、一瞬ただの鏡に戻る。
 要するに、鏡面を覗き込む来海たち三人の顔を大写しにした。
 しかしそれは一瞬のこと。
 すぐに、鏡にはここではない別の場所が映し出されていた。
 ――木々に覆われ、朝だというのに薄暗いその場所がどこかは、すぐに見当が付いた。
 吐和子も同じなようで、
「裏山みたいだな」
 と頷きながら呟く。
 ミリアは分かってはいるだろうが、相変わらずボーッとしたままだ。
「裏山ねえ。あの二人も、もしかしたら北ブロックの校舎でも旧校舎でもなくて、裏山に向かっているのかもしれないね」
「……まあ、方角的にはあり得るっちゃあり得るか。鉢合わせてこの子にやられてくれたら助かるんだけど」
 鏡に映るショートヘアで茶髪の女子生徒は、辺りをきょろきょろと見回しながら、微かに傾斜のある裏山を奥へ奥へと進んでいく。
 地面に石や根っこがあり、さらにぬかるんでいることもあって、何度か滑って転びそうになっては、近くにある木の幹や枝を掴んで踏み止まっていた。
 自分が踏み崩した土や石粒が斜面を転がるのを見て、一旦その場で足を止め、どうやら物音や気配がないか確かめている様子だ。
「うーん、どこまで行くつもりかは気になるけど、あまりにも遠すぎるね。次に行こうか」
「どうせなら『二画面』にしとけばいいんじゃない? それくらいなら問題ないでしょ」
 吐和子の提案に、ミリアがこくりと頷いた。
 それを受けて、来海は「そういうことならそうしようか」と答えながら、次の生徒を見繕う。
 ――来海の能力『偏執鏡』は、鏡に特定の生徒を映し出す能力。
 あくまでも見れるだけで、声や現場の音は一切拾えないが、このようにその生徒がどこにいるのか、周囲の風景からおおよその見当を付けることはできる。普通教室のような似た部屋が大量にある場所だとなかなか難しいが、手帳を集める必要があるこの生徒葬会において、『偏執鏡』のアドバンテージは大きい。
 とはいえ、『偏執鏡』は無条件に使える能力というわけではなかった。
 一つに、鏡は能力によって召喚することはできず、用意する必要がある。
 そしてもう一つに、映し出す生徒の顔と名前を、来海自身が正しく認識していなければ、能力を発動させることはできない。
 前者は鏡なんて学校内においてもそう珍しいものではないのでさして支障はなかったが、問題なのは後者だった。
 来海が顔と名前を正しく認識できていたのは、同級生である三年生のみ。
 オカルト同好会なんて閑古鳥が鳴くクラブに所属している来海が、一年生と二年生を『偏執鏡』の対象とすることはできなかったのだ。
 吐和子やミリアから、知らない下級生の名前と顔の特徴を聞いてみても、来海が実際に顔を見ているわけではない以上、能力の発動条件を満たすことはできないというのは検証済みだ。
 しかしそれでは、約三分の一の生徒しか『偏執鏡』の対象にできないままだ。
 『偏執鏡』のポテンシャルを最大限引き出し、この生徒葬会を有利に進めるべく、危険を冒してまで職員室にアルバムを調達しに行ったのはそのためである。
 全校生徒の顔と名前が載ったアルバムを手にした今の来海は、生徒葬会に参加しているすべての生徒の状況を、安全圏にいながらにして見ることができる。
 さらにこの能力の便利なところは、『偏執鏡』を二枚以上の鏡に同時に使用することこそできないものの、一枚の鏡に映し出す生徒の数に限りはない、というところだ。
 先ほど吐和子が『二画面』と言ったのは、一度に二人の生徒を映し出す、という方法のことを指している。
 画面が二分割されるため一人一人の様子の視認性は下がるものの、まるで商業施設の防犯カメラのように、並行して観察を行うことができるのだ。
 現に今、手鏡の右半分には裏山を行く相川千紗が、左半分には、次に適当に指名した生徒が体育館裏らしき場所にいるのが映し出されていた。
 あまりにも多人数にしてしまうとさすがに見れないので、手鏡サイズだと四人くらいまでが現実的ではあるが。
踊り場にある姿見は壁に固定されていたので持ってくることができなかったものの、どうせ順番に見ていくのだから鏡面が少し小さいくらい、多少時間がかかるだけで大きな問題にはならない。
 来海の能力は、ミリアの『影遊び』、あるいは吐和子の『糸々累々(ワンダーネット)』のように他の生徒との殺し合いに直接使える能力でこそないものの、間違いなく三人の生存戦略を支える柱だった。
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