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act.11「ピリオド」

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 私が思うに、多分その出来事に表も裏もなかった。そこにはただ純粋な気持ちがあって、それゆえの行動があって、そしてそれを遮ろうとするだけの理由があって、そしてこうやって今の状況へと発展したのだ。
「ふざけるなっ! 何故だ……どうしてこうなった……」
 だからここで今情けなく暴れまわる彼の姿はその結果を全て現したものであり、そしてその場で我が“父”の姿を冷静に眺める私の姿もまた全ての結果の上に成り立っている。それが時間の経過によるものであり、ごく当たり前の結末だ。
 だから私は何一つ今の状況に後悔はないし、そしてこの後の私の行く末についても全く後悔はしないつもりだ。
 私はやっと全てを終えて、彼の元へと向かえるのだから――

   act.11「ピリオド」

 話は少しだけ遡る。消滅した越戸要を見届けた後に、彼はアジトへと私達を招待すると言い出した。その突拍子もない発言にはじめは何かの罠だとも思ったのだが、今更そんなことをしたとして彼に何か得があるかといえば何一つないのだ。
「遊び終わった後は、後片付けをするんだ。常識だろう?」
「貴方が常識を語っても、何かを騙っているようにしか聞こえないわ」
 冷たい視線でそう返すと彼は笑いながらそれもそうだと言い放ち、手を一度叩いた。全くもって彼の思考が分からない。自ら起こしたこの出来事の全てを何故今になって清算しようとしているのだろうか。いや、彼一人では清算しきれないほどの罪をなっていることを彼はちゃんと理解しているはずだ。
「まあいいじゃないか。とにかく、アジトで水島さんに会いに行こう」
 君にとっても、それは目的の一つの筈だ。と彼は不敵な笑みを浮かべると階段へと歩いていく。
 そして、その後ろ姿に由佳と爆弾魔は黙ってついていく。
「二人とも、何かおかしいと思わないの?」
「彼には今何かをするほどの力は残っていません」
「するとしても、私らを道連れにする程度しかできないわよ」
 行きましょう、と由佳はそういうと私に手を差し出す。その手をじっと見つめ、そして私は次々と浮かぶ疑問に諦めと区切りをつけ、その手をしっかりと掴んだ。
 震えながらも、力強く、そして暖かい手だった。

 たどり着いたアジトはなんだか、とてもみすぼらしく見えた。あれだけ危険を覚悟しながら入った場所とは思えなくて、私は何度もその姿を見ていた。だがあの頃の異様な空気を纏う姿は一向に見える気配はなく、今にも消滅してしまいそうなものだった。
 彼は入口に足を踏み入れる直前に、忘れていた。と私へと向き直ると自分の胸元に手を入れ、何かを探る。
「ああ、入る前に君には渡しておくものがあったんだ」
 そういうと彼は拳銃を私に一つ握らせる。
「なんでこんなものを?」
「君はこれからきっと必要になるからだよ。水島有紀“ちゃん”」
 彼にそう呼ばれ私は多少不愉快さを感じた。彼と同じ顔でそんな言葉を吐かれるとは……。できることならここで、彼に銃口を向けて引き金を引きたいという衝動にかられるが、今はまだその時ではないと衝動を左手で抑える。
 人は力を持つと気持ちも大きくなるとよくいうが、確かにそうかもしれない。今こうして私がこの銃を手にした瞬間に、幾分か気持ちが殺意へと傾いているのがよくわかった。この無骨で温もりを一つも感じない命を奪うだけの道具の危険性がよくわかった。
 拳銃を大事に両手で握りしめ、そして彼をじっと見つめる。
「俺に向けて撃つことだけはよしてくれよ? 俺は今一応案内役なのだからね」
「貴方が下手な真似をしなかったらね」
「全く、武器を持つ途端にこの態度だ……」
 彼はにやりと微笑みながら皮肉のこもった口調で呟くとそれっきり一言も話さずに中へと入って行った。
「……行きましょう」
 そんな彼の背中を追うように私達も中へと入っていく。

