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第百三十九話 煉弥

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【11日目:昼 西第一校舎一階 旧化学室】

 暁陽日輝にとって赤辻煉弥の佇まいは、敢えて言葉を取り繕わずに表すなら、『都合が良い』ものだった。
 明らかに殺意があり、明らかに人を殺めている。
 そういう相手に対しては、躊躇わなくて済む――そういった理由だ。
 そんな風に考える自分に嫌気が差したのはほんの一瞬。
 陽日輝は、旧化学室の大きなテーブルに素早く登り、そのまま駆けた。
 入口付近にいる煉弥は、それを見て一瞬迷ったようだ。
 高低差が生じているため、煉弥がそのままナイフを振っても脛から下しか狙えない。かといって今からテーブルによじ登るのは隙だらけ。
 そのため煉弥は第三の選択――ナイフを投げるという手段を選ぼうとした。
 しかし、煉弥がナイフを放り投げようと手首を傾けたときには、その手からナイフは蹴り飛ばされ、入口の扉の一メートルほど上の壁にぶつかり、跳ね返って陽日輝の後方へと落ちて行った。
「!」
「うおおおお!」
 煉弥のナイフを蹴り飛ばした勢いのまま、陽日輝はテーブルから跳んだ。
 そして、煉弥の顔面めがけて全体重を乗せた右ストレートを見舞う。
 当然、『夜明光(サンライズ)』による橙色の光を掌に宿した状態で。
 それによって、煉弥の顔面は一撃で大部分が焼け溶かされる――はずだった。
「うごあっ!?」
 不意に襲い来る衝撃。
 鼻柱を鈍器で叩かれたような痛みと共に、陽日輝は吹っ飛ばされ、背中をテーブルの端にぶつけて床に尻から落ちる。
 生温かい感触が鼻の奥から唇、顎へと伝い落ち、その一部が口の中に入ったことで、錆びた鉄の味が広がった。
 鼻柱を殴り抜かれ、鼻血が出た――としか言いようがない負傷。
 しかし自分は――何の攻撃も受けていないはずだ。
 すぐさま顔を上げると、煉弥は予備に持っていたのであろう別のナイフを取り出し、何の感慨も無い表情でこちらを見下ろしていた。
「さっきの光、どういう効果があるのかな。その感じだと自分には影響が無いのかな」
 その言葉を聞き終えるまでには、先ほどの現象について答えは出ていた。
「……攻撃を無効化してそのまま相手に返す、みたいな『能力』か?」
「そうだね。反射と書いて『反射(リフレクション)』」
「なるほどな……名前も効果もシンプルだ」
 そして、シンプルがゆえに強い。
 『夜明光』を纏った右ストレートは、その能力によって煉弥には通じず、逆に陽日輝の顔面を襲うこととなった。
 『夜明光』が陽日輝自身には無害な能力であるため顔面を焼け溶かされることにはならなかったが、全力で顔面を殴った分のエネルギーはモロに食らってしまったというわけだ。
 ……畜生、いいパンチしてるな、俺。
 陽日輝は起き上がり、左の手の甲で鼻血を拭った。
 それでもすぐに次が垂れてくるが、もう構わない。
「陽日輝さん!」
「凜々花ちゃんはそこにいてくれ! コイツの『反射』の限界が分かるまでは攻撃したらダメだ!」
 そう――これだけ強力な能力だ。
 まったくの無条件で発動する上に何のデメリットも無い、というようなことはまずありえない。それでは文字通りの無敵となってしまう。
 あの『議長』は人の命を弄ぶ最低最悪の外道だが、いやだからこそか、この生徒葬会がゲームとして成立しないような『能力』は用意していないはずだった。
 アタリハズレはあっても、チート級の能力は無い。
 『反射』に関しても、絶対に付け入る隙はある。
 陽日輝はそう確信し、煉弥を静かに見据えながら構えを取った。
「なんでもかんでも『反射』できるわけじゃないだろ?」
「どうだろうね」
 煉弥がナイフを振りかざし――そのときには、陽日輝はその鼻柱に左拳を見舞っていた。ただし、先ほどのような全力ではない。『反射』されても支障が無いように、手首を軽く振った分の力しか込められていないジャブだ。
 煉弥の鼻に拳が触れた瞬間、自分の鼻に軽い衝撃が走る。
 ――と、同時に、陽日輝は煉弥の脛にローキックを当てていたが、その衝撃も返ってきていた。
 なるほど、意識せずに食らった攻撃も自動的に返せるか。
 それならば、と陽日輝は一旦後ろに跳んで距離を取り、前蹴りで煉弥のナイフを再び弾き飛ばした。
 ナイフを手放させたのはこれで二度目だ。
『反射』を適用できるのは煉弥の身体のみなのは間違いないだろう。
 しかしこれでは、埒が明かない。
 陽日輝は再び煉弥との間合いを詰め、今度は両手でジャブを連続して浴びせた。
 煉弥の顔から胸にかけて、十数発のジャブを当てるも、そのすべてが自分に返ってきてしまう。
 確かに拳は当たっているのに、そのたびに自分だけが衝撃を感じているのだ。
 どうやら『反射』は発動にインターバルも必要無いらしい。
 もしや本当に無敵の能力なのか、という焦りが脳裏をよぎるも、すぐに思い直す。そんなバランスブレイカーになり得る能力があるわけがない。
 あの『吸血鬼(ヴァンパイア)』さえ、血の補給が必要という条件があった。
