元来、ネクル子爵の領地は作物の育たない痩せた土地である。
嫁のヒャッカはそんな領地に特産品を作るべく、領民に無償で漁船を貸し出した。推奨しているのは沖合でのタルパ漁。
タルパは大衆魚で脂が乗って美味だが腐り易く、港町でしか流通していない。そこに商機を見出し、缶詰にして売ろうというのである。
ところが、このタルパの水煮の缶詰。さっぱり売れない。
それもそのはずで、缶詰の開け方を皆知らないのである。軍人だけが戦闘糧食として重宝していた。軍人は銃をぶっ放して、缶に穴を開けて無理やり開けるのだと聞く。
在庫の缶詰を処理するために、ネクルは冒険者に試供品として配ろうと、単身ミシュガルド大陸までやって来た。ネクルの初めてのお使いである。
心配なヒャッカは部下を動力付き重戦闘鎧”竜破”に乗せて、こっそり護衛してもらうことにした。
こっそりしているつもりだが、人よりでかい竜破は目立つ。気づいていないのはネクル本人だけである。草原でさっそく三人組の冒険者一行がネクルのそばに近づいて来た。
「ああっ、お前は甲皇国の」
ヒャッカの心配は的中した。よりにもよってネクルは恋敵のジテン青年にばったり出くわしたのである。絶賛幼児退行中のネクルには難しいことは分からない。構わずジテンに缶詰を手渡した。
ジテンはこれを高度な煽りと受け取った。この缶詰を開けてみろ、できないだろうと。
やってやろうと短剣で缶詰を何度も突いてみたが、細かい傷が付くだけ。
パーティーの紅一点、魔法使いシャウルがジテンの助けになろうと話しかけた。
「私にまかせてください。とっておきの魔法があります」
「ダメだ! これは僕ができなきゃ意味がないんだ」
けんもほろろに断るジテンに人生の大先輩、オーガのニコロが苦言を呈す。
「そういうところだぞ。もっと仲間に頼ってくれ」
「ニコロさんがそう言うなら」
ジテンはシャウルに缶詰を手渡した。
「魔法の弩砲!!」
シャウルから放たれた魔法が缶詰にぶつかり、大爆発を引き起こす。竜破がとっさに壁になってくれなかったら、大惨事となっていたことだろう。
にもかかわらず、缶詰はパンパンに膨らんだだけで穴も開いていない。
「そんな。結構な高威力の魔法なのに」
まだ煙が出ているくらい熱されているのに、缶詰を拾ってネクルがお手玉する。フーフー息をかけて冷ましてから、再びジテンに差し出した。悪気は一切ない。
「ニコロさん、頼みます」
「よしきた」
ニコロはジテンが素直に頼ってくれて心底嬉しい。二つ返事で受け取った缶詰に巨大な斧を振り下ろす。
ところが、斧の刃のほうが欠けてしまった。
「すみません、大事な斧を」
「なあに、斧はまた打ち直せばいい。それより」
ニコロの指すほうを見ると、斧の刃先が缶の中にめり込んでいる。缶と刃の間から勢いよく煮汁があふれ出した。
せっかく缶に穴が開いたというのに、斧が食い込んでしまって引き抜くことができない。どうやら欠けたところが返しになってしまったようだ。
「引き抜くことができないなら、引きずって動かしちまえばいい」
かつての仲間の言葉をジテンは思い出した。
てこを利用して斧をずらす。斧は引き抜けなかったが、少しずつ動いてギザギザに缶のふちを切っていく。とうとうジテンは缶詰を開けた、仲間たちとの力で。
ジテンは後にレビ式缶切り斧として商品化に漕ぎつけている。
缶詰と缶切り。片っぽだけでは役に立たない。二つあって初めて用を為す。
相乗効果で両方とも大ヒット商品となり、冒険者たちは山でも海産物を食べれるようになった。