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第六十六話 作戦

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【9日目:昼 屋外中央ブロック】

 かつてはマンモス校だったというこの学校には、それに見合うだけの広大な敷地の東西南北に各三つの校舎と、それに付随する施設がある。
 さらに、それらに囲まれる形で鎮座している中央ブロックには、いわゆる本校舎の他に、この忌々しい生徒葬会の始まりを告げられた場所でもあり、百枚の表紙を集めた生徒が訪れることで生還を約束される場所でもある講堂がある。
 『議長』の説明通り、講堂の扉および窓は見えない力によって完全に固定され、開けることも壊すこともできないのは確認済みだったが――しかし、今回用があるのはそこではなかった。
「……正直、未だに半信半疑ですよ。こんなところに『楽園』とやらがあるなんて」
 自転車置き場の奥で、暁陽日輝はそう呟いた。
 その傍らにしゃがんでいる、癖毛の女子生徒が「確かな情報だよ」と呟く。
「私の『偏執鏡(ストーキングミラ―)』は顔と名前さえ分かれば、その生徒が今どこで何をしているのかを映像で見ることができる能力――というのは、あの山小屋で実演してみせたから知っているね? 私たちは『楽園』の存在を知ってから、改めて全校生徒をこの能力で確認し、『楽園』関係者の構成はほぼ完璧に把握できている。それはつまり、彼らの言う『楽園』の場所も、鏡に映る景色を元に特定できているというわけさ」
 嬉々として流暢に語るこの女子生徒は、嶋田来海。
 山小屋を訪れた三人の生徒のうちの一人だ。
 ――あのとき、拡声器を使って呼びかけてきていたのは久遠吐和子、そしてもう一人、御陵ミリアという生徒もいて、彼女たち三人は、この生徒葬会が始まる前からの親友同士だという。全員三年生だそうだ。
 ちなみに、自分も凜々花も三人とは初対面だったが、女子バスケットボール部に所属する相川千紗は、女子バレーボール部に所属するという吐和子とだけは面識があるようだった。
 学年は違えど同じ屋内球技系クラブの部員として、放課後に体育館や部室棟で姿を見ることくらいはあったとのことだ。
 まあ、あくまでもそのくらいの面識であり、交友関係はなかったそうだが。
 ――ちなみに、そんな彼女たちは、少し離れた場所に揃って待機している。
 今ここにいるのは、陽日輝と来海だけだ。
「そうは言われても、あそこにある用具倉庫に、地下に降りる階段が隠されていて、その下に十人以上の生徒がいる――なんて、ちょっと想像付かないですね」
「まあ実際私も驚いたよ。あんなところに隠し階段があるのは勿論だけれど、大勢が生活できるだけの空間があるとはね――広い学校だとは思っていたけれど、まさかそんな場所まであるとは。そして何より驚きなのは、そんな場所を知っている生徒がいたということだね」
 来海の言う通りだ――『楽園』の理想は、殺し合いをせずにこの学園で一生過ごすというもの。
 そのためには、一定の人数が長期に渡って生活を行えるだけのスペースと、『楽園』の理念を受け入れられない生徒に対する隠密性とが求められる。
 その両方を満たしている場所があったことにも驚きだが、そんな場所を生徒葬会以前から知っていた生徒がいたとしたら、自分が言うのもなんだがよっぽどの暇人だろう――サボれる場所探しに精を出して、実際にあの山小屋を発見した自分や千紗だって、用具倉庫の隠し階段なんて知らなかった。
 あるいは、何かしらの『能力』によって発見したという可能性もある。
 いずれにしても、『楽園』とやらはあながち絵に描いた餅というわけではなさそうだ――
「……作戦は聞きましたけど、上手く行きますか?」
「上手く行くかじゃない、上手くやるんだよ」
 来海はそう言って、左手に持った手鏡に目線を落とした。
 そこに映し出されているのは、一人の男子生徒だ。
 周囲を警戒しながら歩いている彼の周囲の景色から、そこがこの自転車置き場からそう遠くない場所であることが分かる。
「彼は一年の飯田友晴(いいだ・ともはる)君、『楽園』の関係者であることは確認済みだ。くれぐれも殺さないように頼むよ」
