~第十三章~「滅びた街とフォースの花」
「おりゃぁぁああ!!」
力強い掛け声と共にクローレンは掲げた剣を一直線に前方へと降り下ろした。
その一閃は見事、彼の前へと立ち塞がっていた巨大な蜘蛛のような形態のモンスターに直撃し、その強烈なダメージは反撃の機会を与える間もなくモンスターを地へとひれ伏させる。
「……チッ、次から次へとモンスターが湧いてきやがる。この数はちょっとばかし異常だぜ」
いましがた自分が倒したばかりのモンスターに一瞥をくれた後で、クローレンはさらに自分の周囲を取り囲む数多くのモンスター達を見回し、ブツクサと文句を言った。
魔法都市ジルカールから花の都ダンデリオンへと向かう方角には険しい森が位置しており、その森には入るなり次から次へとモンスターが現れ、クローレンはさっきからまったく休みなしに戦い続けていた。
木々がひしめき合い、おまけにうっすらと霧さえも立ちこめるこの薄暗い森は、慣れない者にとってはとても見通しが悪く、さらに自由に動き回るのも困難なほどに戦う場所は狭いため、彼は苦戦を強いられていた。
「クローレン、後ろ!」
ふいに、彼よりさほど離れていない場所から少年の警告の声が飛ぶ。
声の主は相棒のレキだ。
レキもクローレンと同じくこの森の中、モンスターの群れを相手に、繰り出される数々の攻撃をかいくぐりながら戦っていた。
敵の数が多いため少しの油断が即命取りになり得る状況だったが、レキは常にその足を止めることなく攻撃をかわし、モンスターの一瞬の隙をついて器用に反撃を繰り出している。
また、彼は戦いながらでも全体の動きを把握しているようで、クローレンの周りにも注意を払っていた。
「わ〜かってるよ! おいレキ、このままじゃキリがないぞ!」
クローレンはレキの警告に、前方へと注意を向けたまま振り返ることなく答えると、そのまま後ろへ剣を振り、背後から今まさに襲いかかろうとしていたモンスターを間一髪のところで切り捨てた。
彼等はずっと戦い続けていたため、二人ともそろそろ体力の限界が近づいてきている。
動きが鈍くなればモンスターの攻撃を避けるのも難しくなってくるだろう。
「……そうだね、じゃあなんとか一気にカタをつけるよ。クローレン、ちょっとの間だけ敵の注意を引き付けてもらえる?」
レキはそう言うと、モンスターの攻撃の一瞬の隙をついて神経を集中し始めた。
クローレンの、まかせろ!という声を頭の片隅で聞きながら素早く、そして強く、自分の中に眠る巨大な力を呼び起こす——。
「おらぁ! オレが相手だッ」
クローレンはレキが集中し始めたのを確認するとクルリと向きを変え、剣を振り回しながらレキの周りを取り囲むモンスターを片っ端から攻撃し、その注意を自分へと向けようとした。
あまりにもモンスターの数が多いため、とにかく剣を振り回すだけでもなんらかのモンスターにはその攻撃を命中させることができたが、おそらくどれも致命傷にはならないダメージだっただろう。
なかにはその攻撃を避けたり挑発に乗らないモンスターもいたが、時間を少しだけでも稼げればそれでよかった。
レキからはまもなく聖なる光のオーラが溢れ出る。
“———フォース、解放!!!”
