~第一章~「幼き旅人」
世界七大大陸の一つ「ランガ大陸」にある、地図にさえ載らない小さな村・ユタ。
そこは住民が全部で20人ほどの、旅人の行き来もほとんどない、外の世界からはほぼ孤立しているといってもいいくらいの田舎町だった。
村の外では多少のモンスターが出るものの、それほど強いモンスターもいなければ村の住人が外へ出ることも滅多になかったため、村はいたって平和である。
村の住人はほとんどが自給自足で野菜を作ったり、家畜を飼ったりして生活していたが村には一軒だけ宿屋があった。
旅人がほとんど来ないのだから宿屋なんてそうそう商売にはならないのだが、たまに外の世界から珍しいものを売りにくる商人などを泊めるために普通の民家が副業のようなかたちではじめたものだった。
その宿屋でめずらしく朝からバタバタとにぎやかな足音がしていた。
「おっはよー! 朝だよレキ!」
そう言いながら「バァン!」と扉をおもいっきり開けて入ってきたのは宿屋の娘・ミーリという少女だった。
黒と茶のちょうど中間くらいのアッシュブラウンの髪を両側でおさげにしたあどけない少女で、年はまだ10を少し超えたくらいだろう。
ミーリが元気いっぱい声をかけた相手は、そのあまりの勢いに驚いて目を覚ます。
「わぁっ!? びっくりした……。ミーリ、できればもうちょっと優しく起こしてもらえないかな」
にぎやかな朝の訪れに、レキと呼ばれた少年は軽く不満をもらしながらも怒った様子は全くなく、「うーん……」と伸びをしつつベッドから起き上がると、ミーリに向かってにっこりと笑った。
とても笑顔が似合う少年で、多少寝癖がつきながらもサラリと輝く金髪と明るいブルーの瞳が差し込む朝日に照らされ一層キラキラと輝いており、それが爽やかな印象を与えている。
「レキがいつまでも寝てるからだよ! もう朝ゴハンできたって、おねーちゃんが言ってたよ」
ミーリがいたずらっぽく笑いかけながら言う。
この宿はミーリの姉そして母の二人で主に営われており、父親を早くに亡くしたミーリの家族は残された人手で協力しあって宿を支え合っているのだ。
「わかった、今いくよ」
レキはミーリに相槌をうつと、ぴょんとベッドから降り、再び大きく伸びをした。
レキが着替え、ミーリと一緒に一階にある食堂へと降りていくと、そこではミーリの姉であるルーシィと母のローサが朝食を用意してくれていた。
二人以外にも朝食を食べに来ている村の住民が数人テーブルについている。
「おはようレキ君、ミーリがうるさくしてごめんなさいね。よく眠れた?」
どうやらミーリがレキを起こす声は一階にまで届いていたようだ。おそらくその声は間近で聞いていなくとも、かなりの大音量だったことだろう。
「ミーリはもう少し落ち着いてくれるといいんだけど……」
ミーリの姉、ルーシィがちょっと困ったような表情をしながら言う。
ルーシィは落ち着きのないミーリとは正反対の、どちらかというとおっとりとした女性で、二人は姉妹といえどもその性格はまったくの対照的だった。
そしてルーシィは普段から元気のありあまっている妹に手を焼かされていたのだ。
「わたし、普通に起こしただけだもん」
ミーリが少しムッとしつつ反論する。
両頬を大きくプーと膨らませ、怒った表情をつくってみせていた。
「うん。ミーリはほんの少し元気すぎるだけだから、大丈夫だよ」
レキはそのやり取りを見て、クスクスと笑いながら一応フォローを入れた。
しかし、元気すぎるという言葉はあまりフォローとはとられなかったようでミーリはさらに頬を膨らませた。
「こらぁレキ! それ、どーゆー意味なの!」
言いながら、ミーリは軽くポカッとレキの頭にツッコミを入れた。
こんな光景はここ最近のお決まりのやり取りの一つで、それを見ていた誰からかともなく自然と笑いがこぼれる。
それは何気ない朝の幸せなひとときだった。
「ところで、レキ君はいつまでこの村にいられるの?」
