1.
「畜生! 誰彼構わず打ちやがって!」
ビル街が反響させる銃声。
「拳銃しかないが、やるしかねぇな」
沢山の赤が入り混じるアスファルト。
「お前にゃ無理だ! 引っ込んでろ!」
一体、人の体のどこにこれだけの液体が納まっているのか。
「あぶねぇ!」
手から腕へと垂れてくる生暖かい感触。
「伏せろ……伏せろ」
命が溢れ出している。
「部隊を、頼む……」
死への実感が広がっていく。
「最後に、女を守って、死ぬって、言う、のも、悪く……ない」
一組の男女が居る。
男は真紅の絨毯の上に横たわり、赤と白からなる美しいドレスを着た少女に抱きすくめられていた。
少女は狂ったように疑問を口にする。
その問いに意味は無い。
何故なら、運命は答える術を持たないからだ。
やがて、異常なまでの静寂が二人を包んだ。
ずっと聞こえていた銃声も、悲鳴も、彼の吐息も、今は聞こえない。
代わりに、少女が小さく呟いた。
「ずっと……ずっと……好き、だったのに……」
それは、語るには遅過ぎた愛の告白。
もう彼には届かない。
そう広くない部屋に四人の男女が居た。
誰も一言も発する事無く、壁際に置かれた薄い板を眺めている。
薄い板――テレビではニュースが放送されている。
連日、同じ内容だった。
どこそこで何時頃テロが発生した。国は外出を控えろと言っている。早急に対処する。そして最後に再び外出は控えろと言う。
それがテロなどではない事は、誰もが分かっていた。すぐ隣には、今も停戦協定を結んでいない敵国が居るのだから。
それならば何故テロなどというのか。
隣国とは停戦協定こそ結んでいないものの、戦闘行為が一切無い冷戦状態が数年続いていた為、テロが隣国の仕業であると特定出来ていなかった。
もう一つの理由は、敵国の兵は私服で一般人に紛れていたからである。
彼らは強力な火器をなんらかの方法で運び入れ、都市の中心で破壊工作を行っている。
故に、一先ずはテロという事で処理しておくしかなかった。
そうこうしているうちに、隣国へ反撃せよとの声が高まっていく。
ニュースでは建物の壊れた様や、そして血溜まりの一部を映す。それがこの被害の一部である事は全ての国民が理解出来ていた。
その凄惨さは国民の愛国心を刺激するのかも知れない。ニュースにはそういう目的だって往々として存在する。
反撃せよという世論の声は、いっそう高まっていった。
戦争の悲惨さを知りつつなお、彼らは戦いを欲する。
だが、本当の悲惨さは、その場に立ち会った者にしか分からない事もある。
四人の男女の中に、一人、現場に居合わせた者が居る。
そこで少女、最愛の人を失った。
その少女は窓際の出入り口から、一番遠いテーブルの席に座していた。
ニュースを見て、しかし悲しむ様子は無い。
その顔に浮かべた感情、それは苛立ちだった。
「まだ電話は来ないの?」
少女が右手で机を打ち鳴らしながら立ち上がった。
対面に座っていた男の子が困ったように眉を顰めた。
少女の隣には女性が、机を挟んだ対角には大人の男が居たが、誰も口を開こうとはしない。
ただただ少女の怒りをやり過ごそうとしているようだった。
「しかし、彼女には実戦経験が無い」
光の差し込む室内。しかしその光は遮光カーテンから漏れ出す僅かな光のみで、部屋全体を明るくするには至らなかった。
「やってみなければ分からぬではないですか。彼女は天才なのでしょう?」
趣味の悪い笑みを浮かべて、頭の禿げた髭面の中年が言った。
「この時の為の兵器開発でしょう。この機会に実戦での力を見ておきたいものです」
髪を整髪剤で固めた中年が言う。髭面の男よりは、幾分若く見えた。
二人は机に手を突いて椅子に座った白髪の老人に詰め寄っていた。
「未だに乗り手を選ぶ代物だとか。前も言いましたが、今は前とは状況も違います。あの研究施設に無駄な金を回す余裕は無いのですよ。となれば、有益である事を証明してもらわねばなりませんな?」
再び髭面の中年が言う。この場に居る三人が理解している事を、分かりますかと訊ねるかのような言動。それは老人を挑発する行動にも等しかった。
しかし、老人はじっと目を瞑って考えている。挑発になどそもそも意識が向いていないようだった。
「むぅ」
少しの間、答えに困っていた老人は、やっと口を開いた。その口からは先ず溜め息が出た。
「……では、彼らの元に新しい管理役を立て、私の管轄の元で動いてもらう事に」
詰め寄っていた二人組みは老人から少し距離を置いて、それがいいと声をあわせて言った。
「それでは失礼致します」
二人は立ち去る途中、不敵な笑みを浮かべて耳打ちをしあった。
「これであの女も……」
それは注意深く聞いても聞き逃してしまうくらいの小さな声。
だが老人はその一言が聞こえていた。
そして、その言葉を聞くより前から、二人の考えは理解出来ていた。
老人は再び溜め息をつき、電話機を手に取った。
暫く経ち、相手に繋がると、姿勢を正して軽く咳払いをした。
女性の声が受話器から漏れ出している。その声に老人は暫くの間相槌を打ち続けた。
「新しい代表の者を送る。その者の下で無理をせんように」
受話器からは感謝の言葉が漏れ出してきている。
「うむ。くれぐれも無理はせんように……。私は君に期待しているのだよ、ハルカ君。戦争の力としてじゃない。一人の技術者、科学者として、な」
光栄ですと声がした後、一言告げて電話はぷっつりと切れてしまった。
「微塵も光栄だなんて思っておらんな、あの様子では」