現時刻、夜中の2時。
僕らひまわり班の5人は、元々狼だったんだろう形をした、動物の怨恨霊と対峙していた。
誰も人がいない夜中の河原の側で、空に届くほど大きく膨れ上がった、黒々しい怨恨霊が発生したと知らせが入ってから早1時間。
ちょっと時間がかかりすぎている。
僕は自身の紅く光る勾玉を握り直し、力を込めた。
足元に幾何学模様の魔法陣が繰り出される。
「次で決める!ヒメ、用意しといて!」
「だからヒメって呼ぶな!」
「行くよ!」
「無視するな!」
魔法陣に力は満ちた。
僕は狼に勾玉を向けた。
「春の陣、桜舞いちる夢最中!」
勾玉を中心に、桜吹雪が起こる。辺りは夢の中のようにぐにゃりと歪む。
これは敵の霊体の構成を書き換え無力化する魔法で、狼は自身の霊体の変化について行けなさそうにピタリと動きが止まった。
「いまだ!ヒメ!」
「だーかーら!ヒメって呼ぶなぁああ!!」
四姫(しき)は文句を言いながらも、しっかり封印の段を取っていて、数珠を鳴らし、札に口付けする。
そして札を狼に向けた。
「天にまします荒魂よ、悲しき定めの子を救いたまえ!」
今度はいける!
そう確信した通り、狼はギャッ……と小さく悲鳴をあげたかと思うと、煌めく光の粒となって消えていった。
「おわったー!」
僕は伸びをしながら思わず大きな声を出した。
「結界解くぞ〜」
背丈の3分の1はある鏡を軽々しく持ち上げ、禅(ぜん)は結界を解いた。
一般人から僕たちの戦いが見えないようにする結界だ。解く時はいつもすっきりする。
「雪羅(せつら)!」
「なに?」
真っ赤っかになって怒っている四姫に、僕はいつものように応えた。
「なにじゃない!ヒメって呼ぶなって言ってるだろ!」
「え〜、だってさ、そっちの方が呼びやすいしかわいいよ。”しき”って呼びにくいよ〜」
そしていつもの言い訳をした。
「かわいいって……それが嫌なんだよ!」
「はいはーい、喧嘩しなーい」
「狗琉(くりゅう)」
「君たち2人は封印最後の要なんだから、もっと仲睦まじくやってね」
僕と四姫の間で、距離を取るように割って入った狗琉の後ろから、禅が手を振ってやってきた。
「ちげー、ちげー、狗琉」
「ん?」
「仲が良いから喧嘩してんだよ」
「あ、なーる」
これもいつものやりとりだった。
「誰がこいつと仲良くなんか……!」
まだ顔を赤くして四姫は怒っている。
「え〜、僕はすっごく仲良しだと思ってるよ?」
「いつも言うが……5歳からの付き合いで……そのレベルで話すのか?」
僕ら4人から少し離れたところで、巳門(みかど)がぽつりと呟いた。
「そーだよなあ!はっはっはっは!」
禅が景気良く笑った。
「〜〜〜っ!帰る!」
「あ!ちょっと四姫!」
プンプンと言う擬音が見えるような背中で、四姫は行ってしまった。
その後を狗流が追いかける。
「……帰るったって帰るとこは同じだろう」
「なぁ!」
「待ってよヒメ〜!」
「しつこい!」
そして僕も帰路についた。
*
僕たち封印士は、死後この世にとどまってしまい怨恨霊となってしまった霊を、あの世に送る仕事をしている。
”たまゆらお掃除カンパニーの第3営業部ひまわり班”とは僕らのことで、動物霊を専門にしている。
人間霊よりも怨恨霊になる霊が少ないとは言え、高校も行きながら封印もやりつつという忙しい日々を送っていた。
表目には、僕らは5つ子と言うことで通っている。
だが、本当は違う。親がいないみなしごがカンパニーに拾われて集まった団体だ。
まぁそこをどうごまかしたのかは想像にお任せする。
つくづく、上の人のやることは凄いなと思う。
「……え?契約破棄?」
放課後。高校の屋上で集まっていた僕ら。カンパニーから急に大事な話があるからと言われて来たのだ。
そこで社用携帯で話していた四姫の動きが止まった。
「え?なんてなんて?」
”契約破棄”という単語を聞いていたけども信じられなく、聞き直すように狗琉が食いついた。
「とりあえずそう言うことだからって……。ちょっ!家だけ貰っても私たちこれからどうやって生活するんですか!?ちょっ待っ……。……切れた」
珍しく呆然とした表情をする四姫を目の前にして、僕たちは現実を思い知った。
いわゆるリストラだ。
本当に上の人のやることは凄いと思う。
「どーすんだよ明日から」
いつも元気な禅も、青ざめている。
「困ったねー……」
狗琉も苦笑いを浮かべていた。
「本当に何を考えてるんだ上層部は!勝手に私たちを雇って修行させて、リストラだと!?」
