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第七十四話 乱戦

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 悲鳴、怒号、嗚咽、絶叫。
 コンクリートの上を駆け回る幾つもの足音、木や人が燃える音。
 戦いの中で傷つき、地面に倒れたまま動けない者は、その生死に関わらず他の誰かに足蹴にされ、そのうちに衰弱するか、火の玉の餌食となっていた。
 血と炎の臭いに溢れ、講堂周辺は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
 鎖羽香音の号令により、『楽園』側の戦力が一斉に投入され、その隙に『楽園』への侵入を試みようとして、あるいは手帳を集めようとして、放送を聞いて集まっていた生徒たちも動き出した。
 元々、戦闘が不可避であることは想像できただろうにやって来たような生徒たちだ、それなりの修羅場を潜っているか、強力な『能力』を持っているか、あるいはその両方か――とにかく、『楽園』からしても脅威だ。
 恩田綜はすでに『暴火垂葬(バーニングレイン)』の攻撃範囲を広げ、自分を狙撃した相川千紗たちを炙り出そうとしてか、本校舎にも火の玉を降らせていた。
 いくら燃えにくい建物とはいえ、何十発と火の玉を落とされ続けた結果、すでにあちこちから火の手が上がっており、黒い煙が夕焼け空に吸い込まれるように立ち上っていた。
 そして、火と煙のせいで視界も悪いそんな中で、安藤凜々花は駆け回っていた。
 狙撃が失敗し、本校舎が燃えされている今、千紗たちも脱出してこちらに向かってきているはずだが、それを確認する術はない。
 火の玉や自分を襲ってくる生徒から逃げ回っているうちに、ワイヤレスイヤホンは耳から落ち、どこかに行ってしまったからだ。
 ブレザーの襟に付けたマイクはまだ無事だが、イヤホンが無い以上こちらから一方的に伝えることしかできない。
 この乱戦の中で、『楽園』に単独で突入するのは賢明な判断とは言えない――そのため、他の五人との合流を目指して、こちらの位置および無事を伝えることしかできずにいた。
「このっ……!」
 額に浮かぶ汗を手の甲で拭い、返す手でカードを投げる。
 そのカードが相手に当たったかどうかを確認する暇はない。
 それよりも、出来るだけ一箇所に留まらないように走ることが肝要だ。
 でなければ、陽日輝たちを見つけ出すことができないし、火の玉や他の生徒の良い的になってしまう。
 とはいえ、特別体力のあるわけではない凜々花にとってそれはかなりの負担だった。
「はぁ、はぁ……」
 前後左右だけではなく、火の玉を警戒して上にも視線を向ける必要がある。
 顔を上げると汗の滴が流れ、それが目に入って思わず片目を閉じた。
 瞼を擦り、すぐに目を開ける。
 ――久遠吐和子の『糸々累々(ワンダーネット)』を仕込んだエアガンによる狙撃、それによって恩田綜を仕留めるという計画は崩されてしまった。
 ただの乱戦でもキツいのに、火の玉が不規則に降って来るという状況はそれだけで精神的に堪えるものがあるし、単純に熱と煙が体力を奪っていく。
 それもこれも、アイツが現れなければ――
「よお、俺のせいで恩田先輩殺せなくて残念だったな」
「――――!」
 怒号と轟音の中、自分を呼ぶその声は確かに聞こえた。
 聞き逃すわけがない、なんといってもその声は、自分にとって親友の仇なのだから。
 陽日輝や来海にあれだけ忠告されていたというのに、またしても頭が沸騰するような純度の高い憎悪と殺意が再燃するのを感じる。
 振り返り、即座に投げたカードはしかし、またも奴の目の前で勢いを失い、落下した。
「そんな怖い顔して、美少女が台無しだなあ。まあそんな顔するってことは、俺のことも気付いてたか。君は俺が殺したあの女の友達?」
「木附……祥人。あなたは――あなただけは。絶対に殺すと誓いました」
「死んだあの女に? そんなことしても友達は帰ってこないよ? それより生きている君がより良い人生を送ることが彼女への弔いに――」
「ふざけるな! 思ってもないことをベラベラと!」
 凜々花は、自分の中で暴れ狂う感情が、理性によるコントロールを外れかけていることを自覚していた。
 落ち着け――こちらの『能力』が通用しない相手なんだ、どうにかして『能力』のタネを暴かなければならない。そのためには、冷静さを失っている場合じゃない。
