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第2章 若き英雄

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ここエルディニアスには相対する2つの民族がおり、彼らは争いながらも文明を進化させ続けていた。
遡ること約300年前、やがて各々の民族は一つの指導者の元に集結するようになった。これが国家の誕生である。イグニス暦1057年、大陸の西にウィンドラス王国が、その翌年に大陸の東にバスティアン帝国が建国された。
ウィンドラス人は戦闘能力に優れた騎馬民族の特性を生かし、優れた騎士団を編成して戦った。一方、バスティアン人は知識と器用さを生かして、早くからボウガンや投石器などの原始的なカラクリ兵器を作り出した。
やがて月日は過ぎ、ウィンドラス王国とバスティアン帝国は数千万人の国民を抱える大国に成長したのである。
ところが、イグニス暦1289年に事態は急変した。それまで、不浄の民とされ王国で奴隷階級として扱われていたワルト人が反乱を起こしたのである。ワルト人は元々は2人の女神が民を生み出す前に存在していた先住民であったが、
神に創造されしウィンドラス人に劣る不浄の民とされ、古くから迫害を受けていた。この迫害から逃れようと、首謀者モハメッド・カドゥケウスがワルト人を指揮して内乱を始めたのだ。これを首謀者の名前をとって「カドゥケウスの反乱」と呼ぶ。
カドゥケウスの反乱により、ワルト人は王国の南の領土を奪うことに成功し、ここに「サンクワルト共和国」の建国を宣言した。そして、サンクワルトはウィンドラスに宣戦布告をし両国は全面戦争に突入したのである。
これが丁度イグニス暦1300年のことであったので、後にこの戦争は三百年戦争と呼ばれた。

ヘンリー・オズウェル 『エルディニアス戦記』 第1章「三百年戦争開戦」より

イステム城 金獅子騎士団詰所

「しかし、ルタリア平原の共和国軍は約3000の大軍。たかだか500人の我が騎士団で勝てるのか?」
漆黒の重鎧を着た大柄な男が尋ねた。
「まあ落ち着け、アンドリュー。策はもう考えてある。」
ジェイムズは男をアンドリューと呼んだ。
「今回は5つの部隊を大きく2手に分ける。」
「ちょっと待って、ただでさえ少ない兵を2つに分けちゃうの?」
赤髪の女性が叫んだ。
「最後まで話しを聞くんだ、レベッカ。」
ジェイムズはその女性をレベッカと呼ぶと、再び話を始めた。
実は一見ジェイムズと同じくらいの年齢に見える、この若い4人は金獅子騎士団の部隊長なのである。
重そうな鎧を着けた大男はアンドリュー。ハルバードと呼ばれる斧槍を得物とし、その持ち前のパワーで真っ向勝負で敵兵を粉砕していく。少々頭に血が昇りやすく、考えるよりも先に手が出てしまう性格である。
赤髪を後ろで束ねた女性はレベッカ。弓やボウガンといった遠隔武器を得意とし、勝気で男勝りの性格で自分の腕前には相当の自信があり、その正確無比な狙撃能力で援護する。
銀髪の細身の男はケヴィン。二本の曲刀を獲物とし、素早い身のこなしで奇襲や暗殺を得意とする、勝利のためには手段を選ばない冷酷な男である。
法衣を着た小柄な少年はアレン。まだ10代の騎士団最年少の騎士で、元々は教会の僧兵であったが、その棒術と魔力を買われ入団した。温厚な性格で誰よりもジェイムズを慕っている。
4人はそれぞれ卓越した能力で騎士団をサポートし、ジェイムズが最も信頼を置く人物たちである。優秀な部隊長と、彼らの能力を最大限に引き出す名将ジェイムズの存在が金獅子騎士団の強さの所以であるとも言われる。
「話を続けるぞ。」
ジェイムズはそう言って、ルタリア平原の地図を開きなにやら人形のようなものを取り出した。
「今回は兵力的にも圧倒的に不利であり、正攻法ではまず勝てないだろう。さらに長期戦になれば勝機は絶望的だ。となれば話は簡単、直接敵の大将を討ち取り短期決戦に持ち込むしかない。」
「単純明快な答えだが、どうやって3000もの敵兵を掻い潜って大将を討つんだ?」
ケヴィンがナイフを手のひらで回しながら尋ねた。
「今から作戦内容を説明する。まずはここが私達金獅子騎士団の本拠地、向こうが共和国軍のキャンプだ。」
ジェイムズは赤い色の人形を5体地図の北に置き、青い人形を1体南に置いた。
「主にこちらは部隊を2つに分ける、敵兵をひきつける囮部隊と大将を討ち取りに行く奇襲部隊だ。その奇襲部隊は狙撃が得意なレベッカと奇襲が得意なケヴィンの部隊に行ってもらう。」
「大将の首を取ればいいわけだな、任せておけ。」
「狙撃は得意よ、任せておいて。」
「ケヴィンとレベッカの了解が取れたところで、話を続けるぞ。残りは戦場で敵兵をひきつけつつ、頃合を見計らって本拠地付近まで敵をおびき寄せる。
その隙に奇襲部隊が動くわけだが、この開けた平原で敵兵に見つからない場所といえば、東側に広がる断崖しかない。なので、そこを伝って移動してもらう。」
ジェイムズは2体の赤い人形を地図の東側に置いた。
「そして、首尾よく大将を討ち取れれば勝ちというわけだ。」
ジェイムズはそう言って、青い人形を手で横に倒した。
「なるほど、無駄のない見事な作戦ですね。」
アレンは尊敬の眼差しでジェイムズを見つめ、思わず拍手を送った。
「一見隙がなさそうに見えるが、戦力を割くということは崩れる時には一気に崩れる。」
アンドリューはそれを示唆するように、人形を手ですべて倒した。
「そう、それぞれの部隊がしっかりと任務をこなし、かつ素早く行わなければいけない。少しでも段取りが狂うと戦いは一気に劣勢となる。
おそらく私が団長になってから一番厳しい戦いとなるだろう、各自気を引き締めてほしい。」
ジェイムズの言葉を受け止め、部隊長達は固唾を呑んだ。その言葉の裏からは、最悪の場合死を覚悟することを感じ取れたからだ。詰所内にはしばし緊迫した空気が流れていた。
「では、作戦会議を終了しよう。各自解散。」