「ヒメ〜、あまりキーキー言わないで。ハゲるよ」
僕は現実を受け止め切れないながらも半分諦めていた。
「ヒメって言うな!あぁ、どうすればいいんだ」
「……っr」
「どうしたの巳門」
巳門がダークなオーラを纏ってぶつぶつ言っている。
僕は思わず話しかけた。だけど巳門は僕を無視して、屋上の扉へ向かってゆっくり歩き始めた。
「……KILL……」
怨恨霊との戦いで使う剣をその右手に呼び出して。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁーーー!!!」
狗琉が一番早く動いた。
「止めろ!誰か巳門を止めろー!!」
四姫も後に続いた。
*
「はぁ……はぁ……」
止めようとすると暴れ出す巳門を、4人で一生懸命抑えたのだった。
「あ……あぶね。巳門は本当に殺るからな……」
額の汗を拭って禅は巳門から離れた。
「全く……」
雰囲気がいつもの四姫に戻っていた。巳門を見て冷静になったようだ。
「しっかし、どうする〜?収入源」
僕は腕を頭の後ろで組んでみんなに聞いた。
「うぅーん」
顎に手を置いて悩む狗琉の横で四姫が腕を組んだ。
「どうするもこうしたもないだろう。仕事をしないと生きられん」
「バイトを探す?」
狗琉がそれに答える。
「そうだな」
四姫が空を仰ぎながら答えた。
「えぇーーーーー!!!」
禅が明らかに嫌そうに応える。
「働かない人間は食うな」
「くっ」
四姫の冷たい一言に、禅は折れた。
*
その後、僕らは5人で手分けしてバイトを探し始めたが、まだ言っても17歳の僕らに保護者責任が無いことをわかりながら雇ってくれるところはなかなか見つからなかった。
貯金は辛うじてあったから、なんとか日々食いつないでいったけど、そんな日々も長くは続かない。完全に僕らは迷走した。
「はぁ……普通の仕事にさえありつけないなんて……」
またまた放課後の高校の屋上。僕は思わず呟いた。5人それぞれため息をつく。
「どーする?また封印士出来そうな組織でも探そうか?」
狗琉が屋上の床をつつきながらみんなに話しかけた。
「ないー。もう探した。どこも手が足りてるってよー」
禅が屋上の手すりに体を預けながら答えた。
「今時難しいよねぇ普通の仕事もこっち関連の仕事も」
僕はと言うと、屋上の床に後ろ両手をついて呟いた。
本当、元・上層部は勝手すぎる。
僕らが拾われた頃から勝手だったけど、今回は酷すぎる。
そりゃまあ、みなしごだった僕らの一つの指針を示してくれたという点では感謝するけど、所詮道具のひとつだったんだって……。悲しくなる。
そう、5人途方に暮れていた時だった。
「のぅお主ら」
「!!!!!?????」
突然の声に、僕らはそれぞれ戦闘態勢をとった。
人間ではない。明らかにエネルギーでそうわかったので、念のため武器を展開させた。
「何者だ?」
四姫が問いかけたその先には、白狐が人間に化身したとわかる存在が宙にぷかぷかと浮いていた。
「話しかけてくるたぁ新手の怨恨霊か?」
禅も結界を展開する仕草をし始める。
「……」
5人、相手の出方を見て硬直する。
「これこれ、恐い顔をするでない。お主ら普通の人間じゃなかろう。それ相当の修行を積んだ奴らと見える。それほどならば何かの組織に所属し激しく働いているだろう。しかしぼうっと呆けているところと会話を聞かせて貰えば、もしやいま流行りの”リストラ”とか言うやつにあったのか?」
「……」
僕たちは応えず見守った。
「フム?そうじゃろ?違うんか?ほれ?まぁ、それくらいの技術とパワーじゃ”リストラ”に遭っても当然じゃろーが」
ムカッ!!!5人同時にそう思っただろうが、まず口を開いたのは珍しく巳門だった。
「……何者か知らないが侮辱されちゃ……黙ってられん」
巳門はその呼び出した剣を振りかざし、白狐に向かって飛びついた。
真剣に斬るつもりだ。
「巳門!!」
突然の行動に四姫が言葉で制しようとするが遅かった。
巳門は剣を振り下ろした後だった。
しかし……。
「……いない?」
「ふはははは!」
「!?」
消えたかと思った白狐は、巳門の剣の剣身に立っていた。
「ワシごとき戦闘の素人に見切られてるようじゃあ、そりゃあ”リストラ”に遭っても仕方ないわ!」
「巳門の剣をかわした……?」
狗琉が心の底から驚いた。言っても僕らはそこそこ強い。自分で言うのもなんだけど。
特に巳門は僕らの中でも一番速いのに、そんな簡単に抜かれるなんて。
この白狐……一体何者なんだ?
