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「再会」作:後藤健二

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「再会」      作:後藤健二


 甲骨国とアルフヘイムが戦ったあの戦争から五年余りが経った。
 七十年も続いた「戦中」はだらだらと続いていた時もあったが、おおむね苛烈で激動の時代と言えた。
 だが、「戦後」の五年は戦中に比すべくもないほどの激しさ──いや、文字通りの驚天動地の動きであった。
 まず、何をおいても新大陸「ミシュガルド」の出現だ。
 伝説的存在といえ、そんなもの本当にあったか定かでなかった数千、数万年前の超古代に沈んだという謎の大陸ミシュガルドが、この現代によみがえったのである。
 この世界≪ニーテリア≫には、三大国と呼ばれる国々がある。
 一つは軍事国家・甲骨国。
 一つは精霊国家・アルフヘイム。
 一つは商業国家・SHW(スーパーハローワーク)。
 そのうち甲骨国とアルフヘイムは、七十年という長きにわたる大戦を行った。
 甲骨国もアルフヘイムも大戦末期には兵力や資源が枯渇しつつあり、追い詰められていたアルフヘイム軍は、侵攻する甲骨国を自らの住む大地ごと滅ぼすという「禁断魔法」を行使し、両国は痛み分けの停戦となった。
 が、そんな形の停戦であるから、戦後賠償も何もない。両国は莫大な戦費を浪費しただけの無駄な戦争となってしまった。ゆえに、両国の経済は破綻寸前だった。
 もし戦争終結と同時にミシュガルドが現れなければ、そのまま両国は中立国であるSHWの経済支援に頼らざるを得ず、多くの権益を失いかねない亡国の危機だったのだ。
 それがミシュガルドが現れたことにより、三大国はこぞって新天地の開拓に動き出した。特に甲骨国とアルフヘイムは国家経済を立て直す目的で必死だ。手つかずの新天地を求め、国策として開拓事業に乗り出しているし、各国の民間人らも新天地開拓で一攫千金を求めてこぞって開拓に乗り出している。
 そしてそのドサクサに流され、七十年も続いたというのにあの戦争の戦後処理というものは半ばなおざりにされてしまった格好だった。
 戦争終結へと導いた国家的英雄の行方すら分からないというありさま。
 ───というか、戦争が終わった今、「狡兎死して走狗烹らる」という言葉があるように、名ばかり大きくなった英雄は邪魔者として殺される運命もありえる。
 実際、敗色濃厚だったアルフヘイムが救われたのは彼のおかげであるし、エルフ、獣人、人間あらゆる人種の者たちから分け隔てなく好かれ、アルフヘイムびとの救世主となっていた彼を、いっそアルフヘイムの王や皇帝に祭り上げようという話もあったぐらいで。そうなれば雑多な種族の小国家群ともいえるアルフヘイムで無用な内乱が起きる危険もあった訳で───。
 そんなわけで、彼───アルフヘイムの救国の英雄クラウスが戦いの最中で死亡したとして姿を消したのは、そのような面倒ごとを避ける意味合いもあったのではと言われている。




