トップに戻る

<< 前 次 >>

第六話「フォクシー・レディ」

単ページ   最大化   

 キーボードがきれいとは言えない音で鳴り始めた。眼帯少女は高らかに笑いながら、手を叩きつけるように鍵盤を打っている。ベーシストはピョンピョン跳ねながら演奏している。ドラマーは鳴らすたびに、全身のアクセサリがジャラジャラ音を立てていた。
 大量に混じる音のずれ、不協和音を一切気にしていない彼ら。キツネが体を揺らしながら叫ぶ。「じゃあまずメンバー紹介しようかっ、この私、『キツネ』。そしてキーボード・『ギプス』、ベース・『テラ』。ドラムス・『銀』でお送りするよ! さあーって一曲目いこうか!」
 面をつけているため声がこもっているキツネ。一体なんの意図でつけているのか分からないが、とにかく彼女の歌が始まった。かなりの早口で、何を歌っているのかまったく聞き取れない。客はまさしく狐につままれたような顔になった。

 曲は三分ほどで、まったく歌詞が分からないまま終わった。ここでキツネは他のメンバーの方を振り返り、「よし諸君! ここでリミッター解除だ! 外したまえ」
 彼女がそう言うと、ギプスは眼帯を外し、テラは着ていたぶかぶかのシャツを脱いで上半身裸になり、銀は全身のアクセサリを取ってその辺に投げ捨てた。
「どうだい、私たちはあらかじめ己のパワーを抑制していたのさ。これによりギプスの視野は二倍。銀とテラは動きが軽くなった! そしてこの私は!」
 キツネは面を取った。垂れ目気味の、眠そうな顔があわらになった。「これで声が通るってわけさ!」
「最初からつけなきゃいいじゃねえか……常識的に考えて」赤髪がつぶやく。
「そ……そうだけど格好いいじゃないか! あえて制限を設ける姿勢が! まあとにかく。次の曲は宇宙をテーマにした壮大なナンバー! 七分に渡る新曲『ギャラクシー』!」
 ギプスが高速で鍵盤を叩く。テラや銀も何か叫びながら、狂乱したように激しく音を出す。
 面を外しても、相変わらずキツネが何を歌っているのか聞き取れない。なんとか、叫びに混じって「宇宙」とか「ビッグバン」という言葉は聞こえた。この曲は音の洪水だった。遅めの8ビートに乗り乱雑にキーボードの電子音、ベースの重低音が飛び交う。メンバー全員が体を激しく上下させ何かを叫んでいた。
「これがプログレッシブなのか……」スマッシング・レッド・フルーツのメンバーはいつしか見入っていた。

 怒涛の演奏は四分ほどで終了した。魂狐メンバーの体力が七分もたなかったのだ。
 全員が息を切らしながら退場する。「センキュー」キツネがせいいっぱいきざったらしく挨拶し、魂狐の出番は終了した。
「何か分からないがすごいな……」
「うん、あんなに動けるのがすごい」クロノは、自分があんなことしたら絶対ぶっ倒れると確信していた。

 続いてのバンドは「YODAKA」。男性のみのフォーピースバンドだった。
 妙に俊敏な動きでステージ上に現れた彼らは、黒一色の服装に青白い顔という、幽霊のようないでたちだった。
「クロノの親戚か?」赤髪が言った。
「違うよ……属性は似ているけど」
「クロノよりもさらに覇気がないな」
 ドラムがハイハットを刻みだす。それに乗ってベースも始まった。
 異様な雰囲気だった。なぜなら、ドラマーはスティックを持つ手首から先、ベーシストは両手以外、まったく動かさないのだ。まだ出番が来ていないギターとヴォーカルに至っては、マネキン人形のように立ち尽くし、まばたきすらしない。
 しばらくしてギターが入り曲調が一変する。爆音だ。ベースもドラムもかき消す歪んだギター・サウンドだ。ギタリストも最低限演奏に必要な動き以外排し、体を硬直させている。
 歌が始まった。ギターが大きすぎて聞きづらいが、魂狐の歌よりは聞き取れた。デスボイスでヴォーカルが歌っている歌詞は、
「翼の折れたなんとか」「壊れてゆく」「堕ちて行くのさなんとかへ」「なんとかの侵食」「血塗られたなんとか」
 のようなものだった。寝不足でできたものなのか、メイクなのか分からない黒い隈のあるボーカルの、異様な雰囲気に一同は飲まれた。生き物というより人形のような立ち姿。魂狐が「動」ならYODAKAは「静」の迫力を放っている。