レキが念じると同時に、爆発的な輝く光がその場一帯に吹き荒れた。
クローレンの攻撃でダメージを受けていたモンスターや元々それほど上級ではないモンスター達は、その聖なる光を浴びるだけでたちまち耐えきれなくなったかのようにその姿を塵へと還す。
「……ンナッ、ナンダ、コノ光ハ!! コレハマサカ、グランドフォースノ……!?」
光を耐え切った数少ないモンスター達は、全身火傷をしたかのようなダメージを受けながら驚愕の瞳で光を放ち続ける少年を見る。
彼等は本能的にレキの力の正体を察したようだった。
それくらいにモンスターにとってはグランドフォースの力とは強大で恐れるべきものであり、何を置いても消さなければならない危険な存在だった。
生き残った彼等は全員、迷う事なく即座にレキめがけて飛びかかって来る。
「コイツハ危険人物!! 抹殺優先順位、一位ダ!! ………消セッ!!!!」
————†
「ふ〜〜。やれやれ、や〜っと一段落ついたぜ」
クローレンは手に持つ剣を鞘へと戻しながら、疲れたようにフゥと息を吐く。
あれから二人はなんとか現れた全てのモンスターを倒し、しばしの休憩をとろうと戦闘体勢をといていた。
この森には入るなりモンスターが次々と現れたので二人は戦いつつ奥へと進んできていたのだが、まだ先は長そうなため、モンスターが片付いたこのわずかな間に少しだけ体を休めることにしたのだった。
二人は辺りに細心の注意を払いながらもひとときの休養をとる。
「レキ、グランドフォースの力はやっぱスゲーけどさ、それ使うとお前狙われるのな。……ちょっと気をつけて使わねーとなんねぇな〜」
クローレンは先程の戦いを思い出しながら、手近にある木にもたれかかって体を休めているレキに向かってそう言った。
レキがフォースを解放した瞬間、モンスター達は皆ターゲットを直ちにレキへと変更し、その後の執拗ぶりはなかなか厄介なものであった。
モンスターの数が減っていた事、それからレキもフォースを使って応戦したこともあり今回の戦闘には特に難もなく勝利することができたが、今後もっと強いモンスター相手ではレキが危険になるのではないか、と、ふとクローレンは思う。
フォースの力は強く、一度にかなりモンスターの数を減らす事ができるものの、その力は逆に自らを危険にも晒すいわば諸刃の剣といったところか。
どうやらモンスター達はクローレンの思っていた以上に、グランドフォースを抹殺せんと本能的にその命をつけ狙っているようである。
ジルカールでのイズナルの様子を見ても少々感じていたが、今回の戦いで改めてクローレンはレキの持つグランドフォースという立場の重さと危険さを理解したような気がした。
「あ〜あ、今更ながらにオレのなんちゃってフォース騒動はちょっと軽卒だったよなー」
クローレンはカルサラーハの町で自分がグランドフォースを名乗っていた事を思い出しながら言った。
本当に自分がグランドフォースだったなら、あんな危険な真似ができるわけがなかったのだ。しかも、町の人達にちやほやされるのをいい事に、おもいっきり飲み騒いでしまったものだからあの時のことは今思い返すと非常に恥ずかしい。
「はは、ほんとだよ。あれは正直驚いたね」
レキは笑いながらクローレンに相槌をうつ。
彼は先程自分がモンスターの集中攻撃を受けた事などあまり気にとめていないような様子で、普段通りのんびりとしている。ある程度は予想の範囲内、といった感じのようだ。
そんなレキもクローレンの言葉に、カルサラーハでのことを思い出したようである。
「あの時は、まさかこんなふうにクローレンと一緒に旅することになるとは思わなかったな。だってクローレンの第一印象、最悪だったし」
「……オイコラ、最悪はないだろ」
クローレンはレキの言葉にムスッとしてみせる。
たしかに印象は悪かっただろうが、はっきり言われると反論もしたくなる。
でもレキはそう言いながらもにっこりと笑っており、最悪、なんて言葉の説得力はあまりなかった。
「今はそんなこと思ってないからね」
「当たり前だーッ、オレは本来、かなり人間のできてる男だからな。今でも印象が悪いままでたまるか!」
