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ミシュガルド執筆劇「消えた筆記具」作:タアアタ

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「消えた筆記具」

 今回、調査を任されたのはアルフヘイム出身の女エルフ、
クルトガ・パイロットとラビット・フォスイレイザの両名だった。
 二人はアルフヘイムを侵攻した骨甲皇国による
亜人種殲滅をうたった先の大戦にてアルフヘイム側として
骨甲皇国に対し共に戦った仲でクルトガが率いる傭兵団「ペンシルズ」に
ラビットが所属していたこともあり、終戦後もお互いに妙な信頼関係がある。
 それはクルトガについていけば大体の問題は自動的に
避けられるような妙な安心感からくるものであったが、
ただクルトガ自身の保身が過ぎることによって引き起こされる問題から
避ける技術をラビット自身が持つことでこの関係性が
保たれている側面もあった。
 「で、今回の消えた先生についてだが、ラビット、
 調べはついてるのか?」
 「当然、それは我々の護衛対象でもありましたから、
 クルトガが今日着る服を選んでる合間の出来事でしたね」
 「仕方がないだろう? 服の縫い目のほつれは規律の乱れにもつながる、
  でどこに消えたかの検討はついてるのか?」
 「それですが、こちらの資料にまとめておいたのをさっき渡したところ、
  すぐに読んだと言って返したことは覚えてますか?」
 「ああ、大体の内容は把握している、
  だが詳細な事柄に関しては執筆者本人の経験に基づいて
  開示されるべき事象であるのは当然で、
  ラビットはそこのところを踏まえているものだと考えていたからな」
 「……つまりなにがいいたいので?」
 「資料には人が体験した驚きや発見、熱が無い、
  すべては冷静さで切り捨てられたあとの始末書、
  これにリアリティを感じて動くことが出来るものがいるだろうか?」
 この調子である、一つの事件に対して動くまでの確認事項が長い、
どころの問題ではなくひとつひとつにそこまで興味がなくざっくばらんと、
事件自体を一貫して避ける傾向、これがクルトガの本調子なのだ。

 「紅茶でも淹れますか?」
 「はちみつを入れてくれレモンも欲しい、はちみつが無かったら
  メープルシュガーがいいな」

 ことの発端はアルフヘイムと骨甲皇国、そしてスーパーハローワーク、
略称SHWとの三国による和平がかなったことと、この和平をもたらし、
協調路線を作り出す結果につながった未開の大陸ミシュガルドの出現。
 これにあった。
 戦乱の時代における三国の疲弊は想像を絶するものがあり、
今なお続く飢えと渇きに市民たちはこぞってミシュガルドに救いを求めた。

 かくして三国協調の時代、ミシュガルド開拓時代の幕を開けた、
ここまではよくあるシェアワールドの設定だったが……

 「ミシュガルド聖典」

 そうそのエルフの女学者はミシュガルド聖典の研究を始めた、
未開の地ミシュガルドのワンダーランドぶりは魔境めいており、
ひとびとがようやっと安全を確保した地域に旗を立て、
この魔境の橋頭保となる経済活動を行える領域を手にしてから、
開拓民たちの手で第一第二第三開拓村が開かれ移住者が募られ、
そういった最中で発見されたのがミシュガルド聖典であった。

 発見者である、そのエルフの女学者はこう言った。
「これは原点にして起点、この中にある空白にこそ価値がある」と

「そうだ、わたしもそれにおおむね同意した」
「問題はこれからですよ、ここまでは我々が同行するにあたっての
 前情報に過ぎなかった、クッキーおかわりありませんよ」
「先に言ってほしかった」

 そこからエルフの女学者はミシュガルド聖典に記された文字列の
解析に尽力するようになり、時に史跡とも遺構ともなる場所を示した、
一連の章節の流れに触れて我々の同行を求め、我々も任務のため、
彼女の護衛を数多くこなしてきた。

 発見、追究、未知との邂逅、すべてはミシュガルド聖典に
記されたとおりだった、何もかもが、出来すぎていた。

「そうおもうか? そうおもってついてきていたのか?」
「いまおもえば、のはなしです、紅茶のおかわりはあります」

 あるときSHWでそれなりの権威を持つアルステーデ女史はこう言った。

「捏造、なんじゃないかなって」

 ミシュガルド聖典の空白、それは我々の護衛対象のみが知りえる。
 SHW、アルフヘイム、骨甲皇国の三国による
 ミシュガルド聖典調査会、及び査問会議がこの週末に予定されていた。
ただ護衛対象はこんな書置きを残して、
「肩の荷が、降りたような気がします」


