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第八話 姉弟

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【8日目:未明 屋外南ブロック】

 『議長』による放送の後、南ブロックを駆ける一人の生徒がいた。
 彼の名前は立花繚(たちばな・りょう)。
 バサバサの黒髪にすらりとした長身、少しタレ目で柔和な印象を与える顔立ちで、女子生徒からの人気も高い男子生徒だ。
 バスケットボール部所属で、そのため走り続けることに関しては自信がある。
 その彼でも、さすがに数十分それなりの速度で走り続けては、息が上がらないわけがなかった。立ち止まり、膝に手をついて肩を上下させる。
 肌寒い晩秋の夜だというのに、全身から湯気が上がるかのようだ。
「はあ、はあ、はあ……」
 息を吐くたびに、肺が新鮮な酸素を求めて、勝手に空気を吸い込もうとする。
 加減を知らない肺の動きに、かえって胸が痛くなり、繚は顔を歪めた。
 そんな繚に、辛辣な言葉を吐く者がいた。
「だっらしないなぁ。走り込み足りてないんじゃない? 女の子と遊んでばっかで最近マジメに部活してなかったでしょ」
 甲高い中に力強さもある、聞き取りやすくよく通る声。
 その声を聞くたびに、反射的にびくっ、と肩を震わせてしまうのは、本能が『彼女』に勝てないことを悟っているからだろう。いや、幼い頃からの経験で、『思い知らされてきた』というのが、より正確か。
 今では繚のほうが背が高いというのに、今でも繚の脳裏に浮かぶ『彼女』の姿は、事あるごとに自分を泣かせてきた暴君のそれだった。
「……勘弁してくれよ、姉ちゃん。他の生徒がいないか神経使いながらなんだから、そりゃ普通に走るより疲れるって」
 繚は、自分の首から提げられたペンダントを左手に取り、そのペンダントに向かって語り掛ける。
 闇夜の中、月明かりを浴びてキラリと輝くアメジストのペンダント。
 その紫色の水晶の中に、『彼女』は――繚の実姉・立花百花(たちばな・ももか)はいる。
 直径わずか三センチほどの、半透明の水晶の中で、百花はこちらを睨み上げていた。
 茶髪にツインテール、勝気で強気な性格がはっきりと表れているような意思の強い瞳と、細身ながら鍛えていることが制服の上からも分かるスレンダーな体躯。
 女子空手部の主将を務める百花に、繚は一度もケンカで勝ったことがなかった。
 そのため、彼女に睨み上げられることで、数々のトラウマがよみがえり、背筋が寒くなるのを感じる。
 女性との交際経験が同世代の中では豊富なほうだと自負している繚だったが、最も身近な女性である百花にだけは、未だに振り回されるしかなかった。
「言い訳無用! さっきの放送、アンタも聞いてたでしょ。能力の説明ページを五枚集めれば、その中から一つの能力を手に入れられるってヤツ! このままじゃ他の連中に先越されちゃうじゃない!」
 ……そう。
 繚と百花は、ゲーム開始後に合流し、姉弟でペアを組んでいた。
 暴君のような姉ではあったが、それでも物心ついた頃から一緒に過ごしてきた家族だ。そのため、繚は最も信頼できるパートナーとして、今まで付き合ってきた女性たちよりも、百花を選んだ。
 そして、幸か不幸か生きている生徒とは遭遇しないまま一週間が経ったが、そんなときに行われた『議長』の放送による新ルール解禁は、まさに寝耳に水だった。
 繚はすぐさま休息を取っていた南第三校舎の空き教室から飛び出し、これまで見てきた死体の手帳から、能力説明ページを回収すべく奔走している――というのが、今の状況である。
 これまでも、見つけた死体の手帳は確認してきたが、表紙はことごとく破られ回収されていた。しかし、能力説明ページは、恐らく無事なはずだ。あの放送よりも前に能力説明ページを集めている生徒がいたとしたら、それはよっぽどの変人だろう。
