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第七十八話 訣別

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 生活指導の一環で配布されたアンケートに、『親しい友人』という項目があったのを、暁陽日輝は覚えている。
そこに真っ先に書いた名前が、『犬飼切也』であったことも。
 ――そして今、その切也と、陽日輝は殺し合いを繰り広げていた。
「なあ陽日輝! この際だからハッキリさせておくぜ――俺は、本気でやり合えばお前より強いってずっと思ってたからな! それを証明してやるよ!」
「くだらねえ――強い弱いで粋がるのは中学でやり飽きたぜ! 自分よりずっと強い奴なんて、いくらでもいるからな!」
 例えば、この生徒葬会で戦った東城要は、評判に違わずとてつもなく強かった。
 『能力』抜きの徒手格闘でも、『能力』有りの殺し合いでも、あの男は自分の上を行っていた。
 ――それに比べれば、切也との戦いには余裕があった。
 切也は、地面から足を浮かせることでその隙間に丸型のブレードを出現させ、それを相手に向かって走らせることができる能力を持っている。
 それを、駆け回りながら放ってきていたが、陽日輝はそのことごとくをかわしていた。
「そんなことは分かってんだよ陽日輝! 俺はお前に勝てればいい! ――カケルを殺して、この『楽園』を壊そうとしてるお前にな!」
 切也が放ったブレードは、地を這うようにしてこちらに向かってくる。
 しかし、すでにその動きも速さも見切っていた。
 陽日輝は少しずつ切也との間合いを詰め始めている――『夜明光(サンライズ)』を叩き込むために。
 ――その覚悟は、すでに決めていた。
「俺だってお前に負けるわけにはいかねえんだよ――切也ぁ!」
「っ――陽日輝ぃ――!」
 距離を詰めれば詰めるほど、ブレードはかわしにくくなる。
 それでも、陽日輝は持ち前の反射神経で掠めることもなく回避し続けていた。
 ……切也は、確かに体格も良いほうだし運動神経だって悪くない。
 いや、スポーツのセンスなら自分より上だっただろう。
 それでも、こと喧嘩というものに関しては、経験も含めこちらが上だ。
「『夜明(サンライ)――』」
「――ハハッ! 俺の勝ちだァ!」
 切也は。
 陽日輝が拳を繰り出すべく、強く踏み込んだのを見て。
 地面をタン、と一度、軽快に踏み鳴らしていた。
 その直後――陽日輝の後ろから、地面が削れる音がした。
「……!」
 振り向くと、先ほどかわしたはずのブレードが、こちらに向かって飛んできている――跳ねた、とでもいうべきか。
 ――ただブレードを走らせるだけでなく、その動きに多少の干渉もできるということだろう――それをここで初めて使ったのは、こちらにブレードは単調に地面を走らせることしかできないと思い込ませるためか――
「これで終わりだぜ、陽日輝!」
「……ああ。これで――終わりだ」
 陽日輝は、振り返った直後には自ら背中から倒れにかかっていた――その予想外の動きに、切也が動揺したのが気配で分かる。
 そして、倒れなければ自分の首から胸にかけての部位に突き刺さっていたであろうブレードを、陽日輝は倒れながら放った足で側面を蹴ることにより、自身の後方――すなわち、切也のほうへと飛ばす。
 つまりはサマーソルトキックの要領で、ブレードを回避しつつ蹴り飛ばしたのだ。
「うがあっ!?」
 切也にとって予想外の事態、そして確実にこちらを仕留めるために間合いを詰めさせていたのが仇となり、蹴り飛ばしたブレードは切也の左肩に直撃した。
 陽日輝は背中が接地すると同時に、横に一回転して起き上がり、切也に向き直る――ブレードの中心近くまでが深々と突き刺さった切也の左肩からは、とめどなく血が流れだしていた。
 肉も骨も神経も切断されたのだろう――その左手はだらんと垂れ下がっていて、そこには一切の力が入らなくなっているように見える。
 ――陽日輝は、脂汗を浮かべて左肩を凝視している切也を見つめ、肺の中の空気を吐き出すように、ゆっくりと言った。
「――俺もお前と一緒だよ。本気でやり合えば、俺のほうが強いって分かってたから――こうなるしか、なかったんだよ」
「~~! 陽日輝ぃぃぃぃ……!」
 切也が、再度ブレードを出現させようと足を浮かせ――ブレードが出現するよりも早く、陽日輝の前蹴りが切也の腹に突き刺さるように入っていた。
「うぐぇあっ!」
 切也が唾液を吐き散らしながら尻餅をつき、その拍子にブレードがより深く刺さったのか悶絶するのを、陽日輝は苦々しく見下ろしていた。
 ――入学して間もない頃から、一緒にくだらない話で盛り上がったり、授業をサボってラーメンを食べに行ったり、誰かの家でゲームをしたり――そんな風に過ごしてきたし、これからもそうだと思っていた。
 しかしそんな未来は、この生徒葬会によって奪われた。
 ……とはいえ、自分たちの日常、そして友情は、元々薄氷の上に成り立っていたものなのかもしれない。