クローレンは「人間のできてる」という部分を強調して言ってみせたが、レキはクスクスと笑ったものの意外にも否定はしなかった。
一緒に旅するうちにクローレンの長所、というか尊敬に値するような部分があることをレキはもちろんわかっていた。
普段は適当に軽いノリでふざけているくせに、たまにビックリするくらい真面目でしかも熱いことを言うから、たぶんそんなところがクローレンの本質なんだろうとレキは思うことにしている。
「でもクローレン、ほんとにオレと一緒に旅していいの? ……さっきも見たと思うけど、オレは必要以上にモンスターに命を狙われるし、クローレンにも危険な旅になるよ」
レキはクスクスと笑っていた顔から、少し真面目な表情になって言った。
ジルカールを出た時にお互い相手を守り抜くという覚悟を決めたものの、それでもやはり少しの不安はある。今ならまだクローレンは引き返すことができるし、レキは念のため、もう一度だけ確認した。
「危険だろーがなんだろーが、これはオレが決めたことだから引き返すつもりはねぇよ。……それに、まっ、お前みたいなお子様にはオレのような頼れる相棒が必要だろうからな! んな心配すんなって」
クローレンはレキの杞憂を吹っ飛ばすくらいの力強い勢いで言うと、レキの肩をポンポンと叩き、ハハハと軽く笑ってみせた。
お子様、という言葉は少し聞き捨てならなかったが、どうやらクローレンの覚悟はちょっとやそっとのことでは揺るがないらしい。
レキはそのことが素直に嬉しかったのと同時に、これ以上危険だなんだと確認するのは野暮とでもいうような、既にそんな必要さえない信頼関係にも似たようなものがクローレンとの間にはできているようにも感じたのだった。
「わかった、じゃあもう聞かないよ」
レキは笑顔で答えると、もたれかかっていた木からピョンと体を離す。
「そーそー、それでいいって。もうオレはお前の旅に付き合うって決めてんだ」
クローレンもそう言うとググッと大きく伸びをし、そろそろ出発の頃合いかと準備を整える。
体もある程度休まったことだし、この危険な場所であまり長居するわけにもいかないだろう。
「じゃ、またモンスターが出る前に行こうか」
「ういよー」
再び歩き出したレキにクローレンは相槌をうつと、二人は並んでその場を後にする。
「……でもよー、お前って結構自分から危険に突っ込んでくトコがあるからなー」
クローレンは歩きながらふいにそんなことを呟いた。
「えっ? それはないと思うけど」
レキは驚いてクローレンを見る。
クローレンの前で自ら好んで危険を冒した事があっただろうか。
考えていると、クローレンはさらにその呟きの先を続けた。
「だってよ、お前オレが一応止めたにも関わらずダンデリオンに行くって。あそこは少し前にモンスターが攻め込んだって有名だぞ。マジ、これが危険に突っ込んでくと言わないで、なんつーんだよ」
クローレンはわざとらしく「ハァ〜やれやれ」なんて言いながら両手を上げ、呆れた様子を表してみせる。
「別に、避けて通れるんだから行かなきゃいいのに。途中のこの森でさえ、こんなにモンスターだらけだぞ」
クローレンがちょうど言い終えた時、タイミング良く前方からモンスターの群れが現れた。それを見てクローレンはさらにため息をつく。
しかし彼はそんな様子ながらもすぐさま剣を抜いており、すでに戦闘体勢を整えていた。
「だって、モンスターが攻め込んだなんて聞いて放っておけないよ。まだ無事な人もいるかもしれないし、助けにいかないと」
レキもそう反論しながら剣を抜くと、今まさにこちらへと狙いを定めつつあるモンスター達を迎え撃つため、構えをとった。
「チッ、とことん正義感の強ぇヤツ。……ま、でもお前のそんなところが“グランドフォース”ってトコなんだろーけど!」
クローレンは最後のほうをもうほとんど叫びながら言い終えると、そのままモンスター達の群れへと向かって飛び込んでいった。
————†
かつては花の都と呼ばれていた街、ダンデリオン。
その街には数々の花が咲き乱れ、その美しい景色と芳しい香りは多くの人々を惹き付けていた。
また、訪れた人の間ではそのあまりの美しさに妖精さえ誘われてやって来るのではないか、と噂されるほど華やいでいたダンデリオンの街。