「……ほんと、恐ろしい作戦を考えるモンですね。『楽園』の関係者をその鏡で監視して、『楽園』に戻ってきたところを襲って人質にするなんて」
「そうでもしないと、正面突破はあまりに無謀だからね――『楽園』入りしている生徒は二十人近くいる。こちらは六人、しかも私と相川千紗の『能力』はそれ自体は殺傷性の無い能力だ。キミと安藤凜々花、それに吐和子とミリアの四人だけで、五倍の人数を相手取るのは蛮勇にも程があるね」
 来海はそう言って、ポケットからトランシーバーを取り出した。
 これも拡声器同様、来海たちが拠点にしていた東第二校舎にあったものらしい。
「ブラボーおよびチャーリー、こちらアルファ。ターゲットが間もなく講堂角を曲がる。準備はいいかい?」
 来海の呼びかけに、音量を聞き取れるギリギリまで小さくした無線からノイズ混じりの返信が入る。
『アルファ、こちらブラボー。ウチは問題無し。千紗も大丈夫やんな? ……うん、大丈夫。いつでもいけるんよ』
 吐和子の声だ。
 吐和子と千紗のペアが『ブラボー』、自分と来海のペアが『アルファ』である。
 つまり、必然的に『チャーリー』のペアは。
『アルファ、こちらチャーリー。……私たちも大丈夫』
 ――ミリアと凜々花、ということになる。
 トランシーバ―が三台しかないのもあり、それぞれのチームから一人ずつの二人一組でペアを組み、それぞれが違う場所に待機している状態だ。
 それもすべて、『楽園』に帰る生徒を確実に捕まえるため。
 ……正直、人質を取るという手段はあまり気が進まない。
 しかし、これまで散々殺し合いをしてきておいて、今さらクリーンぶるのもおかしな話だ。
 来海の言う通り、数的優位はあちらにあり、正攻法では返り討ちに遭う。
 それにどのみち、自分たちが生きて帰るには――『楽園』の人間には、生きることを諦めてもらわなければならなくなる。
 その覚悟は、あの山小屋で来海たちと話し合って、作戦を決めて、ここに移動してくるまでの間にしっかり決めておいた。
 ……それに、『楽園』を攻略したら、その時点で来海たちとの同盟は解消だ。
 自分たちも来海たちも三人組である以上、自分たちの生還のためにはもう片方には全滅してもらう必要があり、それを分かった上での一時的な共闘に過ぎないのだから。
 ――それだけではない。
 今考えることではないかもしれないが――自分には、もう一つ、天秤にかけているものがある。
 千紗と合流する前に出会い、協力し、交流し、そして別れた――四葉クロエのことだ。
 自分は生きて帰りたい。
 そして当然、凜々花も死なせるつもりはない。
 しかし――クロエと千紗、どちらを『三人目』に選ぶのか。
 その答えは、未だに出せていない――否、出していない。
 自分は、いつか決断を下さなければならないその問題を、先送りにしている。
 ……よそう。
 今は、来海たちと共に『楽園』をどうにかする――それが目下の目標だ。
『人質は、出来ることなら三人は確保したいね。多いほど効果は高いけれど、しかし私たちは六人だ。人質一人あたりに二人は付きたい以上、三人が限界だろう』
 山小屋での作戦会議で、来海がそう言っていたことを思い出す。
 ……そう、これから人質として確保する予定の飯田友晴はあくまでも一人目。
 これから三人の人質を確保して、彼らを手土産に『楽園』に乗り込む。
 そのための下準備に過ぎないのだ――こんなところで迷っている暇はない。
 陽日輝は自分にそう言い聞かせ――しかし。
 そんな陽日輝にとって幸か不幸か。
 ――この作戦は、実施されることなく終わることとなった。
「「!?」」
 陽日輝と来海は、二人揃って目を見開き、鏡を凝視することとなる。
 それもそのはず――もうすぐこちらにやって来るはずだった、そのときに一気に抑え込む予定だった飯田友晴の首から上が、飛んでいたからだ。
 いや――違う。
 数瞬後、地面に転がった『それ』を見るに、彼の首は消えたのではなく、切断されたのだ。
 それも、彼自身が抵抗する暇も無いほど速く。
 ――『偏執鏡』は、あくまでも景色を映す能力であり、音声までは拾えない。
