【9日目:昼 屋外中央ブロック】
暁陽日輝は、この生徒葬会で数々の危機に直面してきた。
『停止命令(ストップオーダー)』の倉条、『複製置換(コピーアンドペースト)』の峠、『死杭(デッドパイル)』の焔、『氷牙(アイスファング)』の東城、『自縄自縛(ロープアクション)』の萌――他にも多くの生徒と殺し合いになり、自分一人では切り抜けられなかったことも、幸運が味方したこともあった。
しかし――今目の前で広がっている光景は。
剣道部員・滝藤唯人が直面している状況は。
そんな陽日輝の目から見ても、あまりにも絶望的だった。
「滝藤君の『能力』、キミにピッタリだねー! 手にしたものは棒状であれば何でも、本物の剣の切れ味にできるなんてー! 『均刀(オールソード)』って名前の通りだね!」
「! ――俺の能力は見ていれば分かることだが――何故能力名まで分かる?」
八井田と名乗っていた小柄な女子生徒が、屋根から降りながら唯人に軽快に語り掛ける。
唯人はナイフで彼女に切りかかろうとして――その瞬間、彼女がカッターナイフを手にしていることに気付き、ピタリと足を止めた。
「用心深いんだね滝藤君はー、だけどただのカッターだよ? 切れ味も大したことないし、そんなにビビらなくてもいいじゃん?」
「……とぼけるな。お前がそのカッターに絶対の自信を持っていることくらい表情を見れば分かる。ただのカッター――というわけではないだろう」
「鋭いなあ、このカッターの切れ味と違って。ま、このカッターも『鋭くなってる』んだけどね――キミの能力のおかげで!」
八井田がカッターを振りかざした瞬間――その刃が、一瞬にして長剣のように伸びていた。
唯人は不意を突かれる形になったが、それでもナイフの切っ先で巨大化したカッターの切っ先を打ち払い、それによって八井田はカッターを取り落とす。
「あちゃあ……『伸縮自在(フリーサイズ)』と『均刀』の合わせ技、初見で破られちゃったかぁ……」
「それだけベラベラと喋られればお前の能力も想像が付く。他人の能力を真似ることができるといった類のものだろう」
「そうだよ滝藤君その通り――私の『泥棒猫(コピーキャット)』は目で見た能力をコピーできるんだー、つまり私は能力説明ページを集めるまでもなく、一人で何個も能力を使えちゃうってわけ」
「だとしても、肝心のお前自身は月並みだ――脅威ではない――なっ」
唯人は会話の途中で、ノールックでナイフを投げていた。
投げた先は、八井田ではなく屋根の上に残っている三人の生徒の内の一人、痩せた男子生徒めがけて、だ。
「やるねえ彼――あの状況で彼女以外を狙ってくるとは思わないよ」
陽日輝の背中越しに固唾を呑んで見守っている嶋田来海がそう感嘆したが、しかし唯人が投げたナイフが誰かに刺さることはなかった。
――痩せた男子生徒の眼前で、ナイフはまるで見えない壁に当たったかのように勢いを失い、そのまま落下していったからだ。
「おいおい俺が一番弱そうに見えたか? 心外だわー」
気だるげにそう言う彼の横で、黒髪ロングにチョーカーの女子生徒がケラケラと笑う。
「いやいや見えるでしょー、しかし恵弥君が勝てないわけだ。恵弥君はゲーム部の頃から、劣勢にならないようにするプレイスタイルだったからなぁ。こういう逆境で強いタイプには精神面で押されても仕方ないか。――あ、君の名前聞いていい?」
「……滝藤唯人だ。しかし生憎俺はお前たちの名前には興味が無いな」
「そうつれないこと言わないでよ。私は君が倒した恵弥君の先輩。ゲーム部部長の鎖羽香音(くさり・はがね)。よろしくね」
陽日輝は、内心息を呑んでいた。
ゲーム部は、安藤凜々花が所属していたクラブであり。
唯人によって倒された恵弥だけではなく、部長を名乗るあの女子生徒も、凜々花の先輩ということになる。
――ようやく再会できたゲーム部の部員二人ともが、『楽園』の人間であり、片方は殺され、片方はこれから自分たちが戦う相手であるという事実。
凜々花も覚悟はしているだろうが――それでも、今彼女の傍にいれないのがもどかしい。
たとえ気休めでも、気遣いの言葉をかけてやりたいのに――
