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「……おい、グレイ。何があった」
 カルタが動きを止めて数秒後、正面を見据えた猪狩が口を開く。鱗道には見える分厚い緞帳までは見えていないだろうが、何かが起こったことははっきりしている。カルタの文章が不自然な形で途切れ、問いを表す十二枚で動きを止めているのだから。
「穏便に済まさせなどしない、我を通したいなら問いに答えろと、酷く怒ってるようで……お前には見えんが、分厚い幕を下ろされて、俺にはそれしか見えん。解答以外は受け付けない、って感じだ」
「幕は確かに見えちゃいねぇな。が、垂れた帯がピンと張って規制線みてぇだから、似たようなもんだ。正体よりも先に触れられたくねぇところを探られて意地を張ったんだろうぜ。どいつもこいつも頑固な野郎ばかりってわけか」
 猪狩は胡座の上に頬杖をついた。投げやり気味な語調も言葉も軽いが、声は低く穏やかだ。揶揄ではないことは勿論、呆れているわけでもなければ、やはり――
「まぁ、痛ぇ所を突かれりゃ、痛ぇよな」
 ――共感を抱いているようでもある。鱗道は猪狩の様子を見て、目を細めた。
「どう言うことだ」
「おいおい、お前が俺に聞くか? お前の分野の話だろうが――ああ、でも、お前には分かんねぇかもな。そうだなァ……さながら、時代劇の落ち武者ってとこか」
 鱗道の横目を受けて、猪狩はわざとらしく息を吐いて目を閉じた。顔を支える指が一定のリズムで自身の頬を叩きながら、
「格好悪く生き残っちまって、死に場所探して、ああやっと見付けたぜ、ってとこだったのさ。それがどうだ? やっと見付けた介錯人は、まだ生き足掻けって言って来やがった」
 見てきた映画のあらすじを語るように、言い淀みなど一つもない。時折左目を開けるのは、猪狩には見えている〝藪〟や、カルタに変化が無いかを確認する為だろう。
「幟は折れて鎧もボロボロ、刀も刃こぼれしてるってのに――アンタは生きてる、まだ武者だ、無事に故郷に帰れってな。そりゃァ、意地になって構えるってもんだぜ」
「晩節乱す云々ってのは、確かに言ってたな……そうまでして――終わりたいもんなのか」
「どうだろうな。終わりたいヤツもいるだろうが、本当は、ここまでボロボロになってても武者だって言って貰いてぇし、生きて故郷に帰りてぇとも思ってる――そんな自分の未練を見抜かれたような気がしてんのさ。折角格好良く隠し通して潔さを演じてんのに、それを今更、引き返せるかって話だ」
 猪狩は目を開けないまま、ただ指を規則正しく動かしながら言ってのける。見てきた物の解説や解釈を語っているのだ。言葉が淀むはずもない。
「そうか……それで、その話はどこまでがお前自身の話なんだ?」
 ただ、猪狩が語る解釈が小さな蔵における〝藪〟とのやり取りだけではないことを鱗道は知った。教えたのは、
「自分のことを完全に遮断して話すのは難しい……だったな」
 見開いた右目で鱗道を睨む猪狩自身だ。指の動きが止まっている。唇は固く結ばれて動かない。鱗道は胡座の上で自分の両手が蛇の頭にならないように指を絡めて組んでいた。窪んだ両手の平は篭のようだ、と思う。
「猪狩。勿論、今じゃなく……お前の決めた時でいい。だが……お前に何があったのか、聞かせてくれ」
 ここに、この両手に、古く長い友人が隠し通している秘密は乗るだろうか。そもそも形のないものだから、乗せるものではないのだろうが。
「――聞かせてくれ、か。やっぱりお前は、啖呵の切り方がなってねぇな」
 じっと猪狩を見ていたものだから、表情の変化はよく分かる。猪狩の解釈を聞いた後となれば、表情の意味合いまでも朧気ながら。
 痛いところを突かれて目をそらす。未練を隠し通そうと格好を付けて、それを見抜かれ睨んで返す。