ひとしきり笑いのおさまったところで、ローサがレキの前に朝食がのった盆をおきながら何気なく聞いた。
「今日の昼には出発しようと思ってるよ」
「そう……」
ローサが少し寂しそうな顔になる。
レキはもともとこの村の生まれではなかった。それどころかほんの二週間前に外の世界からやって来たばかりである。
レキはたずねて来るものの少ないこの村に、久しぶりの旅人としてやって来たのだ。
もの珍しい旅人ということに加え、まだ13才という若さの少年が一人でここまでやって来たことに村の人はみな興味と歓迎をあらわしていた。
しかしまだ滞在して二週間ということを思わせないほどに、レキはこの村になじんでいた。
もともともっている性格というか才能というか、レキには自然と人を引き付ける魅力のようなものがあり、旅人ということを抜きにしてもレキは人気者だったのだ。
まるで、ずっと昔からこの村に住んでいたかのように、レキは村人の日常生活の中にとけこんでいた。
「……この村にとどまることはできないの? どうせ部屋はいつだって余ってるし、村の人手も足りてないからレキ君さえよければ好きなだけここに居てくれれば……」
ローサはおよそ返ってくる答えはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「……うん。この村のことは大好きだけど、オレは旅に出てやらなきゃいけないことがあるんだ」
そう……とだけ言ってローサはそのまま黙り、少し寂しそうに他の客の朝食の片付けを始める。
そんなローサの代わりに、カウンター越しに座っている村の男が身を乗り出してきた。
「まぁ、気が向いたらまたいつでも来いよ。そのときは歓迎するからよ!」
わはは、と笑いながら男は明るく言い放った。またいつでも会えるというような軽い口調だったため、なんだかそれにつられてレキも思わず少し笑顔になる。
「………レキ、行っちゃヤダよ」
しかししばらく黙って聞いていたミーリが突然口を開いた。さっきのおフザケの時の様子ではなく、今度は本当に少し怒ったような表情をしている。
「まぁまぁ、ミーリ。レキは元々この村に用があって来たわけじゃねぇんだからさ。たしか旅の途中で道に迷ってたまたまここに着いたんだったよな? だからこれ以上引き止めるわけにもいかねぇよ。もう二週間も引き止めちまってるわけだしよ」
先ほどの男がミーリをなだめる。
しかし、ミーリはそれには答えずしばらく黙っていたが、やがて席を立ってスタスタと食堂を横切ると、そのまま扉を開けて外へと出ていってしまった。
「ごめんなさいねレキ君。あの子、年の近い友達はレキ君が初めてだから、あなたがいなくなるのが寂しいのよ」
母親のローサが片付けの手を止め、レキのほうを見ながら少しだけ残念そうにぽつりと呟いた。
レキも黙ってはいたが、この村から離れるのは正直寂しく思っていた。
朝食はどれもとてもおいしく、特に今朝とれたばかりの野菜で作ったサラダは絶品だった。
レキが朝食をとりおわると、宿屋には交代で村の人が次々と訪れ、しばらくはみんなと雑談して過ごした。
せまい村なので今日レキが出発するという話がもう広まったのだろう。みんな顔を出してはレキに声をかけていった。
やっと客が途絶えたときにはもう昼前になっており、レキは急いで二階に上がると二週間過ごした部屋をきれいに片づけ、自分の荷物をまとめあげた。
そして再び荷物を持って下に降りようとしているところで、一階からルーシィの「ええっ!?」という何やらひどく驚いた声が聞こえてきた。
「……? どうしたんだろ?」
気になったレキはまた一度荷物を置き、一階へと降りていった。
「本当にミーリが?」
レキが食堂に降りると、ルーシィがたった今宿屋を訪ねてきた様子の老人に、不安げに問い返している姿が目に入った。
その老人は村の一番外れに住む村長だ。
「そうじゃ、間違いない。今朝早くに村の外に出ようとするミーリと会ってのう。どこに行くのかと聞いたら、村より少し北にある星の湖に行くと言っておったんじゃ」
