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第八十話 再会

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 暁陽日輝は、嶋田来海から安藤凜々花と相川千紗の危機を教えてもらってすぐ、彼女に伝えられた方角に向けて駆け出していた。
 凜々花たちの元に、一刻も早く辿り着かなければ――その焦りから、周囲への注意が疎かになってしまったことは否定できない。
 ――陽日輝は、空から落ちてきている火の玉の内の一つが、自分に直撃しそうになっていることに、肌に迫る熱とにわかに明るさを増した視界とで気付いた。
 これまでにも何度も火の玉はかわしているが、これは明らかに気付くのが遅い。
「――……!」
陽日輝は、咄嗟に地面に飛び込むようにして転がることで、それをかわした。
 着弾した火の玉が砂混じりの火の粉を飛び散らせ、そのいくつかは頬に当たったものの、このくらいなら微かな火傷程度だ。
 とはいえ、回避が間に合わず火達磨になっていてもおかしくなかったことは事実――凜々花たちを助けに行こうとして、辿り着く前に自分が死ぬのでは話にならない。
 陽日輝は、地面を転がったことで制服に付いた砂埃を払いながら立ち上がり――そのとき、またしても、否、『まだ』視界が明るいことに気付いた。
「なっ……!?」
 またしても、火の玉がこちらめがけて降ってきている。
 陽日輝は顔を上げ、火の玉が三つ、微妙にずれたタイミングで迫ってきているのを確認して、すぐさま駆け出した。
「いい動きだなあ、暁陽日輝! 要をぶっ殺したってのもまぐれってわけじゃないかぁ?」
「……!」
 想定外に名指しされ、陽日輝は火の玉の影響範囲から逃れながらも講堂の上に視線を向けた――数十メートルは離れたその場所に、火の玉を降らせている張本人・恩田綜はいる。
 その染色して赤みがかった髪は夕焼け空に照らされて、よりその赤みを増していた――まるで血のように、なんていうのは安直かもしれないが、彼がこの戦いの中で多くの生徒を火達磨にしていることを踏まえると、そう感じずにはいられない。
 いつの間にか、彼の隣にいた鎖羽香音はいなくなっていた。
 それも気になるところだが――
「俺が東城をやったって、なんで知ってるんだ……?」
「そりゃ聞いたからに決まってるだろ? 『楽園』にはお前に助けられたって女が二人もいるからよ! 井坂帆奈美と辻見一花、覚えてるか?」
「! あの二人が、『楽園』に――」
 東城要の一派によって囚われていた四人の女子生徒の内の二人。
 今朝、自分たちと同じように北第一校舎を出発した後、『楽園』に行き着いていたのか――
 ……待て。彼女たちと一緒に出発したはずの三嶋ハナの名前が出ていないのは何故だろう。まさかハナは、『楽園』に辿り着くまでに死んでしまったのか? それとも千紗のように『楽園』入りを拒んで二人とは袂を分かったのか。
 ――いや、今はその件は置いておくしかない。考えても分からないことだ。
 それよりも――どうやら自分を標的に定めているらしい恩田綜をどうにかしなければ。
「俺は基本他人のことなんざクソだと思ってるけどよ、要のことはマジで尊敬してたんだぜ? それがテメーみてえな二年坊主に殺されたって聞いたときはショックだったなァ……でもよ、同時に思ったんだよ。テメーを殺せば、俺は要以上ってことになるんじゃねえかってなァ!」
「くだらねえ――俺はお前になんか構ってられねえんだよ……!」
 こうしている間にも、凜々花と千紗の命は危険に晒され続けているのだ。
 来海から聞いた情報によると、二人は木附祥人を倒したものの、その戦いで消耗していたところに、八井田寧々の奇襲を受けたということらしい。
 他人の能力をコピーする能力を持つ寧々は、かなり厄介な相手のはず。
 今、自分が優先すべきは二人の元に駆け付けることだ――
「だろうなあ。八井田はクソガキだが『泥棒猫(コピーキャット)』は強え。テメーが助けにいかねえと、女二人は厳しいだろうからなァ」
「! お前、どうしてそれを……!」