 全員がまったく動かぬまま四曲を終えた。外見とは違い、体力面ではこれまでに演奏したふたつのバンドに勝っているようだ。MCはなく、ボーカルが歌う以外、誰も声を出さなかった。退場のときも、あらかじめ決められているかのような機械的な動きで、速やかにステージを後にするのだった。
「……こいつらもすげえな、あんなに動かなかったら逆に疲れそうだ」
「確かに……。それにしても、ホントいかしてるな、どのバンドも。努力があんまり感じられない下手さなのに、何かオーラがある。来て良かったよ」
 とSGが話していると、なにやらいい匂いが漂ってきた。
 見ると、客席に腰を下ろしマドンナ・ブリギッテのベーシストが、スパゲティを食べていた。なぜここで? 一同、唖然とする。
「あんた、何を食っているんだ?」とSGが聞くと、
「見てのとおりペペロンチーノだ。うまいぞ」と彼はフォークに麺を巻きながら平然と答える。
「どっから持ってきたんだ、それ?」
「オレの家からだ。すぐそこなんでな。食いたいのか? やらないぞ」
「いらないよ……。てかそんなの食っていいのか?」
「ここは飲食OKのライブハウスだ、問題なかろう」
「そういうものなの? ……そういえば、他のメンバーは?」クロノが聞くと、
「ああ、あいつらは帰った、疲れたとさ。まったくやる気のないやつらだ」
「あんたもだと思うが……。だけどさっきの演奏、良かったよ。態度とかにもだるい感じが現れてて」SGがそう言うと彼は頷いて、
「実際だるいからな。息を吸うのもメシ食うのもだるい。音鳴らすのもな。ああ、自己紹介してなかったか。オレはマドンナ・ブリギッテのベーシストで『ハイオク』と呼ばれている。ちなみにうちのギターが『ネコゼ』ドラマーは『ドリー』。おたくらは、ガラナが招待したバンドだろ?」
「ああ。対バンに誘われた」
「そうか。あいつは今、レーベルを立ち上げようとしてるんだ。それで、一緒にやるバンドを探しているんだと。……さて、ぼちぼち『紅恋』の出番だな。おたくら、オレがスパゲティ食ってるだけでちょっと驚いていたがガラナたちもなかなかだぜ」
「なかなか?」
 何がどう「なかなか」なのか、と一同が疑問に思ったところで、ステージに明かりが灯った。
 奥のドラムセットに座っているガラナ。「聞いていたとおり、本当にちっちゃいな」とガクショク、SG、クロノは思った。
 手前右手に革ジャンにブーツのギタリスト。中央にニット帽を被った小柄な(ガラナほどではない)、ボーカル。左手に、ブラウスにネクタイを締めたベーシスト。
「ワントゥスリフォー!」とボーカルの男性が叫び曲がスタートした。まずは歌なしのリフだ。ボーカルはタンバリンを鳴らしている。意外と普通だな、と思っていると、ギタリストが演奏をやめ、床に置いてあった箱を開けて中からイチゴのショートケーキを取り出した。端をかじり、乗っているイチゴをボーカルの口元へ持っていく。ごく自然にそれを食すボーカル。ベーシストも同じく、アンプの上に置いてあった何かを手に取った。ピザだ。彼女はそれを大口を開けてかじり、そしていきなり客席に向かって投げつけた!
「うわっ」
 ガクショクへ向かって飛来するピザ! 彼の運命やいかに?
6

涼 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る