「我を通すまで譲らねぇ頑固者が、一丁前に気遣って甘っちょろい言葉を使ってんじゃねぇよ」
 今更引き返せないと意地を張って、
「……いつか聞き出すから、覚悟してくれ」
「そうそう、最初っから素直にそう言やいいんだ」
 茶化すような言葉で、緞帳を下ろす。今はまだ譲れないという意思表示だ。そして、
「猪狩」
「話すさ」
 緞帳の向こう、藪の奥――
「――そう遠くないうちに……近いうちに、必ず話すさ」
 ――姿を隠してもそこには居る、居続ける、という互いの間に強いた決まりでもある。


「つーかよぅ、本当に全然反応がねェな。お前の言う通り、解答以外は受け付けねェってわけか」
 億劫そうに溜め息を吐いて顔を上げた猪狩は、眉尻を下げている。
「〝藪〟の野郎は二つのモンで出来てるってのは白状してる。その内一つはカイコってのが濃厚で――もう一つ、なんかあるんだろ?」
 猪狩はそのもう一つに、見当が付いていないのだ。スマートフォンを取り出して、鱗道から聞いた話の内容や今までのやり取りでメモした内容を眺めてはいるものの、渋い表情は変わらない。誤答の代償についての話が出て以降、メモを取れる状況になかったからかメモの内容も途中で止まっている。それだけでなく、その後の出来事から〝藪〟の正体を構成する要素を抜粋しようというのは、〝藪〟に異様な共感を寄せていた猪狩には難しかった筈だ。
「多分、月だ」
 でなければ、猪狩のメモを覗き込みながら言った鱗道の言葉に驚くはずがない。
「〝藪〟が質問に答える時、少し声が違うと言っただろ? ザラついた感覚は石とか岩みたいなもんだったのがずっと気になってた。お前の考えに反対するわけじゃないが、生き物臭くないからな。月は、一応、岩石ってことでいいんだろ?」
 鱗道に聞かれた猪狩が、しばらく考え込んでから頷いた。自信ありそうな反応ではないが、鱗道が月を上げた理由はそれだけではないから構うまい。
「お前と〝藪〟が話してる時に、何度か満ち欠けという言葉が出て来た。お前が〝藪〟に弱気だといった時も、自分から光るもんじゃなく巨大な源から受けて映して返すとも。月も満ち欠けして形が変わって半月だの三日月だのとはなるがカイコと同じで月のままで通じるし、太陽の光を反射するだけで光ってるわけじゃない。
 〝藪〟は、やたらと対ってのに拘ってた。自分が一対の画題から成ってるってのも、奉納品で所縁の地があるってのも、カイコが人間と共存関係にあるってのも対に拘る理由なら……地球の周りを回ってる月も、対と言えんかね。あと……掛け軸の画題にもよくなってる……と、思うが」
「花鳥風月とか雪月花ってヤツか。そういや、そんなもんもあったな」
 それだ、と鱗道は声を上げた。自力では思い出せなかった、クロが日本画の定番として上げる言葉である。黙り込んでいるクロはさぞかしヤキモキしていただろうと、姿を見られない鴉を思う。後に、説教めいた言葉を言われたとしても我慢しよう、と。
「月は……神仏の背景にも描かれるしな。〝藪〟は――やり方や性格に難があったが、感情や返事は真っ直ぐだった。これ以上、妙に捻ることはないだろう」
「養蚕の祈願に、カイコと月を描いた掛け軸か。お前が上げたみてぇに共通点っぽいもんも多いし、確かに答えになる」
 猪狩が感心の溜め息と共に膝を打つ。周囲に集まっている付喪神達など気にもならないらしい。逆に気にされなさすぎて、打たれた膝に乗っていた玩具達が慌てて飛び退く側になっている。
「よし、乗った! それで行こうぜ。どうせこれ以上ヒントは聞き出せねぇし、俺も異論はねぇ」
 スマートフォンを手で遊ばせながらの上機嫌な猪狩の言葉であったが、しかし、と続いた言葉は曇っている。
「このままじゃカイコと月ってわけだから、一つの言葉か一つの物って条件が満たせねぇんだよなァ。なんか、そんな言葉、知ってるか?」