……——しかし、今やその頃の面影は全くと言っていいほど無いに等しかった。
それは街の外から外観を一目眺めただけでも分かるような、悲惨なものである。
建物や通りはなんらかの攻撃によって破壊され、かつて美しい花たちが植えられていたであろう花壇や花園は焼かれ灰となり、そのあまりに多くの灰が未だ街中に降り注ぎ、街の荒廃をさらに押し進めている。
街の上空には滑空するモンスター達の姿も見え、おそらく街の中にはもっと数多くのモンスター達が今もうろつき街を制圧しているのではないかと窺える。
今やただの黒い闇の街と化してしまった現在のダンデリオンは、とても花の都などと呼べたようなものではない状態だが、こんな危険な街の中に入っていくのはかなりの自殺行為のように思えた。
ダンデリオンへと続く森をようやく抜け、この光景を見たレキとクローレンの二人は想像以上の街の現状にしばらくは言葉が見つからなかった。
「……おいレキ、こりゃかなりヤベーぞ。むっちゃくちゃ危険そうじゃねーか。こんなのもうほとんどモンスターの街って感じだぞ!」
クローレンはダンデリオンを見た第一印象をわずかに声を潜めつつ呟く。
街にたどり着くまでまだ少し距離はあるものの、あまり大きな声を出してはモンスター達に気づかれそうである。クローレンは無意識に小声になっていた。
「そうだね……、まさかここまで酷い状況だって思わなかった。どうしてこんなことになったんだろう……?」
レキはダンデリオンを眺めながら悲痛な声を出す。
その時彼の中で、記憶にある滅びたエレメキアの光景と目の前の光景が一瞬重なった。
記憶の底に押し込めたはずの忌わしい記憶がリアルな情景によって蘇り、彼は思わずヨロリと後ずさりした。
「おい、どうした? レキお前、顔真っ青だぞ。さすがにお前もビビったか」
クローレンは蒼白になったレキに軽口をたたきながらも少し心配そうな声を出す。いつものレキとは少し様子が違うようにも見えたが、しかし彼はすぐに普段の様子へと戻っていた。
「そんなんじゃないよ。……大丈夫、ちょっと驚いただけだから」
ダンデリオンをキッと見つめ直しながらそう言ったレキは、クローレンの目から見てもなんだか少し無理をしているように見えなくもなかった。
しかし、レキの持つ正義感と責任感の強さ、そして過去の記憶、滅びた自分の国への思いも重なって、レキは目の前の惨状を見過ごすわけにはいかないと感じていたのだ。
「とにかく、中に潜入してみないと街の詳しい様子もわからないし、無事な人がいるかどうかもわからないよね」
レキは街の様子を窺いながら呟く。ここからではあまり詳しい状況はわからない。
「ゲッ! やっぱり中に入るのかよ! ……お前って、ほんと命知らずだよな」
クローレンは信じられないとばかりにレキを見るが、しかし口ではそう言いながらも、もし生存者がいるのならクローレンだって助けられるものなら助けたいという気持ちは確かにあった。
ただ、あまりにも無謀な突撃はしたくないという思いも半分くらいはある。
「あんなモンスターどもの巣に入るなんて、命がいくつあっても足りねーぞ」
「でも、このまま放っておけないよ!」
レキはクローレンの文句を遮ると、ダンデリオンへ向かってずんずんと歩いていく。
その様子に、クローレンも「はぁ〜マジかよ……」なんて言いながら結局レキの後をついて来ていた。
しかし二人が街の入り口へと近づき始めた時、ちょうどその後ろから二人を止める誰かの声が飛ぶ。
「お待ち下さい、旅の方……!」
その突然の呼びかけに、レキとクローレンはハッと後ろを振り返る。
そこにはたった今まで気づかなかったが、杖をつき老いた体を支えて立つ一人の老人の姿があった。
「うおぉ! なんだよジジィ! ……ビックリしたな!! 急に声かけんなよ。お前今まで気配感じなかったぞ!」
クローレンは突然現れた老人向かって驚いた声をあげる。しかし突然現れたように思ったのは、彼等がダンデリオンの光景に気をとられていたせいでこの人物の存在に全く気づかなかったからのようだった。
「いや、私はさっきからずっとここにいたのですが」
