#6
◯ミーティングルーム
ディーア
「ALICE計画……聞いた事はあるか?」
エシラ
「いえ」
ディーア
「Advenced Logistic & Inconsequence Cognizing Equipment(発展型論理・非論理認識装置)の頭文字を繋げてALICEと呼ぶ
既存の教育型コンピューターから発展した戦闘用人工知能だ
MSの完全無人化を最終目的とする……それがALICE計画
ALICEは試作機スペリオル・ガンダムに搭載され実験MS部隊で『パイロット教育』されていた
具体的にはALICE開発チームが人間でいう幼児教育に当たる基礎学習を施し、実験隊でその次の段階、人間の振る舞い……すなわち人の不条理さや非論理的な思考や行動を学ばせた
ALICEの発達段階は、人でいう思春期前くらいだったという」
エシラ(皮肉な表情)
「パイロット不要の戦闘機械ですか、素晴らしい計画ですね」
ディーア
「残念ならがらそう思ってない連中が大多数だった
MSパイロットに軍閥、それに私兵を擁する政治家
ともかく計画は様々な人物や組織から横槍や妨害が入り凍結に追い込まれ、ALICEは通常の教育型コンピューターとしてスペリオルに再実装され保管された
スペリオルは廃物利用でニューディサイズ討伐作戦に引き出され、目覚ましい働きをしたが戦闘の最後に搭乗していたパイロット達は脱出し、機体は大気圏で燃え尽きた……」
エシラ
「良かったじゃないですか
パイロットは職を失わず、邪魔なALICEがこの世から消えたのなら」
ディーア
「消えてはおらん
スペリオルは4機製造され、他は計画凍結により予備役保管されている
しかしアナハイム社がそのうちの一機を極秘裏に買い戻していた」
エシラ
「何のためです?」
長官
「次世代ニュータイプ専用機とそのコンピューター・チップの研究用だ
これを見たまえ」
前方のモニターを見入るエシラ
モニターには#1の月軌道上に浮かぶスペリオルが映る
ディーア
「これは4ヶ月前の映像だ」
エシラ
「これがスペリオルですか? とてもガンダム・タイプには見えませんが」
ディーア
「単色だからな
しかし正真正銘ガンダムだ、ニューディサイズ討伐作戦にも投入されたものはトリコロールに塗られていたが」
モニターにスペリオルが暴走した映像が映し出される
エシラ
「……」
ディーア
「パイロットはフィンリー・リー……ニュータイプ研究所出身の強化人間
一般的に強化人間は精神面で不安定と言うが、彼女はその点では問題なく安定しており試験当日は普段通り、変りは無かったそうだ
まぁ人間だから突然錯乱した可能性も排除できんが……
次はこの逃走後の映像だ」
ジムⅡのメインカメラ映像が映し出される
僚機と共に宙域を飛んでいると、その間に割って入るようにビームの火線が走る
火線方向にカメラを向けると真紅のスペリオルが突っ込む
ジムⅡが応戦態勢を取るとスペリオルが襲い掛かり僚機を撃墜
そしてカメラに向かってスペリオルの放ったビームが一面に広がる
ディーア
「月の木星船団用減速軌道上での出来事だ
逃走したスペリオルが、ウチの宙域パトロール分隊2機を襲撃した
政府は宇宙塵除去作業中の事故として発表しているがね」
長官
「映像を見てどう思う?」
エシラ
「強化人間とはいえ、よくあの動きで身体がもちますね
パイロットはGで頭に血が集中しないよう旋回機動するのが普通ですが、その逆を何度かしています
それに内蔵にダメージを与えそうな機動も行ってる
こんな事が出来るなんて、まるで……」
ディーア
「まるで?」
エシラ
「人が乗っていないような……」
ディーア
「同意見だ、無人機ならば可能な機動だ」
エシラ
「そのフィンリー機にもALICEが載っていたんですか?」
長官
「そうだ
この機体にはALICEの複製、ミラーリングALICE……通称ミラリスが搭載され稼働していた
ニュータイプの行動や思考パターンのデータ収集をする予定だったらしい
