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第二話 襲撃

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【7日目:深夜 屋外東ブロック】

 暁陽日輝に付与された能力は、掌に橙色の光を帯びさせる――だけでは、ない。
 能力名は、『夜明光(サンライズ)』。
 左手、あるいは右手の掌を橙色に発光させることができる――というのは副次的な効果であり、その真価は、光が持つ高熱にある。陽日輝自身は発光した掌で体を触ってみても火傷一つ負わないが、陽日輝以外にとっては、致命的な高熱をもたらすのだ。
 先ほど返り討ちにした友人の左胸に、ぽっかりと穴が開いていたのは、陽日輝が『夜明光(サンライズ)』を使用した掌を握って作った拳で、彼の左胸を殴ったからである。
 思い切り殴れば、すぐに肉も骨も焼け溶けるほどの凄まじい高熱。
 流れ出る血はすぐに蒸発してしまうため、陽日輝には返り血ひとつない。
 陽日輝なんて名前を付けられている自分にぴったりな能力かもしれない。
 ……しかし、この能力は強力でこそあるが、無敵とまでは言えないことを、陽日輝はすでに理解していた。
 光を放って遠くを攻撃することはできず、攻撃手段として用いるためには、相手を直接殴る必要がある。そのため、飛び道具やそれに準ずる能力を持つ相手には不利となるし、夜に使えば自分の居場所が遠くの生徒にまで露呈してしまう可能性がある、というのはすでに説明した通り。
 陽日輝が知る他人の能力はまだ数名分に過ぎないが、その中にすら相性が悪いといえる能力はあった。
 例えば、陽日輝が最初に殺すこととなった、半分狂いかけていた男子生徒。
 後で手帳を見たところによると一年の田ノ中(たのなか)という生徒らしかったが、彼に与えられていた能力は、突き出した拳から矢を飛ばす、というものだった。
 恐怖と絶望のあまり狂乱した田ノ中は、奇声を上げながら襲い掛かってきたため、陽日輝はまだ距離があるうちから彼の存在に気付き、放たれた矢もすんでのところで回避することができたものの、もし田ノ中が冷静に、息を殺して距離を詰め、よく狙いを定めて矢を放ってきたのなら――自分は避けきれず、死んでいたかもしれない。
 田ノ中だけではなく、陽日輝にとって二人目の殺害対象――なんとも最悪なことに、この無秩序な状況に乗じて、女子生徒を乱暴しようとしていた下衆野郎――三年の倉条(くらじょう)という男だったが、そいつの能力も厄介だった。
 能力名は『停止命令(ストップオーダー)』。
 対象を指定した上で「止まれ」と発声することで、人、物を問わず、何か一つだけの動きを止めてしまうというものだ。
 といっても、完全に機能を停止させられるというわけではなく、人の場合はその場から動けなくなるだけで呼吸はできるし、心臓も止まらないのだが、それでも、一対一の状況においては無敵に近い。
 実際、陽日輝が倉条を一対一で倒すためには、不意打ちを仕掛けるしかなかった――が、それは結果論。
 女の子が襲われているという状況を目の当たりにし、陽日輝は咄嗟に飛び出してしまっていたため、倉条の『停止命令』をマトモに受けてしまった。
 なまじ自分や、最初に遭遇した田ノ中の能力が直接的というか、物理的な能力だったため、他の能力も似たようなものだと思ってしまっていた部分もあった。
 なんにせよ、『停止命令』のような搦め手の能力もあると、早い段階で知ることができたのは、今思えば幸運だろう。相手の能力も分からないうちから、考えなしで挑むことは、とてつもなく危険だと知れたのだから。
 ――あのとき、倉条はミスを犯した。
 『停止命令』で動きを止めることができるのは、一度に一対象のみ。
 そのため、体の自由が利くようになった女子生徒が、倉条に思い切り体当たりしたのだ。
 動きを止めて押し倒し、精神的に屈服させたはずの女子生徒からの思わぬ反撃に、倉条は動揺し、もう一つのミスを犯した。
 女子生徒に対し、再び『停止命令』を使ったのだ。
 そんなことしなくても、体格的に十分制圧はできただろうに。