 繚はすでに二体の死体を発見していたが、そのどちらも能力説明ページを破られていた。なんという早さだ。ここまで早いと、それこそその『よっぽどの変人』の手によって、放送前から能力説明ページを破られていたとしか思えない。
 なんにせよ、今の時点で自分たちの収穫はゼロ――これは、まずい。
 いち早く能力の追加を得られるかどうかは、この生徒葬会における有利不利に繋がってくる――というのもあるが、それ以上に。
 姉の機嫌がすこぶる悪くなる、というのが、繚が最も懸念していることだった。
 実際、姉は苛立ちを露わに腕組みし、右足の裏を浮かせたり下げたりを繰り返している。経験上、この状態はかなりマズイ。
 繚は少しでも百花をなだめようと、取り繕うように言った。
「もしなかなかページを集められなくてもさ、俺たちの能力なら、そうそうやられることはないんじゃないかな。少なくとも姉ちゃんは、俺の『完全空間(プライベートルーム)』に守られてる」
「アンタねぇ……アンタが死ねばコレ、解除されるってこと分かってる? アンタの身を守れなきゃ意味ないのよ! アタシたちは運命共同体なの!」
 立花繚の能力は、『完全空間』。
 アメジストのペンダントを具現化させ、その中に人でも物でも収納しておくことができる能力だ。今は百花に対してその能力を使用しているため、百花はペンダントに収まるサイズに縮んでペンダントの中にいる、というわけである。
 しかし、この能力は相手を問答無用で閉じ込める、というような使い方はできない。物であれば、大体電話ボックスまでの大きさならば収納できるが、対象が人である場合、本人の同意を必要とする――ということが、手帳の能力説明ページに明記されていた。実際に、百花と合流したときに、百花の同意を得た場合と得ていない場合とで試してみたが、後者のときには能力は発動しなかった。
 そのため、この能力の主な使い道は、物の運搬なのだろう。
 だが、繚はそれよりも、百花に対してこの能力を使っておくべきだと判断した。百花もそれには同意見だった。
 『完全空間』は、外からの衝撃ではまず壊されることがなく、影響も受けない――解除する際には、能力の持ち主である繚あるいは、中にいる百花がそれを望む必要があり、それ以外では、繚の死でしか解除されない。
 つまり、繚が死なない限り、ペンダントの中にいる百花は完全に守られている状態なのだ。
 それだけではなく、自分たちが二人で行動していることを他の生徒に悟らせない効果もあるし、二人より一人のほうが、こうして動き回っていても見つかりにくいというのもある。
 繚は百花という守るべき人兼奥の手を、常に身に付け、隠しているわけだった。
「姉ちゃんが心配するのも分かるけどさ。俺、これでもバスケ部のエースだぜ? 運動神経には自信あるし、いざとなれば姉ちゃんに出てきてもらうさ。俺は姉ちゃんの能力なら、大抵の奴には後れを取らないって思ってるよ」
「相変わらず甘い考えねー、アタシたち、まだ他の連中の能力なんてマトモに見てもいないじゃない! アタシの能力、確かに強そうだけど、それよりヤバイ能力だって絶対あるわよ」
「……それ言い出したら、キリがないんじゃないかな」
「命がかかってる状況なんだから、それくらいの考えでいたほうがいーの! アンタは昔っからお気楽というか、楽観的なんだから」
 百花に怒られながらも、繚は周囲に視線を巡らし、気配を探る。
 ……姉ちゃんはいつもこうだな、と繚は思った。
 いつだって強くて、まっすぐで、そのくせどこか、神経質なところがあった。
 この生徒葬会という異常な状況の中でも、姉はいたって普段通りだ。
 その普段通りが、繚を安心させてくれる。
 二人一緒なら、きっとどんな状況だって乗り越えることができる。
 ――なんて姉ちゃんに言ったら、また楽観的だと怒られるんだろうな。
 繚は内心で苦笑し、そして、体力がある程度回復したのを感じて、再び駆け出していた。
8

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