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ヤカタ―『舞由』―

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「あんなものさ」
 確かにこれは結果論で消えた仮定を説明しているだけで、そこには一切の人為性が見えない。
 ――どん。
 突然背中を突かれて前のめりになる俺は咄嗟に右足を出して踏ん張った。
「だれ――」
 だれだという言葉は飲み込まれた。そこにいたのは玲奈だったから。
「終わった」
 どっつくの頼んでいたっけ。
「あ、ああ」
 差し出す大学ノートを受け取ると中には丁寧に屋敷外見の見取図が描いてあった。
「おつかれ。いずみは?」
「部屋にもどって寝てる」
 心配ないからと付け加える。
「しゅ――西本の推理は私も同意しているし、多分ルールが生き残る条件」
 だが、トリックが分からない。それは玲奈も同じであるようだった。
「無理してるのか、椎名さん」
「無理というか、夜型になるっていってた」
「そういえば、椎名さんはここに来てから食堂では見かけない方だったな。玲奈は昼型か」
 玲奈が昼で椎名が夜なら部屋に二人がいる間は少しは安全になる。
「それじゃ……また何かあったら呼んで」
「え? ああ、わかった」
 急に玲奈はしおらしくなって去っていった。
 振り返ると一瞬服に抵抗を感じる。
「どうした? 舞」
 舞は今までに見せたこともない複雑な顔で廊下を見つめていた。それも一瞬のことで、舞は微笑む。
「いこ、修君」
 何か言いようのない不安が渦巻いた気がした。



「あれだ、俺は真面目にやったつもりだ」
 日も暮れかけた頃、食堂で集まる十人は俺と東条を除けば女だらけだった。
「これは酷いですね」芽依が関心する。
 東条は測るものが無かったためか、自分の腕で何本分とか描いていた。それだけならまだしも、時々英美の頭くらいの大きさだとか、俺の人差し指とか書いてる。注訳っぽいのがうざい。
「最後の最後で難題ですね……」
 千空たちの見取図は解りやすくて良かった。しかし、最後に残した東条の見取図はなんというか予想通りでもあった。
「ごめん、西本君。私、絵はからっきしダメなの」
「まぁ、ぎりぎり分かるから大丈夫だけど、二人とも常に俺の横にいてくれな。物差しで測るから」
 ……最初は東条の腕とか指を測ってノートに描き込んでいった。
 だけど、あれ? 途中から英美が多くなっている? 最初は英美の腕とか頭だけだったのだが。
「えっと、次は英美の二の腕……って、これ本当だろうな!」
「ちょ、あんたいつ私の二の腕の長さとか具体的に知ってるわけ?」
 窓枠一つの幅が英美の二の腕。ちょっとシュールすぎないか。
「いや、そこはそれしかぴったりなものがないと思ってな」
「私、そういえば途中から東条に任せっきりで……ああ、これが因果応報ってやつ……」
 英美は気前よく腕をまくった。
「好きなだけ眺めるといいわ」
「何キャラだよ……」
「加奈の二の腕もどうぞお」
「いらねえ」
 暇をもてあましたのか加奈……。
 ――壁から壁までの間、英美のバストの長さ十個分。
「殺すぞ。東条太一……」
「何怒ってんだ、お前。因果応報だろ」
「こんな辱めを受けて因果も応報もあるかア!」
「まぁ、待てよ。バストの長さであって大きさではないわけだからメートルに直して言ってくれれば大丈夫だ」
「0.78m」
「な?」
「な? じゃない――今の説明のどの辺に納得できる要素があったわけ? ねえ」
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「プラス二メートルって書いてある」
 ……。