クローレンの言葉に戸惑う老人だったが、そんな老人にレキはすぐさま問いかけた。
「おじいさん、誰? もしかして、あのダンデリオンの街の人?」
レキの質問にその老人はコクリと深く頷く。そして改めて名を名乗った。
「はい、私はあのダンデリオンの街を治めていた長のジースと申します。旅の方、あのような状態のダンデリオンへ乗り込もうとしたあなた達の勇気を見込んで一つ、お頼みしたいことがあるのですが……」
長のジースと名乗った老人は、切羽詰まった表情でそう言った。
どうやらこの老人はダンデリオンの街の生き残りであるらしい。
やはりまだ生存者がいたことに二人は希望を見出だしながらレキとクローレンはお互いに顔を見合わせ頷くと、この老人の頼みというものを聞いてみることにした。
「いいよ、ジースさん。その頼みって何なの?」
レキがそう言うと、老人はホッと嬉しそうに胸をなでおろした。
「よかった……。しかし話し込むにはこの場所は少し危険でしょう。このすぐ近くにダンデリオンの生き残りで結成した集落がありますので、詳しいお話はそちらで」
ジースはそう言うなり歩き出したのでレキとクローレンの二人はその後へとついて行き、彼の案内する集落へと向かうことにした。
——ダンデリオンより少し南に外れた郊外。
ジースという名の老人が案内した集落は森のすぐそばに位置しており、その集落には森から切ってきたであろう木の枝や葉っぱを使って作った簡素な家とも呼べるようなものがいくつかあった。
それらは森のすぐ側にあるため、モンスターの脅威に常にさらされているような危険な立地だったが、彼等にとっては今やモンスターの街と化してしまったダンデリオンよりは安全な場所だったのだろう。
彼等はそこでひっそりと身を寄せあうようにして暮らしていた。
大きな都、ダンデリオンに住んでいた住民の数からは考えられないくらいその人数は少なかったが、そこで暮らす人数だけがどうやらモンスターの襲撃をうけて生き残った数のようだった。
その事実がレキとクローレンの胸を痛めたが、それでもこうして少しでも生存者がいたことはわずかな救いだったのかもしれない。
それほどにダンデリオンの街の惨状は酷いものがあったのだ。
「さぁこちらへどうぞ、旅の方。ここが私の今の住居です」
長ジースが案内したのはその集落の中でも中心にあるが、しかし簡素な造りの家だった。
家といってもほぼ名ばかりで、木の枝と土で固めたようなものだったが今のこの集落の人間にとってはこれが精一杯の造りなのだろう。
ジースは木の葉を敷き詰めた家の中へとレキとクローレンを招き入れると、二人を座らせ、自分もそこへ腰を下ろした。
「早速だけどジースさん、ダンデリオンはどうしてあんな状況に? よかったらその辺りから詳しく聞かせてもらえないかな?」
レキは葉っぱの絨毯に腰を下ろすなり、すぐさま質問する。
レキにとってはダンデリオンの現状は他人事には思えなかった。
自分に何かできる事があるならば役に立ちたいという思いと、そもそもなぜダンデリオンがモンスターに攻め落とされることになったのか、その理由が気掛かりだったレキははやる気持ちで尋ねたのだった。
「そーそー、まぁじーさん。話くらいなら聞いてやるからよ。とりあえず何があったか話してみろよ」
さらに、クローレンもレキとは対照的にのんびりとした口調で聞いた。
もちろんこの状況ではさすがのクローレンもあまりお気楽な調子ではいられないのだが、この独特のしゃべり方だけはそれが彼の持ち味なのだから仕方がない。
長ジースはそんなレキとクローレンに促され、ダンデリオンがモンスターに攻められた理由について一から話すことに決めたようだった。
「……実はダンデリオンはほんの少し前までは平和で美しく、そして多くの花々が咲き乱れる花の街でした。その美しさは素晴らしく、多くの人々がその光景を一目見ようとダンデリオンを訪れたものです」
長はその頃のことを懐かしむように話す。
その表情から察するに、以前のダンデリオンは長の言う通り、それはそれは美しい街だったのだろう。
