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第十二話「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」

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 テネシーローズを盗み走る男、彼の名は「タマヤ」と言った。
 彼は自身の逃走術に絶大な自信を持っていた。路地を縦横無尽に通り抜ける猫のような俊敏さ。事実、「猫のルート」を彼は事前に調べ、町じゅうの猫の行動経路を知り尽くしていた。必要とあらば、最適なルートを即座に選び出すことができるのだ。
 また、彼の体重はかなりの軽量級である。極限まで脂肪が排除されているからだ。彼の代謝が異様に活発なのがその一因だった。大量の水分を補給し、そして排出している。軽いその体は高い塀をもすんなりと乗り越えることが可能だった。
 さらに、今回タマヤが、入り組んだ坂の多い街を逃走経路に選んだのは、追っ手を疲弊させるという意味もあった。彼の狙い通りにグレッチたちはあっさり疲れ果て、タマヤを見失ってしまった。
「クソっ、あの野郎……まんまと逃げやがった」グレッチは顔の汗をぬぐいながら、苦々しい顔でうつむいた。
「まだ遠くには行っていないはず」hiroが息を荒く吐きながら言った。「なんとかして捕まえなきゃ。あの野郎、かなりの数の楽器を盗んでいるからな」
「マジ? そんなに盗んでどうすんだろ、一体」赤髪が言うと、
「決まっているだろう。金だよ」ヨダカのベース・aoが当然のように答えた。「売るつもりなんだろ。オレなら即売却だね。だが野郎のやり方はスマートじゃねえ。せめてギャンブルで勝って巻き上げるとか、合法的にやるべきなんだ。なあ?」
「それもあまり一般的ではないと思うが……。で、ヤツだが、テラの話によると、『天使召喚の儀式に使う』と言っていたらしい」
「天使か……あんたは天使を信じてんのか?」
 赤髪に聞かれてhiroは、
「さあどうだろ。いてくれたら素敵だとは思うけど。ま、ヤツらは多分、いてもいなくてもいいんだろ、極論すると」
「どういうことだ?」
「『天使を呼ぶため』って理由のもとに集まってやんちゃなことをやりたいんだろ、悪ガキたちがな。ムーブメントなんてそんなもんだ、何かやりたいって意思が集まって吹き出るのさ」
「金になるしなあ。天使まんじゅうでも売ろうかな、オレ」aoが冗談めかして言った。
「だがま、ヤツら『エンジェルス・エッグ』のムーブメントはちょっとばかしイカれてるけどな。それより今はあの野郎だ。ヤツの足の速さに対応できるかどうか。オレたちの仲間内で一番体力あって強いのは誰だ?」
「通信空手やってたエルか、牛乳を毎日飲んでる銀か、あるいはキツネ。あいつは家が神社だからつまり巫女服を着るってことである意味最強」ギターのjouが真顔で言った。
「最強の意味が違ってるだろ、つーかお前の好みじゃないか」
「あー……なんかオレ面倒くさくなってきた」aoがその場にしゃがみ、にわかにそんなことを言い出した。「自分に被害出たわけじゃねえし捕まえても一円にもならねえしな。皆があの野郎に賞金をかけてくれればやる気でるんだけど」
「薄情な野郎だな! 金がなきゃ行動しねえのか」とグレッチがにらむがaoは、
「しない! ボランティアやってる余裕はオレにはないんでな。テラとは中学からのダチだが、今日は暑すぎる、オレ帰ろうかな」
「ま、確かにいったん作戦を練ったほうがいいかも。熱中症になったらヤバいからな」とhiroも言う。
「クソッ! あの野郎が近くにいるってのに……」いらつくグレッチに対し赤髪は、
「まあ、すぐに見つかるって多分。見つかんなかったらギターからボーカルに転向すりゃいいじゃん。オレとダブルボーカルやるってことで」と言ってなだめようとするが彼女は、
「ギターもだが酒だ、未開封の酒がギターケースに入ってたんだよ、もったいねえ!」
「そっちかよ……ギター本体より酒のほうが大事とか言うんじゃねーだろうな?」
 赤髪がそう聞くとグレッチはちょっと迷ってしまった。