「ひとまずは完成したな」
「いろんな意味でな」
 英美はテーブルに突っ伏していた。
「もうゃだ……」
「英ちゃん、次があるよ」
「次なんかこなければいい」
「何にしても、これで見取図は完成ですね」
 千空が欠伸をかみ殺したように緩慢な動きで席を立った。
 枚数にしておよそ五枚。外見と内装の相違はなし。特に目立っておかしなところは無かった。
「フツ―だねえ」
 もっとぽっかりと空白があったり、取り付けの窓が一つ無かったりするかと思ったが、全くそんなことはない。当たり前だ。
「私にもおかしいところは解んないです」
 芽依は投げやりな感じだった。
「玲奈はどうだ?」
「ん……」
 澄んだ黒曜石のような瞳が視るとまるでどんな秘密も暴いてしまいそうだった。
「確かめたいことはあるけど、よくわかんない」
 なんとも普通の回答だった!
「俺も玲奈ちゃんと確かめたいな」
 東条はガラガラ蛇のように獲物を補足した。
 途端、東条はごふと言うわけのわからない言葉を発して倒れた。
「犠牲者は私一人で充分でしょ」
「(俺の本命はお前じゃぬうぇええ)」
 東条の心の声か?
「しかし、奇妙ですね」
 千空が突然切り出した。
「どこかおかしなところがあったか?」
「いいえ、そうではなく、先ほどから食堂には私たちしかいないのですが」
 見れば日は沈んでいるし、腹も減った。
 誰かが飯を食いに来てもおかしくない頃合いだった。
「舞、携帯つけてくれるか」
「う、うん」
 ――7:28……。
 東条が食堂を出て行く。
 首を振って誰もいないと合図する。
「そういえば、一室一室部屋に入ってこの見取図を描いたんですよね?」
 千空が全員に聞く。頷く。
「何故、そのときにおかしいと思わなかったんでしょうか。私たちは誰にも会っていない……」
「私と修君は会ったよ。男子生徒だったけど」
「それは何処でです?」
「廊下だよ、すぐ別れちゃったけど、普通に話してた」
 確かにおかしかった。一人一人に部屋に入る了解を得ながら見取図を描いていればもっと時間が必要だったはずだ。それが何故こんなにも早く完成までこぎ着けたのか…………。
 ――誰もいないのだ。
『ブヅ――……』
 突然空気が変わったように音声が入る。
「…………」
 もはや叫ぶ者も喫驚するする者もいない。
『ゲームは終了しタ――だガ、君たチは帰れなイ。――最後のゲームは君たちが元来た場所へ帰ることだ』
「他の生徒は何処へやった」
『ゲームからリタイアした生徒たちはコちらで扱ってイル。問題はナイ。君たちガ脱出し、助けをヨ……ベばイイだけダ』
『――――』
「俺の言ったことは通じてるのか?」
 東条が訝しむ。しかし、その返答はいつまで経っても反ってはこなかった。



「これからどうしましょう」
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「見取図も意味がなくなってしまいましたね」
「これで……終わりだと……」
 あっさりしすぎてはいないか。
「生徒達は扱っているって言ってたな。つまり死んではいない?」
「そういうこともあり得る……」
「どちらにしてもそれが正しければ百五十人以上になるわよ」
 英美の言うとおり、もしここにいる生徒が俺たちで最後だとすれば百六十人は消えたことになる。
「確かめるしかないな」
 俺は小さな声でそう言った。
「明日、またここで会おう。残ってる生徒の数だけでも把握しておくべきだ」
 一同は静かに頷いた。



 ――ヤカタ『舞由』――

 廊下を彼と歩く。私の愛しい人。いや、彼は知らないのだ。私が彼を愛しく思っている理由。
 ――どん。
急に隣にいた彼が前のめりになる。こんなことをするのは橘か彼女くらいなものだろう。
私は振り返ってそれを確かめる。
「終わった」
 ほら、この女だ。
「あ、ああ」
 端麗な容姿に長くてたおやかな髪。胸と背丈を差し引いても余りある才能に美貌だった。
「おつかれ。いずみは?」
「部屋にもどって寝てる」
 彼と彼女は話し始める。別に嫉妬なんかしていない。けれど、彼女は気づいているようだった。最初にここに来たとき、私は死期が出ながらも生きているという不思議に。
 そうだ、どうせだから見せてやろうか。
 私たちは呪われているんだ。
 最初に私が救おうとしたのに、後から来たお前に救えるわけがない。
 私は彼のシャツを掴む。そっと、優しく。
 彼と私が近づく。それだけでこの殺人鬼はこうして……。
「!」
 彼女が気づく。見るのは二度目なんだろうか。
 幼なじみだと言っていた彼女がどうして友達より距離を置いて接しているのか。そんなの簡単だ。
――こいつを見たから。異形の影、死の影。例えるならそれは目玉のない腐朽人。
「それじゃ……また何かあったら呼んで」
 耐えられるわけがないよね。今のあなたに修君なんか見えてないんだから。
 ただの愛でお前ごときが近づけるわけがない!
「え? ああ、わかった」
 彼女は走り去っていく。泣いているかもしれない。けれど、そんなことはどうでもいい。
 彼が振り返る、咄嗟に手を下ろして微笑む。
「どうした? 舞」
「いこ、修君」
 私が私の意志で触れた時だけ、死神はやってくる。