   ―――――

 暫くすると奥の方からうめき声が聞こえてきた。
 一体、誰の声なのだろうかと思い、そして次の瞬間には脳裏に一人の人物が該当した。
「何故だ……何故何も起きなかった!! 計画は順調で、素晴らしい成果が見えるはずだったのに……」
「お父さん……なの?」
 そこで私は初めて、御陵の部下であった木下もとい、我が父である水島潤の姿をハッキリと見ることになったのだ。顔や声が変わり、全くの別人となっていても、今ここにいて、今ここで焦りを覚えていて、今ここで絶望に充ちた姿を晒している。
 彼から感じる空気は確実に水島潤そのものであった。
「有紀……なのか?」
「お父さん……」
 おお、とやつれた表情で私へとゆっくりと歩み寄る父に、私は一度目を逸らしてから、ゆっくりと銃口を突き付けた。
「何をする?」
「貴方が、姉さんも、母さんも、皆殺したんでしょう? 私だってその一人に入っていたのよね?」
「有紀、落ちついてその銃を下ろしなさい」
「黙ってっ!!」
 恫喝に彼はびくりと震えてから、その場に直立不動で立っていた。
「貴方を許すつもりはないわ。でも貴方は私の家族だから……」
「有紀……」
 突然優しくなった口調に私は一度だけ胸をどきりとさせるが、人差し指に感覚を込め、そして静かに、それでいて無機質な音と共に別れを告げる。
「私がちゃんとケリをつけるの。さよなら、お父さん……」

 乾いた音が、響いた。

 何故彼が私にこれを手渡したのかがやっとわかった。そしてそれを理解したと同時に、私は、その手を血で汚した。
 無言のまま額にから血を流し、肉塊と化したそれは白目を剥いて倒れると、それ以降あの焦りに満ちた声をあげることはなかった。私はその私自身で作りだした死体をじっと見つめ、そして一度だけ父の名を呟いた。
「これでこのアジトは蛻の空ね。そろそろ、私の仕事も始めようかしら」
「爆弾魔さん?」
「あそこで今水島潤を撃った子との約束でね。アジトを全て爆破するためにここまでいたのよ。さっぱり消すなんて素敵じゃない?」
 そういって彼女は部屋から消え去った。そしていつの間にか彼も消えていて、この部屋には私と由佳のみが残る。
「由佳……」
「何?」
 彼女は極めて柔らかい物腰で返答する。今目の前で起きた光景を受け入れるかのようにその声は綺麗で、私の心を温かくしてくれた。
「私、人殺しね」
「うん」
「貴方の眼にはどう映っているかしら?」
「……」大体、予測はついていた。
「貴方がその目を手にしてから、私がどう映っているのか大体分かっていたわ。だから……」
 私は自らのこめかみに銃口を突き付けた。これで死ねるのだっけか。いや、この際どうなっても良い。とにかくこの世界から消えることができるのならば、それでいいだろう。私はそう割り切ってから、彼女に向けて微笑んだ。
「多分私、貴方がいなかったらここまでこれなかった」
「うん」
「こんなにあっさりと事が済んでしまうとは思わなくて、正直拍子抜けよ」
「うん……」
「私の役目は終わり」
「本当に、いいの?」
 本当にいいの、とは果たしてどういう意味なのだろうか。彼女は哀しげな目で私をじっと見つめている。
 多分彼女はまだ生きるという道もあるのではないかという問いかけを私に向けているのだろう。彼女はとても優しいから、私の結末を知った上で尚それを捻じ曲げたいと思っているのだろう。
「私ね、はっきりとわかったの」
 私は、由佳を諭すように、静かに、できるだけ丁寧に言葉を放つ。
「いつの間にか彼が好きでたまらなくて、でも彼はここにはいなくなってしまった」
「貴方の命は……」
「私の物よ。その私が行きたいから、行くの」
 そう言うと彼女はそれ以降何も言わなくなってしまった。目には滴が溜まっているし、服を掴む手は強く握り締められている。
 私はこめかみから銃を離し、彼女の元へと歩み寄り、そして――

