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「痛いだけの日々を まるで無感動に生きることができたらどれだけよかっただろう
この部屋の中だけは安心できる空間なら 時は止まったまま 少しずつ怖いと言えなくても
時間が過ぎて きっと誰だって忘れることができるはずなのに
あの恐怖と劣等感と孤独感は消しゴムでは消せない

どれだけ時間が過ぎても意味がなくて
自分だけが遅刻していく
中身のない時間が過ぎて
自分だけが年を取っていくみたいに

FPSで銃声を響かせるだけの部屋
ここは安全なんだ わかってるんだ
わかってたんだよ
でも悲しいけど逃げ場は部屋にしかない

すべては終わったんだ 終わったんだよ
本気で思ってたし、逃げ場もどこかにあるんだろって信じてた。
時間が過ぎれば誰だって忘れるし俺だってどうでもいい 忘れたいんだ

そう終わったことにされて 平気そうな顔であきらめる
世界はいつまでも平和になんてならない
それくらい俺にだってわかる

銃声が鳴りやまないんだ
耳の奥でこだまするように
そんな日をもう何日も繰り返してる 逃げ出したいほどに孤独を埋め合わせてる

FPSで銃声を響かせるだけの部屋
しずかにしろよ わかってるんだ
わかってたんだよ
でも悲しいけど逃げ場は部屋にしかない」

暗い歌詞の音楽が聞こえてくる。俺は耳をそばだてながら、兄の様子をじっと聞き耳たてていた。兄はエリートだった。中央大学を卒業後、就職に失敗し、そのままひきこもり、かれこれ10年がたとうとしていた。もう34歳だ。引き返せないところまで来てるのかもしれない。
兄は何者かになりたかったのだろうか?それとも何物にもなれない自分に悲しさを覚えているのだろうか?
俺は氷河期世代のつらさはわからない。妻と両親と食事をしていると、ドスドスと床を踏む音が聞こえる。料理を持ってこいという合図だ。それに母はこたえて持っていく。俺はどうしたらいいんだろうな。FPSで撃ち殺してやればいいんだろうか?わからない。全くわからない。
一度引きこもっても健康なら社会とコネクションを持てる社会だと信じている。でも兄貴には何かしらの支障がある。うつ病か何なのかわからないけど、働けない何かが。
いつも思うんだよ。ある日、突然死んでいる、兄貴の姿が。
時がたてばきっと。傷も癒えていくものなのか。それとも壊れたものは治らないのか。わからないんだ。もしかしたら、壊れてしまった当人にもわからないのかもしれない。社会に復帰できるのか、復帰できないのか。明日、兄貴を心療内科に連れていく。暴れるかもしれないけど、最善の策と信じて。ADHDならいい。ASDならいい。うつ病や双極性障害は良くないな。
家族なりに調べ続けたんだ。兄貴がどれだけの苦しみを抱えてきたのかを。
あの時代がどれほどひどい時代だったのかを。審査員側だった父親世代は知ってるはずだ。だが黙して語ろうとはしない。
世の中、不平等にできてる。
母はいつもため息交じりに言うのだ。
「あの子のためなら、私の心臓くらいくれてあげてもいいのに」
いつか引きこもっていても働ける日が来る。現にそういう日は着てるじゃないか。というのだ。彼には学歴があり、挫折経験もあるけれど、だからといって、フリーランスという道もないわけじゃない。
父も母も今年60になる。いつまでも面倒を見れるわけじゃない。そんなことを言いながら、貯蓄のない年金生活者たちは口々に彼の身を案じた。
俺たち夫婦もこの家がないと生活はできない。そういう意味では運命共同体だ。給与は安い。二人合わせて50万と言ったところだろうか。それでも同世代の独身世帯よりは恵まれてるのだ。なんせ貯金できるのだから。子供の検討もできる。
夫婦二人、仕事から帰ってきて、微々たる昇給と缶ビールをあけ、子供部屋に夫婦二人で入っていくと、なんとなくな雰囲気になる。
妻は幼馴染だ。たまたま同じ中学校、高校でバスケット部をやっていて、マネージャーだった。俺は補欠だったが、それでもインターハイで一回だけ出場を許されたことをきっかけに交際がスタートして、そのまま、高卒就職。今はJTの正社員をしている。妻は一般事務だ。地方の生活などそんなものだろう。軽自動車と自転車が並んでいる。
妻はバス通勤で田舎暮らしを満喫しているが、家事は母に任せきりだ。健康であることに越したことはないし、ずっと専業主婦をやってこれたうちの実家は太いんだと思う。
自営業を40年近く続けてきたのだから。
兄貴も何らかの自営業スピリッツがあるはずなのだが、就職を選んでしまったがゆえに挫折してしまったのではないかと思う。とはいえ、木材屋という斜陽産業を続けさせるわけにもいかなかっただろうし難しい選択だったのはわからないでもない。これが電気工事士とかそういういつまでも続く業界ならよかったのにな。おかげでおれもサラリーマンになってしまったし。社畜ロードは疲れる。給与がよかったとしも体を壊したら、首になるのは目に見えているからだ。とくに肉体労働界隈は特にそうだ。鬱になって消えていくZ世代も少なくない。給与は少なくないんだけどな。
でもきっともっともらっているひとたちからすればチリのごとき給与なのは目に見えているのはわかっている。ツイッターを見れば、嫌になるような給与をもらっている人もいるけれど、俺はこの給与で生活することに満足していた。あと10年も働いて、株式やNISAをやっていけば、FIRE達成も目前だろう。まぁ、その前に子供なわけだが。そうしたら、FIREどころではないのかもしれないが。
一方で一人きりで生きるFIREという価値観にむなしさを感じないのだろうかと考えていたのだが、家族がいればさみしくはないよなと思う自分がいる。父も母もやがてはいなくなるが、妻や子供はうまくいけばいなくならないと信じている。そのささやかな幸せを大事に金を稼ぎ、FIREを目指す。悪くない。そう思った。
唇が近づく。妻の体を横倒しにする。
2, 1

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