村長は降りてきたレキにも気づき、ちらりと視線を向けながらさらに続ける。
「その辺りはモンスターも出るからと止めたんじゃが、それくらいのモンスターは自分の魔法でなんとかできると言って聞かなくてのう。しばらく待ってみたんじゃが……まだ帰ってこんのじゃ。まさかミーリの身に何かあったのではないかと思ってのう……」
村長はいくらなんでも帰りの遅すぎるミーリが心配になり、知らせに来たようだ。その様子は心からミーリの身を案じていた。
「星の湖……ここからそんなに遠くないわ。何事もなければもう十分帰って来てる時間なのに……」
ルーシィも村長の話に、さらに不安そうな顔をして言った。
「どうしましょう……ミーリにもしものことがあったら……」
モンスターの脅威が常に身近にある生活なので、冒険者を生業としていない村の人間でも護身のための簡単な魔法や剣術を少しは修練していた。
しかし、だからといってモンスターと遭遇しても大丈夫というわけではなく、それはほとんどカタチだけのものである。
実際にモンスターと戦ったことのある人なんて大人でもこの村にはほとんどいない。
「オレがミーリを探しに行って来るよ」
二人の話を聞いていたレキがすぐさま言った。
ルーシィと村長が同時にレキを見る。
「でも……危険だわ。もしもレキ君にまで何かあったら……」
「大丈夫! オレはもともとこの村の外からやって来たんだから。ちょっとくらいモンスターが出たって平気だよ。ミーリはオレが無事に連れて帰ってくるから、二人は安心して待ってて!」
そう言うとレキは二人に向かってにこっと笑いかける。
笑うと13才よりももっと幼く見えるレキだったが、その幼い笑顔はなぜか二人を不思議と安心させるようなものであった。
第一章「幼き旅人」
ユタの村・郊外北——。
この村から北に向かってまっすぐ行ったところに星の湖はあるらしい。
基本的には一本道だが普段人の通りが全くないことに加え、木や草がうっそうと生えている林を通って行かなければならないので道らしい道はなかった。
「こんなところ、よく女の子が一人で行こうと思ったな……」
草をかきわけて進みながらレキがつぶやく。
ミーリは星の湖とやらに、なにかよっぽどの用でもあったのだろうか。ここはモンスターだって出るし、相当の理由がないとなかなか来ようとは思えないだろう。
小さな女の子にとってここがどれほど怖い場所であるかを考えるとレキはミーリがとても心配になった。
「ミーリ! どこにいるのー!?」
走りながらレキは叫ぶ。
なんだかここはいやな感じだ……。村の周りにはそれほど強いモンスターは出ないとルーシィも村長も言っていたが、この辺りの異質な気配をレキは感じとっていた。
しばらく走りながら湖をめざしていたが、辺りがさらにうっそうとして視界が悪くなってきた矢先に、突然前方から女の子の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「ミーリ!!」
その声にレキは反射的に腰に差していた剣を抜くと、全速力で声のするほうへと向かって行った。
ミーリは追って来る二匹のモンスターから必死で逃げていた。使える唯一の魔法は効かなかった。
潜在的な魔力を光にかえて攻撃するものだったが、ミーリほどの力ではモンスターにほとんどダメージを与えることができなかったのだ。
走り疲れてミーリはついに転んでしまい、それによって彼女は一本の木に追い詰められた。
じりじりとミーリに近寄って来る二体のモンスターは全身が緑色の体をしていた。頭の上には一本の角が生え、眼はヘビのような眼が顔の真ん中にひとつあるだけだ。そして涎の滴る牙を剥き出し、鋭い爪をミーリに向け今にも襲い掛かろうとしている。
「た、たすけて……」
泣きながら震えるミーリを見て一体のモンスターはにやりと笑うとそのままミーリに向かって飛びかかって来た。
——キィン!!
