特殊な刺し痕から、凶器は鋭利なちんちんだと断定された。心臓を一突きされて即死だったと思われる。被害者の松尾は暴力団の組長であった。残された映像などから、対立していた組の組長である種田が容疑者とされた。しかしベテラン刑事の一言で指名手配は止められた。
「あいつは自首してきよるよ」
定年間近の小林刑事はそう言った。松尾、種田両名と小林さんは、暴力団対策法施行前、警察の一部と暴力団が馴れ合いの関係を保っていた頃によく飲んだ仲だったそうだ。
「どうしてそんなことが分かるんですか」私は小林さんに捜査のイロハを学んできた。
「昨晩俺んところへ来た。ガイシャのちんちんも持ってた。『一晩過ごしたら自首します』だとさ」
種田はかつて松尾のイロ(恋人)であった。男だらけの世界でもよくあることだ。若き日の小林さんが彼らと親しかったのもその頃である。しかし松尾が他の若い男に手を出したことから種田は組を離れ、独自の組を作り上げた。松尾の縄張りの隣町で種田の組は力をつけ、共存共栄で長い間平和裏にやってきていた。
しかし暴力団が許される世の中でもなくなってきており、地方の中流組織であった二つの組は次第に力を弱め、解散も間近かと思われた。しかし若い連中は共存共栄路線を破り、相手の組を傘下に収めて組織を強化することで、生き残ろうと画策し始めた。そのことを憂いた両組長は密かに会合して旧交を暖め合い、また肉体関係も復活した。
「もう抗争だなんて時代じゃねえんだ。あいつらは血の気の多い子分たちを、生かしたかったらしい」
叩けばいくらでも埃の出る者たちを警察に売り、抜ける者は追わずの形を取り、二つの組は瓦解した。組員を露頭に迷わせた責任は、トップの自決によって取るつもりだったという。最後にたっぷり抱き合った後、お互いの命を絶ち、全てを終わりにするつもりだった。
種田の鋭利なちんちんで松尾の胸を突いた後、死後硬直した松尾のちんちんで種田は自決するつもりだった。
「だが、松尾のちんちんはもう、硬くはならなかったんだと」
泣きながら小林さんの元を訪ねてきた種田を、小林さんは抱いて、自首を勧めたという。
暴力団が一つや二つ消えたからといって、世の中が平和になるわけではない。違う組織が余所からやってくる、これまでは大人しくしていた勢力が台頭してくる。そんなことはみんな分かっていたはずだ。ただ自分たちが定めたルールで綺麗に終わりにしたいがために、かっこつけているだけに、私は思えた。
「種田が出所するまで、俺生きてるかなあ」
種田が出てきたら一緒に暮らすつもりだろうか。囲碁でも打ちながら、延々と昔話でもするのだろうか。
小林さんに私が教わったのは、捜査のイロハだけではなかった。数は多くはなかったが、抱かれもした。私は種田を撃ち殺す自分を一瞬想像した。しかし今では私にも妻子がいる。今更男臭い道に戻ることはできなかった。
ちなみに種田は獄中から出した手紙でBL小説の賞を受賞した。