「それでドロン、まあ捏造だったんだよ、ミシュガルド聖典」
「捏造だったとしたらなおさら、責任問題が生じます
 すでに莫大な額をSHWは出資しており、各種の調査においては
 骨甲皇国の科学技術による測定装置と技術班が派遣され
 そしてアルフヘイムからは魔紋を専門とした魔術師が隊として」
「じゃあ捏造じゃなかったんだよ、それだけやる裏付けのある
 研究成果だったんだ、あとは任せてもいいだろう?
 私はそう判断するよ」
「その判断だと責任追及先はクルトガに」
「まあ見つけないといけないとは思ってる、ミシュガルド聖典
 それで、そう、護衛対象の行先はわかっているんだろ?」
「角砂糖をお菓子替わりにするのはよくないですね」

 護衛対象はミシュガルド聖典とともに行方をくらました、
ただそれと同時に行方不明者が多発している開拓村がある。
 アルフヘイム壱壱参開拓村、それはちょうど護衛対象が、
ミシュガルド聖典に記された文を解読して発見した古代遺物が
みつかった場所でもある。

「証明終了!
 これでアルフヘイムの優秀な憲兵が解決してくれるな」
「その憲兵も行方不明者に含まれるんですよ」

 問題は幾重にも絡み合ってる、すでに骨甲皇国は独自のルートから
壱壱参開拓村への調査をはじめ、SHWは秘密裏に雇った傭兵達にあることを
依頼したそうです、「執筆者を始末しろ」と。

「それでどうしてわたしがトカゲに乗せられてるんだ?」
「こうでもしないと話が先に進まないからです
 クルトガ、道中いいですか? 話には続きがあります」
「もぐもぐ」「それはトカゲの餌です」

 この執筆者を始末しろという言葉は、あくまでSHW側があえて
流した欺瞞情報の可能性があります。秘密の依頼がこんな簡単に、
外に流れる訳はありませんから、ただ、
仮にこの執筆者を始末しろという言葉を文面通りに受け取ったなら?

「この物語はここでおしまいになる」
「護衛失敗、わたしたちの物語がおしまいです」
「合ってた! 正解! じゃあ今日はお開きだな!」
「つきましたよ、警戒してください、言葉に浮かされた
 賞金稼ぎがどこにいるかわかりません」
「二次会は予定してなかったんだが」
「えっ、ちょっと」

 クルトガがおもいっきり騎乗用のトカゲを蹴っ飛ばすと、
そのままの勢いと鳴き声でトカゲが村をあとにした。
そこからの静寂が訪れるまえに、姿を隠したのはクルトガの判断だ。

「安全を確保するのが最優先だ、護衛対象と行方不明者の消えたと
 される場所は?」
「あの宿の二階、相部屋ではなく書斎のついた
 元はエルフの豪族が滞在したというVIPルーム」

 あたりの様子はずいぶん前からおかしかった、村人がいない
あれだけの鳴き声を上げたというのに騎乗トカゲに驚く者もいない
まだ、そのときではないと潜んでいるのか?
それともすでにそのときは来たあとなのか?

「焦げたニオイ、誰もパンの番をしていなかったのか?」
「それは、そうでしょう、この宿は立ち入りが制限されていて
 でも、妙です、誰もいない、いないのに焦げたニオイ?
 いえ、これは魔法の?」

バンッ!

「パンではない! バンッだ!」

バンッ! バンッ! バンッ!

「これは!?」

「侵入者発見、これより壱壱参開拓村の自由化を開始します
 丙式乙女 伊一〇六型「逸江」 目標を排除します」

エルフのような耳をした、骨甲皇国軍の最新機械歩兵

「えっ」

 ラビットの様子がおかしい、だがそんなことにかまってる暇はない
腕を引いて二階への階段を駆け上がると手すりを吹き飛ばすように、
骨甲皇国の機会歩兵「逸江」がその杖を構えて魔法を発動する。
あらかじめ魔力回路で設定された無機質な魔法、魔紋機構、
急いでVIPルームになだれ込んだ先、ラビットの蒼白な顔を叩く、
「お前は窓から下の階に降りるために、あのシーツを紐にして」
「あの顔、あれは」「いいか? ラビット、ここはもたない」

「逸江」の足音もさせないような動きでは、じきにこの部屋も
破壊しつくされるだろう、だがなぜだ? 何か違和感がする。
この部屋、書斎の文机、置いてあるのはミシュガルド聖典?
「クルトガ、あれは、あの機械歩兵は、えっなにを? クルトガ」
『肩の荷が、降りたような気がします』
「? この書き置きに何が?」
「おなじインクなんだ、この、この村で発見された古代遺物の
 そしてこのミシュガルド聖典に記されたこの文字」