 陽日輝は続いて、煉弥の右手首を左手で鷲掴みにしていた。
 打撃がダメなら捕まえて関節を極めるのは、と思ったのだが、煉弥の左手を掴んでいる感覚が掌に伝わってこない。
 代わりに、自分の右手首のほうに締め付けられるような痛みがあった。
「大した能力だな……!」
「そうだね。おかげで僕は、こんなゲームの渦中でさえ、僕の死を想像できない」
「気取ってんじゃねえよ――嫌でも想像させてやる、よ!」
 陽日輝は言いながら、煉弥の手首を放し、ポケットから取り出したボールペンを投げ付けた。
 ボールペンが顔に当たる微かな感触が走る。
 やはり直接触れたわけではなくとも『反射』の対象になる。
 となると、凜々花による援護は不可能だ。
 煉弥は、足元に転がったボールペンを見下ろし、呟くように言った。
「やっぱり無理だよ。君に僕に死を意識させることはできない」
「それはお互い様だろ。ナイフ程度じゃハンデにもならないくらい、俺とお前じゃ身体能力に差があるぜ」
「だけど君もいつまでも疲れないわけじゃない。そのうち僕のナイフは君の命に届くよ」
「その前にお前の『反射』を破ってやればいいだけだ」
 そうは言いつつも、突破の糸口を掴みかねているのは事実だ。
 何かしらの弱点はある。それは間違いない。
 時間制限かとも考えたが、それなら煉弥のこの余裕は不自然だ。
 仮に時間制限があったとしても、それはそうすぐに切れるものではないのだろう。
 だとしたら――
「凜々花ちゃん! ――逃げるぞ!」
 陽日輝は叫ぶと共に、凜々花の返事を聞くより早く、近くの長机を『夜明光』で殴っていた。
 焼け溶かされて砕けた木片が飛び散り、煉弥はそれを浴びる。
 ダメージはこちらに返せても、木片が視界を塞ぐのは止められない。
 『反射』の性質を理解した陽日輝は、煉弥がひるんだその一瞬に駆けていた。
 凜々花もこちらの呼びかけに応え、ドアめがけて走っている。
 陽日輝はドアを力任せに開け、凜々花を先に廊下に出させた。
 その後で、自分もドアを閉めながら廊下へと飛び出す。
「今は逃げるぞ!」
 そう言って凜々花の手を取り、駆け出す。
「……はい……!」
 凜々花も手を引かれながら走っていた。
 振り返ったとき、先ほど閉めたドアが開きかけているのが見えたので、さらにペースを上げる。
 凜々花にとってはキツいペースだろうが、煉弥の『反射』を攻略できない今、いたずらに時間と体力を消耗するのは危険だ。
 自分は身体能力に大差があるので煉弥相手に相当の時間粘ることができるが、凜々花はそうではない。こちらは迂闊に攻撃できないという状況でナイフを使われたら、『複製置換(コピーアンドペースト)』が使えるとはいえリスクが高い。
 そう考えていたのだが――西第一校舎から飛び出したところで、凜々花が言った。
「もしかしたら――どうにかできるかもしれません……!」
 息を切らしながら、彼女は視線を落とした。
 彼女のブレザーの胸ポケットに、その視線は向けられている。
 陽日輝はその意味がすぐには分からなかったが、凜々花が続けて口にした言葉によって理解した。
「部長の『能力』を使えば、分かるはずです……!」
 部長の能力。
それは、鎖羽香音の『千理眼(ウィッチウォッチ)』のことだろう。
 あらゆるものを透視できるその能力のページは、今、凜々花が持っている。
「確かに……! それなら、『反射』の仕様を盗み見れる!」
 陽日輝もそう確信したが――そのときだった。
 近くの外灯に取り付けられたスピーカーから、突如として声が発せられたのは。
 『議長』による放送?
 いや、違う。
今はまだ昼で、時間が早すぎる。
 何事かと、思わずスピーカーを見上げて立ち止まった陽日輝と凜々花は、聞き覚えのある声を耳にすることとなった。
『今なお生き残っている生徒に告ぐ。私は今、北第一校舎一階の放送設備を利用して全校にこの放送を行っている』
 至極落ち着いているが、聞く者の姿勢を正させるような芯のある力強さも感じさせる――そしてその中に、ぞっとするような冷徹さも含まれた声。
 スピーカー越しでも分かる、その声の主が誰なのか。
 陽日輝は煉弥に追われていることすら一瞬忘れ、その声に聞き入った。
『生徒葬会も十日以上続き、食料が枯渇しかけている。皆心身ともに疲弊していることだろう。そこで私は、敢えて私の居場所を告げた。手帳が欲しければいつでも来るといい。そこで私と殺し合おう』
「陽日輝さん、これって……!」
 凜々花が、動揺を隠せない様子で訊ねてくる。
 陽日輝は頷き、歯噛みしながらスピーカーを睨み付けた。
「あの人が、ついに勝ちに来たってことだ……!」
 東城一派との戦いをこちらに押し付け、『楽園』での戦いでも途中で撤退した彼女が、こんな大胆な手に打って出たということは。
 生徒葬会から生還するための準備が整った――ということだろう。
 つまり、自分たち以外の生徒を確実に殲滅できる準備が。
 少なくとも彼女はそう考えている。
 ――その推測を裏付けるかのように、彼女の声が響き渡った。
『私は三年の若駒ツボミだ。私は逃げも隠れもしない』
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