13:Inferior Or Superior
第8電算室のドアが開く。
取りとめもない話をしていた雛とルミナが振り返ると、そこにはばつの悪そうな表情を浮かべた沢口が立っていた。
その姿を認め、ルミナは無邪気に笑う。
「あ、コーちゃん」
雛とルミナの視線を集めた沢口は、照れ隠しに一言だけ言葉を発してみる。
「今北産業」
「百聞は一見に如かず。さっさと席に着け」
セスに叱られ、沢口は渋々ルミナの隣の空いている席に腰掛ける。
セスはモニタの前の指定席に座り、雛とルミナに「待たせてすまない」と声を掛けた。
モニタは、先ほどセスが停止を掛けた、沢口の掌に光が集まっている場面で止まっていた。
セスが無言で一瞥を寄越すのに、沢口は頷いた。
クリックで映像を再開すると、瞬時に沢口の掌の中の光は帯状になり、ウィルスとビルの一部を吹き飛ばした。
「………どう見てもかめ●め波です本当にありが(ry」
「よく見ろ。俺はこれに見覚えがあるんだが?」
沢口が言い逃れようとしたところで、セスはすぐに止めてしまう。
そして動画の再生位置を前にずらす。
セスがカーソルを離すと、もう一度、動画の中の沢口が、光を放つ。
「…………?」
「!コウ、これ…」
雛はセスの言わんとしているところに気がついたらしく声を上げた。
「コウのドールの『機能』じゃない…!」
「…え?」
雛の言葉を即座に飲み込めない沢口は、雛の顔とセスの顔、そしてモニタを順番に見る。
セスはマウスを動かして、もう一度映像を巻き戻し、再生する。
映像は再び、沢口が掌から光を放ち、ウィルスとビルを吹き飛ばす。
「………ほんと だ」
沢口自身、落ち着いてみてみると、この光には確かに覚えがあった。
沢口のドール弁蔵の、『データ削除機能』の光だった。
ただ単に削除させるだけじゃつまらないと、必殺技っぽく光線を出そう!と張り切ってプログラミングしていたのは誰あろう沢口自身だ。
「…力の制御ができていないことを除けば、これはお前のドールのスキルだろう」
「…………ああ。…だな」
まだ信じられない沢口は、セスからマウスを奪い取り、もう一度映像を繰り返す。
「どういう…ことなんだよ…」
「…事象だけ見ると、お前はドールというインターフェイスを介さずに、ドールのスキルを使用しているように見える」
確実ではないがな、とセスは付け足し、映像を繰り返し見ている沢口からマウスを取り返した。
短時間で沢口は手に汗をかいていたらしく、若干マウスが湿っていた。
が、セスは気にせず操作を続ける。
「仮説としては、お前はドールの能力をお前の意思で使用することができる」
「俺の意思で、ドールの能力を使える…?」
「…それって、私たちがドールに命令して、ドールが命令内容を処理してから能力を使うより早そう」
まだ何とも言いかねるところだが、仮説としてはそうなるな。セスは雛の予想に賛同した。
ルミナは一頻り首を捻り考え込んでいたが、やがて考えがまとまったのか、徐に口を開く。
「でも、今まで一度もそんなことなかったんだよね?どうして今ごろ?」
「…さあな…。それも含めてまだ謎は多いが…。極限状態での行動だからな」
「………」
「コウ。お前はまずこの力を使えるようになれ」
セスの言葉を理解できなかった沢口は、ゆっくりと振り返ってセスの顔を見て、もう一度繰り返されたセスの突拍子もない発言を聞きなおしてから目を丸くした。
「は!?」
「この能力が使いこなせたら…お前のことが少しはわかるかもしれない。シャティに分析させたが、どうにもまだ判断材料が足りなくてな」
「いや、そんなこと言ってもよ」
沢口は、今日なぜか体が不調であることや、幼い頃パッチを当てても言うことを聞かなかったドールのことなどを矢継ぎ早に思い出す。
非現実すぎて、対処ができない。
だが、ルミナは沢口の不安を他所に、やろうよ、コーちゃん!と笑った。
「ドールの能力を自分で使えちゃうなんてカッコいいよ!特訓しよう、特訓!!」
「…ルミ」
「ねっ!」
ルミナの無邪気な笑顔は一点の曇りもない。悪気の欠片もないその表情に当てられて、沢口は思わず頷いてしまった。