硬い金属音が辺りに鳴り響いた。
ギリギリ間に合ったレキがミーリの目の前でモンスターの振り下ろされた爪を剣で受け止めていたのだ。
あまりの出来事にミーリはパニックになっていて言葉がでてこない。
レキが一匹のモンスターの爪を受け止めていると、今度は横からもう一匹がレキめがけて襲いかかって来た。
レキはおもいっきり力を込めて剣を振り払い自分より大きなモンスターを吹き飛ばすと、また素早く剣の向きを変え、そのまま襲いかかって来たもう一匹のモンスターを斬りつける。
「ギャァァ!!」
激しい悲鳴とともにモンスターは倒れた。
それを見ていたもう一匹のモンスターは一瞬恐ろしい眼でレキを睨んだが、レベルの違いを悟ったのかそれ以上襲って来ることはなく、そのまま林の奥へと走って逃げていった。
モンスターが見えなくなるまでその後ろ姿を見送ったあと、剣を収めたレキはミーリのほうを振り返る。
「ミーリ、ケガはない?」
やさしく微笑むレキを見て、緊張の糸が切れたミーリの目からは大粒の涙が溢れ出た。
「……うっ……わぁぁあん!! 怖かったよぉぉ……!!」
大声で泣きじゃくるミーリを慰めようと、レキは自分より少し背の低いその頭をポンポンと優しくたたいた。
しばらくしてミーリは泣き止んだ。ようやく落ち着いたようで、改めてまじまじとレキを見つめる。
「レキってけっこう強いんだね」
「まぁね。そうじゃないと一人で旅なんてできないよ」
「そういえば、レキはなんで一人で旅をしてるの?」
ミーリはレキの旅の目的が気になっていた。これまでに何度か尋ねてはいたが、結局はっきりした答えを聞いていない気がする。
「……探してるものがあるんだ」
「探しもの? どんなもの? どこにあるの?」
ミーリはさらに聞いてみた。それだけではさっぱりわからない。
「う~ん……、どこにあるかはオレにもわからないんだ。だから旅を続けながら探してるんだよ」
もう一度、なにを? と聞こうとした時レキが言った。
「じゃあミーリ。村に帰るよ」
「えー!? ダメだよ! 今から星の湖に行くんだから!」
「えぇっ!? まだ行くの!?」
「あたりまえじゃない! それに今はレキもいるから安心だし~」
そう言ってミーリは前に向かって歩き出した。さっきまであんなに泣いていたのが嘘のように元気いっぱいである。
全く帰る様子のないミーリにレキも仕方なく後をついて行くことにした。
「さっきのモンスターがいたからこの先に進めなくってずっと隠れてたの。結局見つかって追いかけられちゃったけどね」
ミーリが歩きながらしゃべり始めた。レキがいる事で安心しきっているのかその足取りは軽く、堂々としている。
「ミーリ、本当に危ないところだったよ。村の周りはそんなに強いモンスターはいないって聞いてたけど、さっきの奴はちょっと危険な感じがしたな……」
レキの言葉にミーリがそうそうと頷く。
「今まではあんな強そうなモンスター、この辺りにいなかったんだよ」
「今まではって、ミーリは前にもここに来たことがあるの?」
「うん! もっと小さい頃だけどね。昔は村に小さな井戸が一つしかなかったから、どうしても雨が降らなかったときは村のみんなで、湖まで水を汲みに行くことがたまにあったの。それに一度ついて行ったことがあるよ」
「そうなんだ」
普通の村人がモンスターの出るこんな林を通って行くのは相当な覚悟と準備が必要だろう。今では井戸がもう一つできていて水の心配もなくなったという。
「でも前に来たときと、ちょっと様子がちがうなぁ」
ミーリが「うーん」と言いながら首をかしげる。
「さっきも言ったけど、前はあんな強そうなモンスターいなかったし、この林の雰囲気もこんなに不気味な感じじゃなかったんだけどなぁ……」
たしかに林には嫌なオーラがたちこめていた。単に草や木がうっそうと茂っているからだけの理由ではなく、かすかに邪悪な気配が感じられる。
レキは慎重に辺りの様子を窺いながら湖を目指した。
それからしばらく歩くと、意外に近い場所に湖はあった。
林を抜け、少しひらけたところにその湖が辺り一面にひろがっていた。
湖を見てレキはなるほど、なぜここが星の湖と呼ばれているかがわかった。湖の形は見事な星形をしていて、水面は太陽の光に照らされてきらきらと輝いている。まさに星のような湖だ。