 食堂を出ると彼と別れて自室へ英ちゃんと一緒にもどる。
 廊下で英ちゃんがこんなことを言ってきた。
「舞、そろそろ終わりにしよう?」
 この女は何を言っているのか。私は桶川舞だ。修君が好きな桶川舞だ。
「何の話し?」
 英ちゃんは困ったような泣きそうな顔で懇願する。
「だって、こんなの絶対おかしいよ。私、最初は西本君と舞が恋人同士になれるように協力してきたのに、他のみんなを消しちゃうなんて、なんで、どうしてよう……」
 私はおかしくて笑い転げそうになる。でもそこは必死に堪えておく。
「英ちゃんには東条君がいれば充分なんだよね?」
「……っ」
 煩い女……。泣けば誰かが助けてくれるとでも思っているのだろうか。英ちゃんが本当は東条のことが好きではないことくらい誰でも解る。
「私はね。別に修君と恋人同士なんかにならなくてもいいの」
「――えっ」
 鳩が豆鉄砲を食らったとはこのことだろうか。英美はまるで信じられないものを見るかのような眼で私をみつける。
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「うそ……誰よ。あなた……」
 嘘? 面白い冗談だ。この世の真実は目の前にあるものだけなのに。
「わかるの? そう、ならもう桶川舞である必要すらない……か」
「私、それじゃ、何のために……」
「余興じゃない?」
 堪えきれずに失笑する。
「この事件はどうやってもあなたが主犯になるでしょうね。大量殺人犯さん?」
「――ッ!」
 考えないことに決め込んでいたのか、英美はうずくまりおう吐する。
「汚らしい……」
 この学園で裏切りなんてものはいくらでもある。人が人を信じない小世界。小社会がここにある。腐った世の中が行く末は人が人を欺き続ける世界だ。
「ほんと、汚らしい……」
 ふと前を見るといつだかの三人組が歩いてきていた。その影は私と英美を捕らえるとすぐにこちらへ走ってきた。
「なんだ、これは一体」
 私も英美も様子がおかしく見えるのは当たり前だろう。だが、こんな器量のない人間の相手などしていられるか。
「まて」
 脇を通り過ぎようとするとその中の図体が一番大きい男に二の腕を掴まれる。
「放してくれない?」
 どうやらさらさらそう言う気はないらしい。
「俺は橘あたりが主犯だと思っていたが……どうやら違うようだな」
「はあ?」
 頭が悪いのは何もこの男のせいじゃない。のだが、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「何故、ここで佐藤がおう吐している? お前は友達かそういう付き合いをマネている側の人間じゃなかったのか」
 そうか、そんなことが疑問だったのか。てっきり私の全てを読まれてこの腕を放さないというところまで予想してしまった。
「真似事はもう終わったの。こんな状況下で平然としていられる人間であるあなたの方が私には理解できない」
 私は心底信じられないといった顔をしてみせる。表情をつくるというカリキュラムは一番苦労したっけ……。
「そうか、お前はそっち側の人間だったか」
「わかったのならその腕を放してくれない?」
 放してやれという男の言葉と同時に私は解放される。
「一つ聞きたいんだが……」
 もう何歩か歩いたところで後ろの男が声をかけてくる。
「言ってごらん」
「お前、何がそんなに嬉しいんだ?」



