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第五十二話 交流

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【9日目:未明 中央ブロック ゴミ捨て場】

 月瀬愛巫子は、自分が自尊心の高いタイプであることは理解している。
 校内トップクラスの成績、それを実現できるだけの器量、そしてこの生徒葬会においても状況に適応し躊躇無く他者を殺めることができる精神性。
 それらに見合っただけの自尊心を持っているに過ぎないと考えてはいるが、結果として自尊心は相対的に見て高い。
 しかし――今のこの状況は、そんな自分でなくとも屈辱を感じずにはいられないものだろう。
 学校敷地内中央の本校舎にほど近い、しかし周囲に園芸部が管理する畑や、それに付随する塀やプレハブ小屋がある関係で奥まった立地になっているこの場所――ゴミ捨て場で、愛巫子は昨日出会って行動を共にすることになった早宮瞬太郎と共に夜を過ごしていた。
 金網で作られた、教室より一回り小さいくらいの長方形のゴミ捨て場の端で、愛巫子は薄汚れたダンボールの上に体育座りして、いつからあるか分からない錆びたドラム缶にもたれかかっていた。
 夜を明かす際にある程度安全が見込まれる場所を選ぶのは分かる。しかし、だからといってゴミ捨て場というのは、自分が単独で行動していたならば、絶対に選ばないであろう場所だった。
 いや、だからこそ隠れて休息するための場所としては優秀なのは認める。
 というより、認めざるを得ない。そしてだからこそ苛々は募る。
 あからさまに安全上問題のある場所だったなら、それとなく否定して場所を変えさせることができたのだが、あいにくここはかなり良い隠れ場所だ。ゴミ捨て場であるという点に目をつむれば。
 出入口は愛巫子たちがいる角から対角線上にあり、金網でできているため開けようとすれば必ず音が出る。
 さらに、金網のドアの位置が少し低く、ドアは地面を擦る形になり、すんなりとは開かない。
 オマケに、愛巫子がもたれているドラム缶の横は金網が少し破れていて、いざとなればそこから抜け出すことが可能だ。
 しかもそちら側は塀などが遮蔽物となり、外からは目立たない。
 このゴミ捨て場自体が奥まった立地と、入口側を中心に無造作に積まれたダンボールや粗大ゴミ、古ぼけた蛍光灯の束といったガラクタによって、奥のほうが見えにくくなっているのも大きい。
 実際、愛巫子たちがこの場所に隠れてから、誰一人として自分たちを見つけ出すことはなかった。
『ここ、いい隠れ場所だと思ってたんですよ』
『ここならしっかり仮眠も取れそうですね』
 瞬太郎は悪びれもせず、そんなことを言っていた。
 女子生徒、それも上級生を薄汚いゴミ捨て場に連れ込んでおいて、詫びの一言もない瞬太郎の鈍感さには怒りを通り越して呆れたが、まあそのくらい単純なほうが扱いやすいと考えて行動を共にすることにしたのも事実だ。
 昨日の夕方、楪萌に襲われた際、自分一人では敵わなかったこと、瞬太郎が来なければ殺されていたことは、認めざるを得ない。
 とはいえ――誤算だったのは、瞬太郎もまた、直接戦闘で有効な『能力』を持っているわけではない、ということだ。
 瞬太郎の『鋼鉄心臓(スティールハート)』は、彼の心肺機能を強化し、簡単に言えばどれだけ激しい運動をしても呼吸が苦しくならないという効果をもたらしてはいるが、言ってしまえばそれだけだ。
 萌を退けたのは、あくまでも瞬太郎自身の身体能力である。
 もっとも、だとしても彼の身体能力には利用する価値がある。
 愛巫子の見立てでは、純粋なフィジカルなら立花姉弟と同等以上。
 今後、あの忌々しい立花百花と再び相まみえたときに、瞬太郎を手駒として利用できることで得られるメリットは大きい。
 だから、多少は我慢が必要だ。
 こんな場所で夜を明かさせようとしていることにも、寛大にならなければならない。
 ここで瞬太郎の不意を突いて殺すのは容易だが、それではこれから先の生徒葬会の難易度が跳ね上がってしまう――
「それにしても、生徒葬会が始まったのが燃やすゴミの日じゃなくてよかったですね。臭いもあまりしませんし」
「……ええ、そうね」
 何を言っているんだコイツは、という呆れが顔に出ないようにグッとこらえる。
 それでも、恐らく多少引きつった表情にはなってしまったかもしれない。
 確かに燃やすゴミの日ではなかったが、ゴミ捨て場なのでこびりついた臭いはある。ずっとここにいるので鼻が慣れてはきたが、髪の毛や制服にも臭いが移ってしまったんじゃないかと気が気でない。
 ――臭いが『あんまり』しない?
 あなたの基準どうなってるのよ、生ごみ放置した部屋に住んでるの?
 この臭いのせいで昨夜食べたチョコレートも美味しくなかったわよ――
 ――といった不満を直接ぶつけてやりたいくらいだったが、我慢する。
 ……私が他人を頼らなければならないのは不本意だ。
 しかしそれを受け入れたほうが生徒葬会からの生還率が上がるのは明白。
 なら、この感情は割り切るべきで、いたってロジカルに判断すべきだ。
 この鈍感な男の長所でも見出して、少しでも自分を納得させてみようか。
 例えば――そうだ、昨夜食べたチョコレートはコイツに貰ったものだ。
「それに、用を足したくなったときもあっちの角の土のところにできるのがいいですね。近くに畑があるので肥料で臭いもまぎれますし、スコップで埋めれば完全に分かんないですし」
「…………」
「あ、大丈夫ですよ月瀬先輩。臭いとか全然しなかったので」
「…………ええ、そう」
 頭に血が上る感覚の中、愛巫子は瞼がぴくぴくと動くのを止められなかった。
 さっき我慢することを改めて誓っていなければ、衝動的にカッターナイフで襲い掛かっていたかもしれない。
 なんなのコイツ、デリカシーとかそういうのないの?
 耳の先まで怒りと恥辱で赤くなるような感覚を覚えながら、愛巫子はグッと拳を握り締めた。
 最初はしどろもどろだった癖に、慣れてきた感が出てきているのもムカつく。
 色恋沙汰、少なくとも低レベルな連中とのそれには興味の無い愛巫子だったが、それでも、コイツはかなり『ナシ』だ。
 ちょっとでも利用価値が無くなったら即切り捨てよう、うん。そうしよう。
 愛巫子はそう自分に言い聞かせることで、湧き上がる激情をなんとか胸の内に留め置いていた。
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