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第七十五話 友人

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 安藤凜々花と相川千紗が、木附祥人と対峙しているのと同じ頃、暁陽日輝もまた、炎と煙で埋め尽くされた戦場を駆け回っていた。
 千紗が凜々花のもとにいち早く辿り着けたのは、彼女が『暗中模索(サーチライト)』により周囲にいる生徒の数と位置を正確に把握できていたからに他ならず、そのような手段を持たない陽日輝は、遅れを取ってしまっていた。
 狙撃のために本校舎に残っていた千紗と違い、陽日輝は講堂により近い場所に潜んでいたにも関わらず、凜々花のもとに辿り着けなかったのは、その差だ。
「嶋田さん、凜々花ちゃんの位置は分かりませんか!?」
 ブレザーの襟の内側に付けたマイクに向けて叫ぶ。
 しかし返事は無い――来海たちのほうもそれどころではない状況なのだろう。
 ……あるいはすでに死んでいるという可能性もあるが、それは考えたくはない。
 本校舎に残っていたのは嶋田来海、相川千紗、久遠吐和子の三人。
 先陣を切って戦っていたのが凜々花。
 そして、自分と御陵ミリアは、それぞれ別のポイントで待機していた。
 なのですぐに合流できそうなのは凜々花かミリアだが、より優先度が高いのは凜々花のほうだろう。
 それは、凜々花が自分にとって特別な存在だから――というのももちろんあるが、それだけではない。
 凜々花は、狙撃までの時間稼ぎでかなり体力を消耗しているはずだからだ――本来ならば千紗の狙撃により恩田綜を仕留める手筈だったのだが、それを阻止されてしまったことで、想像以上に激しい乱戦が始まってしまった。
 いつ落ちてくるか分からない火の玉を意識しながら逃げ回り、戦い続けることは、精神的に相当の負荷がかかる――それを陽日輝も、現在進行形で味わっている。
 だから、より長くその緊張に晒されてきた凜々花を早く保護しなければならない。
 凜々花だってこれまで少なからず修羅場を潜り抜けてきてはいるが、体力的には非体育会系の女子高生の平均程度だろうし、このような大人数が入り乱れての戦いは未経験だからだ。
 もっとも、未経験なのは陽日輝とて同じだったが――スケールはここまでじゃなくても、似たようなシチュエーションには、生徒葬会以前に直面したことがある。
 中学時代、自慢できることではないが少しばかりヤンチャをしていた頃、乱闘を何度か経験しているからだ――だから、この状況には少しだけ既視感がある。
 こういうときに肝心なのは、自分に矢印を向けてきている相手を見落とさないこと。
 逆に言えば、自分を眼中に置いていない輩はひとまず無視してもいい。
 もちろん倒せる余裕があれば倒すのが望ましいが、深追いは厳禁だ。
 ――そう考えていたからだろう。
 陽日輝は、背後から自分に向かって突っ込んできた『それ』に、手遅れになる前に気付くことができた。
「!?」
 地面を這うように転がってきた、銀色の物体。
 外側がギザギザとした凹凸になっている、平たい円形のその物体は、草刈り機の刃を一回り大きくしたような形をしていた。
「くっ!」
 高速道路を走っていた車から外れたタイヤのように、刃はコンクリートを削りながらこちらに向かって転がって来る。
 それを陽日輝は反復横跳びの要領で回避しながらも、すれ違っていった刃を目で追った――自動追尾機能付きの攻撃だった『死杭(デッドパイル)』によって深手を負わされた苦い記憶があるからだ。
 幸い、刃にはそのような機能は無いらしく、そのまま遠くに転がっていく。
 それを確認したことで、次に重要なのは、あの刃がどこから来たかだ。
着地と同時に陽日輝は、刃が転がってきた方向に目を向け――そして、そこに佇む見知った顔に気付いていた。
「切也……!」
「陽日輝、……久しぶりだな」
 そこにいたのは、陽日輝や千紗と同じグループのメンバーで、千紗を置いて『楽園』入りした二人の内の一人――犬飼切也だった。
 ゆるくパーマをかけた薄茶色の髪が、微かに風に揺れている。
 生徒葬会開始以来の再会となるわけだが――それより。
「さっきのが再会の挨拶か? 死ぬかと思ったぜ」
「はっ――陽日輝。俺は知ってんだよ。お前がカケルを殺したことを」
「――――。ああ――確かにアイツは俺が殺したよ」
 正当防衛とはいえ、自分が友人を手にかけたことは事実だ。
 カケルの死体は旧校舎裏にあるはずなので、一度は裏山を訪れている切也が、それに気付いていても不思議はない。
「……言い訳、しないのかよ」
「してどうするんだよ。正当防衛だとか言っても、お前は納得しないだろ。それに――俺もお前に言いたいことがあるからな」
 陽日輝は、自然と拳を強く握り締めている自分に気付いていた。
 ――カケルのことで詰られるのは仕方のないことだ。
 それに関して何を言われても、甘んじて受けよう。
 だけど――
「――お前だけじゃなくて誠にも言いたいんだけどよ。どうして、相川を置いていったんだ?」
「――何を言われるかと思ったら、そんなことかよ。俺らだって相川を連れていこうとしたさ。でも、アイツがそれを頑なに拒否したんだからしょうがないだろ」
 そこは、千紗から事前に聞いた話と一致する。
 切也と誠が『楽園』入りを受け入れ、千紗は断った。
 その際、お互いにお互いを説得しようとしたのも事実なのだろう。
 しかし――
「俺は、お前らがこの学校で一生暮らすつもりだっていうのを否定するつもりはねえよ。ただ、この状況で相川を一人にして――何も思わなかったのか?」
「思わなかったわけがねえだろ……! でも、どうしようもないだろ! お前も『楽園』を否定する気はないんだろ? なら俺らと相川とが、違う選択をしたことも否定するなよ! そもそも――カケルを殺したお前の言葉は、一切響かねえよ、陽日輝」
「ああ――そうかよ。そうだな――俺はカケルを殺したよ。それに――『楽園』の思想は別に否定しないけど、俺は『楽園』を潰すつもりでここに来てる」
 陽日輝と切也が対峙しているその最中、またどこかに火の玉が落下し、それと共に悲鳴が上がる。
 ――千紗から、切也と誠が『楽園』の誘いを受けて去っていったと聞いたとき。
 こういうことになるんじゃないかとは――ずっと、考えていた。
 だから――迷いは無い。
 脳裏に浮かぶ在りし日の思い出は、この拳を止めるには至らない。
 凜々花を、千紗を、死なせないために。
 ここから生きて出るために――友人であろうと、容赦はしない。
 カケルを殺した時点で――そんな甘さを持つ資格は、自分にはないのだから。
「俺はお前を殺してここを出る。――今まで楽しかったぜ、切也」
「……ああ、今まで楽しかったよ。俺はお前を殺してここに残る」
 陽日輝が拳を引いたのと、切也が右足を十センチほど浮かせたのはほぼ同時。
 ――かくして、友人同士の殺し合いが幕を開けた。
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