ルタリア平原 サンクワルト常駐軍本拠地
「スコット隊長殿~、大変です!!」
突然一人の兵士が血相を変えて駆け込んでくる。
「今日はなんですか? あなた方は少し落ち着きというものを・・・。」
「それが、ウィンドラスの金獅子騎士団が動き出したそうです。密偵の報告によると、敵兵は3部隊、南に向かってゆっくりと進軍中らしいです。」」
スコットはしばし沈黙すると、不適な笑みを浮かべた。
「フフ・・・、ついに業を煮やして向こうから来てくれましたか。しかも、たった3部隊とは舐められたものですね。」
「いかがなさいましょうか?」
「よろしい、返り討ちにしてあげましょう。出撃の準備は?」
「いつでも万全でございます。」
「全軍出撃しなさい!!全兵力を持ってウィンドラスの金獅子を叩き潰すのです!!」
スコットは椅子から立ち上がると、声高に叫んだ。
「隊長殿はどうなさるんですか?」
「私はここに控えています。大将直々に出るまでもないでしょうから。」
「了解しました!!」
サンクワルト軍は3000の大軍を率い、凄まじい地鳴りとともに一斉に北を目指し始めた。見事、ジェイムズの陽動作戦にはまったのである。
この選択が後にスコット最大の誤算となる。この時、スコットにはジェイムズの手の平で踊らされていることなど知る由も無かった・・・。
一方、ジェイムズ率いる金獅子騎士団3部隊は順調に南を目指していた。このペースならば正午には敵陣に着く予定である。
しかし・・・、
「何だ、あれは?」
平原の半ば辺りまで来たところで、先頭のアンドリューが声を上げた。ジェイムズが目を凝らしてみると、進路を塞ぐ壁のように、夥しい数の兵士が横一文字に並んでいる。
掲げている旗にはそれぞれ地・水・火・風を意味するシンボルが描かれている。これはサンクワルト共和国の国旗である。
「サンクワルト常駐軍、予定より早く動き出してくれたか。これはかえって好都合だ。」
「あれが噂の3000の大軍か。こうしてみると凄い迫力だな。」
アンドリューは息を呑んだ。
「何も全滅させる必要は無い、敵の注意を引きつけられればいんだ。行くぞ!!」
その数分後、ルタリア平原の中央部にてついに両軍は相見えた。お互い膠着状態のまましばし睨み合いが続いていた。平原を吹き抜ける風と草木の葉ずれの音だけが静かに辺りを包んでいる。
「ついに来たかウィンドラスの金獅子。しかも、まさか大将直々にお出ましとはな。」
沈黙を破るようにサンクワルト軍の先頭の兵士が口を開いた。
「警告する、今すぐ兵を引いてここを明け渡せ。そうすれば今回は見逃してやろう。」
ジェイムズはいつもの温和な表情とはうって変わって、鋭い眼光を敵に向けた。
「何を馬鹿なことを。金獅子の将軍がこんなに腑抜けた男だったとは。」
サンクワルトの兵士は嘲笑した。
「従う気はなしか・・・。できれば血を流さずに終らせたかったのだが致し方ない。神聖なる王国の領土を蹂躙したからには、それ相応の報いを受けてもらう!!」
シェイムズは腕を振り上げると、敵軍の方を指差して叫んだ。
「あんたの首を取れば俺たちの評価も上がるってもんだ。行くぞ、全軍突撃!!」
サンクワルト軍は勝ち鬨を上げて突撃してきた。ついに両軍は全面戦争に突入したのである。
「団長には指一本触れさせんぞ!!」
アンドリューは自ら最前線に立つと、ハルバードの柄で兵士数人の攻撃を一度に受け止めた。衝撃で柄が激しく振動し手に震えが伝わる。アンドリューはなんとか歯を食いしばってこらえた。
「闇雲に剣振り回してるだけじゃ勝てねえんだよ!!」
そして剣を弾き返すと、片手でハルバードを軽々と振り回した。ハルバードの斧の部分は数人の兵士を切り裂き、後方へ吹き飛ばした。
「グハァ。」
兵士達は断末魔の叫びを上げて血を流しながら倒れた。
「なんて馬鹿力だ。この男、化け物か・・・。」
その惨状を見ていた兵士達は一斉に顔を青ざめて硬直した。
「何をしている、怯むな、かかれ!!」
