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第二話

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当時の中国大陸は魏、呉、蜀漢の三国に分断されていた。その三国の分裂時代を後世の史家、晋の陳寿が歴史伝、人物伝を索引の辞書の様な体裁に書き纏め、「三国誌」として正式な史科として晋に書き下ろしている。

その後、様々な談話や道教、儒学の経典の影響を受けながら、「桃園三兄弟」を筆頭とした義絶、当時の陰遁する学者が理想模範とする、義忠考悌の理念が、民衆の談話と同時に色残されていくのだが、実態として三国時代は、その様な戦乱とは、かけ離れていたらしい。

まず当時、人肉食は平然と行わなれていた。親が子供を屠り、街中で子の肉を売る。食うものもなく、飛ぶ様に売り捌かれる。四足山羊と隠語が使われたらしい。街頭は塩漬けにされた人の肉で溢れかえり、人の血で肉粥を炊き、餓えた民衆はそれで食い繋いでいたという。寂れた市街の影では「屠殺業者」が刃物を抱え、死肉には蠅が飛び、女子供は辱しめられ、常に絶叫が何処かで響いていたという。人が人を食う時代であったので、殺されるくらいならばと、徴兵に群衆は群がった。戦場で死ぬことは、むしろ安楽な死に方だった。
三国志演義の元型となった三国志平話にこの様な記述が残る、劉備配下だった張飛が戦場で焼け野となった民家の中に、取り残された女性を見つけた。張飛は凌辱を始め、生きながらに女性の腹を割き、自分の精液がどこに流れたのか、というのを、屈んで吟味する様に眺めていたという。

そういう人種が快男児とされていた。後世に残された英雄談、任侠というのは悪行を包み隠す為の美化であり、今の時代に例えるなら、北朝鮮の金将軍が美談と賛辞を強制的に強いているのとまるで同じであり、脚色といえば良い言い回しだろう。
支配層を神格化することにより、自らの地位の基盤を血を固める様に凝固したのである。殺戮の時代であった。
如何に楽に死ねるか、その答えに戦場があった。
貧民は死にたかった。死にたい、というよりは、とても生きるに堪えなかったのだろう。飛ぶ様に戦場で死んだ。それらを束ね、時の権力者、曹操、劉備などは宮廷で奴隷を囲って、馳走を食っていた、というのが実像である。

合肥の兵役より数十年が経過した後も、その現実はなんら変わるところがなかった。魏の陳留では、「蜀の諸葛亮孔明が数十万の兵を率いて、魏を攻めてくる」と専らに、ひそひそと、噂されている。
「これで二度目だ」
街中には筵の帽を被った男の群れが、狼狽える様な顔で呟いていた。
「一度目は封殺したそうだが・・・今回は、どうだろう」
「司馬懿将軍が以前に防備の将を幾らか残したらしいが」
「誰をだ」
男は目を真ん丸くした。街路、酒瓶を持って、長髪を振り乱す男が、笑う。
「ははは、名前は知らん。知らんでいいだろう。殺しが、巧い奴さ。今の時代で、一番、巧い奴さ。死ねや死ねや、お国の為に。生きながら腸を焼かれて食われるよか、ましだろう」
黒い長髪の男は笑う。口元から涎を垂れ流している。目元は痩せ、ぎょろり、としており、頬は痩せこけ、長身からはあばら骨が浮き出ていた。
(どうにも穏やかならん人だな)
民衆はその男に視線を寄せた。訝しい目を寄せられながら、男はなおもぬたり、と笑う。気味が、悪い。
「放っておいてやれ。戦地で狂った人だ。珍しくもない」
「正気を保ちながら、生きる術を探す俺らを尻目に、いい気なもんだな」
一人、男が石を投げた。長髪の男の頭に当った。
いそいそと、鼠の様に、その場を逃げ去っていく。民衆はその醜態を笑った。

「蜀の孔明が寄せてきます」
その頃、魏都で盛んな軍義が行われていた。健堅爛々たる当代を象徴する、名家、策謀家、将軍斯々が爛々と目を細めている。蜀は小国ではあるが、やはり、諸葛亮の名は畏れられていた。

諸葛亮孔明とは、蜀の総帥である。伏龍と呼ばれる大物であり、蜀の権威に務めてからは、様々な形で国を主導し、名実ともに建国の業を成したといってもいい総帥である。

頭角を表し始めた逸話には、自ら異民族の討伐に乗り出し、寄せては率いて、異民を惑わし、山地の奥底に封じ込めて、数万という蛮人を焼き殺した。また、以前にも、魏国から五路の道から蜀を総攻撃するといった戦策を立てたが、諸葛亮は西部の騎馬民族を馴れさせ、それを防ぎ、魏国側からも諸葛亮を畏れて、魏帝に寵愛されていた孟達という将軍を謀叛させるといった対外策にも通じている。その未知数は一種の異物を醸しだし、
ー奇妙に神秘的な、不思議な人。
といった、畏怖を魏国人に与えていたのである。魏の大将軍、張儁乂は平伏して、発言した。

「諸葛亮孔明は、なんといっても、小国ではあるが蜀の第一人者です。それが総となり、魏国を攻めるものであれば、此方からも優れたる将を向かわせ、防ぐ必要がありましょう」
大将軍が不甲斐ない、と冷ややかな目を受けたが、張儁乂も蜀との最前線で長らく指揮を取っていた老練の将で、悪戯に怯える姿ではない。会議は緊迫の中にも、何か甘ったるい匂いを感じさせる様な、妙に気味の悪い雰囲気であった。
「ならば」
と、魏帝の視線は同じく張儁乂と並ぶ重鎮である、司馬懿に寄った。蜀に孔明あらば魏に司馬懿有り、と衆目は詠んでいる。
司馬懿は閣下に平伏し、こう発言した。
「孔明が二度攻める事は、予測しておりましたので、進路となる防衛拠点、陳倉には一将軍を伏せています。異例の抜擢では御座いますが、有力な将軍です。まず、孔明を防ぐことには充分可能な人物でしょう」
「司馬懿、その男の名を述べよ」
「郝昭と申します」
「・・・?」
軍義は呆気と、騒然とした。郝昭。聞いたことがない訳でもない。辺境の賊討伐の少しばかり功を残す将軍である。
諸葛亮を、郝昭で防ぐ。疑念が漂ってきた。司馬懿の威名を畏れて誰も口にはしないが、
(郝昭に務まる訳がない)と、心で冷笑する者もいる雰囲気である。
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