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食通植物

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「見たまえ叶野くん」
 休日だと言うのに研究室に呼び出された僕、叶野恭一に、御厨教授はそう言ってあるものを指し示した。
 赤い、プランターだ。ハエトリソウによく似た外見の植物が植わっている。違いは、その大きさだ。高さは80cmは下るまい。葉の口径も、人ほどもある。だいたい半径1m、といったところだろうか。
「これはまたデカいですね、教授。食虫植物ですか」
「一昨日ブラジルの友人から送られてきてね。なんでも食通植物というらしい」
「はあ、食虫?」
「いや、食通だ。グルメなんだよ」
 教授は、良くわからないことを口走った。
「グルメ、ですか? しかし植物なんでしょう? 味覚があるとは思えませんが」
「それがだね、叶野くん。こいつには擬似的な舌のような感覚器が付いているんだよ。見たまえ」
 教授はそう言うと、高枝切りバサミのような、あるいはマジックハンドのような器具で閉じた葉を押し上げて、そこにある赤い物体を指し示した。イチゴの表面のような質感のそれには、びっしりと毛が生えている。
「これは、繊毛ですか」
「そのようだ。これに食物を接触させると、感覚器が反応して、植物に多様なリアクションを取らせるらしい」
「いったい、それに何の意味が」
「叶野くん、いきものの進化というのは目的があってのものではないと常々言っているだろう。我々が目にしている『合理的な進化』というのは、単にその環境に合った個体が生き残った結果に過ぎない。そう考えれば、時に全くの無意味と思えるような変異を起こす個体がいても、何の不思議もないと思わないかね」
 確かに、それは教授の言うとおりだ。僕は自分の不明を恥じた。
「では実験といこう」
 教授はそういうと、傍らに置いたクーラーボックスから肉の塊を取り出した。昨日、近所のスーパーで安売りしていた牛モモ肉(\1,280)だ。
「教授」
「なんだね」
「こいつは野生の状態で牛肉を食べるんですか」
「牛の被害報告はないが、犬や猫はたびたび消化された状態で発見されるらしいぞ。野良犬や野良猫を使うことも考えたんだが、後で論文を出すときに問題になりそうだったので牛で代用することにした」
 危ないところだった。ひっそりとネコ派である僕は胸を撫で下ろした。さすがにこんなお化け植物の餌食になって一生を終えるのは悲惨すぎる。
 教授が牛肉を先ほどのマジックハンドで掴んで、葉に近づける。すると葉が開き、ワニを思わせる勢いで肉の塊に食らい付いた!
「うわっ! 凄い勢いですね教授。しかしこれは何で探知してるんでしょう」
「そこは未だ研究中だ。冷えた屍肉でも反応するのだから熱源探知や呼気探知ではないようだが。おっ、見たまえ叶野くん。グルメ反応が起こるぞ!」
 グルメ反応とは、と聞き慣れない単語について教授に尋ねようとした矢先、食通植物がぶるぶると振動を始めた。徐々に、閉じた葉が赤く染まっていく。
「どうやら美味いらしいな」
「そうなんですか」
「試しに腐ったバナナの皮を放り込んだところ、青く光って研究員の手を食いちぎったという報告がブラジルの方から上がっている」
「物騒ですね」
 見たところ植物は満足したようで、葉を地面に垂らして大人しくしている。植物とは思えないリアクションだ。
「こうなると一時間は動かんらしい。叶野くん、その間に肉やら食材やら買って来てくれんかね」
 教授は、スイス製だといつも自慢してくる腕時計の文字盤をこんこんと叩きながら、そう言った。
「実験用ですか」
「いや、ついテンションが上がって放り込んでしまったが、あれは妻に頼まれた買い物だったことを思い出してな。私はこいつの観察をしないといかんし」
 僕はやれやれと言いながら軽自動車を飛ばして、教授の家の夕飯用の食材の買出しに出た。

 買い物を済ませて帰ってくると、何やら教授が色々放り込んだのか、食通植物が不恰好に膨れていた。おまけに凄い色に変化している。汚い虹色、とでも言うべきか。パレットに油絵の具を無秩序にぶちまけたような色模様だ。
「うわあ、こりゃひどい色だ。一体何食べさせたらこうなるんだろう……教授? ちょっと、買って来ましたよ」
 返事はない。トイレか、はたまた飲み物でも買いに出たか?
 考えても仕方ないし、教授が戻るまでコーヒーでも飲んで待とう、と思って、僕は研究室の奥にある給湯器に向かった。
 こつん、とスリッパに何かが当たった。下を向くと、時計が落ちていた。スイス製の、腕時計だ。
 そこで僕は、葉の間から何かはみ出しているのに気付いた。
「……あっちゃあ」
 僕は、思わず呟いた。はみ出していたのは、白衣だった。

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