「……暁君。キミは二年生だから知らないだろうけど――ゲーム部の鎖羽香音といえば、交友関係の乏しい私でも知っているほどの曲者さ」
来海が、ギリッと歯を噛み締めながら言う。
――そのただならぬ様子に、陽日輝は思わず訊ねていた。
「……敵に回すと厄介なタイプ、ですか?」
「厄介も厄介、大厄だよ――あの剣道少年と同じく、こういう状況でより輝くタイプと見ているさ」
「……それは厄介ですね」
唯人は、さらにもう一本のナイフを取り出していた。
さすがに最後の一本を投げたわけではなかったらしい。
とはいえ、その奇襲によって一人は仕留めるつもりだっただろう。
状況は依然として一対四、唯人にとっては引き続き危機的状況だ。
「――暁君、一応聞いておくけど、あの場に乱入しようなんて考えてないだろうね?」
「考えてないですよ――この生徒葬会で、俺は何度も痛い目を見ました。ここは『楽園』との戦いに備えて、あの四人の『能力』を観察しておくのが最善でしょう?」
「理解してくれていて安心したよ――その通りさ。『楽園』を攻略するまでの一時的な同盟とはいえ、逆に言うとそれまでは私たちはキミたちを安易に死なせるわけにはいかないからね」
来海の言葉に、陽日輝は応えなかった。
――そう、山小屋を訪れた来海たちが、千紗と同じく『楽園』による接触を受けていたことから、共通の敵である『楽園』を倒すために協力関係を結んだものの、それはあくまでも割り切った共闘だ。
そのことは、忘れてはいけない――と、そこまで考えていたとき。
屋根の上に残る三人の最後の一人、ホストとチンピラの中間のような雰囲気の男子生徒が、「あー、しゃらくせぇなぁ」と、屋根の縁まで歩み出た。
「――彼は私のクラスメイトだよ、話したことはないけどね。恩田綜(おんだ・そう)、キミが倒したという東城の連れの一人さ」
「東城の――。……そんな奴が、『楽園』ねえ」
「恐らく『楽園』を一枚岩ではないということだろうさ。本気で『楽園』の理念を信じている生徒もいるだろうけれど、ほとんどがそれぞれの思惑があって『楽園』入りしていると私は見ているよ」
「……そういうことなんでしょうかね」
陽日輝の脳裏に、ふと一つの仮説が浮かんだ。
ここにいる四人、さらに先ほど倒された恵弥を含めても、『楽園』のメンバーだという生徒は一癖も二癖もある集まりに見える。
そんな彼らが同一のコミュニティに所属して協力し合う理由、それは確かにそれぞれの思惑あってのことと考えるのが自然だ。自分と凜々花と千紗が、来海たち三人と協力しているのと同じように。
しかし――だとしても、それだけのバラエティー豊かな面子をまとめあげることができている、『楽園』のリーダーは。
もしかすると、東城要と同等かそれ以上の強敵なのかもしれない――
陽日輝がそう考えている間に、恩田綜は両の掌を眼下に向けていた。
それを見て、唯人以上に動揺したのは、なんと八井田のほうだった。
「ちょ……! 私巻き込む気ですかぁ、恩田先輩ぃ!」
「死にたくなけりゃ精々逃げてろ――テメエに任せてたら埒が明かねぇんだよ」
「あはは――恩田はほんと野蛮だね。寧々ちゃーん! 逃げてー!」
羽香音は心底愉快そうにケタケタと笑いながらそう呼びかけ、寧々と呼ばれた彼女――恐らくは『八井田寧々』がフルネームなのだろう――は、引きつった顔で駆け出した。
「先輩たちヒドいですぅー!」
「……何をする気だ?」
唯人はナイフを構えたまま、綜を睨み上げている。
そんな唯人とは対照的に、余裕そうに綜は首を傾けて笑った。
「観察洞察結構な事だけどよぉ――バカみてぇに逃げるのが正解だぜこの場合。俺の『暴火垂葬(バーニングレイン)』の対策としてはよぉ」
綜がそう言って、かざしていた掌をスッ、と下に降ろす。
ほんの数瞬の静寂の後――唯人だけではなく陽日輝たちも、思わず目を疑ってしまうような光景が、その場に広がることとなった。
雨は止んだとはいえまだ薄暗い空が、カッと明るい光に染められたかと思った矢先、ヒュウウウウウ~という空気が抜けるような音と共に、その場に降り注いできたのは。
まるで焼夷弾のような、オレンジ色に燃えるたくさんの火の玉だった。