トップに戻る

<< 前 次 >>

第七十一話 暗部

単ページ   最大化   

【9日目:夕方 屋外中央ブロック地下 『楽園』】

 講堂近くの倉庫にある地下への入口を知る者は少ない。
 生徒はおろか教職員ですら、その場所を噂ですら耳にしたことがない者がほとんどなのだ。
 それもそのはず、ここはこの学校の創始者である初代理事長が秘密裏に作らせた地下シェルターであり、表向きにはそんな場所は存在していない。
 それを彼女――『楽園』の創始者である霞ヶ丘天(かすみがおか・そら)が知っていたのは、天が初代理事長の親類であるからだった。
 といっても、初代理事長の息子が放蕩者だったこともあり、この学校の経営者は二代目からすでに世襲ではないので、天自身は別に学校にとって特別な生徒というわけでもなかったが。
 しかし、その知識はこの生徒葬会という状況において大いに役に立った。
 『楽園』という理想郷を創り上げることは、あの講堂で『議長』からの説明を受けていたその最中にはすでに、構想として脳裏に浮かんでいた。
 もちろん、天とて最初から正攻法で生き残りを目指す道を切り捨てて『楽園』の創設に固執していたわけではない――しかし、以前から面識のあった時田時雨と早い段階で合流できたこと、そして与えられた『能力』――それを踏まえ、『楽園』の創設は決して不可能ではないと判断したのだった。
 天は時雨と共に生徒葬会の序盤から積極的に行動し、『楽園』の基盤を固めていった――その甲斐あって、『楽園』の体制は盤石だ。
 地下シェルターはさすがに使われなくなって久しいことで、シェルターとしての機能は怪しかったが、数十人が生活できるだけのスペースはある。
 自給自足の体制を整えて、みんなで協力しながら生活する――そんな牧歌的な光景が、この『楽園』にはある。
 ……もっとも、綺麗な面だけではない。
 集団生活を送っていると、どうしても和を乱す者、足を引っ張る者というのが出てきてしまう。それは人間に個性というものがある以上避けられないことだ。
 なので天と時雨は、そういった異分子には『奉仕者』という名の罰――もとい、役目を与えることにした。
 家畜の世話やトイレ掃除といったみんなが嫌がる仕事を重点的に行う役目であり、その働き次第では『奉仕者』を外れることもできる――というのが、表向きのルール。
 それに関しては、意外なほどあっさりと受け入れられた。
 もともと『楽園』入りを希望するような生徒は、死の恐怖や殺しへの抵抗、先が見えない状況への絶望に心が折れたり擦り減ったりしている弱者が多い。
 確かな『生』を保障するだけで、勝手に感謝してくれていた。
 それに、そういった掟があるほうが、そのような弱者は安心できるのだ。
 信頼できる強者――絶対者が決めたことに従うだけでいい。
 そういった状況こそ、『楽園』の住人たちの希望となっていた。
 ――しかし、この掟にはもう一段階裏がある。
 『奉仕者』の働きぶりを観察し、その人間の処遇を決めるのだ。
 『奉仕者』となったことに多少の反発や抵抗を覚えても、そのうちやりがいを感じ始め、やがては自分の役目に誇りを持つようになるのが、『楽園』にいるような弱者たちの心理の定石。
 それだけならば、頃合を見て『奉仕者』から外して終わりだ。
 ただ、『奉仕者』であることに優越感をも抱くようになった生徒は――狂信的な『駒』として大いに利用ができる。
 天と時雨はそういった生徒を、『楽園』への勧誘役兼『楽園』入りを拒んだ者を場合によっては処分する執行人として仕立て上げていった。
 忠誠心というのは何物にも代えがたい。
 『楽園』において、天と時雨が選別した『四天王』は、恩田綜、鎖羽香音、木附祥人、八井田寧々だが、彼らはあくまでも『能力』の強力さとそれを使いこなす技量を評価して、戦闘要員として厚遇しているだけであり、忠誠心という点において難のある面々であることは重々承知している。
 『楽園』を永遠のものとするためには、忠実な人間が必要だ。
 『四天王』は、『楽園』外の人間をすべて引き入れるもしくは排除するまでの駒に過ぎず、『楽園』が完成したとき、彼らは処分対象となる。
 このことは当然、天と時雨しか知らないことだ。
 また、『奉仕者』となったことに徹底的に反発し続けた者も、それはそれで使い道がある――そういった者は表向きには『楽園』を去ったことにし、地下シェルター最奥の部屋に監禁していた。
 『楽園』において問題を起こさず過ごしている者や、『奉仕者』の適性があった者は問題ない。彼らにはこの『楽園』の暗部は知らせていない。
 監禁した異分子の使い道は、『四天王』を筆頭とする利用価値は高いが忠誠心に難のある者たち――『楽園』における立ち位置が、住民というより傭兵に近い連中の捌け口となることだ。
 特に、元々あの悪名高い東城要のグループのナンバー2と目されていた恩田綜や、どうやら女性に対して屈折した感情を抱いている木附祥人などは、監禁した女子生徒をたびたび手籠めにしているようだし、それ以外の者もストレスが溜まった際にサンドバッグにしたり、『能力』の使い道を試すための実験台にしたりしているようだった。