扉が無機質な魔法で吹き飛ばされると、そこにはだれも
残されてはいなかった。

「「逸江」目標を補足できません、しかし生体反応は確認」

ただ開かれたミシュガルド聖典にはこう記されていた。

「”このペンでその思いを記せ” 逸江、制御が効きません、本部
 応答は、無い、なぜ? なぜ、だ、このペンはなんだ?」

気付くと逸江の姿もまた見当たらない、あるのはミシュガルド聖典と、
机にある古代遺物ともなるペンとペンスタンド、そして
三体のフィギュア。

「肩の荷が降りたような気がする、間違ってはいない、
 実際、この古代遺物にはそういう効果がある」
「どういうことなんです? クルトガ」
「肩の荷が降りたようになるってことは軽くなるってこと、
 軽くなるということは質量が少なくなるということ
 つまり」
「小さくなる? そんなことって」

いま三人が対峙しているのはミシュガルド聖典の上、
そこにはフィギュア大になったクルトガ、ラビット、逸江の三名。

「目標を確認、逸江、目標を排除します」
アラームとともに静かに走り出す逸江を前に!
「クルトガ!」
ラビットの声が静かに書斎の中に響く。
窓ガラスが木枠の中で静かに振動しているのを感じる。

「ペンじゃ目標を排除できない、とくにこの上ではなおさらだ」
ミシュガルド聖典にはこう記されていた、
この空白には執筆者の想いのみが記される。
「それは血では紡がれない、そうだろラビット?」
「……」
ビープ音とともに行動の止まった逸江が持つ身の丈ほどもあるペンを
ラビットが逸江と一緒に持つと、静かにミシュガルド聖典に、
加筆を始めた。

「ここに記された思いは届く」と

静けさとともについに文字列の文脈の狭間を生きるほどになってしまった
もはやこれでは角砂糖さえ運べない蟻とも、植字となった人一人とも
なんとでもいえてしまう。

ただ、それでいい、ようやく見つけた、ようやく。

「みつかってしまいましたか」
「先生、こんなところで迷子とは、まったく」

ミシュガルド聖典の文脈の中に壱壱参開拓村の皆は
古代遺物のペンの力で隠れていた、
そのあいだに逸江がSHWの賞金稼ぎを町を自由化する形で制圧し、
その亡骸を隠し始末した。

「クルトガ、このミシュガルド聖典は」
「こんなになるまでのめりこむ必要があったとは
 ほとほと思えないな先生、でもわかる気はしたよ」

ミシュガルド大陸は今や数多くの権益と原生生物の脅威に覆われ、
止むことのない脅威にさらされる開拓民とそれでもなお固執する、
開発の上層部、利益のために多くの貸付で負債を抱えた開拓民、
冒険者すべてがいつしかこの流刑地と化した大陸で、
いつ終わると知れない開拓に、でも見つけてしまったのだ。
先生は。

「ミシュガルド聖典の空白には意味がある
 ただそこに記せるだけ目いっぱいの空白を見出すには
 執筆者がその活字を自分の目線の高さにまでおろさなければ
 自分が聖典の中に入らなければ手に入らない」
「でもそれは、先生」
「ラビット、おもったことをいってみたらいいんじゃないか?」
「クルトガ、そして先生、いくら自分をペンの力で
 文脈の中に住まう生き物に変えたところで、そして
 終わることが無いほどに小さな活字を自らの肩の荷を下ろすように
 書き綴っていっても、いつまでもこの空白は埋まらないんです」
「そうだね」
「先生、わたしたちは帰らなきゃいけないんだ
 ミシュガルド大陸に、このミシュガルド聖典から」
「じゃあ、めいっぱい、大きな物語を描いてごらん、
 大きな大きな、この聖典に収まりきらないほどの活字で」

空白の中では逸江は骨甲皇国の支配から自由に、
ラビットとクルトガとともに大きなペンを振るうことが出来た。

「わたしたちのミシュガルド大陸はこの中に納まりきらない」

そう記された瞬間、ミシュガルド聖典はその中に含んだ、
壱壱参開拓村の村民をもといた村で元通りの営みに戻し、
そうしてこの物語では二度と開かれることなくぱたりと閉じてしまった。

「先生は?」「護衛完了だよ、ラビット」

ミシュガルド聖典、そこは静寂と安寧が約束された文脈の園。

「目標を喪失、逸江、これより帰還します」

願わくばまたこの聖典が開かれるその日、
めいっぱいの活字を込めてくれるその日
祝福の日まで保たれますように。

消えた筆記具に想いを込めて
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