02:Doll-01
「やっと終わったみたいね…。」
「コウちゃん、カレー食べにいこうよ。まだ間に合うよ」
「…まったく呆れるな、お前の食い意地には」
教室のほぼ中心でカレーと叫んだ沢口がこってりと職員室で絞られた後。
空腹でへろへろになった彼の前に現れたのは、友人三人。
苦笑を浮かべている沢口の幼馴染、雛。
にこにこと朗らかな笑みを浮かべている、ルミナ。
腰に手を当てて呆れた顔をしている、セス。
彼らはこの学校で「チーム」を組む仲間だ。
彼らが通う私立永泉学園では、「卒業制作」を共同で作成する「チーム」というものが存在する。
チームは彼らに宛てられるクラスとは無関係に組むことができ、人数制限も特にない。
雛は沢口と同じクラスで、ルミナとセスは隣のクラスだ。
一人であっても構わないため、一人で「チーム」の者もいるし、
むやみに大人数な女子の「チーム」もある。
彼らは学校から与えられた、「チーム」というコミュニティの元に集った仲間だった。
沢口はふと、隣のクラスのルミナとセスが沢口の失態を知っていることに気がついた。
雛がかれらに告げたもの、と瞬時に解した沢口は、声を荒げた。
「ピィてめえ!ルミとセスに言いやがったな!?」
沢口は幼馴染である雛をピィと呼ぶ。
幼い頃からの呼び名だ。
17歳にもなってピィはないだろうと何度も雛に窘められていたものの、
沢口がいつまでも改めないので、最近雛は何も言わなくなった。
多分諦めたのだろう。
ほぼ17年沢口の隣で育ってきた雛は、沢口の多少の不条理さ加減には慣れていた。
今年は腐れ縁もついに18年目を迎える雛は、沢口の剣幕に臆することなく返す。
「私は別に何も言ってない」
「じゃあ何で!」
「聞こえてたよ、隣のクラスまで」
沢口がなおも食い下がろうとしたところで、ルミナの無垢な笑みが沢口の勢いを止めた。
「………マジデスカ」
「マジデスヨ」
沢口がカタコトで問うと、ルミナがカタコトで返す。
ルミナの黒目がちな大きな眸が、深められた笑みで細められた。
隣のセスが、肩を竦め、それを肯定する。
沢口は可能な限り小さくなって、頭を振った。
「OH、我、恥ずかしい…」
「今さら遅いから」
身を捩って恥じる沢口に、三人は仲良くハモってツッコんだ。
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昼休みも半分終わり、ばらばらと学生たちが移動しはじめる。
今日の授業の話、部活の話、アルバイトの話等、声は絶えず続いている。
学食でテーブルを囲む沢口たち4人も、多分に洩れず、他愛のない話を続けていた。
「モデル、決まった?イメージの提出、今月末までだよね?」
雛はお抱えシェフの作った弁当の、彩り豊かなサラダをフォークで拾い上げつつそう言った。
「全然決まってないー どうしてヒューマンタイプじゃなきゃだめなのかなあ」
「難易度の問題だろ」
「おれ、ヒューマンタイプなんてできる気がしねえよ・・・」
カレー組三人のルミナ、セス、沢口は雛の問いに顔を見合わせ、
首を縦に振ったり横に振ったりしている。
「卒業制作提出まであと7ヶ月かよ… 基本プログラムもバグだらけなのに…」
「沢口はとりあえずひとつでもいいから『ドール』を自力で完成させることだな」
うっせ、そう沢口は嘯いて、最後のカレーのひと掬いを口に運んだ。
彼らの卒業制作、仮想空間上で動作するアプリケーションインターフェース。それが『ドール』である。
『ドール』は基本的に生物を模したカタチをしていて、ごくごく一般的に用いられる『ドール』は、動物(特に小動物)の形をしているものが多い。
先の時代には、表計算ソフトのヘルプにイルカがいたりしたが、イメージとしてはそれに近い。
『ドール』に言語やキーボードで命令を行い、プログラムを動作させるのが、近年のソフトの主流となっている。
個人のアドオン・カスタマイズを行うことで、『ドール』の機能は飛躍的に向上する。
起動、終了、入力、出力、保存等の基本的機能はパッケージとして販売されているのだが、基本パッケージに頼らず、一から自分たちで『ドール』を作り上げる、それが彼らの卒業制作となる。
沢口だけが、チーム内で『ドール』を所有していない。
彼は、「自分の『ドール』と一切のコミュニケーションが取れない」男だった。
既製品の『ドール』でさえ、主人である彼の言葉は届かない。
キーボードから命令しても届かない。
完全無視、総スカンを食らうのである。
所有権が他者に移ると、なぜかそこで会話はできるようになるが、それでは意味がない。
彼の目標は、「自分とコミュニケーションをとってくれる『ドール』を作ること」だった。