 一階の階段裏、シャンデリアが指す十二時の方向。既に誰かが開けて通った後があった。
「叔父さまも物好きなんですね」
 私は隠し持っていた拳銃の薬莢数を確かめるとスカートの後ろにそれを挟んで前進する。
「警察が使うのと同じものだから威力はそんなにないかなあ」
 階段を下りながらそんなことをつぶやいてみる。
 薄暗い廊下に出るといくつも罠があったはずなのに全部解除されている。やっぱりあの女しかいないんじゃないのか。
 確かな期待を胸に私は扉の一つを開ける。
「こんにちは―」
 まごう事なき筑ノ瀬玲奈がそこにいる。
「っ、桶川……舞」
 事は滞りなく終わっていた。話し合いで解決したのだろう。そういうルールでお願いしたのだから。
 でも、ちょっとからかってみる。
「あれ、玲奈ちゃんが犯人さんだったの?」
「ち、違う」
 私のポーカーフェイスで考えが読めることはまずない。さっきの英美みたいに面白くなれば話しは別だが……。
「だって、後ろの男の人、死んじゃってるよね?」
 遠目でもよくわかる。口からは吐血の後、白衣にばらまかれた鮮血は男のものだ。
「これは……この男が勝手に」
「いけないなあ、嘘は。修君が知ったらなんていうかな……まあ、きっと許しちゃうんだろうけど」
「言わないで」
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 お願いと頭を低くする玲奈。別にどうでもいい。ちょっとつまらないよ。
「じゃ、あの世で待ってれば?」
 私は無造作に腰の拳銃を引き抜き銃弾の軌跡を玲奈につなげる。
「――あッ」
 なんとも女の艶やかな声で蹲る。頭を狙ったのに肩口にあたる。やはり、いくら撃ち込んでいるとはいえ、拳銃は片手なんかで撃つものじゃない。当たっただけで大したものだろうと自分を賞賛する。
「何が起こったかわからない? 血……出てるよ」
 本当は気安く近づいちゃいけないのだが、玲奈のことだ。絶対策を練っているに違いない。どうしてかわざとハマりたくなってしまう。
「あ―、それはまずいね。すぐ止血しないと」
 傷口は大したことがなくても肩口は血管がいくつも通っている。そこに銃弾が入ったのだから出血は相当な量だ。後何分持つかなんて、考えてみる。
 私は直立したまま動かない。玲奈も動かない。でも玲奈が死んでいくのは確かな時間の動きだった。
「何も言うことはないの?」
 玲奈のTシャツはもうかなりの血が滴っていた。
「なにしてるの? 腕から手まで垂れてきてるじゃない」
 腕から手まで?
 その時だった。玲奈の血に濡れた腕は振り子のように伸ばされて、私の目の前に何かの液体が降りかかる。
 ――ッ、ッ。
 思わず構えていた引き金を二度引く。
 近すぎた! 血液を飛ばしてくるなんて! それも何かの粉末とこね合わされている。
 目を擦り開けると玲奈が出口へ向かって走っていくのが見える。
「逃がすか」
 二発撃つ。彼女の白い足に赤い穴を穿ってそれは静止した。
「ほんと、可哀想な子。まぁ、予想通りだけどね」
 既に抵抗する気はないのか玲奈は大人しく私に起こされる。
 身につけている彼女の衣服を破いて肩口と足に巻く。
「――くっ」
「どうしてこんなことをするのか不思議?」
 力なく首を横に振る玲奈。
 別に解っているならいい。私は『ここで争った』という証拠を置いておきたいだけなのだから。