 コイツが親友の――怜子の仇でも、いや、仇だからこそ、自分はここで我を忘れるわけにはいかないのだ。
「怜子がどれだけ苦しんだか! 怜子がどれだけ絶望したか! あなたには、言葉を重ねたところで絶対に分からない! だから――怜子の倍の苦しみを味わって、死んで償うことしか許さない!」
「威勢がいいけど、君の能力俺に通じないぜ? ――しかし、怜子ちゃんは良い女だったなあ。実は俺も怜子ちゃんが初めてでさ。でも怜子ちゃんも初めてだったみたいだし、お互い男と女になれてよかったっていうか――」
「黙れ! 怜子は……明るくて、優しくて、私の自慢の親友だった! その怜子が、私に『殺して』なんて頼んできたんです……! それだけの絶望を、あなたは怜子に味わわせたんだ!」
「そんなこと言ったって、この生徒葬会じゃ外の世界の法律とかモラルとか関係ないしなあ。それゃヤレそうな女がいたらヤるよ。それにさ、あの女――怜子ちゃんが死んだのは、君のせいなんだぜ? えっと……確か鎖先輩が凜々花ちゃんって呼んでたっけ。凜々花ちゃん」
 木附祥人が意地悪く笑って放ったその言葉に、凜々花は一瞬たじろいだ。
 木附は、そんな凜々花の反応に満足したのか、頷きながら言う。
「俺は別に殺すつもりはなかったんだけど、凜々花ちゃんが近付いてきてるのが足音で分かってたからさ。俺のこと喋られたら面倒だから、怜子ちゃんには死んでもらったんだよ。つまり、君の親友が死んだのは、君のせいなんだぜ」
「…………! あなたは――あなたという人は――どこまで……!」
「おっと、論破しちゃったかな? ま、心配しなくても凜々花ちゃんも怜子ちゃんのところに送ってあげるからさ――もちろん凜々花ちゃんとも、いっぱい気持ちいいことしてから――ね」
 木附が浮かべた醜悪な笑みに、凜々花は絶叫と共にカードを投げた。
 しかしそれもまた、木附の体を捉えることなく落とされてしまう。
 呼吸が乱れているのは、ここまでの疲労のせいだけじゃない。
視界が霞んでしまうから堪えるべきなのに、涙が浮かんで止まらない。
 親友の仇が目の前にいるのに、傷ひとつ付けることができない。
 そしてその仇は、親友の死後の尊厳さえ踏み躙り続ける――!
「怜子ちゃんも最初は痛がってたけど、途中から濡れてきてたし。犯されて興奮してたんじゃない? そういうエロい女だったんじゃないかな」
「それ以上――怜子を侮辱するな!」
 凜々花が、泣きながら腕を振り上げたそのとき、だ。
「凜々花!」
 聞こえたのは、聞き覚えのある声。
 振り返るとそこには、エアガンを構えた相川千紗がいた。
「あいかわ、さん――」
「そんなクズの言葉を真に受けたら駄目! いい? 凜々花――自分の欲望の捌け口にするためにあなたの親友を犯して殺したそのゲスに、あなたの親友のことなんて何も分かりはしない! そしてそんな奴の言葉も事情も人格も、あなたは聞く必要も知る必要も一切無い! あなたはそいつをただ殺せばいい――そして私も、あなたと一緒に戦うわ!」
 千紗は、エアガンの銃口を、木附の眉間の辺りに向けて合わせた。
 しかし木附は、まったくもって動じない。
 それもそうだ――飛び道具の類が通用しないことは、すでに凜々花も散々目にしている。
「相川さん――! 私と相川さんじゃ、コイツは倒せません――! 悔しいですけど、それに、相川さんが来てくださって、本当に嬉しいですけど――私たちじゃ、そいつは……!」
「そうでもないわよ、きっと。――ねえ木附、私のことわかる? 一応同級生だけど」
 千紗は、エアガン銃口を微かに上下させながら問いかけた。
 それに対し木附は、わざとらしく頷いてみせる。
「……ああ、知ってるよ相川。暁や犬飼と一緒にバカなことしてるバカな集団の一員だろ?」
「……ええそうね、でもあんたは、周りを内心見下してるせいで誰ともつるめない、そのバカにもなれない可哀想な奴よ」
「~~! このクソ女……!」
「図星だからって余裕なさすぎるわよ? 木附。――凜々花、あなたと私でコイツを倒すわよ」
「……はい。ありがとうございます――相川さん」
 凜々花は、千紗が切ってくれた啖呵のおかげで、幾分か冷静さを取り戻していた。
 そしてそうなってようやく、見えてきたものがある。
 まだ可能性の域を出ないが、もしかしたら――本当に、自分たち二人で、この男を倒すことができるかもしれない。
 ――凜々花はそう思い始めていた。
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