「とりあえず、jouの家に行こう、近くだ。スタジオで待ってるほかのメンバーも呼べば。冷房ガンガンきいてるしアイスもある」
「あ、マジ、じゃあ今すぐ行こう、そんでいいよなグレッチ」
「酒があるならな」

 jouの家は八階建てのマンションだった。入るのに暗証番号がいるという点でまず、グレッチと赤髪は驚いた。SGのボロアパートとは大違いだ。
 冷房の効いた十二畳ほどのリビングには大量のCDと、成人向け漫画ばかりの本棚が並んでいた。
「随分堂々としてんな」赤髪が関心したように言う。部屋の主であるjouは平然と、
「ベッドの下には入りきらないんでね。それにオレは『セックス・ドラッグ・ロックンロール』で生きたいんで。さて疲れただろ、これでも飲んでよ」
 彼は冷蔵庫から缶ジュースを人数分出してテーブルに並べた。喉が渇いていた赤髪は一気に飲もうとして口に含んだ瞬間、むせてしまった。口の中に湿布のような薬臭い臭いが広がったのだ。
「何だコレ!?」
「うまいだろ。輸入品なんだけどオレはそれが好物でね」
「jouは薬っぽいものが好きなんだよ。紅恋のガラナと双璧をなすジャンク・ドリンク・マニア」hiroが解説した。
「添加物がたんまり入ってそうだな」グレッチが匂いをかいだだけで顔をしかめる。それに対し、
「その風味がいいんだよ。だいいち、この時代、添加物が入ってないものなんかないんだよ。だからオレはあえて摂取し耐性をつけようとしてんのさ。そういう君らだって、ファーストフードばっかり食べているんだろ? 良くない、実に良くない。これをあげるから、食後に飲むんだ」
 そう言いながらjouは机の上に大量の錠剤を並べた。
「サプリメントに胃腸薬だ、足りない分は薬で補えばいいというのがオレの持論」
「確かに『ドラッグ』も満たしてるな。でもかえって体に悪いんじゃねーのか、アン・ナチュラルって感じだ」
 と赤髪が言うと彼は、「そうは言うけど、世の中アン・ナチュラルで溢れているんだぜ? 例えばギターもそうだ。ディストーション(歪み)は自然の音だろうか? わざわざ歪ませるのを気にしてたらやってけないだろう? 不自然バンザイだ」
「じゃあこのお姉さんに二日酔いの薬も用意してやってくれよ」もうどうでもいいといった様子で赤髪が、酒臭い息を吐いているグレッチを指して言った。本人は相変わらず眉間にしわを寄せて、
「そんなのはいいから、例のこそ泥を探す方法をとっとと考えろお前ら。あと酒をよこせ」と喚く。
「分かったよ、いいスコッチがあるんだ、あと薬も」
 と、jouが酒瓶と錠剤を持ってきて置くなり、グレッチはそれを飲み始めた。度数四十のスコッチをどんどん入れている。
「大丈夫かそんなに飲んで……」「もったいねえな、もっと味わった方が」hiroとaoがそう言っていると、スマッシング・レッド・フルーツの残りのメンバーとminamiが入ってきた。
「おじゃまするよ。おお、涼しいな、これは」
「よおSG、好きにくつろいでくれよ」と赤髪が自分の家であるかのように言う。
「広い部屋。景色も良さそう……」と言って、クロノが窓際に行く。そして「あ……」と、声を上げた。
「どうかした、クロノ?」ガクショクも窓から外を見て驚く。「あ!? あれは!」
「何だ? UFOでも見えたのか?」と他のメンバーも駆け寄って、それが見えた。
 一回り低い隣のマンションの屋上に、例のギター泥棒と、ハイオクの家に先日乱入した少年・アタゴがいるではないか。しかも、いくつものギターが彼らの前に並べられている。そしてポリタンク。一同は悟った。
「あいつ! 盗んだ楽器を燃やす気だ!」
「野郎!」
 グレッチがベランダに出る。そして手すりに足をかけた。
「おい、どうする気だよ!?」赤髪が驚いて聞く。「まさかお前」
「そのまさかだ」グレッチは隣のマンションを見下ろし、「跳ぶ!」
  向こうまでは高さにしておよそ二階分の差がある。幅は五メートルほどか。無謀な挑戦だ。仮に向こうの屋上に到達できても、着地に失敗すれば死なないまでも骨折はまぬがれないだろう。だがグレッチはひるまない。
「あの野郎に、あたしから盗むってのがどういうことか教えてやるさ」
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