後ろからは上官の叱咤激励が聞こえたが、足がすくんで、誰一人として動こうとはしなかった。これが金獅子騎士団の戦いの定石だった。
すなわち、まず先頭のアンドリュー隊が切り込んでその圧倒的実力を見せつけ、敵の戦意を喪失させるのである。
「この程度で戦意喪失か。それにこのハエが止まるほど遅い剣捌き、こいつら素人同然だぞ。」
アンドリューはハルバードの血を振り払うと、少々失望気味な表情を見せた。
それも無理は無い。サンクワルト共和国は元々はウィンドラスの奴隷階級の民によって作られた、建国されて間もない国家である。軍隊といってもその強さは義勇兵と大差ない程度であろう。
「ならば、こっちのガキからやっちまえ!!」
アンドリューには敵わないと悟った兵士達は、今度はアレンに襲い掛かってきた。
「サンライトレイ!!」
アレンが手をかざし掌の辺りが白く光り輝いたかと思うと、そこから一筋の光が照射された。
「なんだこれ・・・・、熱、うわああああああ」
兵士はその光線に照らされたかと思うと、突然発火しだし炎はみるみる全身を包み込んでいった。そしてあっという間に黒い消し炭と化してしまった。
「全く、いきなり襲い掛かってくるなんて驚くじゃないですか。」
アレンは安堵のため息をつくと、背中に担いだ木の棒を取り出して構えた。
「そんなにあせらなくてもどこにも逃げやしませんよ。さあ、どこからでも来て下さい。」
「こいつもガキの癖してやりやがるな。だが、こちらには3000の兵士がいるんだ。怯まずにかかれー!!」
「俺たちも隊長たちに続くぞ!!」
戦場は本格的に両軍入り乱れての大戦争となった。あちこちで剣と剣を交える音、戦士達の雄叫び、断末魔の叫びが木霊する。新緑の草は血で赤く染まり、辺りに血腥い匂いが漂う。
戦いは最初こそ金獅子騎士団が優勢であったが、次から次へと襲い掛かってくる兵の数に押され、次第に防御で手一杯となってきた。
「ついに追い詰めたぞ、金獅子の団長め。その首もらった!!」
アンドリュー・アレンは自部隊の防衛で手一杯であり、ついに隙をついてサンクワルトの兵士達はジェイムズの元までたどり着いてしまった。
「やれやれ、身にかかる火の粉は払わねばなるまいか。」
ジェイムズは腰に提げた長剣を引き抜いた。すると、刀身全体が光り輝き出した。
「死ねーーーーーー!!」
兵士達は雄叫びを上げると一斉に斬りかかって来た。
「シャイニングエッジ!!」
ジェイムズが剣を振り上げると、光り輝く剣閃が巨大な刃となって地面を切り裂きながら走る。それに触れた兵士達は真っ二つに切り裂かれ、夥しい血を流しながら倒れた。
「剣一振りで十数人が死んだ・・・。これがウィンドラスのクルセイダーの力なのか。」
兵士達は恐れ慄いた。
ジェイムズの持つ剣は「聖剣クルセイドセイバー」。金色の柄に太陽のレリーフと刀身の根元に獅子の紋様が彫られた、クルセイダーのみが持つことを許された剣である。
クルセイドセイバーはクルセイダーの魔力と共鳴し、光り輝く刀身から放たれる斬撃は遠く離れた敵も切り裂くといわれている。
「数人ではかなわなくとも、四方を囲んで一気に仕掛ければ隙ができるはずだ。全員かかれ!!」
上官の命令で兵士達は四方に散った。隙を伺うかのように一斉にジェイムズを睨みつける。
「く、この人数は少々厳しいか。」
ジェイムズは額の汗を手で拭うと、剣の柄を強く握りなおした。
「よし、合図で一斉に襲い掛かるぞ。」
兵士達が剣を構えて攻撃の準備をしたその時、西のほうから突風が吹きつけた。
「く、ここにきて海風が!!」
「よしここらが潮時だな。全員兵を引け撤退だ!! アンドリュー隊は殿を頼む。」
「了解した。」
ジェイムズは馬を駆り、急いで自陣へ向かった。
「逃がすか、追えー!!。」
サンクワルト軍を急ぎジェイムズ達の後を追ったが、砂塵が舞っているためすでに姿は見えなくなっていた。
「よし、これでできるだけサンクワルト軍の注意を惹きつけられればいいが・・・。あとは頼んだぞ、レベッカ、ケヴィン。」
作戦はついにクライマックスを迎えようとしていた。