さて事の真相は、フィンリーが錯乱したかもしれん……が、ミラリスが暴走したとも考えられる
人体の影響を無視した機動を考えると後者の方が合理的だ
ただ先にも言ったようにALICEは完成しておらず、ここまでの自立性は無いそうだ」
エシラ(映像の日時を確認する)
「この暴走事件はニューディサイズ鎮圧と同日ですね」
長官
「その通り、さらに言うなら討伐部隊のスペリオルが墜ちたのとほぼ同時刻の出来事だ」
エシラ
「同時刻……?」
ディーア
「正確には1.5秒ほど後だ」
長官
「そしてこの機体は2ヶ月かけて太陽方面へ向かい、金星の重力を使いスイングバイ航法でUターン、再び地球圏へと戻りつつある」
エシラ
「往復で4ヶ月弱……ではパイロットは……」
長官
「数日分のサバイバルキットのを除けば、水も食料も無しだ」
ディーア
「シュレディンガーの猫も、箱に閉じ込めたまま4ヶ月も経てば確認するまでもなく死は確定する」
エシラ
「たまたま地球に戻るような軌道になったとは考えられませんか?」
長官
「自ら加速スイングバイ軌道に修正していたのが観測されている」
エシラ
「ミラリスは何のためにわざわざ地球に戻って来るのでしょう?」
長官
「さぁな、こればかりは本人に聞くしかない」
エシラ
「それで……私にどうしろと?」
ディーア
「政府は準軍事組織である宙域保安隊とUNITSに、アナハイム社の協力のもと当該機が地球圏に到達した場合に迎撃、撃破せよと命令を下した
迎撃部隊は1個中隊基幹で部隊司令官は私だ
君にはこの部隊に来てもらいたい」
エシラ
「……調査官としてでしょうか?」
長官
「ウチからの連絡要員兼パイロットだ
作戦が終われば報告書を提出してもらう」
エシラ
「もし私のパイロットとしての能力を期待されているのでしたら、それにお応えすることは出来ません
辞退いたします」
ディーア
「貴女を必要としているのはニュータイプ・パイロットとしてでは無く、今度の組織に必要なのだ」
エシラ
「私が?」
ディーア
「連邦軍は建軍以来、極めて有能で輝かしい経歴と家柄の者で構成された最良の最も聡明な人々の集団であり、各編制もそれに倣ってきた
しかしそれは脆くて危険だ
今日までの成功は明日の失敗の要素をはらむ
先の反乱を起こしたニューディサイズもそう
彼らは地球至上主義という一つの理念の下に集い、人望ある指揮官と有能な参謀が率いたが、組織としては極めて短命に終わった
同じ地球至上主義のティターンズもそう
スペースノイド主義のジオンもまた同じ……そしてネオ・ジオンも同じ運命を辿るだろう
同じ理念を共有するピラミッド型組織は一見有能だが、社会全体から見れば不可逆的な突然変異の蓄積を排除する為のプロセスでしかない
そうならない為に私は常に毛色の違った者を集めている
姉に相談したら君を推薦された」
エシラ
「パイロットとしては足を引っ張ると思います」
ディーア
「私が構わんと言っている
パイロットを兼ねてもらう事になるが君の資質を鑑みて最前線には立たせん
あくまでも支援パイロットとしてだ」
エシラ
「自分なりに納得して参加したいと思います
スペリオルとALICEの関連資料は閲覧できますか?」
ディーア
「2時間以内、閲覧場所はここで私の立会のもとなら許可しよう
ただし君のアクセス権限では全文閲覧できるものは少ないと思うが」
エシラ
「構いません
しかし、たった1機のMSに部隊編成とは大げさすぎませんか?」
ディーア
「それほどスペリオルは強力なのだ
しかし安心したまえ、アナハイム社から新鋭機の供給を受けている
狩りの準備は万全だ」
エシラ
「スペリオル狩り……」
長官
「ああそう、このスペリオルはアナハイムが『ジャルグ・バンリオン』というコード・ネームを与えている
今後この呼称を使う」
エシラ
「ジャルグ・バンリオン……どういう意味です?」
長官
「アイルランド語という古い言葉でジャルグは赤、バンリオンは女王だ」
エシラ
「赤の女王……」