「俺がなんのために高いとこにいると思ってんだよ? どこで誰が誰と戦ってるか、この場所からはよーく見えるんだぜ? そこにテメーに助けられた女たちとハガネちゃんから聞いた話を合わせりゃ、テメーが『凜々花ちゃん』を助けに行こうとしてることは丸分かりってわけだァ」
 恩田が意地悪く笑うのが、この距離からでもハッキリと見える。
 ――本当ならこんな奴に構わず、凜々花たちのところに向かいたい。
 しかし、今聞いた話を踏まえると――そういうわけにもいかない。
「……どうやら俺は、凜々花ちゃんたちのところに行く前に――お前を殺さないといけないみたいだな」
「察しが良くて助かるぜ! そういうコトだ、テメーが俺を無視して行ったらそのときは俺は凜々花ちゃんたちのところに火の玉を降らす――八井田と戦いながら火の玉かわすのは難しいと思うぜ? かわせても八井田に殺られちまう。テメーは俺と戦うしかねえんだよ――暁陽日輝よォ!」
「東城を殺した俺を殺して自分が一番上ってか? くだらねえな……!」
「くだるくだらねえはテメーが決めることじゃねえ。俺が決めることなんだよ――まあでも別にいいぜ、くだらないならくだらないで――テメーはそのくだらない男に焼き殺されるんだからなァ!」
 恩田が叫び、空が一層明るさを増した。
 次々に降り注ぐ火の玉を、時に加速、時に減速してかわしながら、陽日輝は恩田のいる講堂を目指す。
 自分の『夜明光(サンライズ)』は、まず相手に接近しないと話にならない――恩田を殺すには、『暴火垂葬(バーニングレイン)』による集中攻撃を掻い潜り、講堂の屋上に辿り着かなければならないのだ。
 最も注意すべきは講堂の外階段を登るとき――そのタイミングはどうしても狙い撃ちされやすい。
 しかし、それまでの道のりだって、一瞬の油断や判断ミスで火達磨だ。
 注意さえしていればかわせる攻撃とはいえ、まともに当たれば死ぬ。
 それに、他の生徒が横槍を入れてくる可能性も考慮しなければならない。
 恩田は、巧妙に火の玉を降らせることで、こちらがまっすぐ講堂に向かえないようにしていた。
 そうしてこちらの体力と気力を奪っていき、回避失敗を狙っているのだろう。
 最初から距離が詰まった状態ならともかく、距離がある状態から戦い始めたのなら、『暴火垂葬』はかなり厄介だと痛感させられる。
 しかし――凜々花たちの命がかかっているのだ、集中を切らしてなるものか。
 自分がこうして恩田の相手をしていることで、凜々花たちは八井田寧々との戦いに集中できる。
 恩田を倒してから凜々花たちを助けに行く――それが今、自分にできる最善の行動。
 こちらの進みたい方向を徹底的に遮って来る火の玉に苛立ちを覚えながらも、その苛立ちに囚われては恩田の思うツボだと自分に言い聞かせる。
 こちらを体力的にも精神的にも消耗させるのが恩田の狙いなのは明らかだ。
 ちゃんと注意していればかわせる攻撃は、逆に言えば注意しなければかわせない攻撃ということでもある。
 集中しろ――そして、常に最適な対応をし続けろ。
 少しずつとはいえ距離は詰まっている――だから、焦るな。
 陽日輝は、徐々に自分の意識が研ぎ澄まされていっているのを感じていた。
 五感がクリアになる一方で、不必要な情報は排除される。
 スポーツの世界でいう、『ゾーン』に入った状態だ。
「いいツラしてんなァ――ムカツクくらいにな! 要をぶっ殺したっつー素質の片鱗みてぇなモンは感じるぜ! ――でもなァ」
 熾烈極まる火の玉の集中攻撃をかわし切った陽日輝は――そのとき、見た。
 恩田が、勝利を確信した笑みでこちらを見下ろしているのを。
「――俺の能力は、『暴火垂葬』だけじゃねェ」
「…………!」
「――暁陽日輝。『止まれ』」
 恩田のその声と共に、陽日輝は、自分の体が指一本も動かせなくなっているのに気付いた。
 すぐにそう理解できたのは、この現象を体感するのは、これが初めてではないからだ。
 恩田がこちらに対して言ったあの文句――それにも、聞き覚えがある。
 自分がこの生徒葬会において二人目に殺した生徒――倉条が持っていた能力、『停止命令(ストップオーダー)』の発動に必要な台詞だ。
 対象を指定して「止まれ」と発声することで、その場からまったく動けなくする能力…………!