夕刻 王都イステム イングラム邸

先ほども述べたように、イングラム家は代々騎士を輩出しており王国ではそれなりに名の通った名家である。城門から続く大通りは貴族の豪邸が立ち並んでおり、イングラム邸もその一角に門を構えている。
荘厳な門と美しい庭園のある広い敷地、そして近代建築様式の洋館からイングラム家の家柄がうかがわれる。
「ジェイムズ様、お帰りなさいませ。」
玄関に入ると早速女中が迎えた。
「母上はいますか?大事な話があるんです。」
「奥方様なら2階の自室におられると思いますよ。」
ジェイムズはその言葉を聞くと同時に、急ぐように階段を駆け上がった。そして扉の前に立つと軽くノックをした。
「はい、どなたでしょうか?」
中からは穏やかな女性の声が聞こえた。
「母上、ジェイムズです。」
「ジェイムズ、帰ったのですか。どうぞ、入りなさい。」
ジェイムズが扉を開けると、窓際に座っている中年の女性の姿が映った。美しい顔立ちに、ジェイムズそっくりの青い瞳、金色の長い髪をなびかせたいかにも貴族の婦人といった出で立ちである。
その表情は少し暗く、なにやら物思いにふけるように窓を見つめていた。
「あの母上、実は・・・。」
「やはり、往くのですね。」
ジェイムズが口を開いた瞬間、その言葉をさえぎるように婦人は呟いた。
「先ほど伝令の者から、国王陛下から出陣の命が下ったと聞きました。」
「そうですか、それならば話は早いです。」
「何故そこまでして、戦場に赴くのですか。貴方は大切な一人息子なのですよ。私はもう『あの方』のように戦争で愛する人を失いたくないのです!!」
婦人は目に涙を浮かべていた。零れ落ちた涙は夕日を反射して美しく煌いた。
「母上、あれほど父上の話はしないで下さいといったじゃないですか。大丈夫です、私はかならず生きて帰ってきます。決してあなたを一人にはしません!!」
「分かりました。かならず生きて帰ってくると約束できるのですね?」
婦人は顔を上げるとわが子の目を見つめた。その決意に満ちた鋭い眼差しからは死に別れた夫の面影を感じ取れた。
「約束します。必ず生きて帰ってくると。」
親子はお互いの絆を確かめるようにきつく抱きしめあった。夕日に照らされたその2つの影は親子の絆の強さを表すようであった。

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