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Hello,LostWorld

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 酸素定額プランがオーツー社から提供された時、僕は大層驚いた。
 サービスを受けるために必要な機材が家に届くまでは、一ヶ月弱ほど待たなければいけないのと、サービス提供範囲が自宅圏内のみというデメリットはあるが、それでも有限である物を定額で無制限に提供するそのプランは、僕だけでなく、世界中の人を驚かせたのだろう。
 有限であるものを無制限に提供する。
 それで利益を得る方法を、僕は知らない。でもオーツー社の人間は、それを見つけたのだろう。見つけたから、このような無駄遣いとも言えるサービスの提供を始めたのだろう。


         ・


 遠い昔。
 グレゴリオ暦を使用するならば、二千五十年前後までは、酸素は無限にあったらしい。
 以前スクールで、当時「人間」と呼ばれていた生物の生態を学習した際、そのホログラム(模造品)を見て、僕は思わず吹き出してしまった。
 ヒラヒラの布(当時使用されていた繊維の一つらしい)を身に纏い、その布で外敵からの攻撃から身を守っていたらしい。ただ、「その割には露出部が広い」という意見もあることから、この説はあまり有望では無いと教授が言っていた。「雄が雌へ、雌が雄へ使用するセックスアピールの一つだ」という説も囁かれていたが、学者間では、この説は弱いという結論が出たらしい。布と交配行為の関係性が、証明出来なかったからだ。
 結局今現在、この布の意味は「身分の証明」という妥当な結論に落ち着いている。

「当時のホモサピエンス・サピエンスは、このように至極華奢な体付きであり、昨今の生物学教科学会では、当時の彼らを、アウストラロピテクスよりもパラントロプスに分類する方が適当であろうという結論を出しております。現在の我々は、ウォーク・ヘリポップという歩行方法を使用しておりますが、当時のパラントロプスの主な歩行方法として、ウォークの他に、トロップ・ギャロップという歩行方法が使われていたと推測されています。トロップは、ヘリポップを主に自分の足で行うようなものであり、ギャロップは、内臓に過度の負担をかけることで、トロップの約二倍の速度で歩行することを言います。また、トロップ・ギャロップの二種類の歩行方法には、内臓の負担他、膨大な量の酸素を使用していた、と言われているのです。驚くべきことですね」
 驚きはしなかった。ただ、酸素の無駄遣いだと思った。何かに追われているわけでもあるまいし、何故それほどまでに速度を重視する必要があったのか?
「このような、速度を重視する時代にも、我々の世界で言うヘリポップは存在しました。『カー』と呼ばれる工業品です。反重力マテリアルが搭載されていないこと、使用するには何かしらの資格が必要だったこと、体積から、使い勝手は悪かったのではないかと推測はされておりますが、当時のパラントロプスは、この『カー』を使用して歩行することが主だったのではないか、というのが、我々学者の結論です」
 最も、この『カー』を使用することが、歩行としてのカテゴライズに分類されるか否かで論議があるのですがね。
 教授はそう付け加えて、教室の笑いを誘った。僕は笑わなかった。どうでも良かったからだ。それよりも、反重力マテリアルが搭載されてない機械が、地面にへばり付いて、あっちこっち右往左往しては、ドンガラドンガラと互いに接触する模様を想像して、その様子があまりにもおかしくなってしまった。


         ・


 かくも、当時のホモサピエンス・サピエンスの知能の低さを露見する内容だったと思う。
 やれ同族で殺し合うとか、やれ成熟もしていない雌や雄に繁殖行為を強要するパラントロプスだとか、やれ活動そのものを否定する成熟体だとか、多数少数で白黒を明確にしていたとか。
 知能が、低すぎる。
 当然だ。
 グレゴリオ暦がその数を増すことと、知能指数の上昇は、比例するのだ。今でこそ、動作性IQに限定するならば、その指数は三百前後が平均値ではあるが、当時のパラントロプスの指数は、言語性IQ、動作性IQ、共に百前後だったらしい。言語が失われているため、現在のホモサピエンス・サピエンスの基準では言語性IQは図れないらしいが、オールラウンドヒューマノイドインターフェイスの性能を言語性IQに、かなり強引に当てはめるとしたならば、その指数は四百弱なのだとか。

