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◆5話(1-5)

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 ラズたちと別れたミカゲは家路を歩いていた。

 木の葉の隙間から見える日が傾きかけた赤い空を、歩きながらぼんやりと見ている。
 そして彼女は奥歯をかみしめた。

 赤い空、村が無くなったあの日の事を思い出しているのだ。



 言い訳をするつもりはない。
 すべては私の責任だ。

 あの時もっと早く気づいていたなら、こんなことにはならなかった。

 多くの村人、村長、そして仕事仲間たち。
 すべてのものを失わずに済んだのだ。


 ……もっと早く気付いていたなら。



     +++++



 かつて村が存在していた場所に辿り着いたザザは、唖然とした。

 目に映るのは瓦礫の山と雑草が生い茂る平地。
 そして誰が立てたのだろうか、無数の墓標があちこちに点々としている。

「これは……いったい!?」

 それはまるで大砲でも打たれたような惨状。
 建物がひとつ残らず原形をとどめていない。
 目に映るどれもがさびた鉄の塊や崩れたレンガ、粉々に砕けたガラスになっていた。

 そしてそれらを覆い隠すように、しっかりと根を付けて生えているコケや雑草。
 この雑草の生え具合が、この惨状になってから随分と時間が経っていることを物語っている。
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「どういうことだ!?この村は……!?」

 まるで悪夢でも見ているかのように顔を引きつらせるザザ。
 かろうじて分かる石畳の道を歩きながら、信じられないという思いで辺りを見回している。

 まるで2年前の自分を見ているようだ。
 そう思いながらラズは口を開く。

「見てわかるでしょ。村は壊滅している。……3年前の話らしいよ」

「村の人たちは!?ブラハムさんは無事なのか!?」

 ザザのその当然の疑問に、視線を落とし大きなため息をつくラズ。

「一人残らず全滅だって。もちろんブラハム爺さんもね。突然、聖興軍が襲ってきて、ひとたまりも無かったらしいよ」

「聖興軍……」

 そうつぶやくザザの顔は青ざめ、苦痛にゆがんだ。
 この惨状を目の当たりにして、ありとあらゆる惨劇が彼の脳裏をよぎったのである。
 幾度となく体験している彼は自然に体が震えた。

 そんなザザの様子を見て、ラズが話し出した。

「ミカゲさんも獲得者なんだ。『スキル・時間』を獲得していて、国王勅命で派遣されたセレダの村のゲートキーパーだったんだよ。夜に強い体質でね、夜の村を守っていたらしいんだ」

「そうか。時間を止めるスキルだったんだ」

 それで一瞬で動ける……というか一瞬で動いたように見えたんだ。
 ザザはようやくミカゲに対しての疑問が解けた。

「聖興軍の襲撃は昼間だったらしい。もちろん昼を守るゲートキーパーが別に数人いて、その人たち中心で戦っていたらしいんだけど……聖興軍の数が半端じゃなかったらしいよ」

 そこまで言うとラズは無数に立っている墓標に視線を向ける。

「結局、ちからが及ばずに村は全滅。実影さんが異変に気付いて目が覚めた時は、すでに誰一人と助けられない状態だったんだって」

「目が覚めたら、こんなに村が変わっているなんて……ショックだっただろうな」

 ラズの話をうなずきながら聞いていたザザは、もう一度ぐるりと辺りを見回した。


 思い出すのは、村中を元気に走り回る子供たち。
 すれ違いざまに穏やかな笑みを浮かべて挨拶をする村人たち。
 そして少し偏屈で頑固者ではあったが、いざとなるととても頼りになった村長のブラハムさん。

