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第五十九話 迎撃

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【9日目:朝 裏山】

 暁陽日輝の読みは、決して的外れなものではなかった。
 楪萌は、『自縄自縛(ロープアクション)』を利用しての突進、と見せかけて衝突の直前にロープを相手の首に巻き付け、そのまま突進の勢いを利用して瞬時に首をへし折るという技を、月瀬愛巫子に対して使用している。
 なので、陽日輝がもっと早く萌と対峙していたなら、その動きを見切って完封していただろう。
 しかし、萌はすでにこの技を過信し、辛酸を舐めさせられている。
 愛巫子には通用したものの、直後に現れた陸上部エース・早宮瞬太郎にはその反射神経と動体視力によって初見で打ち破られたのだ。
 その結果、顔に傷痕が残るほどのダメージを負わされた。
 どういうわけか気絶している間にトドメを刺されることはなかったものの、萌にとって自身最大のアイデンティティである美貌を損なわれたことは屈辱であり、絶望的ですらあった。
 愛巫子と瞬太郎への復讐を胸に誓い再起した萌は、ドス黒い憤怒に焦がれながらも、一方で冷静に再戦時の作戦を練っていた。
 そのため。
「なっ――――!?」
「アテが外れたかな? 暁くぅん!」
 陽日輝は、萌が突如繰り出してきたロープを見切り、掴んだ――はずだった。
 しかし、萌は陽日輝がロープを掴むことを最初から予期していたかのように、ロープを引いてしまったのだ。
 そのため、陽日輝の手は虚しく空振り、結果、大きな隙が生まれる。
 そこに、萌が体当たりしてきた。
 本来はブラフのはずの突進が、回り回って本命の攻撃となった形だ。
「がっ……!」
 体重の軽い萌の突進とはいえ、事前に何度も回転することで遠心力が加わり、最高速度で突っ込んできたのだ、陽日輝は咄嗟に身を固めて衝撃に備えたものの、足場が悪いこともあり思い切り吹っ飛ばされてしまう。
 受け身も満足に取れず、落ち葉と腐葉土を巻き上げながら緩やかな斜面を転がり落ちてしまう。
「陽日輝さん!」
 凜々花の声が聞こえる。
 陽日輝はその声も参考に、転がりながらも上下左右を把握し、左手で地面から突き出た木の根を掴んでブレーキをかけた。
 転がり落ちたのは五メートルほどだろうか。
 萌はすでに、離れた場所にある別の木にロープを巻き付けていた。
「キャハハハハ!! これならアイツも怖くないね! アイツらから手帳を取り返して、わたしはこの生徒葬会から抜け出すのよ! キャハハハハ!」
「そのアイツらってのが誰かは知らないけどよ――!」
 陽日輝は、斜面を蹴って駆け出していた。
 そのときには、凜々花が分身も利用して数十枚のカードの弾幕を張っていたが、萌は器用に木から木へと移ることでそれらをかわしていく。
 この森の中での移動にもだいぶ慣れてきた、という感じだ。
 それに、どうしても凜々花の『一枚入魂(オーバードライブスロー)』は直線的な攻撃になってしまう――遮蔽物だらけな木々の間を縦横無尽に移動できる萌を捕捉するのは困難だ。
 分身できるというタネも割れた以上、萌は凜々花から一定の距離を取り続け、余裕を持ってカードを回避できる状態を維持している。
 もちろん萌のほうもそれでは凜々花に反撃できないが、これでは埒が明かない。
「俺たちだって、譲れないんだよ――楪!」
 陽日輝はなんとか萌との距離を詰めようと斜面を駆け上がるが、萌はそんな陽日輝を嘲笑うかのようにさらに遠くの木へと移動する。
 時々、萌が木の枝をロープでへし折って投げ落としてくるのをかわしながら、陽日輝は駆け回る。
 そんな陽日輝、そして凜々花に、萌は勝ち誇ったように叫んできた。
「『譲れないんだよ』? そりゃそうよ! 死にたがりは勝手に死んでればいい、そうでないならこうやって殺し合って、椅子取りゲームに勝つしかないもの! ところで暁君に安藤ちゃん! わたしがむやみやたらに逃げ回ってただけだと思ったぁ?」
 萌は、ある木の枝の上で立ち止まったかと思うと、ロープを葉の生い茂る中に突っ込んでいた。
 ガサガサという探るような音の後で、そこから引き出されたモノ。