「彼には死んだままでいってもらった方が都合がいいのだ」
 無感動な口調で呟く紫髪の竜人族──言うまでもなく、かつてのクラウス親衛隊隊長アメティスタ──を、赤髪で褐色肌のエルフ──言うまでもなく、かつてのクラウス親衛隊最大戦力であった緋眼の精霊戦士ヴィヴィアことビビ──は、信じがたいものを見るように目を見張っていた。
「私がそんなことを言うとは意外かね?」
 薄く笑うアメティスタに、ビビはこくこくと頷いた。
 そこはアメティスタのためにあてがわれた執務室。
 ミシュガルド大交易所の市庁舎近くにあるアルフヘイム軍の駐屯基地であった。
 基地の奥深くに、現在のアルフヘイム軍でも上位から数えた方がいいような重要な地位にアメティスタはいるらしいが、ビビは一介の冒険者なので良くわかっていない。
 ただ、非常に面倒な戦後処理をアメティスタが引き受け、毎日書類の山に囲まれ、眉間にしわを寄せながら難しい顔をしているのは知っている。気楽な冒険者で毎日が日曜日な自分がちょっと後ろめたい気分になってくる。
「ちょっとは考えたら分かることだろう? もし仮に、仮にだ。彼が生きていたとして……もう“英雄”など平和な時代には必要ないのだ。ビビ、おまえだって冒険でモンスターと戦う時以外には、精霊戦士の力を必要としないだろう? 大きすぎる力というのは災いを呼ぶ。英雄も精霊戦士も平和に生きていたいなら、その力を見せすぎるのはよろしくない」
 アメティスタは続ける。
「彼が生きているという情報は私も少し前に掴んでいた。なんと彼の細君も一緒にいるというし、ご子息もおられるという……大戦末期に産まれたあの子だな。一家で平和に人里離れたところで過ごしておられるのだろう」
「ミーシャにルキウス!」
 ビビは反射的に叫んだ。
「そうですよ! 政治のこととか難しくてあたしには良く分からないけど……」
 すっかり怠惰な生活に慣れ切ったビビであったが、久々に戦中時代のような熱い情熱を取り戻したかのように拳を握る。
「隊長は会いたくないんですか!? 共に戦った仲間なのに! あの人のためならどんな死地でも勇んで飛び込んでいったじゃあないですか! 本当に無事に生きているならこんなうれしいこと、ないじゃないですか!」
 まくしたてるビビに対し、アメティスタはふーっとため息を吐き、目をつぶって両手を組んで顎に乗せた。その眉間には深いしわが刻まれている。
「……分からない」
「へ?」
「どんな顔して会えばいいのか分からない!」
「た、隊長?」
 ビビは思わずずっこけそうになった。
「剣の誓いとか立てて、あなたが死ぬ時はわたしが死ぬ時だー!とか勇んでいたのに、おめおめと私だけ生き延びてしまって、今はこんな下らない戦後処理の残務に追われ、毎日毎日書類とにらめっこして、帰ったら酒をあおって寝るだけの毎日。五年近く背中の翼で飛ぶこともせず、剣を握ることもなくなった。こんな姿をあの人に見せたくないし」
「隊長!? 何を早口で……」
「それに密かにお慕いしていたけど、あの平凡だが善良な細君にかなうはずはないから、胸に秘めたままでいようと決めていたのに、平和そうな一家を見てしまったら嫉妬の炎をおさえきれる自信がないし、なんで私にこんなめんどくさいことばっかり押し付けてるんだとか嫌味の一つも言ってしまいそうになる自分がいやだし!」
「ぶ、ぶっちゃけてますね」
「そんなわけで、私は会わない方が良いだろうという結論に達した。あの人とのことは美しい過去の思い出のままでいさせてくれ」
「は、はぁ」
「で、おまえは特にしがらみも何もないし、レダと一緒に会いに行けばいいだろう」
 アメティスタはぺらっと一枚の書類を取り出し、ビビに手渡す。
「クエスト依頼書だ。アルフヘイム政府からのな。大戦の英雄の安否確認。もし生きていたら、救国の英雄として相応の地位や慰労金などを渡さなければならない。まぁ、あの人のことだから固辞するだろうが……」
 アメティスタは真剣なまなざしとなる。
「だから、あえて元親衛隊だったビビに頼んでいる。あの人の“死亡”を確認してきて欲しいというわけさ」




