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第四十六話 裏側

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【8日目:夕方 北第一校舎一階 廊下】

 星川芽衣が引き起こした騒動は、若駒ツボミの不在を格好の機会としたものだったが、実際、ツボミはどうして席を外していたのか。
 それは、同じく不在だった根岸藍実からの報告を受けてのことだった。
「トイレの窓から誰かの影が見えた、か。厄介ごとが尽きないな」
「はい……でも、もしかしたら気のせいかもしれないです」
「構わない。杞憂で済めばそれが一番有難いからな」
 トイレに行った藍実が、すりガラス越しに横切る人影のようなものを見て、それをツボミに報告したことにより、ツボミが確認のため藍実を伴って調理室を後にした、というのが事の次第である。
 藍実は周囲にいたずらに不安を与えないように、ツボミにだけ聞こえるように耳打ちしたし、その際他の者は配膳や包丁洗い等でせわしなく動いていたため、状況を知って混乱が生じることはなかった。
『環奈、私は藍実と外に作業に出てくる。すぐに戻るつもりだが、先に食べ始めてくれて構わない』
『あ、は、はい……わかりました』
 ツボミは環奈に留守を任せ、藍実と共に確認に向かった。
 まずは藍実が人影を見たという女子トイレに行き、窓を開けて外の様子を窺う。
 そこにはすでに人影は見当たらず、ツボミと藍実は一階にある部屋を巡りながら窓の外の様子を見て回った。
 その途中、調理室から皿とスプーンが触れるカチャカチャとした音や、そこにいる皆が会話を交わす声とが廊下にも漏れてくるのを耳にし、ツボミは呟いた。
「平和だな」
「……はい。えっと……」
「暁のお陰だな。――私に遠慮しているのか? 藍実」
「いえ……まあ、はい。ツボミさんにとって――いずれは敵になる人ですので……」
 藍実は目を伏せ、複雑そうな表情でそう呟いた。
 ――ツボミは、藍実が暁陽日輝を憎からず思っていることに気付いている。
 恋愛感情というわけではないが、感謝と敬意を抱いているのは確かだ。
 それでも――少なくとも現時点では、陽日輝と自分を秤にかけなければならなくなったとき、自分を選んでくれるという確証があった。
 ツボミは、藍実の『通行禁止(ノー・ゴー)』と環奈の『超自然治癒(ネオヒーリング)』、その二つの能力にかなりの価値を感じている。
 二人が自分に協力し続けてくれる限り、この生徒葬会からの生還はほぼ約束されていると言ってもいいくらいに。
 だから、藍実と環奈の心の機微には注意を払い続ける必要がある。
 彼女たちとて、切り捨てられる懸念を抱いていないわけではない――ツボミ自身、そういった非情な判断が下せる人間であることは特別隠していない。
 変に取り繕うより、適度にそういう部分を匂わせていたほうが、藍実や環奈に『貢献』をさせることができるという打算がそこにはあった。
 もちろん、それに見合うだけの見返りを与える必要はあるし、『貢献』するだけの価値がある、強く有能な人間だということを、彼女たちに対して証明し続けなければならないが。
 ――今、藍実が目撃した人影を探しているのは、その一環でもある。
「暁がここを出た後、再び私たちの前に現れることがあれば、そのような可能性もあるだろうな。そればかりは予測が付かないことだ」
「……そう、ですね」
 東城要を倒したのは大したものだが、その『裏側』にもツボミは気付いている。
 恐らくあの銀髪の少女――四葉クロエが、陽日輝に協力していたのだ。
 クロエは東城の被害者を装っていて、実際そう言われても信じられるような振る舞いをしていたが――彼女自身の演技力は高くとも、周囲はそうではない。
 事情を知っているであろう陽日輝や他の被害者の様子から、クロエが演技をしていることはほぼ確信できていた。
 それに、体格や佇まいを見れば、その者のある程度の体力や運動神経の高低は読めるものだ――クロエは陽日輝と比べても遜色ない。
 極めつけは、東城とその取り巻きたちの死体だ。
 陽日輝の能力によるものでは付かないであろう鋭利な傷口ができていた。
 陽日輝が東城と渡り合ったことは事実だが、直接の致命傷はクロエが与えていて、東城討伐にクロエの力が必要不可欠だったのは想像に難くない。
 ――もっとも、ツボミにとってそれは悪い話ではなかった。
 陽日輝にせよクロエにせよ、単体では東城以上の脅威ではないということを意味するからだ。
 東城が死んだ今、『能力』を考慮しなければ、自身にとって脅威となり得る生徒といえば――
「――まさかだな」
 ――ツボミは、窓の外にいた『その人物』を見て、思わずそう呟いていた。
 学年が違う藍実は、その人物と面識がない様子だ。
 屋外にある洗い場に身を隠し、蛇口から出した水を右手首に浴びせている、茶髪にツインテールの女子生徒――立花百花を。
「……知っている人ですか?」
「ああ――同級生だ。名前は、立花百花。繚――隣にいる男は、あいつの弟だ」
「弟――姉弟、なんですね――」
 姉である百花を庇うように寄り添い、姉の手を取って傷口を見ているのは、バスケットボール部のエースプレイヤーである立花繚だ。
 大きな音が出ないように、蛇口からは細くしか水を出していないが、そのせいで傷口を洗い流すのに時間がかかっている。
 繚はしきりに振り返り、警戒している様子だった。
 百花が負傷し、その治療のために保健室のあるこの北第一校舎を訪れた――といったところだろう。
 しかし、北第一校舎には藍実の『通行禁止』によるバリアが展開され、一階からは進入することができない。
 彼女たちがそれをすでに試したかどうかは、まだ分からないが。
 しかし――まさかここで、立花姉弟と遭遇することになるとは。
「――藍実、トイレで見た影はあの二人のどちらかか?」
「多分――弟さんのほうだと、思います。断言は、できないですが」
「構わない。――藍実、昇降口に行くぞ。そこで一度、『通行禁止』を解いてくれ」
「! それは、つまり」
 藍実がそこで言葉を止め、ごくりと唾を呑み込む。
 そこから先は、言わなくても分かる。
 ツボミは、立花百花と立花繚を見据えながら答えた。
「あの二人に会いに行く」
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