レキがしばらくその光景に見入っているとミーリはいつのまにか湖のほとりまで行き、湖を背にしてキョロキョロと何かを探しまわっていた。
「ミーリ、なにしてるの?」
レキも近づいて行って聞く。
「えへへ、わたしも探しものだよ!」
ミーリはにこっと笑うと、また何かを探しはじめた。
今度はレキが、なにを? と聞こうとした時だった。突然、湖から放たれた邪悪な気配を感じとり、レキは急いで振り返る。
「ミーリ危ない!!!」
レキがミーリを突き飛ばし、自分もその方向へと飛んだ。
——ザシッ!! という衝撃音と共に、さっきまでミーリとレキがいたところにモンスターの鋭い爪が突き刺さっていた。
それは先ほど林の奥へと逃げたモンスターだった。全身から水を滴らせ、恐ろしい瞳でこちらを睨んでいる。どうやら湖の中にかくれて気配を消していたようだった。
レキは再び剣を抜き、ミーリを後ろへとかばいながらそれを構える。ミーリもこの状況に気付き、レキの後ろでガタガタと震えだした。
その時、ザバァという音と共にもう一匹のモンスターが湖から現れた。
その姿は、頭の角やヘビのような一つ眼は緑のモンスターと同じだったが、体の色は無気味な紫色をしており背中にはコウモリの羽を大きくしたような翼が生えている。
そいつは緑色のモンスターよりもさらに危険そうな雰囲気を漂わせていた。
「コノ湖ニ近ヅク人間、生キテハ返サン……」
妖しく眼を光らせながら紫色のモンスターが低い声で唸る。人間の言葉を話せるのは高度なモンスターの証である。
「ガーゴイルか、厄介だな……」
レキは小さく呟いた。
ガーゴイルとはモンスターの中でも強敵と位置づけられる類いの魔物で、俊敏で機動性が高く、攻撃力も上位クラスの厄介な奴だ。
ミーリを危険に晒すわけにはいかない。なるべくモンスター達をミーリに近づけないうちに倒さなければ……。
そうこうしているうちに二匹のモンスターがこちらに向かって襲いかかって来た。レキもその動きにあわせ、剣を構えて前へと走り出す。
緑のモンスターよりもガーゴイルのほうがスピードは断然速いようだ。鋭い爪でレキに攻撃を仕掛けてくるが、これをすんでのところでレキは避けた。続けて緑のモンスターが襲って来たが、それも身を翻してかわす。
相手が二匹なのでレキはしばらく攻撃をかわすことに集中し、モンスターに隙がでるのを待った。四度目の攻撃を避けたとき、緑のモンスターが勢いあまって前にバランスを崩した。その一瞬の隙をついてレキは防御から攻撃へと行動を切り替える。
即座に一歩前へと踏み込み、緑のモンスターへと一文字に剣を払った。レキもスピードには自信がある。モンスターが避けるよりも防御の体勢をとるよりも素早く、その攻撃をうちこんだ。
「ギィアァァ!!!」
クリーンヒットだ。
モンスターはなす術もなく悲鳴を上げると一撃でその場に倒れた。これで残るはあと一匹。
ふと見るとガーゴイルの姿がなかった。なぜならそいつはレキが緑のモンスターを倒しているうちに後ろへと回り込み、まさに今、隙をついて背後から襲いかかろうとしていたのだった。
それに気づいたレキは振り返って剣を構える。しかし、そのガーゴイルの攻撃が繰り出されることはなかった。
「—ライト・フラッシュ!—」
魔法の詠唱とともに、ガーゴイルの背に光の玉が直撃した。ミーリが背後から魔法を放ったのだ。
ダメージはないものの予想外の攻撃にガーゴイルは驚き攻撃のタイミングを失った。
その間にレキは素早く体制を整えると、そのままガーゴイルへと斬りかかる。しかし敵もすぐに立ち直りこれを受け止めた。しばらく激しい攻防が続く。
「ココニアル封印ハ、解カサヌ……」
「封印? ここになにか封印されているのか?」
ガーゴイルの攻撃を受け止めながらレキが聞く。
「ソウダ……我々ニトッテ、非常ニ都合ノ悪イモノダ」
けっこうおしゃべりなモンスターだとレキは思った。モンスター達にとってなにか都合の悪いものがこの湖に封印されているらしい。
昔はこんなモンスターがいなかったとミーリが言っていたということはモンスターも最近になってここに封印されているものに気づいたということだろうか?
