冷え込んだ空気。
月明かりが夜を照らす。
人影は二つしかない。
「昨日も言ったとおり、このゲームはバトルロワイアル方式だ」
人影のひとつ――日比代が説明を続ける。
「選ばれた奴同士でこっちが決めた時間に集合して闘って、相手を気絶まで持ち込んだほうの勝ちだ」
「なるほどねぇ……」
もう一つの人影である陸佐は、自分が参加するゲームについてのレクチャーを受けている。
「自分のクオリティが何かはきちんと分かってるな?」
「このパチパチ弾けてる粒子みたいの同士が反発する 『反抗』」
自分に与えられた奇異な能力を目で見て、改めて確認する。
「気絶したと同時に、自分の持っている全てのクオリティは外へ出てくる。
外に出た状態で三十秒間放置されていたらそのクオリティは消える。 残るのは価値のない人間だけだ。
以上、説明終わり。 何か質問はあるか?」
勝利と敗北の条件、ペナルティ。
ゲームのやり方は分かったが、どうにも引っかかるところがある。
「あのー、一ついいっすか?」
「何だ」
「最後の一人は死ぬ……ってどういう意味ですか?
そんなに高いクオリティを持っているなら、わざわざ殺すことも無いんじゃ」
死ぬことに抵抗は無いが、理由が気になった。
「……俺は知らないな。 ただそう言われただけだ」
日比代は冷たく返す。
少しの沈黙。
「……来たぞ」
日比代が陸佐に対戦相手の来訪を告げる。
「死にそうな目しやがって、こんな腐った奴が相手かよ」
いかにも不良っぽそうな、自分と変わらないくらいの年の人がやってきた。
上下ジャージを着ていて、動くには申し分ない服装。
「こんな奴と戦わなきゃならないのか……嫌だな」
「うるせぇ、お前なんか嫌なんて感じる前にぶっ飛ばしてやる!」
ジャージがこちらに向かって走り出した。
「仕方ないか」
彼も意識を右手に集める。
ジャージのほうは赤く光る拳を固め、陸佐の腹に向かって殴りかかろうとする。
「おらぁ!」
彼の右手も、黄色く光りだした。
ぱらぱらとクオリティの粒が足元へ落ち、ジャージの拳が当たるか当たらないかの所で陸佐は後ろへ大きく弾かれた。
「っ、厄介なクオリティだな」
体勢を戻したジャージが相手を見据える。
「でも大したことないな、すぐに俺のいいなりにしてやる!」
もう一度突っ込んでくる。
「何度も同じ手は効かないって」
陸佐は右手のクオリティをジャージの構えた右拳に当てる。
拳は陸佐の右手で止められる。
「吹っ飛べ……」
彼は神経を右手に集中させる。
次の瞬間、ジャージは後方へ思いっきり吹っ飛んでいた。
吹っ飛ばされたほうは体を投げ出されたままピクリとも動かない。
「……これで終わりか」
勝負はあっけなく終わってしまったかに見えた。
「……へへへ、そりゃお前だ……」
ジャージはむくっと立ち上がる。
「俺に触れたのを後悔させたやる……」
陸佐の右手に視線を向ける。
「 『伏せ』 」
陸佐の右手のひらが地面に強い力で押し付けられた。
そのままバランスを崩ししゃがみこんでしまう。
「……全然動かない」
押せども引けども動かない右手に気を取られ、前から来る敵に注意を引けない。
「これで終わりだぜ」
「!」
ジャージの右手が、陸佐の腹を思いっきり殴った。
「ぐふっ……」
「『伏せろ』」
また同じフレーズを聞く。
陸佐の着ていたシャツが、びったりと地面に押し付けられた。
彼は今完全にうつ伏せの状態になった。
「これでチェックメイトだな……うらぁ!」
ジャージが足を振り上げ、陸佐の頭めがけて飛んでくる。
陸佐は痛みに支配される頭の中で、次に何をすべきかを考える。
「……まだだよ」
左手で頭を護り、どうにか蹴りを受け止めた。
衝撃はいくらか和らいだが、それでも気を失いそうでフラフラだった。
「…………うっ……」
ジャージは陸佐の頭を乱暴に持ち上げ、面と面が向き合うようにする。
「いいか、この世界は従わせる者と従う者がいるんだよ。
今お前は俺に従う者、つまり弱者だ……俺に勝てるわけねぇだろ」
乱暴に陸佐の頭を捨てるように払う。
「……殴った、若しくは右手が触れた部分を自分の思うままにする、か……」
陸佐の声は半分諦め、半分勝算があるような声だった。
「だったら何だ? 俺に勝てるのか?」
「勝てるとも」
陸佐の右手からパチパチと音がし始める。
「何ッ!?」
ジャージは音の発生源を見て、驚愕する。
彼の人差し指と中指の間に大き目の岩が挟まれていた。
手の中で反発しあい、今にも飛び出しそうだった。
「『部分』……つまり殴られた以外の場所なら自由に動かせるっぽいな」
「まずいっ!」
ジャージは逃げる準備を始めたが、遅すぎた。
「零距離発射!」
膨大な力で弾かれた岩は、ジャージの額に命中した。
「うあ゛…………」
そのままジャージは後ろに倒れこんだ。
同時に陸佐の体も解放される。
「お、戻った」
起き上がり服についた土を払い除け、倒れたジャージの顔を覗き込む。
ジャージの顔は驚きや恐怖、勝ち誇った顔も少々残り複雑な顔になっていた。
「やっぱり死ぬときは顔が見えなくなる……溺死か焼死がいいかな」
「相手に自分の意思を強制させる『厳守』と、あらゆるものに反発する『反抗』、か。
まぁジャージの奴には悪いが、陸佐の能力は天敵だったようだな」
離れたところから日比代が姿を現す。
「見てみろ」
ジャージの気絶した体から、灰色の光があふれ出す。
それは体の隣で灰色の立方体になって、地上30センチをフワフワと浮いていた。
「これがこいつの持っていたクオリティだ。
もしお前が触れば、こいつの価値をお前のものにできるんだが、どうする?」
何十秒か考えて、陸佐はこう結論づけた。
「……こんな嫌味な価値なら、捨てたほうがよっぽどマシですよ」
吹き抜けた風と共に、『厳守』のクオリティは夜の闇へと消えていく。