 平和な毎日では、その氷が割れるような出来事がそうそう起こり得ないというだけで。
「……切也。『楽園』について、お前の知ってることを全部話してもらうぜ。例えばメンバーの『能力』だとか。――誠も『楽園』にいるんだろ? アイツは今どうしてる?」
「だ――誰が、話すか、よ……!」
「……そうか。そうかもな。それなら、拷問してでも聞き出すべきなのかもしれないけど――俺にはそんなことはできない。だから」
 陽日輝は。
 切也が再び口を開く前に――命乞いの言葉を聞いてしまって、こちらの覚悟が揺らいでしまうような事態になる前に。
 切也の左胸に、『夜明光』による一撃を叩き込んでいた。
 橙色の光が、切也の左胸を焼き溶かし、そこにぽっかりと空洞を作る。
 ――それは、カケルの遺体と、奇しくも同じような有様だった。
「……地獄で待ってろ、切也。いつになるかは分からないけどな」
 陽日輝はそれから、切也が持っていた手帳を拾い上げ、表紙と能力説明ページを回収した。
 能力名は『走真刀(ブレードランナ―)』、能力の内容も、戦いながら実際に目の当たりにし、推察した通りのものだった。
 ブレードを跳ねさせて引き戻したあの動きは、一つのブレードにつき一度しか使えないということも明記されている。
「――お前を殺したことを悔んだり、お前が死んだことを悼んだりする余裕は、今は無いんだ、切也。だから今は、このまま『先』に行かせてもらうぜ」
 凜々花たちの行方も分からず、『楽園』にはまだまだ多くの敵がいる。
 たとえ友人相手であろうと、感傷に浸っているような余裕はない。
 これから何人と、何回戦わなければならないか分からない状況なのだ。
 心に隙が生じていては、凜々花たちを守るどころか、自分自身の生存すら危ういだろう。
 陽日輝は、とりあえず適当な方向に駆け出そうとし――そのとき、耳に付けたワイヤレスイヤホンから、嶋田来海の声がしたことで、動きを止めた。
『……聞こえるかい、暁君』
「嶋田さん! 無事ですか!?」
 こちらが呼びかけても応答がない状態が続いていたので、最悪の事態も脳裏をよぎってはいたが、少なくとも生きてはいるらしい。
 周囲を見回してみたが、来海を含めた仲間たちの姿は、分かっていたことだが見当たらなかった。
『……吐和子が死んだよ』
「えっ――」
 来海の声からは、これまでのどこか飄々とした余裕が消え去っていた。
 イヤホン越しにも彼女の心に生じた陰が流れ込んできそうな、鬱々とした声だ。
 そのことからも、自分の聞き間違いではないことは明らかだ。
 吐和子――久遠吐和子。
 千紗とも面識がある様子だった、あの背の高い女子生徒。
 彼女が――死んだのか。
「……誰に、殺されたんですか」
『……直接の死因は恩田の火の玉だけど、吐和子は滝藤君と刺し違えたのさ。……私とミリアは生きている。でもね――暁君。私たちは、この戦いから手を引くよ』
「! そんな――」
『許してくれとは言わないさ――身勝手で、無責任な判断だと思うよ。君たちとの同盟を反故にするんだからね。……だけど、吐和子が死んで痛感したのさ。私たちが心を強く持てたのは、三人一緒だったからだとね。吐和子が死んだ今、私たちは、この戦いが怖くてたまらない。……実のところ、私とミリアはすでに中央ブロックから離れ始めているんだ』
「……っ。――言いたいことは、本当は色々ありますが――分かりました。俺たち三人で、なんとか切り抜けます」
 来海の言葉には、説得力があった。
 確かにあの三人は、とても強い絆で結ばれているように見えたからだ。
 少なくとも、自分たちのグループなんかよりはよほど強固な繋がりだ。
 自分がどれだけ言葉を重ねたところで、来海を思いとどまらせることはできないだろうし、仮にできたとしても、今の彼女たちは戦力になり得ない可能性が高いだろう。
 ――元々、『楽園』には自分たち三人だけでも向かうつもりだった。
 来海たちが接触してきたこと事態が、想定外のことだったのだ。
 だからこれは、状況が少し戻っただけ――そう思って割り切るしかないだろう。
『すまない――暁君。私も私のことを、もっと強い人間だと思っていたんだけれどね……吐和子が死んだ後、ミリアと合流した。そこで、引き続きキミたちの力になることも当然考えた。だけど、だめなんだ。吐和子がいないというただそれだけのことで――私たちは、その決断を下せなかった』
「それだけのことなんかじゃ――ないですよ。俺だって、凜々花ちゃんが死んだらどうなるか――分かりません」
『いや、キミは強いよ――暁君。キミと犬飼君の一部始終は鏡で見ていたからね――キミには覚悟がある。私たちと違ってね。だから、本当はこのまま伝えずに去るつもりだったことを、伝えようと思う。キミに敬意を表して。キミが、私たちと同じ痛みを味わうことがないように』
 来海は。
 そこで一旦、スウッ、と息を吸い込んでから、言った。
『安藤さんと相川さんが危機的状況にある。今から私が伝える場所に、急いで向かうんだ』
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