「『停止、命令』……!」
「なんだ知ってんのか? まあじゃあ説明はいらねえなァ――もしかしてテメーが倉条も殺したのか? 能力が書かれてるページが残ってたから、ルール追加よりも前だよなァ?」
 ――なんてことだ――……!
 能力説明ページを五枚集めることで、その中から一つの『能力』を選んで新たに身に付けることができるという追加ルール――それが発表されたとき、倉条の手帳から表紙しか回収していなかったことを後悔したが。
 まさかその能力説明ページを、恩田が回収していたとは……!
「皮肉だなァ暁! テメーが殺した奴の能力でテメーは死ぬんだ――それも、テメーがページを置いていったがためになァ! 身動きもできずに焼け死ぬことが確定した気分はどうだ? 悔しいか? 怖いか? ヒャハハ! テメーが『これならいける……!』とか考え出したタイミングで動き止めてやったの、マジで痛快だぜ!」
「クソ、がぁぁ……!」
「いいぜいいぜそのツラ! そういうツラなら大歓迎だ――ま、すぐに焼け焦げちまうんだけどなァ!」
 渾身の力を込めるも、ぴくりとも動けない。
 分かっている――『停止命令』はそういう能力だ。
 あのときも、別の生徒がいたから倉条が能力を解除して、そのおかげで勝てたに過ぎない。一対一なら無敵に近い能力――だが、分かっていても、諦めることはできなかった。
 それが無駄な足掻きなのだとしても、自分は諦めるわけにはいかない。
 凜々花たちのところに駆け付けなければ――そのために、ここで死ぬわけにはいかない。
 しかし火の玉は無常にも、陽日輝の頭上に迫り――
「――――私はあなたを買い被っていたのかな。『俺は何があっても生き抜きます。凜々花ちゃんのことも死なせません』――私にそんな啖呵を切ったこと自体は気に入っていたんだがな。己の身さえ守れないようでは世話の無い話だ」
「……――ッ!!」
 冷徹さと意志の強さが同居した、その凛とした声はよく憶えている。
 生徒葬会において自分が進みたい道を、成し遂げたいものを、この人がある意味示してくれたようなものなのだから。
 そして、生徒葬会が続く限り、いつかもう一度相まみえることになると半ば確信していた相手。
 ――今の陽日輝は、『停止命令』の影響下にあるため振り返れない。
 自分の背後に現れた、その人物の顔を見ることにできない。
 しかし、分かる。
 ――そこに立っているのは、若駒ツボミだ。
「『斬次元(DA)』」
 DAと彼女が呼ぶその能力――『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』の効果は、陽日輝も知っている。
 思い出したくもない凄惨な光景――苦い記憶が脳裏をよぎる。
 星川芽衣の右腕および頭部を、一瞬にして消失させたその能力は。
 今は、陽日輝に直撃するはずだった火の玉を、文字通り一刀両断し、その大部分を消失させていた。
 火の玉の端だけが微かに残ったものの、それは風に吹かれてふわりとどこかに飛んでいった程度の残滓に過ぎない。
 ――自分の視界の右端を通り、ツボミが前に進み出たのを、陽日輝は見た。
「若駒ァ……! 邪魔すんじゃねぇぞ!」
 勝利を確信したところに水を差された怒りから、恩田が目を剥いている。
 そんな恩田を見上げもせず、ツボミはこちらを振り返った。
 今朝見たばかりだというのに、久し振りに会ったような感覚すら覚える。
 造形の整った、中性的な美しさを持つ顔と、静かだが圧を感じる視線。
 ――そうだ。
これが、若駒ツボミ。
 自分にとっては、東城以上に戦慄を感じた相手。
「……若駒、さん」
「とはいえ、あなたの能力ではああいう手合いには分が悪いのは事実だからな。私は、あなたにはまだ期待している。――あの男は私が引き受けよう」
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