「ワシの名は暁小路(あかつきこうじ)。お主らに仕事をやろう」
「……!!!!!」
仕事と言う言葉に僕らは食いついた。
*
「ワシはな……個人で前々から封印士業の主をやっていたんじゃが、つい最近雇ってた奴らが定年を迎えてのう……。ワシはさっき言った通り戦闘経験は全くない。だから代わりの奴らを探しておったのじゃ」
「報酬は?」
四姫が僕らが一番聞きたかったことを聞いた。
「弾むぞい?前の職場の2倍、いや3倍は出そう」
暁小路とやらはにやりと僕らを見て嫌な笑いをした。
その報酬はどこから湧いて出てくるのか?疑問はあるが、僕たち5人にそんな安全な橋を選べるような余裕が無いことを四姫が一番わかってるはずだった。
「わかった、契約しよう」
「ちょっと四姫。勝手に決めて……」
「じゃあ狗琉。お前は仕事を見つけて来れるのか?」
「う」
「他に異論は無いな。では契約する」
「ほっほっほっ。では代表者よ、左の親指出すヨロシ」
「キャラ変わってね?」
禅が思わずツッコんだ。
「……?こうか?」
四姫は普通に左手を差し出した。
「ちょっと痛いが我慢するぞよ」
そう言って、暁小路は小刀を呼び出した。
「……!?何をする気だ!」
四姫は驚いて、左手を引っ込めた。
「弱いっちいのう。血印と言うのを知らんのか」
「け……血印だと?」
たじろく四姫。僕も同じく引いた。いつの時代だ。
「ワシとの契約は他の組織と一味も二味も違うぞい」
楽しそうに暁小路は笑った。
「何ぞそれ、報酬が違うからのう……」
「……わかった」
覚悟を決めた四姫は暁小路から小刀を受け取り、左の親指をそっと傷つけた。
痛そう……すごく痛そう。
眉ひとつ動かさないところはさすが四姫と言ったところ。
「汝ら我が暁小路との契約、代表者一人のその身体に流れる血潮により締結致す。よろしいか?」
暁小路が宙をその指で撫でると、和紙の契約書が現出した。
「了解した」
ピタ。四姫が左の親指を契約書の捺印欄に押し付けた。
「契約完了じゃ」
すると……。
四姫のおでこに間抜けな狐マークが浮かんだ。
「ぷぷー!なんだよそのマーク!ヒメがよりかわいらしくなった〜!」
僕は指差しながら大笑いした。
「……ヒメって呼ぶな。言っとくがおそらく私と同じのがお前のでこにもあるからな」
「えっ……嘘」
「あるよ」
「狗琉のでこにもあるよ?」
「つーか全員だろ?」
「……つら」
禅の言う通りだった。全員のおでこに間抜けな狐マークが浮かんでいた。
「はー、これはモテないねー」
でこに手を当てて狗琉が嘆く。
「コホン、大丈夫じゃ。ワシら以外は見えとらん。さて早速じゃが仕事を頼むぞ」
「なんでも言って〜」
僕はなんだかんだ言いながら久しぶりの仕事にウキウキしていた。
「実は昨日からのう、ひと所から全く動かん困った奴がおるでのう」
「場所は?」
「私立葛葉谷小学校」
《後半に続く!》