 アルフヘイム政府の意向としては、首相であるダート・スタンもそうだが、英雄の帰還を待ち望んでいる。アルフヘイム軍はずいぶんと弱体化してしまっているし、ミシュガルド開拓においても甲骨軍におくれをとっているのだ。
 だが、そこに英雄が帰還したとなれば、両軍の緊張は避けられないものとなる。
「大きすぎる力は災いを呼ぶ……か。隊長の言うことは間違ってないよ、ビビ」
「そうなの? レダ。あたしには良くわかんないよ」
 アメティスタと別れたビビは、親友である金髪碧眼の小柄なエルフ───無二の親友であるレダ───と共に、大交易所から遠く離れた、とある森の中を歩いていた。
 アメティスタが掴んだ情報によれば、このあたりに意中の人はいるらしい。
「つまり隊長は、あの人に平和に暮らしていて欲しいってことだよ。政治のいざこざに巻き込まれないようにさ」
「なるほど、形だけの死亡確認をしてこいってことか」
「そーいうこと! すごいじゃん。ビビでも理解できた? だから報酬もないだろうけど、会いたい人に会えるんだから、それが何よりの報酬ってことだね」
 レダは上機嫌ではすっぱな物言いをしている。
「ビビでもって……ちょっとそれはいくらなんでも」
 そんなレダに、ビビは不平そうにしつつも、すぐに目を細めてにやけ面になってしまう。
 レダは戦災孤児だった。戦争で両親を失い、そのショックで声が出せなくなっていた。戦中にミーシャに助けられ、ビビと交流することでようやく声を取り戻していたが、それでもまだまだ物静かな少女だった。
 それが戦後、ミシュガルドに来て五年経ち、魔法の才覚を認められてアルフヘイムのえらい賢者のガイバルさまの師事を受けていくうちに、段々と明るい元の感情が出てきていて、今じゃ自堕落な生活をしているビビを叱りつけるぐらいのしっかり者になっている。
 今のレダの姿を見たら、あの人たちはどれだけ驚くだろう?
 早くその顔が見てみたいものだ。
「でもさ、ビビだってあの人のことは好きだったんでしょ?」
 今日のレダはいつも以上にぐいぐい来る。
 ビビはびっくりして前のめりになって転げそうになる。
「……や、やめてよー。あたしのは単なるアコガレってゆーか」
「あー、今はシャーレくんだっけ? あの人の方が気になるもんね」
「だからーーー」
「思春期かよ! いいなぁ、恋多き乙女。わたしの周りなんてオジサンしかいないから、恋なんて望むべくもないんだよ」
「同年代の男の子もいるでしょーほら、えーと、ケーゴとか!」
「あいつにはアンネリエがいるじゃない」
「え、ケーゴとアンネリエってそーなの!?」
「そーいうことには鈍感だなぁ、ビビは。あーもー……だからわたしの思いにも気づいてくれないのか……」
 最後の方は小声となっていくレダに、ビビは顔中がハテナマークになっている。
 本当に鈍感なヤツ。
 レダは苦笑しながら、「なんでもないよ」と流してしまう。
 二人の少女は他愛のない話をとりとめなく続けた。
 あの過酷な戦中を生き延びた二人にとって、戦後のあらゆることが「平和のご褒美」のように感じてしまう。
 でも、そういうことなら最も平和を享受すべきなのは、やはりあの人なのだ。
 ───やがて、森の中に一軒家が見えてきた。
 これまたアメティスタ隊長の情報通りである。
 まったく警戒感のない感じのフツーの民家だ。
 まさか本当にこんな何でもないところにあの人がいるだなんて…。
 こりゃ本当にいたとしても、すぐ引っ越しをお願いしないといけないのでは…?
「ビビ!? レダ!?」
 素っ頓狂な感じの、驚いている女の声がした。
「まさかここが見つかってしまうとは。一体どうやって……?」
「おとーさん、おかーさん。あの人たちだれ……?」
 ああ、ああ。
 なつかしい、そして頼もしくもある男の声。
 可愛らしい、利発そうな男の子の声。
「久しぶり! クラウス! それにミーシャ!」
「大きくなったね、ルキウス!」
 ビビとレダは、涙をこらえ、笑顔でクラウス一家に駆け寄った。





──END──

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