「知らん」
 猪狩が目を丸くしたのは、鱗道の返事が思考時間皆無のものであったからだ。猪狩は呆れるとも力が抜けるとも言えない声で、
「あのなァ」
 と、文句を言いかける。それを鱗道は、
「だから、調べてくれ。文明の利器ってのは使ってなんぼなんだろ?」
 猪狩が片手に遊ぶスマートフォンを指差すことで中断させた。鱗道に言われ、顔をしかめた後に、猪狩は慣れた手付きで検索機能を開き始める。
「お前もスマホは持ってんだろ。ちったァ自分で調べろよな」
「慣れてるヤツにやって貰った方が早い」
 開き直りかよ、とむくれながらも、猪狩の操作は手早かった。どんな言葉で検索するものだろうかと鱗道が覗き込んだ時には既に検索結果が並んでいる。
「そうやってパソコンはクロに使わせてんだろ。キーボードが嘴で突かれてるもんだから、妙なへこみになってんだよ――っとぉ?」
 検索結果を見ていた猪狩の指が止まった。その内一つのウェブページを開いた猪狩の表情は驚きから満面の笑みに変わり、
「おいおい、ビンゴじゃねぇか? これだから日本語ってヤツはややこしいよなァ」
 鱗道に画面を突き付けてくる。あまりに距離が近すぎたので、鱗道は体ごと引いて老眼鏡の焦点内に画面を収めた。開かれていたのは、辞書のページだろうか。見出しに使われている言葉は一般的なものだ。だが、一つの物を表すのに複数の言葉が当てはめられる異称の中に、猪狩が言わんとしている言葉があった。異称は時代や地域によって様々作られて使われてきたものだ。馴染みがなければとことん馴染みがない。だからこそ〝藪〟は問い掛けを、自らのオモテ――正体でもあり、画題でもあるカイコと月を答えさせることにしたのだろう。それぞれ単体であればよく知られ思い付くものでありながら、一つで言い表せるこの言葉を知る者は多くなかろうと判断して。
「で。これをこのまま言ってすんなりミッションクリアって、なると思うか?」
 鱗道から画面を引き剥がした猪狩が、顔を渋らせるのは当然であった。ただでさえ「オモテ」という言葉の解釈で翻弄されたのだ。複数の意味を一つの言葉に重ねたり、一つの物に複数の言葉を重ねたりなどとある日本語では、別の逃げ道を作られるのではないか――と、猪狩が懸念するのも無理はない。
 〝藪〟の声を聞き、態度を感じられる鱗道は、これ以上言い逃れや逃げの手を打つことはしない、と思っている。〝藪〟は自らの決まりに忠実であるし、故に身を守る術として有効なものになっている。たとえ意地を張っていようと、鱗道達が出した答えが決まりに則った回答である以上、根本から間違っていない限り誤答にすまい。ただ――根拠のあるものではない。万全を期せれば、それに越したことはないだろう。
 どうする? と尋ねてくる猪狩の言葉に、鱗道はすぐに返答せず背中を反らせた。ずっと座り続けていたせいで、背骨が大きく音を立てる。こちらで下手に勘ぐらず、素直に言っても良いのだろうが――と、言いかけた視界に目に入ったのは、猪狩の背中だ。多くの玩具にアスレチック扱いされて、派手なシャツが一層色彩豊かになっている。おはじき、お手玉、花札にビー玉、メンコ――
 そこから一つを鱗道は手に取り、スマートフォンのお返しだと言わんばかりに猪狩の顔に突き付ける。
「言葉で逃げられると思うなら、これで行けんか」
 猪狩は突き付けられた小さな玩具を、鱗道に突き付けられた距離のまま確認した。それから、ああと一声上げて、意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「いいんじゃねぇか? ただ、それなら柄が違うぜ。花は、桜だ」

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