 抱きしめた。

「私、貴方のことが大好きよ」
 本心からの一言は、彼女に届いただろうか。
「私も……大好き」
 良かった。私は少しだけ抱きしめる力を強くし、そうしてから彼女を部屋から押し出した。
「彼を追いかけること、生き残ること、ちゃんと帰ること」
 彼女の役目はまだ終わってないことをハッキリと伝え、そして最後に。
「私はこの人を連れて行かなくちゃいけないし、彼に会わなくちゃいけない。“ここ”にはもう役目がないのよ」
 彼女は一度だけ躊躇いの視線を向けた後、目を拭うと部屋から姿を消した。
 これで良かったのだ。
 これで全て終わるのだ。
 私はそうしてから改めて銃口を、今度はしっかりと口にくわえ、引き金に親指を添えた。
 そういえば、初めて彼に会った時、私は彼に「貴方は人を殺す」と言ったのだっけ。今思えば最悪の出会い方だったなと笑った。
初めての登校で苛めが始まり、でもむしろ好都合だと思っていたら、いつの間にか隣に彼がいて、それから由佳が現れて、死ぬはずだった約束を反故にしてまで越戸から逃げて、生きたいと願った彼女を見て、私もそれに従うように動いていた。
 そして彼が彼女にも瞳を託した時、正直嫉妬したのだ。私ではだめなのかと、私だけじゃ力が足りないのかと。
 実際その通りだった。けれども、おかげで私はここまで一人にならずに済んだ。
 彼には感謝しなくてはいけない。
 そうだ、彼に会ったら、最初に言う言葉が決まった。

――ありがとう、大好きよ。

 私は目を閉じて、静かに親指を押しこんだ。

   ―――――

 乾いた音が聞こえた。それが何を意味するのか理解しているし、とても悲しいけれど、彼女、水島有紀が選んだことならば私は否定することはできない。
 私はアジト中を駆け回りながら彼の姿を探す。今更外に逃げることなんてしない筈だ。既に死んだ人物が現れることなんてできないのだ。彼はここで死ぬ以外の道がないし、それにあの時彼の色は“死の色”だった。つまり彼はもうそれを覚悟しているのだと思う。
 暫く駆けていると彼の姿が目に入った。私はその部屋に飛び込むようにして入ると、彼の名を叫ぶ。
 彼は振り向いた。
「その名で呼んでくれるのか。いやあ嬉しいね」
「貴方が彼じゃないし、どこも似通ってはいないけど……」
「そうだね、不思議なものだよ。僕をコピーした筈なのに、いつの間にか彼は独自の意思を持って、いつの間にか僕に反乱をおこす人物となっていた。これだけの変化が起こるとは僕も驚きだ」
 彼はそう言うと無造作に転がっている質素な出来の椅子を一つ手に取るとそれを立ててから座り足を組んだ。
「本当に面白かった。いや、人生こんなに楽しくできるものなんだね」
「なんで、あの時あの計画を止めたの?」
「僕は別に僕自身が楽しければいいのであって、他は知らない。あのまま行ったら水島潤はそれを兵器として売り出していただろうし、僕もそれに加担して大金持ちだ。けれどもそれじゃあ駄目なんだよ。それじゃあ暇になるだけなんだよ」
「それだけの理由で?」
 彼は頷く。
「ここが潮時だと思ったんだ。計画も、人生も。ここで終わらせたら楽しい気持ちのまま終わらせられるってね。暇つぶしの人生を生きて死ぬよりも最高さ」
 私は思わず彼の頬を思い切り引っぱたく。彼の顔が右を向き、頬には朱色が載る。
「僕を殴ったのも、君が初めてだよ」
「貴方のせいで沢山人が死んだの。それなのに……自分が最高の状態で死ねればそれでいいって……間違ってる」
「間違っていて結構だが、もう流れはできあがってしまっているのさ」
 彼はさて、と立ちあがると私の顔に自らの顔を近づけ、目を細めた。
「僕の勝ちで、君の負けだよ」
「……」
「勝った褒美に、最期にキスをしてもいいかい?」
 何を言っている。その言葉が出る前に彼は私の唇を奪った。初めは抵抗の意思を見せて見るのだが、次第に抵抗することをやめ、そして私は目を瞑った。
 杉原修也であって杉原修也ではない誰かのキスは、とても切なくて冷たくて、寂しさの充ちた味で、何故かこれを拒むべきではないと思ったのだ。彼にとって孤独は刺激であり、そして哀しみであったのではないか。
 最も哀しい存在だったのかもしれないと、私は憐れみを感じた。
 暫くして、彼の唇が離れたかと思うと私の胸をどんと強く押した。
「憐れんでくれてありがとう。それだけで僕は、十分さ」
 彼は初めて満面の笑みでそう言い放つと私に向けて背を向けた。杉原君と全く同じ笑顔をした彼に何か言おうとしたのだが、何も言えなかった。
 だから、私は一言を残すことにした。
「ばいばい」
 多分彼が最も欲しがっていた言葉なんじゃないか。そんな気がしたから。
 そうして私は出口へと駆け始める。後ろはけして見ず、まっすぐに、まっすぐに……。