そんなことを考えながらもレキは敵の攻撃をかわし続けていた。いくらガーゴイルが相手でも、一匹であればレキにとってそれほど強敵ではない。
「今すぐ、ここから立ち去る気はないか?」
レキは一応聞いてみたが、ガーゴイルは邪悪な眼を向けてフザケルナ! と叫ぶと再び襲いかかって来た。
レキは仕方なくその攻撃を迎え討つように前へ飛び出すと、敵の攻撃が繰り出されるよりも一瞬だけ速く、上から剣を一直線に振り下ろし渾身の力を込めてガーゴイルの体を真っ二つに切り裂いた。
叫び声とともにモンスターは倒れ、緑のモンスターと重なると、やがてその二つの亡骸は跡形もなく塵となって消え去った。
レキが剣を収めるとすぐさまミーリが駆け寄って来た。
「わたしの魔法、役に立ったでしょ!」
あんなに震えていたのが嘘のように、ミーリはすっかりと元気を取り戻し、レキに向かってピースしている。
「……まったく、怖がりなんだか怖いもの知らずなんだか。ミーリにはかなわないよ……」
レキは少し呆れたように言うと、やれやれと優しく微笑んだ。
さっきまで林を包んでいた嫌なオーラはモンスターを倒したと同時に消え去っていた。あのモンスター達が何らかの理由でこの辺り一帯を邪悪な気配で覆っていたらしい。
レキはさっきモンスターが言っていた封印の話を思い出して辺りを見回した。
すると湖の真ん中から太陽の反射とはどこか違う、微かな光が漏れている部分があることに気が付いた。
レキは早速マントや上着を脱いで身軽な格好になる。
「レキ、どうする気?」
「さっきのモンスターが言ってたことが気になってね。ミーリはここでちょっと待ってて」
そう言うとレキは驚くミーリをその場に残し、ためらうことなく湖の中へと飛び込んだ。
「うわっ、溺れないでねー」
泳げないミーリはレキの姿が消えた水面に向かって、こわごわと呼びかけていた。
湖はそんなに深くはなかった。光は水に潜るとますます強くなっている。
その光のあるほうを目指して泳いで行くと、中心には直径20cmくらいの光を放つ球体があった。
レキはちょっと迷ったが、その光る球体を両手で包んで持ち上げると、再び水面を目指した。
プハッ! と水面に出るとミーリが心配そうに立っているのが見えた。レキはミーリのいるほうへと泳いで行き、水からあがった。
「それ、なーに?」
ミーリがレキの持つ光る球体を指して聞いた。
「なんだろ? さっきの奴が言ってたモンスターにとって都合の悪いものだと思うけど……」
そう言ってレキは球体を観察した。見るからに不思議なものである。
感触は柔らかくも固くもなく、冷たくも熱くもない。ただひたすらに光を放ち続けているだけだ。
しかし、レキがひとしきり球体を調べおわる前に、それはいきなりカッと輝くような眩しい光を放ちながら真っ二つに割れてしまった。割れた球体はそのまま大気に消え、レキの手には今しがたその光の中から出てきたらしい一冊の本だけが残る。
「これは……」
レキは突如自分の手の中に出現した本を一目見て、とても驚いた。
その本は古びて茶色くなっており、表紙には題名がない代わりに不思議な紋章のようなものが描かれていることが確認できる。
「なにこれ? 汚い本だね」
ミーリは顔をしかめたが、レキはミーリに向かって微笑んだ。
「やっと探しものが一つ見つかったよ」
レキの言葉に、ミーリは不思議そうにその古びた本を見た。
「これがレキの探していたものなの?」
「うん、ミーリにも後で詳しく話すよ。とりあえず早く村に帰ろう。みんなが心配してるよ」
——……†
それから二人はもと来た林を通ってまっすぐ村へと帰った。
あの邪悪な気配も消えた今、もともとそれほどモンスターのよく出る場所ではなかったので、帰りは一匹のモンスターにも遭うことなく帰ることができた。
村に帰ると村の人みんながレキとミーリの帰りを待ちわびており、二人の無事を確認して、みんな心から安心した様子だった。ミーリはルーシィとローサ、さらには村長にまで怒られ、二度と湖に近づかないことを約束させられていた。
一方レキは結局もう一晩この村に滞在することになった。もう夕方になっていたしルーシィとローサがぜひお礼をしたいからと引き止めたことと、湖に入ったため服がびしょ濡れになっていたからだった。
