翌朝早くに目が覚め、朝食を買いに少し離れたコンビニに行った。
このコンビニは消費期限間近の商品を3割引で売っているのだ。
ATMで最後の2万円を下ろす。
出版化準備でアルバイトも休んでいるし生活費はカツカツ、大丈夫かな……
ふと明細を確認すると……
ええ!! いち、じゅう、ひゃく……残高が3000万円以上ある!!
澪奈さんの
「カミナリ大賞の賞金は今週入金しておきますね」との言葉が脳裏によみがえった。
本当の本当に入っているのか確かめようと10万くらい下ろそうとしたけど止めた。
特に欲しいものもないし、やりたいことも思い付かない……
僕は見切り品のサンドイッチと紙パックコーヒーを買って、近くの河川公園のベンチに座った。
出勤や通学に急ぐ人達を見ると何だか
(こんな事をしてていいのかな? 今は皆がチヤホヤしてくれるけど将来何の保証も無いし……どこかちゃんとした所に就職した方が……ああ鬱だぁ)と不安になってくる。
突然、誰かの手で目隠しされて
「だーれだ?」と脳がとろけそうな甘く弾むような声が……
「え?え?え?この声……ふ、藤咲希春(きはる)さん!!!???!」
「ピンポン♪ピンポン!」
目の前には紺のセレブハットにボストンフレームの眼鏡をかけた彼女が!
嘘みたい!!!!
授賞式のドレス姿は美しかったけど普段着のワンピース姿は「美少女オブ・ザ美少女」のキャッチコピーどおりだ!
彼女は僕の隣に腰かけた。
「あら?先生、授賞式明けにしては寂しい朝食ですね」
「あはは……汗
変な所を見られたな。おまけにこれ見切り品なんだ」と割引シールを見せた。
「食品廃棄削減を実践されてるんですね。
以前テレビでSDGs問題の番組司会をしたので、わたしもその問題には気にかけているんです。
あ、そう言えば『雲海のフーガ』も完全リサイクルの世界観でしたし、さすが先生!」
うっぐ、僕の場合は単なる貧乏なだけなんだけど。
そう言えば藤咲希春さんは大会社の社長令嬢らしい……数十円惜しさに見切り品を買うという発想が無いのかもしれない……
「藤咲さん、それにしてもいいんですか?芸能人がこんな所にいて」
「しーっ! 声大きいって!
でも大丈夫!今日は変装してるから♪」
「そんなんじゃ変装って呼べないよ。
出ているオーラが一般人と違い過ぎるんだから」
藤咲希春さんは立ち上がって
「じゃオーラ消しまーす」と言って魔法少女ものの変身シーンのように手のひらをクルクルと踊らせながら体を一回転させた。
ワンピースの裾が体に遅れて舞う。
顔やスタイルはもとより仕草もメチャクチャ可愛い。
僕は
「そんなんじゃ消えてないよ」と呆れながらも笑った。
「まーイイじゃない。みんな普段は周りの人間なんて気にして生きてないし。
で、どうしたの? せっかくあんな立派な賞をもらった割には元気無いようだけど?」
「うーん何て言うか……
みんなが僕の作品を評価してくれて応援してもらえるのは嬉しいけど……実力以上の反応な気がして、これから先みんなの期待に応えられそうもなくて……それを考えると不安になって」とここ最近の不安と悩みを思わず打ち明けた。
「そっかー気持ち分かるよ。
あたしもね……実力以上に評価されて困ってんだ。
いつか誰かが、これは全部夢だ!!ドーンッ!!って言って何もかもなくなりそうで」
「藤咲さんの実力は誰がどう見ても本物だよ!
でも、そんなこと思うのか……
僕もそんな感じがして怖いんだ……」
「怖いのー?おーよちよち」と僕の頭を抱えて頭をぽんぽんと軽く撫でる。
藤咲希春さんと大密着!!!目と鼻の先にお胸ががががが!、!、! ファンに知られたら殺されちゃうよ!!
本来だったら気絶するくらい出来事なのに、なんだか少しだけ怒ってしまった。
「止めてよ!子供じゃ無いんだから!」そう言って彼女の手を振りほどき顔をあげると、天使のような最高の笑顔があった。
「あはははは!!!
ほら元気になった大丈夫!
先生の実力は本物だよ。みんなの見る目の方が正しいの!!」
何だか少し心が軽くなる……うーん、このコミュ力おばけめ!
僕は
「で、どうしてこんな所にいるの?撮影とかお仕事関係?」と聞いた。
「ううん。今日はお休み。
昨日カミナリマガジンの人に先生の住所聞いて、なんとなーく先生に会えるんじゃ無いかって遊びに来たら、ちょうど見つけたってワケ!
ちょっと運命感じるでしょ」
「そ、そんなウソでしょ、僕に会ったって何にもいいことないよ」
「ううん、昨晩は全然お話出来なかったし、一度プライベートで遊びたいなって」
「僕なんかと遊んだって退屈なだけだよ……それに先生なんて呼ばないでよ」
「ふーん、じゃあ~じゃんけんで勝った方の遊びに付き合うってのは?」
「はぇ?」
「ほらいくよ♪ じゃんけんぽんっ!!」
思わずチョキを出したら、うぐ……負けた。
「はい、じゃあ今から恋人ごっこします!!」
「え?ナニソレ??待ってください!」
「勝った人の言う事は絶対。
そーね、まずは……あたしの事は希春って呼んで。
先生の事は……ヒツジくんって呼ぶから。
ね、ヒツジくん!!!
ほら希春って呼んで」
「よ、呼べないって!!無理無理無理だよ」
「勝った人の言う事は絶対なの!!
ほら希春って呼んで♪」
「き、希春?…………さん……」
「はい、そこ呼び捨てー。語尾上げない」
「き……希春……ぅ」
「もっと呼んでみ♪」
「き、希春……希ぃ春……希春……」
「んーヒツジくんって結構イケボね。でもまだちょっと硬いな」
「イケボじゃないし、もう勘弁して!!すごいプレッシャーで緊張してるんだから」
「じゃ緊張をほぐすのに運動しようか?
思いっきり走ったりすると、スッとするから」
「走るの苦手なんだ」
突然、彼女は帽子と眼鏡を外して立ち上がり道路の方を向いた。
「おーい、みんなー!あたし藤咲希春だよ!
来月出る新曲ヨロシクね!」と大声で通行人に向かって叫んだ。
あわわわ!!気でも違われたかかかかか!!
「え? マジ」
「ウソ!藤咲希春だ!!!」
「ゲリラライブやんの??えぐっ」
「まさか本物??!!」
「やっべ超かわいい」
何十人もの人だかりが一斉にこちらに向かって走ってくる。
(((ひえっ怖い)
希春は
「わーい! 逃げろー!!」と僕の手を引っ張って走り出した。