「うん!がんばろうね、コーちゃん!」
「あ、あー…」
頷いてしまったことに後悔しながら、沢口は気のない返事をする。
ルミナはテンションが上がっているらしく、セスや雛にも顔を向けて、がんばろう!と言っている。
沢口はどこか他人事のような心地で、気がつくとルミナの言葉に何度も頷いていた。
「よし、決まりだな。…コウ」
「あ?」
「ひとつだけ覚えておけ」
セスの真剣な眼差しと口調に、コウは自然と姿勢を正し、つられてルミナも背筋をピンと伸ばす。
「削除機能…便宜上今は『電子弾』と呼ぼう。この『電子弾』は、人間にだけは決して当てるな。プログラムに当てるときも十分に注意しろ」
「…………ああ。わかってる。……この機能は物理削除だ」
フラグを立てて、見えないようにする論理削除であれば、まだ救済措置は存在するが、完全にデータを消してしまう物理削除では、救済は存在しない。
バックアップが取られていれば別だが、人間のデータのような厖大なデータはバックアップとして残しているケースは少ない。
一歩間違えば、人を殺してしまいかねない力なのだ。
「分かっていてるだろうがあえて言った。人に当てれば最後、その人間の精神が削除されてしまう。注意しすぎということはないんだからな」
「…わかった。気をつけるよ」
真摯に受け取り頷いた沢口の様子にセスもひとつ頷いて、雛とルミナに顔を向ける。
「…雛君、ルミナ君。おれたちも訓練だ。コウが力を制御できるように、俺たちはサポートをする」
「はーい」
「うん、わかった」
手を挙げて笑んだルミナと、静かに頷いた雛に、コウは「お願いシマッス!」と頭を下げた。
放置されていたPCの画面がスクリーンセーバーに変わったところで、セスが「では、場所を移すぞ」と告げた。
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駅前の空屋まで沢口たちが移動すると、数人が空屋の前でたむろしていた。
年の頃は大学生くらいで、電子工学の専門用語を人に聞こえるような声量で喋っている。
難しい単語を使っていることで、他人と線を引いているつもりなのだろう。
どうやら彼らは空屋の空きを待っているらしい。
雛が空室状態を確認するために、中に入っていったが、すぐに彼女は首を振りながら出てきた。
「今日はダメみたい。空いてるところ、ないって」
空屋から締め出された雛が、肩を竦める。
いくら親戚が営んでいる店とはいえ、今いるお客を追い出したり、順番を守らせず先に通してもらえたりするわけではない。
「さて。どうするか」
「明日でいーんじゃねーの?」
「コウは逃げたいだけでしょ」
あまり困っていない顔を並べて喋る沢口、セス、雛に、ルミナが提案する。
「ウチで空間広げられるけど…来る?」
三人は揃って、目を丸くしていた。
仮想空間構築装置は、大分空屋が普及してきたとはいえ、まだまだ一般家庭に普及するような代物ではない。
高価なのはもちろん、場所をとる。
それが、ルミナの家で行えると彼女は言う。
にわかには信じがたい彼らは、思わず顔を見合わせた。
ルミナは彼らの様子を不信によるものと感じ取り、即フォローを行った。
「ほんとだもん!『おとーさん』が研究に使ってるんだ」
「………研究…。ルミナ君の父親はどこかの研究室に入ってるのか?」
知っている研究者かもしれない、とセスがルミナに訊ねる。ルミナの父であれば、姓は月島だろう。
しかし、セスの知っている、家に仮想空間構築装置を置けそうな電子工学の権威の中に、月島という名の人物はいなかった。
「んー?わかんない。おとーさん、仕事の話、あんまりしないから」
「…そうか。もしかしたら知っている人物かもしれないと思って訊いただけなんだ。気にしないで欲しい」
セスが詫びると、うん、と素直にルミナは頷く。
「で、どうしよっか?ウチ、来る?」
沢口、セス、雛の3人は顔を見合わせ、沢口の心配というよりはルミナへの個人的興味に動機がシフトした状態で各々頷いた。