豪勢な夕飯をご馳走してくれながらルーシィがにこにこと言う。
「本当にありがとうねレキ君。ミーリだけだったらどうなっていたか、わからなかったわ」
もうすでに30回以上もお礼を言っていたルーシィだったが、その様子はそれでもまだ言い足りないようだった。
「レキってすっごい強いんだよ! 見たこともないような怖~いモンスターが出てきたけど、レキはあっという間にやっつけちゃったんだから! まぁ、わたしのサポートもよかったんだけどさ!」
ミーリも隣でご飯を食べながらはしゃいで言った。さっき怒られたことは全くこたえていないようだ。その様子をルーシィにキッと睨まれ、ミーリは慌てて黙った。
「それにしても……」
レキとミーリの冒険話をひととおり聞いたルーシィが、小さくため息をつきながら心配そうに言う。
「……一体どうしたのかしら。この辺りは今まで低級のモンスターしかいなかったのよ。人語をあやつるような高度なモンスターだなんて……怖いわ」
「なにか良くないことが起こってないといいけどねぇ。500年前に三人のフォース様達に封印された“世界を破滅へといざなう者”が復活して以来、モンスターは増えるばかり……。別の大陸ではモンスターに滅ぼされたっていう街や国もあるほどだそうよ。外からの情報は滅多に入ってこないから詳しいことはわからないけどねぇ……」
ルーシィの言葉を引き継いだローサが、他の客へ出す料理を盛り付けながらさらに続ける。
「でも、その“世界を破滅へといざなう者”が復活したのなら、伝説のとおりそれを倒してくれるフォース様もきっと現れるはずだわ。それまではなんとか自分達で村を守っていかないとねぇ」
ローサの言葉に村の人は皆そうだそうだと頷いた。今日はミーリが無事帰ってきたことのお祝いでたくさんの村の人達が宿屋にご飯を食べに来ている。
「今日オレ達が出会ったモンスターは、星の湖に封印されていたこの本を守ってたみたいだよ」
ローサが話し終えた後、レキは湖で見つけた茶色い本を取り出した。
「むっ……、その本は!?」
村長はレキが取り出した本を見て驚き、それを受け取ると、改めてまじまじと眺めて難しい顔をする。
「村長、その本のこと知ってるの?」
ミーリが村長の様子に身を乗り出した。
「……うむ。この本自体は初めて見るが、表紙に印されている紋章には見覚えがある。その昔、“世界を破滅へといざなう者”を封印したとされるフォース様の紋章に間違いない。しかしなぜこんなものが星の湖に……?」
「実はもう一冊同じようなものをオレは持ってるんだ」
レキはそう言うと、自分の荷物からもう一冊の全く同じ紋章が描かれた本を取り出した。
「この紋章の描かれた本は全部で七冊あって、全てを集めることで伝説の全文が明らかになり、“世界を破滅へといざなう者”を討つ方法がわかるとも言われているフォースを導く書物なんだ。この七冊の本は世界各地に封印されていて、オレは全ての本を集めるためと、紋章に選ばれたフォースを探すために今まで旅をして来たんだ」
レキが自分の旅の目的を語り終えるのと同時に、村長はなるほど……と頷きながらレキに本を返した。
「なにかワケがあるとは思っておったが、そんな事情があって旅をしておったのか……」
フォースとそれを導く書物を探す旅——。
日に日に闇の力は増大しモンスターは増え、そして凶暴になってきている。
昨日までは平和な暮らしをしていたところに突然モンスターが押し寄せ、街が滅ぼされる。そんなことは今、この世界のどこにいても起こりうることであった。
人々は常に不安を感じ、世界は暗い闇に包まれている。
この状況をなんとかしたいと願う人々がみな、伝説にある勇者・グランドフォースを含める三人の紋章をもつ者達に希望を託していた。
別の国では、国家の総力をあげて紋章もつ者・フォースを探しているところもあるほどだ。
もちろん個人で旅をしてフォースを探す者も数多くいるし、フォースの力に是非なりたいと思っている者もいた。
「村長さん、フォースについてなにか知っていることはない? この本のことでもいいんだけど」