「ダンデリオンは昔から、他の場所では決して咲かないような不思議な花が芽を出し蕾をつける、花の精霊に愛されるような街でした。そしてその数ある花の中でも特に珍しく、人々を惹き付ける的にもなった一輪の花が、この街にはあったのです」
長はさらに話を続ける。
「その一輪の花とは“フォースの花”と人々から呼ばれているもので、その名の由来は蕾の部分に不思議な色合いでフォースの紋章が刻まれていることにありました。そしてその花は、もしかすると伝説に伝えられるフォースと何か関わりがあるのではないか、と街の人間の間では非常に評判になっていたのです」
「フォースの花……!?」
レキは長の言った言葉の中の一つに、ぴくりと反応した。
こんなところで突然、およそフォースに関係するであろう話題になるとは思いもしなかった。
「なんなんだ、そのフォースの花ってのは。もう少し詳しく教えてくれよ」
クローレンも同じくその花には興味をもったらしく、長にさらなる続きを促す。
長はゆっくりと大きく一つ、頷いてみせた。
「いいでしょう。フォースの花、とは昔からこのダンデリオンにずっと蕾のまま咲き続けている神秘的な一輪花で、それはもう私が幼少の頃から枯れることなく今も存在し続けている街のシンボル的な花のことです」
長はレキとクローレンとを交互に見ながら、さらに続ける。
「ダンデリオンが花で栄えているのは、そのフォースの紋章が刻印されている不思議な花の恵みではないかと言われているほどでして、私の家系では代々街を治める者としてその花の管理を任されていました。いつしか街ではそれをフォースの花と崇めるようになり、もしもグランドフォースがこの街に現れたなら、その時はじめてその花は蕾を開花させ、何かが起こるのではないかと人々の間でもっぱら噂されるようになったのです」
フォースの紋章が刻まれ、ずっと蕾のまま何十年、もしくは何百年も咲き続けるフォースの花。
レキは間違いなくその花にはフォースの手がかりがあったに違いないと、長の話を聞いて確信した。
枯れることなく長い年月を蕾のままで存在し続けるその花は、まるでフォースが訪れるのをじっと待っているようにも思えた。
「でも、そんな噂が広まったら街がモンスターに……」
レキは言葉の最後を濁しながら、ダンデリオンに起こった出来事の結末を予感した。
そんなレキの様子に長はひどく哀しげな表情を浮かべ、そして頷く。
「そう……あなたの察した通りです。いつの間にか広まったフォースの花の噂はついにモンスターの耳にも入り、フォースに関係するものをひどく危険視するモンスター達によってダンデリオンは攻められたのです」
「……おいおい、マジかよ」
クローレンは驚いたようにも気遣うようにもとれるような調子で言った。
それはどちらも彼の中におきた感情だったが、やはり驚きはかなり大きかった。
魔物達は目的のためにはとことん手段を選ばないようだ。ただの一輪の花のせいで街一つを攻め滅ぼすなんて、そのことで一体どれだけの無関係な人が犠牲になったことだろう。
クローレンの心に、少しずつ怒りが湧き上がってきた。
「じーさん、ダンデリオンがなんでモンスターに襲われる事になったのか、だいたいは分かったぜ。……んでオレ達に頼みたいことってのは一体何なんだ」
モンスター達のあまりに酷い行動は、どうやらクローレンの持つ正義感にも火を着けたようである。彼は俄然、やる気になっていた。
「……はい。それが……その頼み事なのですが、見ず知らずでしかも若いあなた方に頼むのは本当に申し訳なく、ためらわれるのですが……あの状態のダンデリオンに乗り込もうとしたあなた方の勇気を見込み、無理を承知でお願いを致します」
長はさらに前置きをした後、遠慮がちにその頼み事とやらを口にした。
「……それはダンデリオンでモンスター達に捕まってしまっている私の孫娘を助けて欲しい、というものなのですが」
「ジースさんの孫?」
レキは即座に聞き返す。
長の孫娘なる人物が今もダンデリオンでモンスターに捕われているというのか。
それが本当ならば、一刻も早く助けに行かなければならないという思いがレキの中に湧き上がる。
長はレキの問いに「はい」と神妙に頷き、さらに続けた。
