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At a small station

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●At a small station

 ―生活面の機械化が進んだ時代。
都心からものすごく離れたある田舎に、小さな駅がありました。
駅といっても、いつ廃止になるか分からないような小さな私鉄の駅で、本当に駅と呼んでも間違いないのか分からないくらいボロボロで、今にも崩れ落ちそうなのでした。
―それでも、駅員の向居さんはひとりで一生懸命駅員の仕事をしているのでした。

12月10日。
『―それにしてもですね、今年は雪が降り始めるのが早いですねー』
ラジオから漏れた声の通り、外は真っ白に輝いていました。
向居さんは、ふぅ、と息を吐きました。目の前の空気が白くなって、すぐに目に見えなくなります。向居さんは、ちょっと切なくなりました。
そろそろホームに積もった雪をなくしにいかなければなりません。向居さんはちりとりとスコップを両手に持って、座っていた椅子から立ち上がり、改札を覗いていた窓から離れました。雪を踏みしめてホームへ向かいます。
と、そのときです。
「駅員さん」
小さい声が聞こえたような気がしました。向居さんは後ろを振り向きます。
誰も居ません。
向き直って歩き出します。
「ここだよぉ!ここ!」
と、直後に、膝のうらあたりに蹴りが入りました。向居さんは「うっ」と声を漏らしました。
また振り向くと、そこには、小さな女の子がふくれっ面で向居さんを見ていました。
「ねぇ、あたしのお母さん知らない?」
最初、向居さんは訳がわからず、
「お、お母さん?」と言いました。
「いないのぉ」
女の子は困った顔をしました。
「君、お名前は?なんさい?」
「しもつきみれい。よんさい」
「変わった名前だね、でも、素敵だ」
「当たり前じゃない、お母さんがつけたのよぉ」
みれいは自慢気に言いましたが、すぐに顔を曇らせました。
「どうしたの」
「いないのだよぉ、お母さん」
みれいは今にも泣き出しそうです。
「…話してごらん?」
みれいは話し出しました。
―少し前、ちょうど12月に入った時。母親が急に姿を見せなくなったというのです。
朝、みれいが目を覚ますと、隣には既に母親の姿はなかった、ということでした。
向居さんは無言でした。みれいは向居さんにひたすら話しかけています。ねぇお母さん知らない、あたしのお母さん知らない、ねぇ聞いてるの、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇ、ねぇったら!
向居さんはやっと口を開きました。
「ご飯とかはどうしてるの?」
「弥生さんがやってくれるのぉ」
「やよ…?」
「お手伝いさんでねぇ、24さい。どくしんだってぇ」
「…お父さんは?」
「お父さんはねえ、おしごとが忙しくてーあんまりおうちに帰ってこないかんじー」
「…そっか…」
向居さんは悲しそうな目をしました。雪は静かに振り続けています。ふたりの吐息だけが空気を白く濁らせました。沈黙が続きます。
「おうち、かえろっか」
先に口を開いたのは向居さんでした。
「どうしてっ!お母さんがいないんだよ?みれい、さみしいよぉ…」
みれいがこぼした涙が、足元の雪にぱたりと堕ちました。それから、雪に吸い込まれて、見えなくなりました。
「きっと駅にくるよ。お母さん、みれいちゃんを驚かそうとしてるんだ。」
苦しい言い訳でした。
向居さんはみれいの目線のところまでしゃがんで、目を合わせて、いいました。
「また、おいで」
みれいは、こくん、と頷きました。

それからというもの、みれいは毎日駅に訪れてきました。
みれいとの会話のなかで向居さんが知ったことはたくさんあります。
ひとつは、みれいは12月24日生まれだということ。クリスマスと誕生日がかぶるので、両親は毎年盛大に祝ってくれる、ということでした。
ふたつめは、誕生日には家族全員で遊園地へいくのを約束したということでした。
いつも忙しくてあまり顔をあわせない父親と、大好きな母親と出かけるのを楽しみにして、みれいは、毎日母親を探しているのでした。

12月23日。
みれいが駅に通って10日ほどたちました。
向居さんはあいかわらず小さな窓から改札をのぞいていました。
そのとなりでは、みれいがミルクココアをすすっていました。
今日も特にお客さんが来るわけでもなく、大きな事故が起こるわけでもなく、駅はしーんとしていました。
最初のうちは鬱陶しいくらい五月蝿かったみれいですが、日に日に口数が減り、元気がなくなっていくのが目に見えるようでした。
「…おかあさん…」
呟くみれいを見て、向居さんは、悲しそうな目をしました。
みれいはミルクココアの入っていたカップを置くと、向居さんの目を少しみつめて駅から出て行きました。
「みれいちゃん…」
雪は静かに降り続けています。

12月24日。
みれいは朝から駅にきていました。
「お母さん、帰ってくるよ!約束したもん!」
「…そうだね」
「びっくりするよ!みれいのお母さん綺麗だから!」
みれいは駅のなかを跳ね回り、何度も雪で滑りそうになりました。
向居さんは笑って、「落ち着いて!」といいました。
みれいの笑顔は希望で満ち溢れていました。

でも、みれいのお母さんは姿を見せませんでした。
みれいは家と駅を何度も行ったり来たりして母親を探しましたが、姿を見せませんでした。
もうすっかり日は暮れて、あたりは真っ暗になりました。雪は静かに降り続けています。
みれいは何も食べませんでした。向居さんが進めたスープも、ミルクココアも、何も口に運ぼうとしませんでした。
次第に、駅の周りの少ない街灯が消え、電車も来ない時間になりました。向居さんは目を擦りました。
でもみれいは、小さな窓からしっかりと改札を見ていました。彼女には、それしか出来ませんでした。向居さんは少し心配そうにみれいをみつめます。
すると、みれいは突然立ち上がりました。そして、走って窓から離れていってしまいました。向居さんは慌ててみれいの後を追います。
みれいは、ホームのベンチに座っていました。もう電車は来ないよ―向居さんはそれを言うことが出来ませんでした。怖かったのです。みれいの意思が強くて、傷付けてしまいそうで、怖かったのです。
向居さんは仕方なくみれいの隣のベンチに座りました。ベンチはひやりと冷たくて、向居さんはぶるっと身震いをしました。

みれいは、ただただ、ひたすら前を見据えていました。
向居さんは少し悔しそうに俯きました。

もう日付は変わろうとしています。

23:59―
―00:00

駅の改札の時計の針がカチッと音をたてるのが静かな駅に響きました。

みれいはいきなり立ち上がりました。
そして、向居さんに向き合うと、にっこりと笑いました。

「しもつきみれい。ごさいです」

それから、

2

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