一体、俺が何をしたと言うのか?
俺の車は―――しかし運転しているのは二人組みの内の一人だが―――廃工場へと向かっていた。
俺は必死に頭の中を回転していた。発言は許されない。狐の男は外の風景から視線を一つすら動かさないが、
さきほどの二人組みの視線、それによる車の中の肌が凍りつきそうな空気が、俺に発言を許さなかった。
一体、俺が何をしたと言うのか?裏VHSテープを買う際にはそれなりに金を払った筈だ。
勿論、俺はそれらや、それに関わる危ない何かを摘発した事などないし、これからも無い。
………いや、「これからも無い」とは言えないのだ、彼等にとっては。恐らく、それが原因だろう。
俺が刑事という事が解ったのだから、そんな危ない顧客は、退店願おうという訳なんだろう。
きっと既に俺の部屋のVHSテープやその他モロモロの証拠品は消え、俺は海の下に消えるか、
奴等の私有地の土の中、もしくは汚物置き場の中で廃棄処理をゴミと一緒に待つ運命か。
車が無慈悲な冷たい音を立てながら止まる。一件の廃工場の前で止まる。
錆びたトタン板に、無機質に並んだ窓、剥き出しの外階段………良くあるタイプの奴だ。
しかし………ここは何処だ?見覚えが無い。廃工場群では犯罪が良く起こりやすく、
だから必然的にここの情報は警察に入ってくる。働きの悪い俺ですら、署内でチェンから、
「廃工場でこんな事件が起きましたよ」と聞かされるのだ。それなりに、いや、
一般の奴等と比べれば、あの署に住む者は、かなりここの地理に詳しいのだ。
しかし俺は見た事も聞いた事も無い、こんな場所にこんな感じの廃工場があるなんて事は。
一体、ここは何処なんだ………?
二人の男に引きずられながらも、最後の最後まで徹底的に思考をフル回転させる俺。
しかし狐男が言う。
「付きましたよ、デッカードさん」
その言葉に、俺の思考はついに停止してしまう。
なぜなら付いた俺の目の前には、まるで過激テロ団体の様に武装した三人の男達が居たからだ。
そしてそいつらは、まるでヒナ鳥が親鳥の餌を待つ様に、鎮座しながら銃器の手入れをしていたのだ。
殺される―――頭で解っていた筈の答えを、再び頭に叩きつけられた。
「俺が何をしたって言うんだ!」
もはや停止した思考からは、そんな率直な発言しか出て来ない。
そんな俺の動揺を知ってか知らずか、男達は微動だにせず、俺を見つめている。
狐男も、両脇に立っている二人組みも、目の前の三人組の男も。
まるで俺を品定めでもする様に、ジロリと上から下まで見ている。
「何か言って見たらどうだ!おま」
さらに言葉で捲くし立てようとしたその時、ほっぺが焦げる様な感覚を覚えた。
次いで聞こえる鉄爪の音………三人組の内の一人が、俺の顔数センチ横に、銃弾を放った。
恐らく俺は後ろから、抉られた様な穴の開いた地面にポカンと見つめられているだろう。
しかしそれを見る気にはなれなかった。
「俺達に質問するだとか、話すだとか、もしくは背中が痒くて動いても撃つぜ」
真ん中の男が筒の短い突撃銃をコチラに向けながら言い放った。
まただ。俺は狐男とこの突撃銃を持つ男に、二度も見下げられた。
しかしワナワナと怒りは湧いてこない。湧いてくるのは、ただ冷たい恐怖だけ。
男は、恐らく恐怖に凍えてしまっているだろうオレの顔、それを見終えると、
ついに本題へと話だした。
「まあわかってるかもしれないが、警察をお客様なんて器用な事はしないつもりだ。
そんな巣穴にダイナマイトを仕掛けとく様な真似は危なっかしい」
「………ッ」
俺は裏切るつもりはない!そう叫びたかった。
しかし突撃銃の男もオレに喋らすつもりは無いテンポで話を続ける。
「だがその前にお前が溜め込んだビデオの場所を教えてもらおうとおもってな。
大方、家に隠してるぐらいなんだろうが、万が一、どこか別に隠し場所があったなら、
それが見つかってしまった際に大騒ぎになる」
「………」
「だからお前に全部話して貰ってそれから………というつもりだったんだがな」
オレはその疑問を含ませた終わり方に、先程の忠告も忘れて思わず顔を上げる。
この場合はどちらかの筈だ。教えさせようとするのが「だった」のか。
それとも、消そうとしていたのも「だった」のか。
「ところで………そうだな、話しても良いぞ。
お前は一応、課長だったな?」
「………ああ、そうだ」
「なら話は早い、俺達とお前の信頼を確実なものにする話だ。
何なら忘れない様にメモでも残しておくか?」
一瞬からかわれてるのかとも思ったが、それよりも「だった」が後者だったのだから、
俺はそんな事を気にしていられない。いや、いらない、そう告げた。