 そしてその結果が招いたのは、自由の身となった陽日輝による『夜明光』の一撃を食らうという結末だ。
 あの女子生徒はよほど怖かったのか、体当たりをした直後には一目散に走り去っていたが、無事だろうか。見覚えがなかったから、恐らく一年生か三年生だろうが――他人の心配をしていられるほど、余裕があるわけではないのだが、つい、考えてしまう。
「……生きてれば、いいけどな」
 あの女子生徒は、どんな能力を与えられているのだろう。
 この生徒葬会で生き残るためには、それが何より肝要だ――
 なんてことを考えながら、陽日輝はなるべく壁や木の傍など、遮蔽物がある場所を選んで歩みを進めていた。
 今、陽日輝がいる場所は、敷地内を東西南北に分けた場合の東側にあたる場所であり、そのままシンプルに東ブロックと呼ばれている。
 裏山なんてものがあることからも察せられるように、この学校の敷地面積は割と広い。マンモス校というわけでもないのに、だ。
 そのため、生徒葬会開会時に三百人もの生徒が残っていたにも関わらず、一週間経とうとしている今なお、陽日輝が出会った生徒は二桁いかない。
 誰かと出会わないということは、この状況下においては幸運でもあり不運でもある。身の危険を回避できる一方で、『投票』への道が遠いことも意味しているからだ。
 ……もっとも、『投票』に必要なのはあくまでも百人分の表紙。百人を殺すことではない。そのため、誰かが表紙を集めに集めたところでそれを奪うというのも一つの手だろう。
 ただ、いつまでも待ちの姿勢でい続けるには、不都合なことが二つある。
 一つは、食料の問題だ。
 水道は、外界と隔絶されている今このときにあっても、どういう原理か通常通りに使えるようだったが、さすがに食料のほうは、蛇口を捻って手に入れることなどできない。
 学食や調理室にある食材、購買に置いてあるパンやおにぎり、部室棟や職員室にある生徒や教師が持ち込んだ菓子類――そういったものにも、限りがある。何より、食糧事情が逼迫しているのはみんな同じだ。不用意にそういった場所に近付けば、何人もの生徒と同時に戦う羽目になる。
 陽日輝は葬会初日に、自分の教室に行って自分の鞄の中に入れていたチョコレートとキャンディを回収していたが、それもすでに食べ切ってしまっていた。
 今は水を飲んで空腹をごまかしているような状態であり、これが、生徒葬会を長期戦にするわけにもいかない事情の一つである。
 そして、もう一つの問題が、睡眠の問題だ。
 陽日輝はこの一週間近く、途切れ途切れの短い睡眠――仮眠、とすら言えない程度の休息しか取れていない。眠っている間に襲われたら、ひとたまりもないからだ。
 体力にはそれなりに自信があるので、この空腹と睡眠不足にもまだなんとか耐えられているが、このままでは長くはもたない。もっとも、他の生徒たちとて条件は同じだ。
 ――ただ、違う条件下にある者がいたとしたら、それは――
「――!」
 そのとき。
 陽日輝は、夜の冷たい空気を裂いて何かが飛んでくるのを察知し、頭で考えるよりも先にその場から飛びのいていた。
 直後、背中を預けていた桜の木に、鈍い音を立てて何かが刺さる。
 そのときには、陽日輝は両の掌を『夜明光』で輝かせ、臨戦態勢に移っていた。
 橙色の光にぼおっと照らされ、桜の木の幹の色や形までがくっきりとする。
 そこには、十二単を着た女性の絵が文字と共に描かれたカードーー競技かるた、いわゆる百人一首の札が、三分の一が埋まるほど深く突き刺さっていた。
「よく避けましたね。それにしてもなんですか、その手。ホタルでも飼ってるんですか?」
 口調こそ丁寧だが、どこか慇懃無礼な響きを感じさせる声。
陽日輝から二十メートルほど離れたところにある自動販売機の影から、一人の女子生徒が姿を現していた。
 『夜明光』にとって照明効果は副次的なものであり、二十メートルも離れていては、本来、輪郭が微かに浮かぶくらいにしか照らせない。
 だが、自動販売機の真上には外灯があるため、その女子生徒の姿は陽日輝の目にもはっきりと見えた。
 身長は160cmくらい、少し茶色がかった黒髪をポニーテイルにしている。