 階段の死角。その入り口は装飾によって綺麗にカモフラージュされていた。
「この下か」
 暗がりに携帯のライトを照らす。階段はかなり下まで続いていた。
ひらけた場所に出ると肌寒い空気と蛍光灯のわずかな光が大人四人分ほどの通路を照らしていた。
「ただのコンクリじゃないようだぞ」
 西条寺が地面を見て言った。
 注視するとところどころに穴が空いている。
 空間には均等な三つの区切りがあり、その区切りの手前でキーボードが壁に掛けられている。
 キーボードには白い粉が、恐らく小麦粉の類がかけられている。
「多分、ここにある仕掛けは既に解除されているな」
 谷口が前へ出る。区切りの一歩前へ踏み込むが、何も起きない。
「キーボードについた指紋が粉で浮き彫りになる。そこでパスワードの元になる配列を割り出したか」
 稚拙だが解りやすい。
 最後の扉まで難なく来ると、扉がやけに重い。
「何か引っかかってないか」
 俺の横から谷口が一緒に押し始める。
 入り口を抑えていたのは少女の姿をしていた。
「玲奈!」
 いずみが駆け寄る。
 ぐったりとしたその体はゆっくりと横に倒れる。
「死んでるのか……」
 のぞき込むとその顔に生気は無かった。
「うそでしょ……」
「これも、舞がやったっていうの!」
 英美は癇癪を起こした子供のように顔を覆う。
「なんで拳銃なんか持ってるんだ」
 西条寺が辺りを見回す。
「あの男は誰だ」
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 その先には男が一人壁にもたれ掛かるように倒れていた。
「腹に一発ぶち込まれてるな」
「玲奈ちゃんも撃たれた後があるけど、応急処置はされてる。これは撃たれた後に銃を奪って撃ち返したってことにならないか」
「あるいは拳銃が二丁あったか……」
 そう思って玲奈の拳銃を取り上げてみるが、銃弾は入っていなかった。
「時間稼ぎか……」
 ――がちゃり。
 突然、ドアが閉まる音がした。
「なるほど、内側からは開けられない仕組みだったようだ」
「――ご明察」
「舞!」
 舞は奥の扉からゆらりと姿を現した。
「舞……どうして……」英美が涙声で言う。
「叔父さまの為……とでも言えばいいのかしら」
「それはこいつのことか」
 転がっている男を指して西条寺が放った。
「叔父さまはここにはいません。ですが、叔父さまなら助けてくれます」
「(様子がおかしくないか?)」 東条が俺に話しかける。
 俺は首を振って解らないと告げる。
「何のためにこんなことをした」
「決まってるじゃありませんか、皆さんにここで大人しくしていてもらう為です。……そうすれば、叔父さまが助けてくれるのですから」
「舞! こんな、人殺しをしておいて、助けてもらえるだとか、絶対おかしいよ……」
 英美が甲走ったような掠れた声で叫ぶと、舞の表情が変わる。
「舞、舞、舞、まい、煩い! その女の名前を呼ぶな……。私は由(ゆい)……自由を掴むために生まれた存在なんだ……!」
 目を丸くする。舞の姿をしたそれは、自らを由と名乗った。
「いいからここから出せ」
 西条寺は臆することなく恫喝する。
「出る方法なんかない」
「なに……」
 言下に答えた由の言葉は矛盾していた。それが何を意味するのか、俺にはだいたい解ってしまう。
 だから俺は言う。あえて、舞のために――。
「お前は自由を掴む者なんだろう? じゃあ、ここから出られないのは俺たちだけで、お前は出られるということじゃないのか」
「…………」
 押し殺したような失笑が由から漏れる。
「もう少し、突発的に気づいてほしかったです」
 どんっという部屋の空気がひっくり返ったような音の後に、誰かが視界の隅で倒れた。
「きゃああ――」
 英美の横にいた東条が、英美を庇うようにして倒れ込んだ。
「馬鹿野郎……は、ゃく、つか、まえろ……」
 腹を打ち抜かれた東条は起き上がることも出来ずにそれだけ告げた。
 思考が停止しそうになる。舞が撃ったのか? いや、由しかいないのだ。
「西本、三手に別れるぞ。女は伏せろ!」
 ――どんどんどんどん。
 立て続けに散る火花と硝煙。西条寺は身を低くして転がるように由へと接近したが、それが絶好の的になることは請け合いだった。
 続いてこの部屋の狭さで谷口の巨躯は避けること自体が無理だった。
 あまりにも慣れすぎたその射撃は華奢な舞とは思えないほど卓越していた。転がる二人を尻目に俺はかろうじて舞の懐に到達する。
 すっと向けられた銃口と俺が伸ばした手が舞の手に到達するのはほぼ同時だった。
 ――ドンと最後のしとめ損なった薬莢が排出される。
「ゲームオーバー」
 ちくりとした痛みが俺の腹部に走った。
 一撃必殺の銃器に意識がいきすぎて、ポケットから取り出していた注射器には全く気づかなかったのだろう。
 どうしたものかと考えているうちに俺の意識は飛び始める。せめて、この銃の弾だけでも空にしておくかと、最後の一発の引き金を虚空に向かって放つ。
 一体どこで間違えてしまったのか。俺は舞の背後に移る死神を視て体を舞に預けた。