 しかし、飯田友晴の首を一瞬にして切断したと思われる、木刀のようなものを持った生徒が、何かを呟きながら飯田友晴の遺体に近付き、その胸ポケットから手帳を奪うその姿は、鮮明に映し出されている。
「――まさか、横槍が入ってしまうとはね――」
 来海が、忌々しげに爪を嚙んでいる。
 陽日輝は、そんな来海に小声で訊ねた。
「……アイツがどっか行ってから、あの死体を隠すしかないんじゃないですか? あそこに死体があったら、次に戻って来る奴も警戒するだろうし」
「……そうだね、暁君。彼を仲間に引き入れられるかは分からないし、かといって彼と殺し合うには『楽園』の入口が近すぎる」
 木刀で首を切断するなんてことは通常なら不可能――なら、それは彼の『能力』によるものだと考えて差し支えないだろう。
 こちらは六人いる、殺し合いになれば有利なのはこちらだが、鏡越しでもなんとなく、彼が相当の実力の持ち主であることは分かる。
 『楽園』に乗り込もうという前段階で消耗したくはないし、長引けば『楽園』の人間に気付かれてしまう可能性も高い。
 だからここは、やり過ごすのが正解だ――
 そう考えていた陽日輝だったが、しかし、事態はさらに悪化してしまう。
 ――さらなる予想外が発生してしまったのだ。
 すでに『偏執鏡』無しでも彼の姿が見えるくらいにまで、彼が近くに来たとき。
 用具倉庫の陰から、また別の生徒が姿を現したのだ。
「おいおいいきなりボスキャラじゃんかよ。せっかく拾った命なのになー、まあでも『楽園』の連中には恩があるからなあ。逆に利子付けて恩返して、今度は俺がアイツらに見返りを求めてやるかな」
 軽薄な口調と裏腹に、自信に満ちたその声音。
 彼のことは、友人と言うわけではないが知っていた――自分と同じ二年生だ。
 白木恵弥――そういえば、凜々花と同じゲーム部の部員でもあるはず。
 そんなインドアな部活に所属しているにも関わらず、体育の授業では存在感を発揮するくらいに運動神経の良い奴だった。
「……。誰かは知らないが、『楽園』とは何だ? ――言うつもりが無いのは分かっている。まあ手足の一本でも落とせば話す気になるだろう」
 恵弥と相対する彼は、物騒なことを淡々と呟きながら、悠然と木刀を構える。
 剣道の構え――素人目にもとても美しく、隙が無く見える。
「……彼は剣道部の滝藤唯人君だね。私も吐和子から聞くまで知らなかったけれど、中学の頃から全国区の選手だったそうだよ」
 来海はそう説明しながらも、陽日輝の背中に半ばしがみつくような形で後ろに身を隠していた。
 ……まあ、来海は体力面でも能力面でも殺し合いには不向きなタイプだし、無理もないが。
 ここにいれば、大きな音を立てない限りあの二人にはバレないとは思うが、それでも、心の準備くらいはしておいたほうがいいかもしれない。
 場合によっては、あの二人のどちらか――最悪、両方と戦わなければならなくなる。
 陽日輝がそう考えている中、来海が言った。
「もう一人は、白木恵弥君……だったかな。彼は『楽園』関係者だから、彼を人質に出来たら良かったんだけどね――そんなことができる状況じゃないか」
「……難しいでしょうね」
 白木恵弥と滝藤唯人。
 どちらが殺され、どちらが生き残るかは分からない。
 分からないが――気になるのは、恵弥のほうだ。
 同級生ということもあるし、それに、凜々花と同じ部活の先輩である以上、今は別の場所で待機している凜々花が、何を思ってこの光景を見守っているか、というのも気になるところだった。
 ――北第一校舎のゲーム部の部室を訪れたとき、凜々花は、部員の生存を願いながらも、再び出会った場合に殺し合いになることを憂慮していたが。
 口振りからして恵弥は、殺しに躊躇を抱いていない。
 それに『楽園』の関係者となれば――間違いなく、自分たちとは敵対することになる。
「理想を言えば、白木君に勝ってほしいところだね。それも、他の『楽園』関係者が来るまでに迅速に。そうすれば、滝藤君を殺した直後の白木君を強襲して人質として確保するという手も取れる」
 来海がそう呟き終えたのと、奇しくも同時に。
 恵弥と唯人による殺し合いが、陽日輝たちが密かに見守る中で始まった。
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