 顔立ちは整っているほうだが、ツリ目の中の瞳には、どこか冷めた光があった。
 何より目を引いたのは、彼女のブレザーのポケットだ。
 両側面のポケットが、明らかに膨らんでいる。
 ――そこに、大量の百人一首札が入っているのだと推察するのに、そう時間はかからなかった。
「……そういうお前こそ、百人一首の遊び方も知らないのかよ。人様に向かって投げるモンじゃないぜ」
 陽日輝はそう答えながら、ゆっくりと横向きに移動した。
 今の立ち位置は、木に近すぎる――また札を投げつけられたときに、周囲に物があると避けにくくなるからだ。
 まだ誰にも見つかっていない状況で移動する場合は、遮蔽物の近くのほうがいいが、こうして臨戦態勢に入ってしまった以上――まして、飛び道具が相手ともなれば、少しでも自由に動ける場所のほうが都合がいい。
 ポニーテイルの女子生徒は、陽日輝のそんな動きに気付き、目を細めた。
「手慣れてますね。それに落ち着いてます。普通、いきなり殺されかけたら、もっと取り乱すものですよ。あなた、これが初めてじゃないでしょう」
「……お前こそ。一体何人殺してるんだ?」
「女子に経験人数を聞くなんて、デリカシーの欠片も無いですね」
 冗談なのか分かりにくい、しかし冗談だとしてもずいぶんと場違いなことを言いながら、その女子生徒は前髪をかきあげ――
 たかと思った刹那、その手をシュン、と素早く、そして短く振っていた。
「ッ!」
 投げられた札は、陽日輝の首めがけて飛んできていた。
 すんでのところで首を傾け、避けることには成功したが、首の左側がチリチリと焦げたように痛む。血は流れていないが、どうやら薄皮一枚くらいは切れたようだ。
「……びっくりさせるなよ。首切れるかと思ったぜ」
「そのつもりだったんですけどね。あなた、なかなか良い動体視力と反射神経してるみたいですね。私、カード型のものを投げる力が強化されるっていう能力をいただいてるんですけど、この一週間でこの攻撃を二度も避けたのは、陸上部の早宮と剣道部の滝藤だけでしたよ。あなた、何かスポーツとかやってます?」
「そういうのは中学で卒業したよ。高校はダラダラ過ごすつもりだったからな。それを何の因果かこんなゲームに巻き込まれて、頭のおかしい女にカルタ投げつけられてるんだから、たまったもんじゃないぜ」
 余裕そうに見せるために、口元に笑みを浮かべて軽口を叩くが、内心では「まずい」と感じていた。
 田ノ中に襲撃されたとき、もし田ノ中が冷静だったら――と危惧したものだが、今の状況は、まさにそれだ。
 飛び道具を持つ、冷静な相手。
 『夜明光』は、パンチが届く間合いにまで踏み込まなければ意味がない。それこそホタルのようなピカピカ光って自分の居場所を知らせるだけになってしまう。
 しかし、カード型のものを投げる力を強化する能力と言っていたが、その速度はあまりにも凄まじかった。
 これ以上間合いを詰めたなら、おそらく回避は間に合わない。
 全速力で突っ込んだとしても、拳を当てる前に頸動脈を切られてお陀仏だろう。
 ――考えろ。
 この女を出し抜く方法を、何か。
「頭のおかしい女だなんて、失礼しちゃいますね。私これでも優等生なんですよ? あなた、えっと……名前なんて言いましたっけ?」
「……まだ名乗ってないよ。暁陽日輝だ」
「私は安藤凜々花(あんどう・りりか)といいます。以後お見知り置きを。その以後が、たとえ数分であったとしても」
 ポニーテイルの女子生徒――安藤凜々花は、そう言いながら、両手の人差し指と中指をポケットにスッと入れ、それぞれ一枚ずつの札を抜き出し、顔の前で指を立てることでこちらに示して見せた。
「三度目の正直です。次こそあなたを仕留めます」
「二度あることは三度あるんだぜ、凜々花ちゃん」
 内心の焦りや緊張を悟られないよう、陽日輝はニヤリと不敵に笑った。
 ――凜々花が札を投擲するまで、おそらくは、あと数秒。
 陽日輝はそれでも諦めることなく、凜々花の初動を見落とすことのないよう凝視しながらも、この状況を打破するべく、思考を巡らせ続けていた。
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