 そんなことが広く知れ渡ってしまうと、さすがに『楽園』は瓦解してしまうので、一般的な『楽園』メンバーには知られないよう徹底しているが、こういった体制があるからこそ、『楽園』はこうして盤石となっている。
 忠誠心に難のある連中には、適当に餌を与えていればいい。
 もちろん、それでも手を噛まれる可能性は大いにある――そういった際には、『四天王』を使えばいいし、『四天王』の誰かが裏切るなら、他の『四天王』を使えばいい。
 そして、それでも足りない場合――例えば、複数の『四天王』が裏切るような事態になった場合は。
 ――そのときは、『楽園』の支配者たる天自らが手を下すだけだ。
 天の『能力』は強力無比であり、『四天王』もそれを理解している。
 まあ、だからこそ彼らを引き入れることができたのだが。
 ――しかし、そんな『楽園』に思いもよらぬ危機が訪れた。
 『楽園』にもスピーカーは設置されていて、昼頃に行われた校内放送は当然届いている――生存しているすべての生徒に、一時共闘して『楽園』を討つことを提案した、あの馬鹿げた放送は。
 しかもご丁寧に、自分たちがひた隠しにしていた『楽園』の暗部についてもカミングアウトしてくれたのだから恐れ入る。
 どうやらあの放送の下手人、もしくはその仲間に、『楽園』内の様子を偵察・観察できるような『能力』の持ち主がいるらしい。
 誰かの裏切りも脳裏をよぎったが、『楽園』の暗部を知る生徒の中に該当しそうな生徒はいない。
 しかしあの放送によって動揺した『楽園』のメンバーたちをなだめるのには苦労した。自分がこの『楽園』で積み上げてきた信頼とカリスマのおかげで、どうにかあの放送が触れていた暗部が虚言だと納得させることはできたものの、『楽園』が攻撃を受けるという事実は変わらないため、緊張が続いたままだ。
「どこの誰だか分からないけど困った人たち。あなたもそう思うでしょう」
 天が話しかけたのは、地下シェルター最奥、すなわち極一部の人間しか存在を知らない『暗部』の一角にある四畳半にも満たない小部屋で監禁されている、一人の女子生徒だった。
 『楽園』の居住区画からここに来るまでには、分厚い扉が何枚もあるため、防音性は保証されている――彼女のいかなる叫びも喚きも、微かにも漏れていなかった。
「ゆ……ゆるして……ゆるしてください……」
 弱り切ったかすれ声。
 絶叫を繰り返したことで声が涸れてしまったのだろう。
 両手を上げさせられた状態で、左右の手首それぞれにロープが巻かれ、その先は天井のダクトカバーにしっかりと括りつけられている。
 上半身の衣服は剥ぎ取られ、床に無造作に散らばっていて、露出した肌には何本もの赤く腫れた線状の痕が浮かび上がっていた。
 それが何によるものなのかは、部屋の片隅にある棚に鞭が置かれているのを見れば言うまでもない。
 下半身の衣服は脱がされていなかったが、それはそうすることでより彼女を辱めるためだろう――なんせ彼女は縛られたまま、膝立ちの姿勢から身動きできず、よって彼女の排泄物が床に散らばっている状態なのだから。
 失禁による屈辱は、下着を履いたままのほうがより大きい。
 『漏らした』という実感が強まるのに加え、その後も汚れた下着を履き続けなければならない不快感が続くからだ。
 誰の仕業か知らないが、酷いことをするものだ。
 もっとも、それであの扱いづらい『四天王』が『楽園』のために動いてくれるというのなら、それでいい。
「可哀想。でもあなたもいけないのよ。ここに来るまでにも酷い目に遭っていたそうだけど、だからといってみんなの足を引っ張るんだから。――辻見一花さん」
 この女子生徒――辻見一花は、井坂帆奈美という女子生徒と共に二人で『楽園』を訪れた。
 二人とも生徒葬会の中で心身共に疲弊していたものの、帆奈美のほうは『楽園』での生活に適応できたが、一花はできなかった。
 突然頭を抱えてうずくまったり、上の空になって作業中にミスをしたり、男子が近くにいるとあからさまに怯えたり――そういったことが何度もあったのだ。
 彼女がどんな目に遭っていたのかは、そこからおおよそ想像は付く。
 しかしだからといって情けをかけるわけにはいかない――『楽園』の平穏を乱す因子にはしかるべき処置をしなければならない。
 そうでなければ、この生徒葬会の目標に逆行する『楽園』を存続させ続けることはできないのだ。
「おねがいします……もうゆるしてください……」
「だからそれはできないの。だけど今のあなたは、確かに『楽園』の礎になっているわ。あなたを辱めて悦ぶような下種たちだけど、なかなかどうして使える連中なのよ。今、『楽園』は危機を迎えているわ。その危機を乗り越えるためにあいつらの力が必要で、だからあなたは役に立ったのよ」
 天は、一花の顎に右手の人差し指と中指を添え、クイッ、と顎を上げさせた。
 一花の、怯え切っている潤んだ目に、微笑する天自身の姿が映っている。
 それを見つめながら、天は優しく、諭すように言った。
「ありがとう、辻見一花さん。これからも、私の『楽園』のためにがんばってね」
82

紗灯れずく 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る