 ザザの記憶の中にある光景が、もう二度と見れなくなったのである。


 村を駆け抜ける風が悲しげな音をいつまでも響かせていた。






「村は無くなってたのか……」

 かつて村があった荒れ果てた土地から戻ってきたザザ。
 その彼から村の様子を一部始終聞かされたカツマは、がっくりと肩を落としてそう言った。

 眉間にしわを寄せて、ザザは悔しそうに言う。

「聖興軍の仕業らしい。跡形もなかったよ。まさか、ここまで奴らが来てたとは思わなかった」

「ちくしょうっ!!」

 カツマはあふれる怒りや憎しみを押さえきれずそう叫んだ。

 その隣でザザが腕を組んで考え込んでいる。
 村の惨状を目の当たりにしたショックはあるものの、少し冷静さを取り戻しているようだ。

「それにしても村がこんな状態になって3年。どうして今まで気付かなかったんだろう?俺たちもここに来なかったら気付かなかったよな」

「……それはそうだな。なんでだ?」

 首をかしげるカツマ。
 その2人の疑問に一緒になって考えていたラズが推測する。

「村が無くなって僕が来るまでの1年間、ミカゲさんは村を訪れようとした人たちを問答無用で追い返していたんだ。もともと人の出入りが少ない村だったからね、村の惨状を見た人は誰もいない。だから気付かなかったんだよ」

「でも……だとしたら、追い返された人たちは村の様子がおかしいと思わなかったのかな?」

「たとえ思ったとしても噂は広まらないんじゃないかな?もともと村の事は口にするのもタブーな雰囲気があったからね」

「そうか、なるほど」

 ラズのこの言葉に思い当たるものがあるザザは納得した。
 確かに、村の事は極力話さないように父に釘を刺されていたのである。



 秘密裏につくられたセレダの村。

 10年前に国王軍が敗北した当時はこのように知る人ぞ知る村だったため唯一、聖興軍が探し出せなかった重要な場所だった。
 だから例え異変を感じたとしても軽々しく口にする者がいなかったのだろう。

 聖興軍に気付かれないために。



「ラズさん、ここにいたのですね。探しました」

 不意に背後から優しげな女性の声がした。

「あ、セレナさん。さっきはミカゲさんを呼んできてくれてありがとう」

 満面の笑みで振り返りラズはそう言った。

 そこには昼間山道で見た女性が立っていた。
 克磨よりは少し年上だろうか、落ち着いた清楚な雰囲気が漂っている。

 彼女は穏やかに微笑み、そしてザザたちに視線を向けた。

「私はセレナと申します。先程は挨拶もせずその場を立ち去り失礼しました」

「あっ、いえ……。俺はザザで、こっちの怪我しているのがカツマです」

 そう言って彼は地べたに座り込んでいるカツマを指した。
 彼はなぜかセレナを警戒しているらしく挨拶をしない。

 そんな中セレナは彼に近づき覗き込むようにして話しかけた。

「やはり怪我をされているのですね。あの、歩けますか?」

「……こんな傷、大したことねぇよ」

 なぜか不貞腐れて勢いよく立ち上がったカツマ。
 しかし貧血なのか痛さなのか、顔をゆがめて足元をふらつかせる。
 それに気づいたザザが慌てて彼の腕をつかんだ。

 セレナはカツマを座らせるようにうながす。

「楽にして下さい。少々の痛みを取るくらいなら出来ますので」

 彼女はそう言うと怪我をしている脇腹のあたりを手で覆った。

 暖かな光がカツマの傷口を包み込む。
 じんわりと体の芯から暖かくなるような優しい光だ。

 隣でその様子を見ているザザは彼女に話しかけた。

「そのチカラ……きみもスキル獲得者?」

「はい。『スキル・水』で、その中の癒しの能力を使っています。能力が高ければ怪我をも完治させることが出来るのですが、私は能力が低いので痛み止め程度の治療しか出来ません」