 にも関わらず、学者連中は、千年内し三千年弱のホモサピエンス・サピエンスの研究に余念が無かった。
 それはもう、中毒と言っても過言ではない。タイムホバリングインターフェイスなる物を開発して、わざわざパラントロプスを視察しに行くほどだ。
 当時のパラントロプスが、眼を言う器官を使って存在を認識する手法を取っていたことは証明されており、故に、「個」が存在しない僕達が当時代に赴いたところで、その存在が認識される可能性は、限りなく零に近いそうだ。
 それでも大それた学者などは、当時の模様を記録した資料やら言語集やら何やらを駆使して、何とかパラントロプスとのコミュニケーションを図ろうとしたらしい。
 ただ、そんな空想を元にしかしていない資料では、やはり限界はあるらしく、その試みはすべて、失敗に終わっている。粗雑に再構成したパラントロプスのホログラフィは、無意味にパラントロプスを脅えさせるだけだったらしい。

「うらめしや」

 記念すべき、当時のパラントロプスが使用していた言語を再構成した、第一号の言語サンプルである。
 意味はわからないが、まぁおそらく挨拶の一種なのだろうとは思う。


         ・


 キットは、既に家に届いていた。
 説明書を脳内にインストールして、キットを組み立てる。解らないものを解るようにするには、やはり説明は必要だ。何時、どんな時代でも。
 逸る気持ちで、インターフェイスを起動させる。


 風に、命が宿った。


 ああ。
 大気中に蔓延する、O2の欠片達。

 なんて、美しいのだろう。
 なんて、心地が良いのだろう。
 O2が頬を撫でる感触が、これほどまでに心地良いのは、何故なんだろう?
 
 何故それほどまでに過去のホモサピエンス・サピエンスに夢中なのかと問われた時、多くの学者は、こう答える。

「行動パターン・行動動機・崇拝物・メリットの有無、そのすべてに統一性が無く、意味というものが存在しないから」

 それを、下劣で下等だと評する者もいる。でも、それでもなお、学者達は、研究を怠ることは無い。
 きっと、気付いているのだ。
 無意味な行動とは、素晴らしいものだと。
 無意味な行動とは、人間賛歌なのだと。
 無意味な行動こそ、人間が人間である証明なのだと。

 ギャロップ歩行は、既に失われた技術である。ヘリポップが主になった今、時期にウォークの技術も消えてゆくのだろう。
 酸素が、失われたからだ。
 酸素は、有限であることに、気付いたからだ。有限であるものは、節約せねばならない。何時、どんな時代でも。
 意識を閉じる。パラントロプスは、同じ状態に陥るために、眼の機関を閉じたのだと言う。
 酸素の量を気にすることなく。
 土に塗れた足を、それも気にすることもなく。
「個」に風を感じて。
 これまでに無かった速度で、世界は滑空する。
 早く、速く、迅速く、疾走く、もっともっと。
 やがて世界は、形を歪にするほど歪み、風が体を殴るように当たる頃。
「鳥」と呼ばれた生命体に、挨拶を交わすのだ。「ハロー」と。

 なんと、素晴らしいことだろう。

 パラントロプスは、空に憧れる癖があったらしい。僕らが、ギャロップ歩行に憧れるのと同じように。無意味なものほど、憧れる。
 無いものに憧れることもまた、何時でも、どんな時でも、失われることは無い願望である。
 あの頃に無かったものを、僕らは持っている。
 僕らに無いものを、あの頃は持っていた。

 人は、進化と衰退を繰り返すのだ。
 どちらが先行することも無く、どちらが後退することも無く、それは計算されたように、ギリギリのバランスで、歩み続ける。
 そして衰退したものに、人は憧れる。歌・食物・文化・文明・思想・大地。
 まだ見ぬものにも、人は憧れる。個・ホログラム・インターフェイス・知能指数・空。
 人が、人であるために。


         ・


 時期に、人は滅亡する。
 繁殖機能が、無くなったからだ。何故かは、わからないらしい。

 僕らは、人の「答え」だ。
 そこで潰える以上、僕らは人の「集大成」なのだから。
 過去に「人」と呼ばれた存在が、僕らという「答え」に満足するかどうかは、解らない。ただ僕らは、「答え」として恥じない滅亡を迎えなければならない。
 過去の人だったら、どうしただろう?
 自分達が「答え」であったとしたら、どうしたのだろう?

 どうもしないのだ。
 ただ、憧れと侮蔑と羨望を繰り返して、そうして終わっていたのだろう。恥じることはあれど、何をどうこうしようとは、きっと考えない。
 僕らが、そうだから。

 それが、人だからだ。
 人は、そうなのだ。何時、どんな時代でも。
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六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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