 それが何かを理解した瞬間、陽日輝は血の気が引くのを感じた。
「楪――お前――」
「キャハハハハ! こんな深い森ならあると思ってたけど、あってよかったぁ」
 萌がロープを長めに伸ばしているのは、『ソレ』に自分がやられないためだ。
 ロープが巻き付き、木から無理やり引きはがされたその物体は――スズメバチの巣だった。
「それじゃあグッバイ! ハチが落ち着いてどっか行った後に手帳もらいに来るね!」
「待――」
 萌は、スズメバチの巣をこちらに放り投げるなり、すぐさまロープを遠くに伸ばして逃げていく。
 先ほど言った通り、怒り狂ったスズメバチに全身を刺され、アナフィラキシーショックを起こして自分たちが絶命した後に、手帳を回収しに戻るつもりだろう。
 ――ありとあらゆる方向から飛んでくるであろう数百匹のスズメバチを、『夜明光(サンライズ)』ですべて撃退することはできないだろう。できたとしても、そのときには数十回は刺されている。そうなると、アナフィラキシーショック以前にハチ毒そのものが致死量に達しそうだ。
 ハチが巣から飛び出す前に巣に『夜明光』を叩き込めればいいが、実際そのつもりで走り出しているが、間に合いそうにない――すでに木から無理やり引きはがされたスズメバチは警戒を露わに、巣から出撃を開始している状態だ。今からでも、踵を返して逃げるほうが賢明だろう。
「陽日輝さんはそこにいてください!」
 凜々花が叫ぶ。
 そのときにはすでに、ハチの低く唸るような羽音が鼓膜を震わせ始めていた。
 だが、その音よりも鮮明に、パチン、という乾いた音が響く。
 ――凜々花が指パッチンをした音だということには、すぐに気付いた。
「一応聞きますけど陽日輝さん! 私と同じ顔した分身、殴れます!?」
「はあっ!? こんなときに何を――」
「私は殴れると信じてますよ! 分身は分身ですから! いや私も心理的にはちょっと嫌ですけど、そこでヘタレないでくださいね!」
 凜々花は、分身の召喚と分身との入れ替わりを繰り返すことで一気にこちらに接近し。
 そして、ハチの巣が地面に落ちたか落ちないかの刹那、覆いかぶさるようにダイブしていた。
「そ――そういうことかよ……!」
 凜々花は、間髪入れずに指を鳴らし、自身の真上に分身を召喚する。
 それを繰り返し、合計三体の分身でハチの巣を押し潰すようにして閉じ込めていた。
「陽日輝さん、私はここにいます。ここに積み重なっているのは、私と同じ形をした人形みたいなものです」
 凜々花本体が、分身の山を一瞥して言った。
 分身たちの下で、ハチたちの抗うような羽音が響いている。
 凜々花三人分の重さでは、潰し切れていないのだろう。
 ――それはつまり、自分がトドメを刺さなければならないことを意味している。
「――凜々花ちゃんの分身ごと、ハチの巣を焼き溶かせばいいってことだろ。……嫌なことさせてくれるなぁ」
「私じゃなくてあの人――楪さんに言ってくださいよ。私だって、なんか間接的にDVされるみたいですごく嫌なんですから」
 凜々花が口を尖らせるのを見て、場違いながら微笑ましく感じてしまう。
 陽日輝は拳を握り締め、凜々花の分身たちに近付いていった。
 ――凜々花の言う通り、ここにあるのは凜々花と見た目が同じなだけのニセモノだ。そこは弁えているし、問題ない。
 ただ、考えなければならないのは――その先のことだ。
「――凜々花ちゃん。このハチの巣を処理する前に言っとくけど、この後凜々花ちゃんは先に小屋に向かってくれ。それで、小屋の近くに隠れて待っててくれ。小屋の中に誰かいるとしたら俺のダチ連中だから、俺がいれば最低限話はできるはずだ。アイツらを信じたいのはやまやまだけど、凜々花ちゃん一人だと、どういう対応されるかちょっと読めないからな」
「……? それなら最初から一緒に行けば――、ッ!? まさか――」
「俺もそうしたいんだけどな。俺たちの死体がなければ、楪は俺たちを血眼になって探すはずだ。これまでの学校生活ではまったく分からなかったけど、アイツが執念深いのはさっき十分伝わってきたし。だから」
 陽日輝は、萌が逃げて行った方角に視線を向け、言った。
「俺は、ここでアイツを倒してから追い付く」
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