  ――――

 炸裂音と同時に、全ての終わりが始まったようだった。僕は最期のキスの余韻を感じながら、涙を流した。
 最後になって、自分が寂しい人間だったことを気づかれてしまったことが悔しくて、嬉しくて、そして哀しかった。
「最高の幕だよ」
 そして瓦礫が僕へと降り注ぐ。全ての終わりが始まったのだと理解し、そして目を閉じる。

 僕は満ち足りた。

 最後に理解された。

 僕が欲したのは暇つぶしであり、そして――

 そんな僕を憐れんでくれる人物だったのだろうな。

   ―――――

 凄まじい炸裂音と共にアジトが崩壊していく。その光景をみつめながら私は唇を噛んだ。
――僕の勝ちで、君の負けだ。
 その言葉が否定できないもので、結局私は敗北したのだということがとても悲しかった。
 けれども私は勝ち負けよりもしなければならないことがあり、それを果たすことが一番大切なのだと、無理やりに理解させる。
「爆弾魔さん……」
「これでおしまい。貴方を送って、それでわたしの仕事もおしまい」
 そう言うと彼女は私を一度ぎゅっと抱きしめてくれた。その意味があまり分からなかったけれども、今は誰からの接触でも癒されるような、そんな気がした。
 暫くすると彼女がどこからか用意した黒い車が現れ、私と爆弾魔は後部座席に乗せられると黒服が車を発進させた。
「私はまた何か面白い仕事を探すことにしようかしら」
「……また、爆弾ですか?」
「ゲームよ。もうゲームをクリアした子には興味がないから安心しなさい」
 貴方はもう死ぬ心配はない。彼女はそう言うと窓へと視線を向けてしまった。
 私は反対側の窓から外の光景を見つめながら、拭いとられるように落ちた目の感覚とプレッシャーからの解放で脱力している身体に気がつく。
 なんだか眠くなってしまった。
 彼女は約束をした彼の元まで連れて行ってくれると行っていた。ならば私はここで寝ていいのかもしれない。もう疲れたのだ。全てに。
 そうな、眠るのならば、良い夢を見たいな。私はふとそんなことを考える。
 杉原君がいて、水島さんがいて、越戸さんがいて、御陵さんがいて、皆がいて……。
 そんなことを考えていたら、だんだんと瞼が重くなっていく。
 
ああ眠い。

とても眠い。
 
 おやすみなさい。

 そうして私は、叶わない夢を見に、眠りについた。


act11 END
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