「私の家系は先程も申し上げましたように代々フォースの花を管理し、守ってきた者です。最近では世代を交代し、18になる私の孫娘・ダリアがその役目を担っていたのですが奴らはダンデリオンを滅ぼした際、ダリアだけはフォースの花に詳しい者として彼女を捕らえてしまったのです」
その話にクローレンは、ん?と一瞬不思議そうな表情を浮かべた。
「なんでだ? フォースの花は街と一緒にモンスターが滅ぼしたんだろ? なら、そのダリアってネェちゃんを捕まえておく必要なんてないんじゃねぇのか?」
クローレンはふと疑問に思ったことを口にした。
花がなくなったのなら、その管理者を捕まえていても全く無意味に思える。
「……実はモンスター達は街を攻めた時、全ての花を燃やし尽くそうと火を放ったのですが、どれほど焼こうとしてもフォースの花だけは不思議な力に守られ、燃やすことができなかったのです。彼等はそのためどうやったらフォースの花を枯らすことができるのか、花の管理者であるダリアを捕らえ、その方法を見つけさせようとしているのです」
長はクローレンの疑問に答えるように説明した。
しかしその言葉にレキとクローレンは別の意味でも驚く。
「フォースの花は、まだダンデリオンに咲き続けてるの?」
「メチャクチャ丈夫な花だな、オイ」
それぞれ驚いて声を上げる二人だったが、これで長の孫娘・ダリアという人物救出という以外の目的でも、どのみちダンデリオンへは向かわなければならない必要ができたことを感じていた。
「どうやら伝説に伝えられているフォースが現れない限り、あの花をどうにかするのは無理そうなのです。それはもちろん、私の孫娘ダリアとて同じこと。……今頃、用はないと判断されたモンスター達に殺されていなければよいのですが」
長ジースは心から孫娘の身を案じるように呟いた。
ダンデリオンが攻められてからは既に少し期間が経っているので、まだ孫娘のダリアが無事でいるかどうかはわからないとのことだった。
しかしそれでもわずかな希望を持ち、長は旅人であるらしきレキとクローレンを呼び止め、この頼みを二人に託すことにしたのだそうだ。
あのモンスターだらけの危険な街・ダンデリオンに向かうのはかなりの自殺行為だろうが、それでもこの話を聞いたレキとクローレンの気持ちは既に決まっていた。
「わかったよ、ジースさん。ダリアさんはきっと助け出してくるから、オレ達に任せて!」
「……ま、そーゆーことだな。コイツもこう言ってるし、じーさんは安心してここで待ってろよ」
すぐさま立ち上がりジースに力強い言葉をかけるレキに、クローレンも少し遅れて立ち上がると、レキの肩にポンと手を置き「しょうがねぇなー」というように軽く微笑んだ。
ダリアという女性の身の安全を考えると、ここは一刻も早く出発するのが懸命だろう。
それに長の話すフォースの花のことも気になる。
二人は早速ダンデリオンへと向かう決意を固めたのだった。
「あ、ありがとうございます! こんな無茶な頼みを引き受けてくれるとは、なんとお礼を申し上げたら良いか……」
「あー、まぁ気にスンナって。どのちみち最初からダンデリオンには行くっつってきかなかったからな、コイツが」
クローレンは、申し訳なさそうに感謝の笑みを見せるジースの気持ちをほぐすかのように、隣にいたレキの頭を適当にくしゃくしゃっとさせてみせた。
「……わっ、だってあんな状態の街を見過ごすわけにいかなかったじゃないか」
おもいっきり頭をくしゃくしゃにされたレキはちょっと反抗するようにクローレンを見上げるが、クローレンは全く悪びれる様子はない。
レキの反応をおもしろがっているようだが、そんな二人のあまり緊張感のない様子に、長はなんだかホッと安心するような気持ちになるのだった。
「お二方、くれぐれも無理はなさらないように……。お二人が無事で帰ってこなければ、こんな事を頼んだ私は悔やんでも悔やみ切れません。無理だと判断した際には迷わずここへ戻って来て下さい」
長の言葉に二人は大きく頷いてみせる。
「大丈夫、心配しないで! オレ達は無事に帰って来るから」
「ほんとほんと、無理はしねぇよ。マジで」
二人はそれぞれ自分らしい答えを返すと、身を案ずるような長の視線に見送られ、再びダンデリオンの街へと出向いて行ったのだった。