息子とドラゴンボールごっこで遊ぶ時間が少なくなった。小学校入学と同時に息子は、公園で一緒に遊ぶ友だちができた。女の子だった。「ただいまー、公園行くで!」とどこかの国民的アニメみたいに、ランドセルを放り出して駈け出そうとする。
前日もその子と遊んだ。息子が体調を崩してしばらく公園に行けていなかったが、息子の姿を認めるや、その子は満面の笑みで駆け寄ってきた。帰る時間が近づく頃に私と遊んでいた息子に「もうすぐ時間だから、最後はカナちゃんと遊んできたら」と言うと「カナちゃん、もうすぐ帰る時間だから、最後にブランコ行こ!」と元気よく声をかけていた。キュンとした。
祝日となったその翌日、特に約束をしていたわけではなかったので、カナちゃんの姿は公園にはなかった。息子は残念そうに「カナちゃんと遊ぶ方が楽しいのに」と言った。鼻風邪の調子が良くなった際にも「やった、学校行ける!」と言っていたことと重なる。学校>家であり、女友達のいる公園>いない公園、という図式となる。
人の多い祝日の公園でブランコに乗る息子の背を押しながら、私はちんちん小説の新作を考えていた。ドラゴンボールごっこのような、即席シナリオ作りを連続して求められる遊びの中ではできないことである。
「スーパーペニス」野菜や鮮魚みたいなノリでスーパーに置いてあるちんちんの話。
「ペニスが降る」雨のようにちんちんが降ってくる話。
「ペニッシング」フェンシングのようにちんちんで突き合う競技。
「オーバーヘッドペニス」サッカー小説。
各ネタに脳内編集者がボツを出し続ける。「オーバーヘッドペニス」にかろうじて可が出そうな雰囲気であったが、「足で空振りするもちんちんが伸びて劇的なゴール」という所に「長いちんちんに頼るネタが多くないか」との声が出る。
公園に散歩に来ていた犬を撫でさせてもらう。ロッキーという人懐っこいミニ・ドーベルマン。「意外と筋肉あるで」と息子もぺろぺろ舐められている。ロッキーの後ろ姿で揺れる金玉を見ながら私はこのことをちんちん小説に活かせるかな、と考える。飼い主さんとその子どもらと、虫探しをする流れになる。春先に成虫化するハルゼミの抜け殻をロッキーが食べようとする。こちらも早い時期にいるトンボの死骸を息子が見つける。ロッキーがくわえる。大きなカタツムリを見つけると、ロッキーの飼い主さんが摘まみ上げて息を吹きかけた。
「僕の子どもの頃、こうしてやった。フーフーって吹くと目を出すね」ペルー生まれの、ペルー人と日本人のハーフだという飼い主さんは日本語を流暢に話す。カタツムリが殻から身体を出す様子が、ちんちんみたいだな、と少し思う。ロッキーがカタツムリを狙っているのを防ぎながら写真撮影をする。小さな芋虫が壁を這っているのを私が発見する。小さなちんちんみたいだなと思う。ロッキーが芋虫を狙って壁に頭をぶつける。
ロッキーの引き綱を息子が引かせてもらったり、飼い主さんの子どもたちと一緒に巨大滑り台で遊んだり、飼い主さんが自分の子どもたちをスマホで撮影している間、ロッキーを預かったりする。決定的なちんちん小説のアイデアは湧いてこなかったが、この公園で過ごした時間そのものを書き残しておこうか、という結論に至る。