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第百四十話 終盤

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【11日目:屋外西ブロック】

 暁陽日輝と安藤凜々花は、互いに顔を見合わせていた。
 だが、程なくして校舎から赤辻煉弥が飛び出してきたため、陽日輝は凜々花の手を離し、彼女から二メートルほど離れて構えを取った。
 しかし煉弥は、すぐに距離を詰めてくることはなく、昇降口から出たところで立ち止まり、「今の放送、気になるね」と話しかけてきた。
 少し戸惑ったが、言葉以上の意味は無いと判断する。
 陽日輝はさり気なく煉弥との間合いを詰めながら答えた。
「興味があるのか?」
「それはもちろん。だけどどちらにしても、君たちを殺してからかな」
 煉弥は旧化学室で拾い直したのかそれともまだ隠し持っていたのか、再びナイフを取り出していた。
 それを見て、陽日輝はさらに一歩前に出る。
 煉弥もそれに気付いていたが、まだ両者の間合いは遠い。
 そもそも『反射(リフレクション)』を持ち、それが破られることは無いと確信している様子の煉弥には、こちらを警戒する意思はほとんど見受けられなかった。
「もう勝ったつもりかよ」
「君こそ、勝てるつもりなのかな」
「勝てるつもりよ」
 ――答えたのは、陽日輝ではなく凜々花だった。
 そして次の瞬間には、彼女は百人一首の札を投擲していた。
 『一枚入魂(オーバードライブスロー)』によって威力と速度を増したカードが、煉弥めがけて飛んでいく。
 煉弥はそれを無駄だと言わんばかりの冷めた目で見――その目が、見開かれた。
「つっ!」
 煉弥は咄嗟にかわそうとしたが、カードはそんな煉弥の右肩を掠める。
 制服が裂け、血が細かな粒子のようになって飛び散った。
 衝撃によって体勢を崩しかけ、なんとか持ち直す。
 その目は、澱んだ光を湛えたまま凜々花を見据えていた。
「どうしてわかったのかな――僕の能力のことが」
「さあ? 女の勘じゃない?」
 同級生相手なので、丁寧語ではない口調で凜々花が言う。
 陽日輝が凜々花の姿を隠すように前に出ていたため、煉弥は気付かなかっただろう。
 凜々花が手帳を開き、『千理眼(ウィッチウォッチ)』を自身の三つ目の能力として身に付けていたことを。
 それによって凜々花は煉弥の手帳を透視し、『反射』の仕様を看破したのだ。
 そして恐らく、凜々花が行った攻撃を見るに、その仕様は。
「同時に複数の攻撃を受けた場合、『反射』は発動しない――ってとこか」
「はい、その通りです。陽日輝さんがどれだけ攻撃しても通用しないはずです――普通、まったくの同時に攻撃を当てるなんてこと、しませんから」
 格闘技の基本はワン・ツーだ。
 漫画などには両手パンチも登場するが、実際に使用した場合、それでは体重が乗せ切れず威力が半減する。
 タネが割れればなんてことない話だが、自力で気付くのは至難の業だったろう。
 凜々花はカードを二枚同時に投げ、『反射』を破ったのだ。
「で? 俺たちを殺すって言ったの、まだやれるつもりか?」
「……。いや、もういいよ。君たちとこれ以上殺し合うのは分が悪いから」
 煉弥はそう言って、手慣れた動作でナイフを仕舞った。
「こっちはお前に殺されかけてるんだ。素直に逃がすと思うのか?」
 言いながら、悪役みたいな台詞だなと内心自嘲する。
 殺し殺されが当たり前になっているこの現状は、だいぶ生徒葬会に毒されている証左だろう。
 それに対し煉弥は目を細め、
「君たちは僕を逃がすべきだよ」
 と告げた。
「僕はあの放送に興味があるんだ。若駒ツボミさんに会ってみたい」
「……つまり、お前と若駒さんが潰し合うことを期待して逃がすのが賢明だから逃がせと。そういう命乞いか?」
「そうだね。確かに君たちは僕を殺せるかもしれない。だけど君たちに若駒ツボミさんを殺せるとは限らない。――僕は彼女を知らないけど、あんな放送をするくらいだから、相当自信があるんだろうし」
 煉弥の言うことは一理あった。
 ツボミの『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』は強力で、自分たちでは少なくとも正面からでは太刀打ちできない――だが、煉弥なら。
 『反射』の能力を持つ煉弥なら、ツボミを返り討ちにできる。
 ――とはいえ、ここで煉弥を殺して手帳を奪い、『反射』を身に付ければそれで済む話でもある。
 煉弥のような生徒を野放しにすることは、まだ生き残っている友人たちの身の安全を考えればリスクが高い行為でもあった。
 ――最終的には三人しか生きて帰れない状況で、そんなことを案ずるのは欺瞞かもしれなかったが。
 そんな陽日輝の迷いを、煉弥は察したのだろう。
 ――脱兎の如く駆け出し、再び校舎の中へと飛び込んでいた。
「待て!」
 陽日輝は追いかけようとしたが、すぐに凜々花が「陽日輝さん、待ってください!」と呼び止める。
「さっきの放送を聞いて――『楽園』のときと同じようなことが起きるかもしれません。今生き残っている生徒が集まって――大規模な殺し合いになる可能性が」
「! それは――有り得るな……!」
 もっとも、現時点で生き残っている生徒は十四人。
 数十人の生徒による乱戦が勃発した『楽園』ほどの規模にはなりようがないが、確実に死人が出るだろう。
 それこそ本当に、生徒葬会が終わるかもしれない。
 凜々花は、唇を噛みそうなほどきつく結び、言った。
「クロエも――北第一校舎に向かうかもしれません」
「!」
 そのことを考慮できていなかった自分に苛立ちすら覚えた。
 そうだ――元々クロエは、北第一校舎にいたときも、協力してツボミを討つことを提案してきたくらいには、ツボミを危険視していた。
 生徒葬会が終盤を迎え、自分たちとも袖を分かつ形となってしまった今、あの放送を受けて再び北第一校舎に向かうことは十分に考えられる。
 だとしたら――ここで逃げる煉弥を追うよりも、優先してやるべきことは。
「行こう――北第一校舎に。クロエちゃんと、もう一度合流するために」
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