「いえいえ。痛み止めの薬は手に入りにくいから、それだけでもありがたいです」

 ザザがそう言うと彼女はにっこりと笑った。



 しばらくして施しが終わったのか、セレナは覆っていた手を放した。

「痛みはどうでしょうか。歩けますか?」

 そう言われてカツマは体を動かした。
 先程の激しい痛みは感じられず、なんだか体が軽くなったような気がする。
 そして再び立ち上がった彼は感動した。

「すげぇな。痛くねぇ……」

「それは良かったです。でも、痛みが抑えられているとはいえ傷が深いのには変わりありません。無理はしないで下さい」

「……」

 やはりどこか警戒しているカツマは返事をしない。
 少し空気が悪くなったと感じたザザは彼の頭をワシャワシャと撫でまわしながらセレナに謝る。

「すみません、こいつ年上の女性が苦手で。治療、ありがとうございます」

「いえいえ、お役に立てて良かったです」

 穏やかにそう言うと、彼女はその場にいる3人を代わる代わる見ながら続けた。

「では、家にご案内しますね。ついてきて下さい」

「?……家?」

 3人が一様に驚いている。
 仲間であるラズも聞かされていなかったようで、予想外だと言わんばかりに目を見開いてセレナに問う。

「一晩泊めるってこと?ミカゲさんが言ったの?」

「ええ。もう日が暮れます。今から山を下りるのは危険ですからね」

 村の惨状のショックで気が付かなかったが、辺りを見回すと夕日がだいぶ傾いていた。
 今のところかろうじて明るさはあるものの、すぐにでも暗くなり方向感覚が狂いそうな気配。
 一晩泊めてくれるというセレナの提案はとてもありがたいものだった。

「まぁ、それはそうだけど……」

 こいつを家に泊めるのは嫌だな。
 そう言わんばかりにラズは不満そうな表情でカツマを見た。





 太陽が沈み夕焼け空から夜空に変わる狭間、一番星が見えるころ。
 明かりがないと足元が心もとないほどあたりは暗くなりかけていた。

 山道からそれて細く続くけもの道を通りながら、セレナは何かを思い出したように口を開いた。

「家に着く前に珍しい生き物たちに会うと思うのですが、危害は加えませんのでご安心下さい」

「珍しい生き物たち?」

 見たこともない獣が、しかも複数いるのだろうか。
 危害を加えないと言われたものの少し不安になるザザ。

「ええ、初めてご覧になると思います。ミカゲさんのペットなのですよ」

 セレナがそう言ったのと同時に道端に点々と明かりがつき始めた。

 街頭?と最初ザザは思ったのだが、なにか様子が違う。
 その明かりは動いているのだ。
 蛍の光のようにフワフワ浮遊したものではなく地面をちょろちょろと動いている明かり。

 その様子を見てセレナは目を細めた。

「暗くなりましたからね、ネズミさんが足元を照らしてくれています」

 ん?ネズミが足元を照らす?

 なかなか不思議なワードにザザが疑問を持ったその瞬間、明かりが彼の足に飛びつき駆け上がった。

「え?な、なに?」

 ザザは驚いて硬直する。
 明かりはするすると登っていき頭の上に到達した。
 そしてその明かりがより一層、周囲を照らし出す。
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 まるで街頭のように高い所から明かりを照らす様子を見てラズが笑った。

「きみが一番背が高いから照らしやすいと思ったのかも。おかげで明るくなったよ」

 気が付くともう一匹肩にも乗ってきた。
 ザザは手のひらに乗せて、まじまじとその獣を観察する。

 小型のネズミくらいの大きさでふわふわとした毛並み。
 ザザの手のひらで丸くなっている、おとなしくて可愛らしい獣だ。

 珍しい特徴はやはり、からだ全体が発光していること。
 今のような暗い夜道にとても便利な獣である。

「ネズミって名前なのか。確かにハムスターっぽいな」

 ザザの手のひらを覗き込んだカツマは納得したようにつぶやいた。

「ネズミさんだけじゃなく他にも複数の生き物がいます。聖興軍や山賊から家を守ってくれているのですよ」

 セレナはそう言うと奥に隠れているログハウスを指して続ける。

「あちらが家です。どうぞお入り下さい」
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