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目の前に女性が居る。今にも泣きそうな顔だ。
僕はどうしたらいいかわからない。だけど何かしなくちゃいけない。

おしゃれな、古風な、中世的な、昼の日差しが木漏れ日のように降り注ぐ部屋の中で
僕は女性の顔を見つめた。

僕は眼鏡型の……ただしグラスもフレームもない、針金のような網膜投影デバイスに助けを求めた。
このデバイスは学習結果から最適な言葉・行動を導き出す。
人間関係について書かれた論文、研究、今までのお互いの学習された人生、そして同じOSを使っている人から得たデータをもとに導き出した言葉・行動。

左下の言語チャット部分に、赤字で表示されている。

『(別れ言葉は適切な行動ではない。87~92%の確率で後悔する)
(letmondoに頼らず、自分の言葉で気持ちを話すことが最善)』

LetmondoとはこのデバイスのOSのことだ。人工知能の名称もLetmondoなので、とにかく人工知能は自分の言葉で話せと言ってるわけだ。

「Letmondoに自分の言葉で話せと言われた」

僕はゆっくりと答えた。

「君のLetmondoはなんて言ってるんだ」

「同じだよ」

彼女はいつもより、幾分低い声で答えた。
僕はゆっくり息を吐き、天井を見上げる。マス目状に等間隔で伸びている梁、それとも装飾の、マスの数を意味も無く数える。

世界はシンギュラリティを迎え、ほぼすべての職業が人工知能に置き換わった。
今ある主要な職業はセックス・スポーツ・スクリーン。
まぁスポーツとスクリーンなんて極限までセックスを薄めたようなものだろう。世界最古の職業は売春婦だとか言うが、まぁ最終的に原始的な生活に戻ったみたいだ。

変わり者がやる職業としては、社会福祉とかはある。俺の彼女も、社会福祉の職業をやっている。
主に障害児童の世話。やはりそこらへんは人間がやらないと、児童が怖がるようだ。
アンドロイドにやらせるとしても金がかかるし。アンドロイドと分かると児童はそいつらを避ける。

俺は毎日youtubeを眺めて、たまにEスポーツをして、オナニーをして、彼女とセックスをする毎日だった。
生産性なんてかけらもない、だって生産は全て人間じゃない何かがやってくれるから。

だから俺は彼女に惹かれた。誰かのために生産的に生きる生き方凄いなって思った。
俺は子供が苦手だし、障害児童とかまっぴらごめんだ。
一度体験をさせられたが、引っかかれるし殴られるしで、まじでなんでこいつらのために働かなきゃいけないの?と思ってしまった。

そこで働いてる彼女に求められるのが嬉しかった。
そんな価値のある人間が、生産性のある人間が俺を必要としてくれている。
まるで俺が生産性があるかのように錯覚させられた。生産性のある人間の仲間になった気がしたんだ。

「人工知能に描けない、俺だけの絵を描くんだ」と言いながら、ついぞ一度も筆をとらなかった。
夢を語る俺を見る彼女の顔が見たくて、何度も嘘をついていただけかもしれない。
言ったときは本当だったんだ。でも俺が嘘にしたんだ。
だって俺の描く絵より、人工知能に頼んだ絵の方が魅力的で、人間味があって。

「りゅうたくんはさ、私とこれからどうしたいの」

目の前に居る俺の彼女は呟く。
俺は何をしたい。もう何もしたくないんだ。やることが無い。
承認欲求もないから、スクリーンで踊ったり商品紹介をして媚びを売ることもしたくない。
Eスポーツもボロ負けするからやりたくない。セックスもそろそろ飽きた。

誰かの為に何かをしたい。でもすることが無い。やれない。やりたくない。
でも。

「お前のために生きたい」

そう言おうとして、喉元まででかかったところで抑えた。
重いじゃん、そんなん。というより、誰かのために生きるなんてできそうにない。したくない。

「君の為には、生きられない」

ぽつりと言った。勝手に出てきた。

「じゃ、別れようか」

そう言われた時急に涙が出てきた。らしくもなく嗚咽を漏らしながら。
俺はその言葉を否定するものを1つも持っていない。
誰かの為に与えられない。誰かを愛せない。まともに恋愛もできない。

人工知能にも代替不可能な恋は、今日終わった。
生産的で代替可能じゃない君には分からないだろうな。
代替可能で享楽的な、でも享楽的なものを嫌う僕の気持ちは。


【あとがき】
くう疲

この小説は全て人間の手によって書かれているオーガニック小説です。

シンギュラリティ来ましたね!僕はニートですが、一生懸命働いてるみなさま、働く自分に価値を感じてる皆さま、乙です!
まぁでも、自然言語処理のショックなんて、「自分より優秀なプログラマーが来た」とか「自分より優秀な後輩が入ってきた」
レベルのショックですよね。それが世界平等に来たと言うだけで。

まだまだAIにできない部分、足りない部分もありますが、これからそれも無くなっていくでしょう。
リアル・ドリーム・ドラえもん・プロジェクトという詐欺みたいなスタートアップの先駆けはchatgptのAPIを使い再開され、
人間の活動できる分野は狭まり、環境保護分野と社会福祉くらいしか「まともな」職業は無くなるだろう
そんななか僕らの大半はただ単に人生の消費者として、無為な一日を送り
生産性のある人たちが輝いて生きているのを指を加えて見ている……という
そんな世界を元ネタに書いた小説です。

その環境保護分野も社会福祉も、肉体の代替手段であるテクノロジーが進化すれば場所は無くなっていくわけで
最終的にはセックスしか残らないでしょうね。人間がブランド化している部分だけ。アンドロイドのまんこより人間のまんこ舐めたいですぼくは。

そう考えると風俗嬢って凄く人間的で、生産的な職業だと思ったり。まぁでもあれですね、生産的って凄く機械的な分野だったんですね。
僕たちの生きてる世界、どうなっちゃうんでしょうか。

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