レキは神妙な面持ちで黙ってしまった村長に向かって尋ねる。村長なら何か少しでも手がかりになりそうなことを知っているかもしれない、そう考えたのだ。
「……ううむ。残念ながらワシがフォースについて知っている事は闇の魔王を三人のフォースが討つという最も有名な伝説の冒頭だけじゃ。それ以外はこれまでの長い人生でも聞いた事がないし、フォースの書物についても初耳じゃ」
すまんのう、と言って申し訳なさそうな顔をする村長に、レキはがっかりする様子もなくにこっと笑った。
「いいんだ。本が見つかっただけでもすごく進歩だからね。村長さんありがとう」
笑うとやはりレキはまだとても幼い。こんな幼い少年がたった一人、フォースを探すために世界を旅しているのかと考えると、その場にいた村長や村人達は心からレキを心配せずにはいられなかった。
「オレはこれからも旅を続けるよ。そして必ず残りの本とフォースを見つけてこの世界に平和を取り戻すからね。みんなそれまで待ってて!」
相変わらずにっこりと微笑んでいるレキだったが、その言葉は決して揺るがない決意に満ちあふれていた。
笑うとまだ幼い13才の少年がみせる強い決意。
その決意の裏には一体どんな想いがあるというのだろうか。
それはこの場にいる誰にも知る良しもなかったが、村長は何故かその強すぎる決意が逆にとても心配に思えてくるのであった。
——……†
翌朝、レキは昨日まとめていた荷物を持って部屋を出た。
本当は昨日村を出発する予定だったため準備はもうすっかり整っていたし、みんなとの挨拶も済ませていたので、今日は朝から出発することにしていたのだ。
いつもより少しだけ早く起き、朝食もとった事だし、あとはこのまま旅立つだけだ。
レキが少し名残り惜しいような思いを持ちながらも宿屋を出て村の出口まで行くと、そこには村のみんなが最後のお別れを言うためにレキを待ってくれていた。
その中からルーシィが一歩、歩み出る。
「レキ君、本当に行っちゃうのね……」
ルーシィは涙ぐんでいる。レキが旅立ってしまうのが本当に残念な様子だ。
「レキ、決して無理はするでないぞ」
村長が心から心配そうにレキに言った。
それから村のみんなも順番にレキにお別れを言い、全員との挨拶が終わったところで、最後にミーリがお別れを言いにきた。
ミーリは必死で涙を堪えていて、なかなか言葉が出てこない。
そのまま無言でミーリはレキに何かを差し出した。
レキが受け取ってみると、それは星の形をした小さな石だった。
「……星の湖で拾ったの」
ミーリが所々つっかえながら一生懸命に言う。
「星の湖はとても神聖な場所で、この村では湖のほとりで星形の石を見つけたら願いが叶うっていう言い伝えがあるの……」
それでミーリはわざわざ危険を冒してまで星の湖まで行ったのか、とレキは納得した。あの時、湖で言っていた「探しもの」とはこの石のことだったのだ。
どうやらミーリもちゃんと探しものを見つけていたらしい。
「その石はレキにあげる。きっとなにか願いを叶えてくれるよ」
ミーリはついに涙をこぼしながら、へへっと笑った。
「ありがとう……ミーリ」
レキは心の底からうれしかった。ミーリが危ない目に遭いながらがんばったのも、全部レキのためだったのだ。
レキはその気持ちが嬉しくて、ミーリに向かって最高の笑顔を見せる。
ミーリはその笑顔にかなり照れながらつづけた。
「……そのかわり、レキにはわたしのお願いを一個だけきいてもらいたいんだ」
「うん、いいよ。なにかな?」
ミーリの言葉にレキは優しく問いかける。
するとミーリは涙を拭き、まっすぐにレキを見つめて笑顔で言った。
「いつかきっと、またこのユタの村を訪ねて来てほしいの。これでさよならは寂しすぎるから……。また会えるって約束してほしいの」
「わかった、もちろんだよミーリ。必ずまた会いに来る。……約束するよ」
二人はにっこりと笑顔で再会の約束をかわしあった。
そしてレキは村に背を向け、歩き出した。
「レキ、気をつけろよ!」
「必ずフォースを見つけてくれよ!」
「またいつでも帰ってこいよ!」
そんな声を受けながらレキは歩き続ける。
「レキー! またね———!!!」
ミーリの叫ぶ声が聞こえた。
最後にもう一度だけレキは振り返り、そして大きく手を振った。
「またね! みんな!」