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 ちりちりと焦げたにおいがする。私はいつだったか、焼きごてでぶたれた日のことを思い出した。痛かったなア。苦しかったなア。辛かったなア。
 起き上がるとめまいがしたのでしゃがんだまま辺りを見回す。
 真っ赤な夕焼けではなかったけれど、綺麗に燃えていた。
「舞――」
 誰かが私を呼んでいる。誰だったカ。あれは大好きな人じゃなかったカ?
 声のする方へ這っていくと、やっぱり修君だっタ。
 思わず抱きしめたくなるのだけれど、私はどうやら片腕がナイ。
 アア――。
 おかしな女四人にやられたんだっケ?
 仕方がないのでもう片方の腕で修君の頭を抱き寄せル。あの変な死神はもう出ナイ。
 だって、あれは幻だカラ。
 幻は幸福な人間だけがみるモノ。
「やっぱりあの時の――だったのか……はは」
 あのトキ? アア……私が由だったトキダ。
 知っテイル? 知っテイル。
「修君、やっぱり私たち、逃げられなかったみたい。でも、……いいよね」
 それだけをツタエル。ツタエル。
 ここが本当の終焉ではないと信ジルカラ。
「ああ……ありがとう。…い」
 シニガミ。ふと、そんな陳腐なものが浮かんで消えた。
 2×××年、11月。
 病室の一角に一人の少女が眠っている。
「では、その後の経過は良好ということですね」
 白衣の男たちがカルテを翻して去っていく。
「しかし、不思議ですね。どこのドナーとも解らない人間の網膜を移植する手術なんて、よく許可が下りましたね」
「バカ、患者の前だぞ。それにこっちは口止め料までもらってるんだ」
 足音が遠ざかる。入れ違いに若い女性の声がする。
「筑ノ瀬さん。眼帯を外しますね…………見えますか?」
「はい」
 見える。解える。そうか、これはシニガミの眼なんだ。
「筑ノ瀬さん、ご友人ですよ」
「順調そうね。何よりだわ。快復おめでとう」
 そこには橘千空の姿があった。
「ありがとう」
「ちょっと早いお祝いなんだけど、これ」
 花束を受け取る。きくの花。
「あなたにぴったりだわ」
「……ありがと」
 何故、どうして助かったのか。それは私の知るところではない。
「西本様……、最後に彼の言っていたことの意味がわかりました。出そうと思えば出られる。それは紛れもなく外に繋がっていると」
「?」
「あのヤカタは地下だけでなく、ある塔を隠してたのです。それは、まあ本当に偶然倒壊したところから解ったんですけども……、しっかりと電話が繋がっていました」
「それじゃあ、私たちの修学旅行は最初からゲームでもあったということに……」
「そういうことになりますわね」
 失笑する千空。
「ですが、死体もあがったことですし、銃もありました。これだけは隠しようのない真実なんです」
「……」
 血の気が引いていくようだった。一体私たちは何に踊らされていたのか。
「とんだ余興でした」
 外を眺める千空の首から下は痛ましいほどの包帯が巻かれていた。
「ほんと、……とんだ余興でしたわ」
「……そうね」
 ベットの横によく澄んだ空が二人を眺めていた。
 だが、そんな空にも終わりはある、誰かが終わりを決めるのだ。ならば、終わりを視るこの眼はきっと終わりを決めているのだろう……。
「良い空ね」
「はい、とても」



 ヤカタ『舞由』――END。
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