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 8月の終わり。まだまだ夏も真っ盛り。近所の小学生の夏休みは、もう終わったらしい。夏休みが8月31日までだと思っている人間は、もはや古いらしい。近頃の小学生は勤勉なので、8月の終わりまで休まないのだ。
 ……なんてくだらないことに想いを馳せながら、俺は扇風機の前で顔を震わせていた。あー。がー。顔が震えるのが面白い。小学生の頃はこんなアホな遊びをする親戚のお姉さんを見て、なんで大人なのくせにこんなアホなことをするのかと思っていた。だけど大人になってしばらく経った今の時分ならわかる。アホなことをしたくなるのだ。大人っていうものは、人前ではかしこでなきゃいかんのだ。どんなに中身がアホでも、何も考えていなくても、とりあえず考えているフリをしていなきゃいかんのだ。でも大学生くらいになってくると、虚栄心とやらがいっぱしに芽生えてしまう。だから恥ずかしいことやアホなことなんてできなくなってしまう。また、中学生や高校生になると、周りの目も気になってくる。扇風機で顔を震わせて遊んでいるのを好きな人に見られたら、何を思われるかわかったものではない。それに、賢そうな友達とばかりつるんでいるんだったら、友達からの評判も落としてしまう可能性もある。
 そんな風に考えると、アホなことを堂々とやっても許されるのは、せいぜい小学生の頃までである。小学生はみんなアホだ。アホなのは自分だけではない。周りの大人や先生も、みんな自分のことをアホだと思ってくれている。だからアホなことをしても、せいぜい母親に「あんた何やってるの~」と言われる程度で、叱責されたりはしないのだ。


 そもそもの話。
 扇風機で涼を取るのは非効率的である。
 エアコンをピッとつけてしまえばいい。
 こんなめちゃくちゃに暑い、しかも午後三時に、窓を開けっぱなしにしながら、扇風機の風だけで涼しくなろうだなんて……。非効率にもほどがある。


 だけど、そんな非効率的なことをしたおかげで気づけたこともあった。
 全身を伝う汗を拭いながら、ふと窓の外を見る。とびっきりの青空が広がっていた。
 夏の日だけに見ることのできる青空に、人々は「夏空」と名前をつけた。
 「夏空」。良い響きだなぁ。そうだ、自分が見ているこの青空は、「夏空」なのだ。温室効果ガスやら何とかの影響で、この頃の夏はとんでもなく暑くなってしまった。かんかんに照っている太陽が憎らしい。こんな夏はうんざりだ。暑すぎる。さっさと終わってしまえばいい――そう思ってしまうのは、きっと自分が大人になってしまったからなのだろう。


 ふと思い立って、スマホを手に取る。窓の外に広がる夏空を撮ってみた。日頃写真を撮るような生活を送っていないので、相当に慣れない手つきであった。あまりに手が震えすぎていて、ブレブレの写真が撮れてしまった。笑うしかなかった。吹き出してしまった。そして、こんなどうしようもなくくだらないことで笑ったのは、いつぶりなんだろう、と思った。途端に悲しくなってきた。やめようやめよう。こんな話を考えるのはもうやめよう。大人の顔をして、堅苦しいわりに中身の薄い話やら、天気の話やら、そんな無難な世間話達に、バレそうにない程度に適当な相槌を打ちながら、相手を傷つけないようにちょっとだけ過剰に愛想笑いをする。そんなのが俺の生活の中心なのだ。だからくだらないことひとつでも、すごく気を遣う。とりあえず誰かを悪く言うような話にしてはならない。
 そんなんだから、くだらないことで笑うなんて、久しくしていないのである。何がとは言わんが、外の人間とのつながりなど、さしてないのである……。


 薄ぼんやりとした嫌な気持ちが、心を覆っていくような気がしてきた。あまり良い気分ではない。だけど他にやることもない。俺は何となくスマホを開いた。ふと、旧友らが今何をしているのか気になった。流行りの写真投稿SNSを開く。そこには結構楽しそうにしている古くからの友人の姿があった。あいつら、結構良い感じに人生の駒を進めてやがる。今度飲みに行ったときにこの夏に何をしたのかをたっぷり聞いてやろう。そしてスマホで久しぶりに写真を撮ったらブレブレな写真を撮れてしまったことも、笑い話として話してやろう。そう思った。俺達はもうあの頃には戻れない。だけど戻りたいともあまり思わない。どうしてそう思うのかと言われると、理由はよくわからない。でも何となくそう思うのだ。


 スマホが鳴る。電話だった。声の主は旧友だった。
「今暇? 今から来れる?」
 この歳でこんな雑な誘い方をされるとは思っていなかった。
 俺は「いけるよ」と二つ返事をした。


 扇風機の電源をオフにして、部屋の明かりを消した。
 不届き者が家に入ってこぬよう、開けっぱなしの窓もちゃんと閉めた。
 ドアを開けて外に出る。
 灼熱と呼ぶほかない強烈な熱気。俺は、これからこんな熱気の中を歩いていかなければならないのだ。少し気が遠くなる。
 空を仰げば、一切の遠慮がないくらいの夏空が広がっていた。
 暑すぎる……。でも、こんな夏も悪くない。


 たらたらと汗を顔に伝わせながら、待ち合わせの場所まで歩を進めていく、
 じりじりとした太陽も、うだるような熱気も、遠慮を知らない蝉のうるさい鳴き声も。そしてのんきに青々としているこの空も。
 みんなみんな、どうしようもなく、夏の日の午後だった。


<終わり>


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